最近の美少女はお金で俺を買うらしい

鍵山 カキコ

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第一章 『謎の美少女』

最近、思うんです

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 皆さんこんにちは。神田愛です。
 突然ですが私、最近気になる事があるのです。聞いて頂けますでしょうか?
 晃狩さん、凛々さんとの数回の討論の末、やはり『近頃、香山さんの様子がおかしい』という結論に至りました。
 照れた様子だから恋ではないか? という意見が最も支持されたため、私は香山さんを尾行しています。
 念の為、盗聴器を彼の鞄に忍ばせておいたりもしました。準備は完璧です。
 さすがに人の恋路が気になるからってそこまでしなくても……。と考える方もいらっしゃるでしょうが、いつも凛々しい香山さんですから、我々もより一層気になってしまうのですよね。

「二年D組に入っていきましたね」
 細かい仕草から大きな行動まで、逐一メモを取っていきます。
「そうですね。ただ、あのクラスは体育委員会が行われる場所ですから、何ら不思議はありません」
「今の所、怪しい点は見当たりませんね……。行動に移すのが遅すぎたでしょうか?」
「分かりかねます。ですが確かに今日は本番五日前。彼もボロを出さないのかもしれません。もしくは、晃狩様の言葉通り感覚が敏感なため、尾行に気付いたか」
 今日一日の間に撮った写真を整理しながら、凛々さんが考え込みました。
「いえ、尾行に気付く事など万に一つもないでしょう。それだけは断言します」
 家の力をフル活用しての大きな尾行計画。失敗の可能性は、0%ありません
「まあ当然ですよね。普段も感情を表に出さない方ですから、何かと不器用なのかもしれませんよ。単純に」
「そうなのだとすれば、応援したくなっちゃいますねっ。相手を知らずとも」
 我々は和やかに二年D組を見守りながら、ああだのこうだの話を進めていきます。
 他人の恋バナというのは、想像以上に楽しいですっ。
「実際、香山さんってどんな女性がタイプなのでしょう。美しい方ですし、好きになるのも綺麗な人なのですかね」
「さぁ……? 人それぞれですからね。前例が無いなら尚更予想しずらいです。けれどただ一つ言えるのは……」
 きっと、あっと驚くような人でしょうね。と凛々さんは続けます。
 何の根拠も無いというのに、何故だかそれには深く共感する事ができる。どうしてでしょう?
「それにしても、体育委員会の活動中は暇ですね」
「本当ですね~。話の内容を聞いたって意味ないですし」
「……そういえば、愛様は部活などお入りにならないんですね」
「え?」
 唐突な質問で、思わず口をあんぐりと開けてしまいます。
「え? あ、そこまで驚かれるとは……。お気に障りましたら申し訳ございません」
「あ、いいえ。別に、少し驚いただけです。けれどこれ、本当に大した理由の無い、いい加減な事ですよ?」
「そうなのですか?」
「はい。私部活に入って忙しくなるのが嫌だったんです。神田の血を継ぐ者末っ子なので割と緩く育てられたものですから、何も咎められませんよ」
 凛々さんはほぅ……と声を洩らしました。
「お金持ちの家の方って皆さん部活に所属されているとばかり考えていましたが……偏見でしたね。末っ子なら、自由を求めるのも頷けます」
「使用人なんですから、私の兄弟達の年齢やは覚えて下さいねっ」
「申し訳ありません……」
 凛々さんはしゅんと落ち込んだ様子を見せるけれど、こういった場合はあえて何も反応しない方が良いのです。
 彼女を雇って早一ヶ月。そこそこ彼女のことを理解してきたつもりですよ。
「あれ? 愛ちゃん達何してるの?」
 廊下から走ってきた晃狩さんはすごく汗をかいていて、より一層輝きを放っていました。
「え、えー……。香山さんの尾行を」
「んんんん?? え何、香山のストーカーなの?」
「いえいえ、私が好きなのは晃狩さんだけですから」
 これだけは強く言わなければ。勘違いは困りますからね。
「そ、そりゃどーも。……って、なら本当に何なの?」
「香山さんがアヤシいので、尾行してたんですよ」
「感情のままに行動しすぎじゃない? 大丈夫? 警察に通報されないでね」
 晃狩さんが心配してくれて、思わず幸せな気持ちになります。
「大丈夫ですよ。神田の力を、舐めないで下さい♪」
「随分楽しそうだね……?」
「ウフフ、晃狩さんに心配されたからですよ♪」
「ハハ、ハハハ……」
 そう笑うと、晃狩さんは廊下を見回します。誰かを探しているみたいです。
「どなたをお探しで?」
「えっと、柏木先輩の姿が見えないから探してて」
 部活の先輩でしょうか?
 確か晃狩さんは美術部。そして柏木先輩というのは、部長ですね。
「ここは二年生の教室ですから、三年生の柏木先輩はいらっしゃらないと思いますよ。体育委員でなければですが」
 晃狩さんはうーんと考える様子を見せましたが、すぐに思い出したようです。
「あ、間違えた。ありがとう、愛ちゃん。じゃあね」
「はい。また帰りに」
 手を振る晃狩さんをしっかり見送って、またD組に目をやります。香山さんにも異常はありませんし、ハッキリ言って暇ですね。
「体育委員会は長いですよ。どうします?」
「う~ん。けれど目を離した隙に……なんて事もあるでしょうから、不安で仕方ありません」
「しかし、カメラも盗聴器も設置してありますよ」
 これだけ聞くと、怪しいのは私達の方ですね……。
「そうですけど。ここを離れたら離れたでやる事も無いでしょう?」
「まあ、はい」
「ならここで様子をうかがっていた方が良いですよ。恋バナでもしながら」
『恋バナ』といっても、もう話し尽くしてしまった感はありますがね。
「そうですか。……なら、最近多田様とはどんな感じで?」
 凛々さんはニヤニヤしているのを隠そうともせずに、そんな事を口にした。
「え?」
 まさか自分の話をされるとは思わずに、大きめな声を上げてしまう。
「愛様は、多田様のことを愛しておられるのですよね。聞いた話では、彼を買い取ろうとしたとか。形はどうであれ、私は二人を応援するつもりですよ」
 あぁ、そういえば私、そんな恥ずかしい事しましたね……。今思えば、よくあんな事が出来たなって感じですけど。
「嬉しいです。ただ、もう二度とその……晃狩さんを購入しようとした話はしないで頂けますか?」
 ここばかりはと、凛々さんに圧をかける。そこまでしなくとも彼女がに逆らうなんてあり得ないけれど。
「し、承知致しました」
『ありがとうございましたー』
 ハッ──!
 体育委員会が終了したようです。私達は咄嗟に身を翻し、出てくる生徒達の死角となる角まで走りました。
「あー。本当にダルいわ」
「疲れたぁ」
「この後部活かよ……」
 なんて先輩方の声が響きます。それにある程度同調しながら、香山さんも出てこられました。
「面倒くさいですよねー」
「マジモテたいからって入るんじゃなかったわー」
「フフッ。先輩モテたかったんスか」
「お前もそうじゃないの?」
「いや、ほとんど無理やりっスよ」
 いつも香山さんは少し素っ気ない話し方をするので、先輩に対する敬語を聞くと変な気持ちになりました。
 それにしても、今の様子を見るにアヤシさを感じる点は無いですね。
 やはり体育委員とは関係なく、クラス内に好きな人が?
「う~ん」
「愛様! 声出てますよっ」
「あ」

