怪獣特殊処理班ミナモト

kamin0

文字の大きさ
31 / 49
第1章 神獣協会

似たような光景

しおりを挟む
倉庫は暗く、傍にはすすり泣く少女がその小さい肩を私に寄せている。
「……お姉ちゃん、また頭の中が嫌な感じになったよう」
「大丈夫だ、きっと助けはくる。ほら、今その気配も消えた」
(この脳波は…レストアか。コアの一部を転移させたな)
 私はまだ泣き続ける少女を何とかなだめると、倉庫のドアを確認しに行った。壁から予備のガスマスクを取ると、隔壁を抜け、警備の怪人が倒れている正面口に到達した。
(もうかれこれ一時間、このガスがあたりに充満している……自衛隊だろうが、あまりに手際が遅くないか?)
 私はなんとかドアのロックを解除しようとしたが、上手くいかなかった。
(ここにはあの薬もないから本来の力はだせない。こじ開けるのは不可能だ)
 私は、その低い身長で背伸びをすると、タッチパネルを何とか触ろうとした。
「、、届かない!」
 私は精一杯全身を伸ばしてみたが、どうしてもうまく操作できない。体の成長は11歳の時に止まっている。
「どこかに台は…」
 私はその身長をカバーできるモノを探した。それは案外すぐそばにあった。
「この死体を使えば行けるか」
 私は見張り役の怪人の死体をドアの前に引きずってくると、その上に乗り、タッチパネルをやっと操作することに成功した。
「……割と簡単だったんだな、ここのパス」
(なんだ、いつでも逃げ出せたじゃないか)
 私はドアのロックを開けることに成功した。スライドして開いたドアの外に恐る恐る顔を出してみたが、人影は無い。
(……皆を今のうちに逃がすか)
 私は部屋の中に監禁されていた子供たちを逃がすために、また部屋に戻ろうとした。その時だった。
「あ。アーノルドさん、いました!こっちです!」
 そう声がしたかと思うと、奥の廊下から一人、旧ドイツ軍のような白い軍服を着た若い男が、こちらに駆け寄ってきた。私はすぐにその場から逃げようとしたが、その男からは驚くほど殺意も、それに類する感情も読み取れなかった。私はその場に固まってしまった。
「そこのキミ!大丈夫?」
 男は若干息切れしながらも、私の目の前に立ち、その場にしゃがむと、私の目を見て笑いかけた。ゴーグル越しにチラリと見えたその目は、確かに笑っていた。誰かを安心させるときのあの表情。遠い昔、似たような光景を見た気がするが思い出せない。
「ここにはキミ一人?」
「いや、奥にあと10人ぐらい…」
 そういう私の声は少し上ずっていた。緊張しているからだろうか。
「そっか。今まで生きていてくれて、本当に良かった。良ければ君の名前を聞かせてもらってもいい?」
「……周千尋」
「あまねちひろ……じゃあ千尋ちゃんだ。今からお兄さんともう二人が君たちを助けるから、その10人にもこのことを伝えてくれるかな」
「分かった」
 私は自分でも驚くほどそれに従順に従った。私が奥の部屋に戻ろうとしたとき、その男に呼び止められた。
「千尋ちゃん!」
 私はなぜ呼ばれたか分からずに、男の前に近づいた。その理由は至極単純なものだった。
「良く頑張ったね、千尋ちゃん」
 男は穏やかな声でそう言うと、私の頭に手を置いた。そして優しくなでた。私は年甲斐もなく、それに俯いて応えることしかできなかった。
「あ、あの。手をどけてください…」
「ああ、ごめん。こうすれば安心してくれるかなと思ったんだけど…」
「……」
「千尋ちゃん?」
 私はその場から逃げるように奥の部屋に向かった。その時私は、ガスマスクをしていてよかったと思った。
 助けが来たことを子供たちに伝えると、子供たちは途端に明るい顔を取り戻した。
「今から軍のお兄さんたちが来るから、おとなしくしているんだぞ?」
「うん!分かった!」
「ありがとう!周お姉ちゃん!」
 子供たちはそう言って無邪気に笑った。さきほどまでの様子が嘘のようだ。私の隣で泣いていた少女も笑顔を取り戻している。
(私も同じように向う見ずに喜べたらな)
 それは無理な話だ。いくら体が幼くても、その中身はすでに摩耗して擦り切れている。
「おーい、ボウズたち」
 不意に扉の方から声が聞こえた。すると部屋のドアが開き、先ほどの男と、もう2人、これまた若い男が入ってきた。その二人は武装した外国人だった。
(…海兵隊?自衛隊だけじゃないのか?)
「これから外に出るから、男の子は僕のところに、女の子は金髪のお兄さんの所に集まってね」
 源はなるべく子供達を警戒させないように気を遣っていた。私は金髪の男を見た。その男は目をガスから保護するためのゴーグルを付けていなかった。そして綺麗な青色の目をしていた。私はさきほどの男のほうに行きたいのを我慢して、その見るからに軽薄そうな白人の元に近寄った。
「ん?珍しいな、オマエ。目が灰色じゃねえか。しかも目え、見えてんだろ?」
 その白人は、私を見るや否や、そう言ってきた。私がそれに不快な表情を作ると、それを察したもう一人の隊員が、その白人に注意した。
