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第二章 『厄介な日常』
才能があっても......
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「ねぇ凛々ちゃん。一回だけでいいの。面倒なトレーニングも、汗臭くなる練習もしなくていいから、本当に一度だけ。大会に出てくれないかな? それでもし楽しかったらもっと上のレベルを、一緒に目指そう!」
「……そういうの間に合ってます」
「そんなこと言わないで、さぁ。世界がアナタの才能を求めてるんだよ? お金だって、勿論沢山手に入──」
「うちの小熊に何か? って、またお前か」
小熊さんに突然声を掛けたスーツ姿の女性、彼女に必死に何かを訴えかけたがそれは届かず。さらに黒服の男達に取り囲まれる事態となった。
「……ねぇ、あの人知り合い?」
「はい、まあ。父の昔の部下です。会社があった頃の」
「小熊さんのお父さんって社長さんだったの?」
「『社長』といっても、本当に小さい会社でしたからね。それでも昔はあまり貧しくはありませんでしたよ。ただ、潰れてからは酷いものですが」
「まあまあ、今は安定した生活を送れているのだから、良いではありませんか」
愛ちゃんも話に入ってきた。けれども、この話題を早く流して別のことについて話そうとしているように見える。
「そうなのですが……。今のようなスポーツ会への勧誘が厄介でして。何度も何度も断っているのにしつこくて嫌になります」
「なら私が力を使って命令しましょうか? もう二度と凛々さんに近寄るなと」
親切心100%のこの台詞だけど、相手によっては嫌味に聞こえてしまうだろうな。まあ俺と小熊さんなら大丈夫だけど、他の人だったら少しは腹を立てる可能性がある。
例えば──
「何よそれ、アンタの力じゃないでしょうに。そんなことより多田さん、汗を拭くのにこのタオルどうぞ~」
「え? あ、ありがとう……」
愛ちゃんのことを良く思っていない加納院さん。あと今俺は拭くほど汗をかいてはいないのだが……、受け取っておいても損はないのかな。
「確かに私の力では無いですけれど、わざわざ「あっ! 力を使うと言ってもアレですよ? 私自身のではなく親の力ですからね」なんて断る必要ありますか? 皆さんならその程度簡単に予想がつくはずじゃないですか」
「そ、そうだけど……。アンタが力を使ってあの女性に命令したところで成功する確率なんて34.2%よ!」
「また中途半端な数字を」
「相変わらず二人の仲は悪いね」
ギャーギャー言い合う二人は放っておいて、小熊さんと俺で話すことにした。
「ですね。多田様と香山様ほどではなくとも、少しは仲良くしていただけるとこちらとしても喜ばしい限りなのですがね」
「そうだね~」
(そんなことよりもさっきの女の人に関してまだ気になる事が……)
土下座してでも訊きたいのは山々である。
が、小熊さんの過去については触れていい話題なのか、それとも暗黙の了解でスルーすべき案件なのかイマイチ分からないのが悩みどころだ。
今の時代、どんな発言が人を傷つけてしまうのか決め手が分からない。
少しのいさかいが引き金となって破局してしまうカップルや、恋人が女友達と出掛けただけで(二人きりではない)リストカットしようとする女が存在するように、人の心はいつだって繊細だ。
普段感情の起伏が乏しい小熊さんだからこそ、何かをずっと抱え込んでいるのかもしれない。万が一俺がその領域を踏み込んでしまったらと考えたら、恐ろしい。
「なにか考え事ですか、多田様」
「う、うん。まあ」
「もしかして、あの女性のことですか?」
「……うん」
正直に答えていいのか迷ったが、わざわざ質問をしてきてくれているのだからと嘘はつかないで回答した。
「……」
小熊さんは数秒だけ下を向いた。話す内容でも纏めているのだろうか。
「私は幼い頃、父の働く姿が大好きだったんです。それはもう、毎日毎日会社に足を運ぶほどに。ですから皆さん、笑顔で私に対応してくださいました。仕事の時間を割いてまで遊んでくれた方も大勢います。そこで私の身体能力に当時から目をつけていたのが彼女なのです」
「それでどうにかスポーツ界に引き入れようと、しつこく誘ってくるんだね」
「はい。何度も何度も断り続けているというのに、全く諦めてくださらなくて」
「大変だね。でも、小熊さんにはきっと才能があるし、挑戦してみても良いと思うけど」
すると小熊さんは口角は上げつつも悲しげな瞳で告げた。「あの子達が、嫌がるので……」
「あの子達?」
「弟妹です。弟二人と、妹が一人おります」
「へ~、多いとやっぱり辛い?」
「えぇ、まあ苦しい時もありますけど、あの子達の笑顔に何度も支えられてきてるので」
小熊さんはお母さんのような包容力のある笑みを浮かべる。生きがいとか宝物がある人ってすごく輝いていて羨ましい。
「素敵だね、小熊さんの兄弟も、小熊さん自身も」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
✝ ✝ ✝
「只今戻りましたー」
「遅い。もしかして、また捕まったの?」
「黒服があんなに近くに居るとは思わなくて。申し訳ございません」
「あの女と関わりがあるというから雇ったのに……。毎回同じ恰好して同じ台詞を吐いているのが問題だってどうして気付かないの」