     ○ ○ ○

「神田愛。君に用がある」
「どうされました? わざわざB組にまで」
 表情には出さないものの、香山さんの行動からは焦りが見えました。
「さっき体育委員会が終わって、近くで変な声が聞こえた。それは女のもので、「愛様」と言っていた。つまり、小熊さんと二人で居たのだろう? 目的は分からないが、僕をつけてるんじゃないか?」
 私が声を出してしまったせいで、バレてしまったようですね。こうなると、かなり面倒ですよ。
「……まあ弁解しても無駄ですよね。はい、つけていました」
 そう告げると、香山さんは顔を険しくします。
 いくら常にポーカーフェイスの彼でも、気持ちが顔に出てしまうのでしょう。
「何がしたいんだ、君は。家が金持ちだからって、やって良い事悪い事は一般人と変わらないだろう!?」
「そう、なのですか? ただ私達は気になったので調べようとしただけなのですけど」
「調べるの範疇を超えてるだろ!! 他人の事情に踏み込んで来るなよ!」
 香山さんは気恥ずかしさと憤りが混じったような真っ赤な顔になり、ただただ必死に叫んでいました。
 尾行したところで何も得なかったのですし、そこまでお怒りになる事なのでしょうか……?
「ですが香山さん、その……」
 上手い言い逃れの言葉が思い浮かばず凛々さんを見つめますが、彼女もまた俯き、ため息をつきます。
 理解しているのでしょう、彼女も。
 彼を怒らせるのは、非常にまずいのです。理由としては、『晃狩さんの親友だから』。
 私なんかよりもずっと長く晃狩さんを見ていますし、何より香山さんは晃狩さんの近くで彼の行動を多少制限する事が可能です。
 例えば香山さんが「この女(私)とは関係を持たない方がいいぞ」と晃狩さんに言ってみれば、彼は本当に私と距離を置いてしまう可能性が高いのです。
「言い訳なんて聞きたくない! 二度と、僕の前にその顔を見せるな! 多田にも近付くな!」
 怒り狂った香山さんは荒い呼吸でズカズカと歩いていきました。室内に残るのは、私と凛々さんの二人。
「どうしましょう……」
 嘘ですよね。まさか、そんな……。
『多田にも近付くな』。この言葉が脳内で繰り返し流れていきます。
 こんな事になるのなら、欲のままに行動するんじゃなかった……。
 絶望が気体となって体にまとわりつくようです。
「あ、愛様。申し訳ございません。私がもっとお止めしていればっ」
 礼儀正しく頭を下げる凛々さんを見ていると、自分の愚かさを痛感します。
「やめて下さい。そんな謝罪、哀しくなるだけです」
「し、しかし……」
「私には常識が欠落しているみたいです。それに、何を言っても頑として自らの意志を貫き通そうとします。それが今回、裏目に出ただけの話ですよ」
 香山さんの私を見る目……。あれは本気で人を軽蔑している時にしかできないものでした。
 元より彼はそこまで私のことを快く思っていなかったはずです。晃狩さん目的で彼にまで変に世話を焼いたりしていたのですから。
「晃狩さんと居られないのなら、私はこの学校こんな所に留まる理由がありません。いっそ、転校してしまいましょうか」
 えっ、と凛々さんが声を上げます。それも無理はありません。
 私が別の学校へ通う事になれば凛々さんの唯一の特権・『常に側でお世話』が失われてしまうのだから。
「い、意味がございませんよ! そんな事をしても!」
「分かっています。無意味だなんて。けれど近くにいらっしゃるのに話せないなんて、もどかし過ぎます!」
『もどかしい』なんて物では済まされないかもしれません。その気持ちは何もかもを超越した、言わば拷問──。そんな風に思います。
「同じ学び舎に居れば、復縁の機会はあるかもしれません。香山様の考えだって、変化するかもしれません」
 私を引き止める為、凛々さんによる弁論が今、開始しました。
