怪獣特殊処理班ミナモト

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前章

トレーニングルーム

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次の日から源は、ここ特殊処理班での仕事を始めた。と言っても、入って間もない新人がデスクワークを出来るわけもないので、とりあえず、次の浄化作業で使うという空気銃、エアライフルの整備や、部屋の掃除などの雑用を任された。ただ、ライフル整備は雑用感覚でするものではないので、赤本に細かな構造を教えてから行った。

「源、お前中々手際がいいな」

「もしかしたら体が覚えてたのかもしれませんね」

「そうだな、手先が器用だとこちらも助かる。」

 赤本はとても丁寧に教えてくれた。

(最初こそあんな対応されたが、実は口下手なだけで、案外優しいのかもしれないな)

 源は上から目線にそう考察した。

「源、それが終わったらトレーニングルーム行くぞ」

「え、また赤本さんとですか?」

「東雲さんは少しお前に甘すぎるからな。この前の筋トレも本来なら更に追い込めたはずだ」

 赤本はそう言って席を立った。今源がいるのはロッカールームだ。これが思ったより広く、作業用の机と丸椅子もあるのため、銃の整備にはもってこいである。

「あ、お疲れ様です」

 赤本と入れ替わりに入ってきた白石は、律儀に少し頭を下げた。それに源も答える。

「お疲れ様です」

 白石は真面目だ。源のような新参にも欠かさず挨拶をしてくれる。そんな白石は何やら自分のロッカーを物色している。源はさっと目を逸らしたが、すぐその必要はなかったことに気が付いた。白石がロッカーから引っ張り出したのは白い軍服だった。正確には特殊処理班の制服兼防護服だ。実物は映像で見るよりくすんでいて、白というより薄い灰色だった。それが染みついて落とせなかった怪獣の血であるということは、クリーニングに出して初めて気づいた。

「あの、白石さん。その服、ここの防護服ですよね?」

 源は思わずそう尋ねた。実際に見て興味が湧いたのだ。

「そうですけど。それがどうかしましたか?」

 白石は服を抱えたままこちらを振り返った。

「その服って何で出来てるんですか?」

「確かカーボンナノチューブを何層も折り重ねたものだと…」

「重くはないんですか?」

「軽いですよ。可動域も広いですし。公式には重量0.5キロと記載されています」

「そんなに!」

 源はまじまじとその防護服を観察した。生地の質感は至って普通に見える。源がそうして服を睨んでいると、今度は白石が話しかけてきた。

「源さん、実は私からも少しお聞きしたいことが」

「なんでしょう?」

「源さんの…」

「源、終わったか?」

 白石の話を遮るように赤本が部屋に入ってきた。

「すいません、あともう少しで終わります」

 源は慌てて目の前の作業に戻った。白石の話の続きは気になったが、今はそれどころではなかった。

「なんだ、まだ終わってなかったのか。じゃあ今回はラントレ1セット追加だな」

 赤本は源に容赦なくそう告げた。

(また死にかけるのか…)

 源はうっすらと吐き気を感じた。赤本のしごきは東雲班長の比ではない。だが、なぜ赤本が源に入れ込むのかはさっぱり分からなかった。

 源は手慣れた様子で機関部を所定の場所にはめ込むと固定器具でロックした。

「出来ました」

「よし、じゃあその二丁とも内部圧下げてそこにおいとけ。白石、それ備品倉庫に頼む。」

「……了解です」

 白石は軽々とライフル二丁を持ち上げると、防護服と共に脇に担いで部屋を後にした。

「白石さんって…」

「腕相撲だったらお前が負けるな」

「え、」

 源はしばらくそのことで頭がいっぱいだった。

「まあ白石はここに来て随分経つからな。それに元の運動神経が良い。確か格闘技を習ってたはずだ」

「うぷ、はあ、そう、うっ、ですか…」

(白石にそんな過去があったとは知らなかった。いや、それよりもまずは飲み物を)

「おい、何してる。今飲んでも吐くだけだぞ。」

 赤本はそう言って源から水筒を取り上げた。今、源と赤本はトレーニングルームにいる。これは28階のフロアを丸々使ったとても大きなもので、怪獣の事後処理という肉体労働に従事する、衛生環境庁職員達にとって重要なものとなっている。もちろん特殊処理班もここを利用しており、基礎処理班に次いで二番目に使える部屋が多い。