「い、今更変えたら怪しまれてしまうんじゃあ」
「何も変わらないと分かっててやるよりはマシでしょ。早く行動に移してよ、安藤」
「畏まりました、冬様」
「……そういうの間に合ってます」
「そんなこと言わないで、さぁ。世界がアナタの才能を求めてるんだよ? お金だって、勿論沢山手に入──」
「うちの小熊に何か? って、またお前か」
小熊さんに突然声を掛けたスーツ姿の女性、彼女に必死に何かを訴えかけたがそれは届かず。さらに黒服の男達に取り囲まれる事態となった。
「……ねぇ、あの人知り合い?」
「はい、まあ。父の昔の部下です。会社があった頃の」
「小熊さんのお父さんって社長さんだったの?」
「『社長』といっても、本当に小さい会社でしたからね。それでも昔はあまり貧しくはありませんでしたよ。ただ、潰れてからは酷いものですが」
「まあまあ、今は安定した生活を送れているのだから、良いではありませんか」
愛ちゃんも話に入ってきた。けれども、この話題を早く流して別のことについて話そうとしているように見える。
「そうなのですが……。今のようなスポーツ会への勧誘が厄介でして。何度も何度も断っているのにしつこくて嫌になります」
「なら私が力を使って命令しましょうか? もう二度と凛々さんに近寄るなと」
親切心100%のこの台詞だけど、相手によっては嫌味に聞こえてしまうだろうな。まあ俺と小熊さんなら大丈夫だけど、他の人だったら少しは腹を立てる可能性がある。
例えば──
「何よそれ、アンタの力じゃないでしょうに。そんなことより多田さん、汗を拭くのにこのタオルどうぞ~」
「え? あ、ありがとう……」
愛ちゃんのことを良く思っていない加納院さん。あと今俺は拭くほど汗をかいてはいないのだが……、受け取っておいても損はないのかな。
「確かに私の力では無いですけれど、わざわざ「あっ! 力を使うと言ってもアレですよ? 私自身のではなく親の力ですからね」なんて断る必要ありますか? 皆さんならその程度簡単に予想がつくはずじゃないですか」
「そ、そうだけど……。アンタが力を使ってあの女性に命令したところで成功する確率なんて34.2%よ!」
「また中途半端な数字を」
「相変わらず二人の仲は悪いね」
ギャーギャー言い合う二人は放っておいて、小熊さんと俺で話すことにした。
「ですね。多田様と香山様ほどではなくとも、少しは仲良くしていただけるとこちらとしても喜ばしい限りなのですがね」
「そうだね~」
(そんなことよりもさっきの女の人に関してまだ気になる事が……)
土下座してでも訊きたいのは山々である。
が、小熊さんの過去については触れていい話題なのか、それとも暗黙の了解でスルーすべき案件なのかイマイチ分からないのが悩みどころだ。
今の時代、どんな発言が人を傷つけてしまうのか決め手が分からない。
少しのいさかいが引き金となって破局してしまうカップルや、恋人が女友達と出掛けただけで(二人きりではない)リストカットしようとする女が存在するように、人の心はいつだって繊細だ。
普段感情の起伏が乏しい小熊さんだからこそ、何かをずっと抱え込んでいるのかもしれない。万が一俺がその領域を踏み込んでしまったらと考えたら、恐ろしい。
「なにか考え事ですか、多田様」
「う、うん。まあ」
「もしかして、あの女性のことですか?」
「……うん」
正直に答えていいのか迷ったが、わざわざ質問をしてきてくれているのだからと嘘はつかないで回答した。
「……」
小熊さんは数秒だけ下を向いた。話す内容でも纏めているのだろうか。
「私は幼い頃、父の働く姿が大好きだったんです。それはもう、毎日毎日会社に足を運ぶほどに。ですから皆さん、笑顔で私に対応してくださいました。仕事の時間を割いてまで遊んでくれた方も大勢います。そこで私の身体能力に当時から目をつけていたのが彼女なのです」
「それでどうにかスポーツ界に引き入れようと、しつこく誘ってくるんだね」
「はい。何度も何度も断り続けているというのに、全く諦めてくださらなくて」
「大変だね。でも、小熊さんにはきっと才能があるし、挑戦してみても良いと思うけど」
すると小熊さんは口角は上げつつも悲しげな瞳で告げた。「あの子達が、嫌がるので……」
「あの子達?」
「弟妹です。弟二人と、妹が一人おります」
「へ~、多いとやっぱり辛い?」
「えぇ、まあ苦しい時もありますけど、あの子達の笑顔に何度も支えられてきてるので」
小熊さんはお母さんのような包容力のある笑みを浮かべる。生きがいとか宝物がある人ってすごく輝いていて羨ましい。
「素敵だね、小熊さんの兄弟も、小熊さん自身も」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
✝ ✝ ✝
「只今戻りましたー」
「遅い。もしかして、また捕まったの?」
「黒服があんなに近くに居るとは思わなくて。申し訳ございません」
「あの女と関わりがあるというから雇ったのに……。毎回同じ恰好して同じ台詞を吐いているのが問題だってどうして気付かないの」
「い、今更変えたら怪しまれてしまうんじゃあ」
「何も変わらないと分かっててやるよりはマシでしょ。早く行動に移してよ、安藤」
「畏まりました、冬様」
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