「私とて、香山さんと話した時間ずっと呆けていたのではありません。彼は意思が固く、そこに他人を寄せ付けない不思議な方です。今回、私はそれを多少承知の上でズカズカと彼の内部へ入り込もうとしたのですから、余程の事がない限り意見は変わらないと思います」
 その論をすぐさま覆し、ネガティブな意見を並べる私。
 不安な時はとことん深くまでマイナスな感情が進んでしまうので、自分でも抑える事は困難です。
「それでも、たかが一ヶ月。人間の本質を見抜ける程の時間ではありませんよ」
「いえ。むしろ十分過ぎるくらいです。一ヶ月の期間は」
 堂々と言ってのけると、凛々さんの顔は強張ります。別に今さら、彼女を解雇なんて事あり得ないのに。
「私、幼い頃からだけは効くんです。善人なのか悪人なのかを始め、見ただけでその人を組み立てられるんです。脳内で」
「く、組み立て? それって愛様の印象って事ですよね?」
 不思議そうに首を傾げる凛々さんを、私はくすっと笑います。
「見た情報と、会話で得た情報を結び付けるんですよ。アナタを雇ったきっかけだってこの目です。問題ないと、そう判断したので」
「愛様……」
「以上の理由で、私は転校する事に決めました。けれどだからといってアナタをクビにするだとか、そんな事はしないので安心して下さい。転校先に付いてきたければ、付いてくれば良いのです」
 私は彼女に判断を委ねてみました。彼女にも自由になる権利があるのだから、仕事の為に堅くなってほしくない。
 ここに仲の良い友達が居るのなら残れば良いし、それ以外にも……例えば香山さんの説得だとか、理由はいくらでもあります。
 しかし、もし凛々さんが『愛様にお仕えするのが使命です』なんて事を言ったとしたら、絶対に共に転校なんてさせません。
 突然生活環境がガラリと変わって、心にだって影響が生じているでしょう。凛々さんの教育係によって彼女の心は『愛様のため』という思考に染められているはず。
 未来ある若き少女に、尽くす事を教える必要なんてないと私は思います。けれど、それは神田家での使用人育成の方針なのです。働くからには、守らねばならぬ絶対的なルール。
「私は、仲の良い友達……いえそれ以前に、気兼ねなく話せる人すら居ません。愛様と、多田様達以外には」
 軽く下唇を噛みながら、より細い声で凛々さんは続けます。
「なので──私は、愛様と共に」
「……」
 自分が思っていたのとは別方向で、私は彼女を押さえつけていた……?
 あまりにも衝撃的だったため、一歩後退りました。
 私が存在しているために、凛々さんは友達が出来なかった。これは紛れもない事実なのです。
 ──私が居なければ、凛々さんはもっと高校生らしくいられるのでは?
 同じ学校では、きっと意識が私に向いてしまう。……そういう事なのですね。
「私は、認めません」
「え?」
「……友達が『居ない』のではなく『できない』環境が、私の存在によって形成されていただけ。別々の学校に通えば、きっとできますよ」
 これだと、まるで私が凛々さんを嫌っているようです。本人ですら、そう受け取ってしまっています。それは彼女の目を見て分かります。
「私、そんなに迷惑ですか?」
 凛々さんは、顔を俯き加減にして泣いています。
「違います。凛々さんは、短期間で多くの技術を習得されましたし、頼りになる方です。だからこそ、私に尽くす必要はないと思うのです」
「え? ですが仕事でもありますし……」
 仕事『でも』?
 その言い方だと、仕事以外の意識も含まれていますよね?
「でも、とは?」
 凛々さんはキュッと口に力を込めました。やがてビクビクしながら、こんな事を口にしました。
「……おこがましい事は重々承知しています。ですが──愛様を友達として見てはいけませんか? みたいな……」
「私……を?」
「はい」
 ふと、凛々さんとの過去が蘇ってきます。

