怪獣特殊処理班ミナモト

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第2章 王族親衛隊

あの日の教室

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「てめえ、一体どういうつもりだ?」

「ハッ、やっと思い出したって訳か」

「お前は誰だ!なんでカナの姿なんてしてやがる!」

「俺はジレイド・ウル・トラグカナイ。この姿をしてんのは、そうだな、この女がお前の記憶に最も強く、深く刻まれているからだ。この座標軸の中じゃあ一番成り易い」

「…舐めてんのか?」

「途中まで名前すらど忘れしてたくせに笑えるぜ」

「笑えねえよ。今すぐ消えろ。違うな、俺が消す」

「俺が消すだあ?お前こそ調子乗んなよ、ガキ」

 トラグカナイは腕の力を緩めて源の手を振る払うと、思い切り拳を振り下ろした。ガツンという鈍い音がして、鼻の奥に血の匂いが漂ってくる。

「てめ、鼻を!」

「あーあ、少しは整った顔をしてると思ったがよ。これじゃあ台無しだな」

 源はどうにか馬乗りになるトラグカナイをどかそうとしたが、体が嘘のように反応しない。

「体が!動かねえ…!」

「だから言っただろうが。調子乗んな、お前は弱えんだよ。好いた女の一人も守れねえで情けない。おまけに今の際までその記憶を忘れてたときた。覚えてるか?ミナモト。お前はこの女が小さいとき、正義の味方然としてこいつをいじめから守ったよなあ。そのあとお前は大層カッコつけてこう言った。『俺がお前を守ってやる』ってな。感動しちまうぜ。年端も行かねえボウズが必死こいて言ったと思うとな」

(この野郎、俺の記憶を!)

「お前は!ぜってえ許さねえ!」

「そーかよ。だがなあ、俺だってがっかりなんだぜ?帝国最強の戦士がこんな半端な野郎になれ果てちまうなんて、心底ガッカリだ」

「知るかよ。このカマ野郎!」

「あ?俺ァ女だよ。それも王族親衛隊第2階層、万能のトラグカナイだ。例えばお前があともう一度人生を全うしようと、お前が俺を上回ることはねえ。お前と俺にはそれぐらいの格の差があんだよ」

 源は怒りに任せてこの怪人野郎に挑んでも無駄であると悟った。源は忘却していた記憶で氾濫する脳内を、無理やりに鎮めた。

「……俺をどうするつもりだ」

「冷静になるのはグッドだぜ。それで、俺はお前をどうするのか、だったな。そうだな……貶めてやるよ」

「何を言ってやがる」

「貶める、そのまんまの意味だ。見たところお前は周りに恵まれてきたらしい。それも相当に。そこでだ、そんな高潔で正当でくだらない人生なんて、俺が汚してやるのさ」

 トラグカナイは両手を源の頭の横につくと、自分の顔を近づけた。

「…何をすつるもりだ」

「本当はこうしたかったんだろ?」

「ッ……!」

 トラグカナイはそのまま、源にキスをした。それも舌を絡ませるような。源は激しく抵抗したが、トラグカナイがそれを許さない。しばらくして、トラグカナイはその行為に満足したのか口を離した。

「どうだ。願いがかなった感想は」

 あざ笑うかのような表情をするトラグカナイに、源は声を発せなかった。声を上げようにも、いくつもの罵声と呪詛の言葉が喉元まで押し寄せて栓をした。体を動かすこともできず、やりきれない気持ちが源の脳を焼いた。

(こんな、カナはこんなことしない!なのに俺は、、!)

 気付くと源の目には涙があふれていた。それは頬を伝い、真っ白な床に落ちた。

(俺はただ、カナにもう一度会いたいだけで、でも俺はそのことすら忘れてて。やっと思い出せたのに。思い出せたのに!なんで、なんでこんなことされなくちゃいけないんだよ。嬉しくなんかない。いつかの時に思い合った大切な思い出を、真っ黒なペンキでもぶちまけるように…クソ!だめだ、思考がまとまらない!殺したいほど憎くて、死にたいほど悲しくて、目の前にいるカナはカナじゃなくて。俺が殺そうとした怪人で。殺されて、殺して。そうだ、俺はカナを殺したんだ!俺が殺した。俺は悪い奴だ!これは俺への罰!罰罰罰!)

 源はその時、血がにじむほど強く自分の両手を握りしめていた。

「ああ?お前、泣いてんのか」

 トラグカナイはその光景に若干たじろいだ。

「……そうだよ。俺は泣いてる。もう好きにしろ。確かに俺はお前に勝てない。トラグカナイとか言ったか?お前の勝ちだトラグカナイ。俺はもう何もしたくない。お前に全て任せる。火であぶるなり海の底に沈めるなり、どうとでもしろ」

 それは源の感情が、勝手に吐露したものだった。そして、トラグカナイはそれに動揺した。

「お前、なんでその言葉を!」

(それはあの方が私に、私だけの!)