「これで本当に最後だぞ、源。ほら、早く立て。」

 赤本はそう源に呼びかけた。相変わらずバテる様子が見えない。これだけやって薄っすら汗がにじむ程度とは本当に同じ人間なのか疑問だった。

「…本当に最後ですね」

「本当だ。もう飯の時間だしな」

 源は特に腹部に負担を掛けないようにゆっくり起き上がった。

「やりましょう、…うぐっ」

「よし、じゃあ今日はちょっと気分転換を兼ねて……」

 赤本はそう言うと壁に取り付けられているタッチパネルをいじり始めた。

「…一体何を?」

「まあちょっと待て」

 赤本がパネルを叩くと、目の前の鏡がガコっと窪んで扉が出現した。そして赤本がその扉を開けると、その中は全面畳張りの部屋だった。

「ここは……」

「柔道場だ。何、久しぶりに組み手がしたくなってな」

「その相手って、僕ですか?」

「他に誰がいる。安心しろ、俺は有段者だ。道着じゃないし、優しく投げ飛ばしてやる」

 源はそれを聞いてがっくりとうなだれた。

(絶対手加減されないな)

 源の予想通り、赤本は一切容赦しなかった。

「ッ……!」

 源は声を出す間もなく投げられた。

「おいおい、そんなもんか?昨日も言ったろ、お前は足腰が弱いって」

 赤本はそう言ってあおむけに倒れる源の顔を覗き込んだ。赤本はなんだか上機嫌である。

「そんな、一朝一夕で改善しませんよ……」

「はは、それもそうか」

 赤本は笑って手を差し伸べてきた。源は縋りつくようにその手を掴むと何とか起き上がった。

「じゃあラスト一本はお前からかかってこい。安心しろ、流石に手加減はする」

(もう何も信じられないな……)

 源は心の中でため息をつくと、渋々赤本と向かい合った。

「ハンデだ、源。俺は投げ技は使わない。お前は好きにしろ。柔道の技じゃなくてもいい」

「…分かりました」

 源は赤本を見た。ただ直立しているようで、一切隙が見えない。多分俺が動き出したタイミングですでに決着はついているのだろう。

(でも、やられっぱなしもそろそろ限界だ。ここは一つ、アレに賭けてみるか)

 源は腰を落とすとレスリングのような構えになった。

 そして束の間、源は最後の力を振り絞って赤本に突進した。ように見せかけた。

(なんでもいいとは言ったが、タックルとは。少し絞りすぎたかな)

 赤本は少し体の力を緩めて向かい合うような態勢をとった。このくらいは体で受け止められる。後は足を崩して終わりだ。源はそんな隙に、偶然か否か入り込んだ。

(行くぞ!成功してくれ!)

 源は赤本の腕が届く直前でがくんと体を左に倒した。そして左足で片膝をつき、両手で体を下向きに支えると、勢いよく右足を赤本の胸めがけて振り上げた。

「……!おもしれぇ!」

(しまった!)

 赤本はすかさず左手で、繰り出された右足をいなすと、足を掴んだまま体を源の右足と合わせてひねり、勢いよく引っ張った。源の体はぐんと引きずられ、そのまま赤本が背中から、体勢を崩して横たわる源にのしかかり、余った右腕の肘で源の喉を抑えた。

「まさか俺が隙をつかれるとは思わなかったぜ。やるな、源」

 赤本はそう言うと源から体を離し起き上がった。源もなんとか上半身を起こした。

「はあ、はあ、何であれを対応できるんですか」

「いや、流石に卍蹴りは予想外だった。今のいなしもほぼ勘だ。もし東雲さんに同じことをやられてたら結構食らってた」

 赤本は自分の水筒を取り上げると源に投げてよこした。

「まだ口付けてないやつだ。それ飲め」

「あ、ありがとうございます!」

 源はよく味わうように冷たいミネラルウォーターを飲んだ。少し味がついているから中はプロテイン入りだろう。

「ふう、生き返りました」

「そうか、じゃあそろそろ切り上げるぞ。もう6時を回ってる」

 二人はしっかり汗を拭きとると、源には湿布を張ってもらった。そして特殊処理班の部屋まで戻ると、

「それで、赤本。お前が珍しく張り切ってると思ったらこれか」

 東雲班長は若干怒り気味だった。

「言ったよな?くれぐれも怪我はさせるなと。よりによってなぜ組手なんかしているんだ」

「……申し訳ありません」

 赤本はさっきとは打って変わって、怖い教師に怒られる生徒のように小さく縮こまっていた。

(初めて汗かくところ見たな。冷や汗だけど)

 源はそんな赤本の様子を横目で見ていた。この男、どうも東雲班長に弱いようである。

「はあ…。赤本、お前はおしばらく源とのトレーニングは禁止だ。」

「…了解しました」

「源も、もう少し自分の役割に自覚を持て。お前はこの班の虎の子なんだよ」

「すみませんでした…」

「じゃあ二人とも早く飯を食べて帰れ。もう本番まで一週間だぞ」

 こうして源と赤本は、すごすごとロッカールームに引っ込んでいった。

 東雲は応接室に一人残り、背もたれに深く倒れかかった。

(薄々気づいていたが、やはり赤本は源と相性がいいな。源をもう少し鍛えれば一連の作業もずいぶん楽になりそうだ。あとは一週間後に分かるだろう」

 そしてきっかり一週間後、旧京都府に怪獣が発生、そして駆除された。

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