「アナタ、もしかして神田財閥の人?」
「私と、友達になって下さいっ」
「二人だけで話したいんだよね~」

 こんな事を言ってきた、彼女が。
 謙虚に訊いてきたのです。「友達として見て良いか?」と。
 間髪入れずに、涙は私の瞳を覆いました。とめどなく溢れるそれを、私は必死に拭います。
「入学式の日のアレは、本当に申し訳なかったです。当時はお金に目がくらんでしまって……。ですが『働く』という道を提示され、神田愛という人間を間近で見て、「友達になりたい」という気持ちが芽生えたんです」
「そう、ですか。友達、友達、友達……フフフッ」
 赤い目のまま笑みを浮かべます。
 それを見て気が緩んだのか、凛々さんも笑いました。
「そんなに弁解なさらなくても、勿論、友達になりましょうっ」
「ありがとうございます!」
 直後、ガラガラとドアの音が。
「あれ、お取り込み中?」
 部活を終え、私達と一緒に帰宅しようと教室にまで訪れたであろう晃狩さんが気まずそうに声を出します。
「いえいえ、全然」
「そっか。なら良いんだ。帰ろう」
「はい。えっと……香山さんは?」
 すると晃狩さんはポケットから紙きれを取り出し、私達に見えるようにそれを掲げました。
 紙には淡々とした字で、【先に帰る。お前も、奴らとだけは帰るなよ】と記入されています。
「詳しく訊くつもりは無いけど……何かあったよね?」
「は、はい」
 今は香山さんへの謝罪の気持ちなどよりも、晃狩さんと会話できる事が喜ばしいです。転校の話は、もう一度冷静になって考え直すべきですよねっ。