「おいアレク!今そういう話はいいだろうが。それも女児に向かって」
「…仕方ねえだろ?そういうのはストリートで習わなかったんだよ」
「次やったら元いた路地裏に戻すからな」
「分かったよ。そこの嬢ちゃん、済まなかったな。俺、デリカシーの欠片もねえんだよ。あ、英語分からねえか」
「分かります」
「それは……申し訳ねえ」
「アーノルドさん、アーサーさん、こっちまとめ終わりました。すぐに地上に上げましょう」
「お、ミナモトもう終わったのか。どんな魔法の言葉を使ったんだ?」
「刀を見せる、ですかね」
 ミナモトと呼ばれた男はそう言ってまた笑った。今度は友達と会話するようなきさくな笑顔だった。どうやらこのアーサーと呼ばれた失礼な白人とは、ある程度の関係であるようだ。その時、源と目が合った。源は私にも笑いかけた。私はそれに急いで目を逸らすと、顔を伏せた。なんとなく、目を合わせたくは無かった。
「じゃあ出発だ。旦那、先頭頼んだ」
「ああ、慎重に行く」
 そうして私と子供たちは、米軍の簡易的なガスマスクが配られた。折り畳み式でありながら、そのサイズが可変できる。流石アメリカといったところである。聞くところによると、第一次進攻と対戦による中露の大幅な弱体化で、米国は完全な一強となり、世界中の先端技術は米国内に集結していた。
(そういえば、地上に出るのは20年ぶりだな)
 私はふとそう思った。いつかは解放されると信じて数十年、こんなに呆気なくその願いが叶うとは、正直実感が湧かない。
 しばらく歩くと、裏口を抜けて、基幹エレベーターまで続く道に出た。
「あそこは見たらダメだよ」
 源はそう言って正面入り口の方に注意を向けないようにしていた。私がこっそり後ろを振り返ると、微かにべったりと赤と黒の血がこびりついた壁が見える。それをグロテスクだとは思わなかった。基幹エレベーターにつくと、救助隊らしき自衛隊の隊員たちが待っていた。彼らに源たちは、警戒する子供たちを何とか預けた。
「刀見せてくれるっていったじゃん!嘘つき!」
「それはまた今度見せるから、ほら、今はそこのお姉さんたちの指示に従って?」
「でも…」
「きっと刀は見せるから」
「約束だよ?」
「うん、約束だ」
 源は一人ひとり優しく声を掛けて回った。そして最後に、私に近づいてきた。
「やあ、千尋ちゃん」
「……」
「君は他の子よりすごく落ち着いているね。その年齢で偉いよ」
 私はなおさら返事がしずらくなった。とっくに成人はしている。
「ああそれと、あそこのお兄さんが君の目の色について何か言っていたけど、もしかしてそれで嫌な気持ちになったりした?」
「うん…」
 今度は自信をもって答えられる。
「そっか、僕からもごめんね。でもあのお兄さんもきっと千尋ちゃんを傷つけるつもりで言ったわけじゃないと思うから、どうか許してあげてほしい。それに…」
 それに?
「それに、その目は綺麗だよ。灰色といっても、どこか透き通るようないい色だ。少なくとも僕はそう思うな」
「……そうですか」
 私はなんとか言葉をひねり出した。これ以上話したら、もう我慢できなさそうだった。
「うん、君に良く似合ってる。それじゃあ千尋ちゃんもエレベーターに乗って自分の家に帰るんだ。きっと心配しているから」
 その途端、我慢していた気持ちが一気に涙となってあふれ出た。
「え、え?千尋ちゃん?僕、何か気に障るようなこと、言っちゃったかな…」
「あーあ、ミナモト、例え子供でも女を泣かすのは良くねえなあ。なあ旦那」
「アーサーに同感だな」
 慌てる源に、私は思わず抱き着いた。そうしたいと思った。次第に、強張っていた全身の筋肉が緩んでいく。
「ち、千尋ちゃん。汚れた服だから、顔をうずめるのは…」
「……ごめんなさい」
 私は源に聞こえないぐらいに小さくそう呟くと、涙はようやく止まった。
「ごめん、千尋ちゃん。僕が…」
「ううん、そんなことない。ただ、思い切り泣きたくなっちゃったの」
 久しぶりにこういう言葉遣いをした気がする。いつもはそんな余裕は無かったから。
「…そうなんだ。じゃあ千尋ちゃん、今度こそお別れだ」
私は思わず源の服の袖を引っ張った。
「あの、源…さん」
「どうかした?」
「し、下の名前を教えてください…」
「ああ、そんなことか。王様の王に城で、王城だよ」
「オウジ…」
 私はその名前を何度も反芻した。源王城、とても彼にぴったりな名前だと思った。
(私の、王子……)
 私はふと浮かんできた恥ずかしい妄想をかき消すと、足早にエレベーターに乗り込んだ。
「またね、千尋ちゃん」
「うん、またね」
 私はその時、少しだけ自然に笑うことが出来た。
「ミナモト、お前懐かれたな」
「そうですか?」
「そうだよ。これは責任案件だぜ?」
「責任って…」
 源はエレベーターを見送る間、周千尋という少女の笑顔が、頭に残って離れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...