     ○ ○ ○

 翌日、廊下には怒り狂った男子の姿がありました。
「多田と帰ったろ」
 ギクッ。
 目は合わせてないけれど、視線がぶつかった瞬間、石化が何かするのではないでしょうか。
 それを思わせる恐ろしさが、今の香山さんにはあります。
「じ、事情は訊かないと仰ってましたし、何より晃狩さん自ら教室にいらして──」
「全ての経緯は僕が説明した。……駄目だったんだ。あいつは、あいつは優しい」
 激憤しきっていた顔か悔しさを帯びていきます。きっと多田さんは全てを耳にしても、私を軽蔑なんてしなかったのでしょう。
「ずっと見てきて、そんな事知っていたがな」
「……香山さん。私は絶望感を覚え、本気で反省しました。自分が非常識な事も理解しました。その……本当に申し訳ありませんでしたっ」
 全身に力を込めて、深々と頭を下げました。
 精神が不安に蝕まれ、この先の未来への恐怖しかない。あんな気持ちは初めてでした。
 私は香山さんを、晃狩さんの『ついで』と思って見ていたのかもしれません。彼と本気で対話するだなんて、ぶつかり合うだなんて、思っていなかったのです。
 彼だって人間ですから、色々な気持ちを抱くのです。それが表に出にくい、いえ、内にしまい込む技術に長けているだけ。それは時に、人間ではないように感じさせます。
 それ故、私は勘違いしたのです。
『彼ならば、大丈夫』と。
「君の家は特別だ。色々な企業の柱となる存在。けどな、君自身は別に特別じゃない。育った環境によってそう錯覚しただけ。だろ?」
「え。そ、そうなりますね」
 香山さんはハァとため息をつきます。呆れたのは勿論でしょうが、それ以外にも多くの感情が混ざった、重い重いため息でした。
「今の神田さんは本当に反省している様子だから許してやるが、次こそは──本当に転校してもらう事になるぞ」
「え?」
 香山さんの顔が暗い表情から、いたずらっ子の笑みに変わります。
転校の話、どうしてご存知で……?」
「フフッ」
 また彼は無邪気に笑いました。右の立てた人差し指を口の傍に運び、「ヒミツ」とでも言うように。
「もしかして、立ち聞きされてました? 人にあれだけ言っておいて!!」
「決めつけるなよ。あと盗聴と立ち聞きじゃ規模が違う」
「え、ちょっと!」
 香山さんは妙に上機嫌のまま、自身の教室へ足を運んでいきました。
「何はともあれ、結果オーライですね」
 ひょこっと現れた凛々さんもまた笑顔です。
 その後ろの晃狩さんも笑っていました。
「そうですね。今度からは、ちゃんと香山さんを人間として見ます」
「え!? 今まで何だと思ってたの? 普通に人間だよ!?」
「いえそうなんですが、少し人間離れした方なので」
「ん~。分からなくもないけど……」
 そういえば、香山さんの好きな人は誰だったのでしょう? ……まだ好きな人がいるのかすら怪しい段階ですけど。
 同じ競技の人の顔を記憶するくらいなら、非常識じゃありません……よね?
「というか、もうすぐだね。体育祭」
「早いですよね、本当に。今週末でしたよね?」
 イベントはチャンスがゴロゴロ転がっています。
 普段も容易に出来る事でも、好転すれば意中の男子のハートをキャッチできるのですから。そう、私が狙うのは、晃狩さんに手作りの弁当を振る舞う事です。
 もう手は回してあります。晃狩さんのお家に電話して、当日は昼食を忘させるようにと伝えておきました。
 抜かりはありません。
「うん、今週末。楽しみだなー」
「走るの、早くなりましたもんね」
「うん! 母さんも姉貴もすごい驚いてたし、ワクワクするんだよね。今までは憂鬱でしかなかった、このイベントが!」
 晃狩さんがピョンピョンと飛び跳ねます。
 幼子のようにはしゃぐ彼の姿も、また愛らしいです。
(本当に、良かったです……)
 この幸せが、続いてくれて。
「絶対勝とうね!」
 すると、晃狩さんは拳を目の前に掲げます。一瞬たじろぎましたが、すぐに理解しました。
「はいっ」
 私は彼の拳に、自分の拳を合わせます。
 とても小さな事ですが、ドキリとしました。
 ──私はずっと待っていたのです。
 こうして、和気あいあいと話す時を。夢がどんどん、叶っていきます。
 願わくば、彼と結ばれますように……。
 そうなったら私、まず正気は保てないでしょうね。 
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