「早く殺せよ。俺はカナの元に行きたいんだ。俺は生きちゃいけないんだよ」

「そんなことはない!」

 トラグカナイは思わず叫んだ。明らかにトラグカナイは錯乱していたが、疲弊しきった源にはその理由は分からなかった。考えたくもない。

「お前は、いや、あの方は!死ぬべきでは……」

「俺もそいつみたいに殺してくれ、早く」

「一緒にするな!いや、待て。お前はあの方の、そのもの?」

「……どうした。何を混乱してやがる」

「それは!それは……」

 源はその時やっと、トラグカナイの目を見た。こちらを見つめるその目は、あの頃のカナの目にそっくりだった。何か悲しい時があったとき、慰めてほしい時、そんなときに見せる弱弱しい目。源は思わずトラグカナイの髪に触れた。手触りまでカナそっくりだった。残酷なまでに。

(どうして、どうしてか愛おしく感じてしまう。このクソ野郎は、カナじゃないけど。それでも、こんな奴にチラリと見える影を追ってしまう。蜘蛛の糸にすがるように、そこに欠片ほどの癒しを求めて)

「何をする!」

「いや、似てるんだよ。どうしてかな。お前のことは殺したいほど憎い。だけどなんでか、嫌いじゃないんだ。お前のことが。なあトラグカナイ、俺はお前をどうしたいんだ?」

「どうって、そんなの知るかよ。この俺が!」

「だよな」

 源は口の中に血の味を感じながら、その感情のありかを探す。

(俺は悪い奴だ。それは前提なんだ。それは俺が死ぬことによって完成される。贖われる)

(贖われる?どうして俺はそんな楽観をしているんだ?俺が死んでも、カナは、遠野彼方は帰ってこない。俺の人生は、人生そのものだった彼女は帰ってこないのに)

(それでもお前は償うんだ。彼女にであってからの選択全てを、それらを病的なまでに調べ上げて、自分を弾劾するんだ。それで身を貫くような、今まで目を背け続けてきた罪悪の棘は抜け落ちる。そしてお前も底に落ちる。あの嵐の日のように。錯乱した頭で精神を壊しながら跡形もなく消え去る)

「目の前にいるじゃないか」

 唐突に源の口から零れ落ちたその11文字は、まるで泥の底から落とし物を拾い上げるように、源の心理をくっきりと映し出した。そして真っ白だった空間は急激に色を取り戻していく。気づくと源とトラグカナイは放課後のあの教室にいた。前の席に座るトラグカナイはポロシャツをはためかせながら、こちらを振り返る。

「これは、お前がやったのか?」

「ここは俺が戦闘機乗りになると決めた、あの日の教室」

「……趣味の悪い。やっぱりお前はただの人間だ」

 トラグカナイの言葉は源には届いていなかった。

(ここでお前があんなくだらない虚栄を張ったから、カナはお前についてきたんだ)

「でも嬉しかっただろ?」

(……ああそうさ、嬉しかったよ。物心つく前からの大好きな幼馴染。恋人でも、友達ですらない、唯一の特別な関係。そんなアイツと、今度は生死を共にできるんだ)

「そうなんだ。多分俺はカナに依存してた。あのころはそんな風には思わなかったけど。もう一度同じ立場に立って、俯瞰してみると、驚くほど自分の気持ちの整理がつく」

(じゃあお前は目の前の怪人をどうしたいんだよ。姿ばかりがそっくりの、借り物のまがい物。まさか情が移ったなんて言うつもりか?)

「それは、どうなんだろう。俺は分からないよ。コイツは俺の記憶を土足で踏み荒らした悪者だけど、そこに違和感を感じてしまう。本当はこいつはこんなことしたくなかったんじゃないのか?手と手を取り合って笑顔で握手をしたいだけだったんじゃないのか?って」

(くだらない。そんなもの、感情の混乱から漏れ出たただのノイズだ)

「それでも可能性はなくならない。すべてに対して俺は早計過ぎた。昔からずっとそうだ。そして今も、俺は冷静な自己分析を怠ってただ自分だけが楽になる方法を提示し続けた。それは違う。俺が望むのはカナの全ての幸せだ。そこに俺のエゴを混ぜるのは、それこそノイズになるんだ。いいか、俺は元をたどれば者に構えた嫌な奴だ。でも常に冷静で、それでいてアツい男だったじゃないか」

(……自分で言うかよ)

「つまり考えを改めるんだ。自分に対しても、この怪人に対しても。俺がすべきなのは自己満足なリストカットじゃなくて、大怪獣玄武を浄化して、赤本さんたちに助勢することだ」

(それは記憶を失ったまた別の俺だろ?)

「それでも俺だ。俺は俺を尊重する。これでもいい更生のしかただと思っているから」

(……勝手にしろよ)

(ああ、勝手にする。まずはお前だトラグカナイ。お前をどうするか、俺はやっと自分を理解できた)

「なあ、お前はいつからこの状況を理解してたんだ?」

 源は前の席に座るトラグカナイに尋ねた。

「は?急に何を……」

「本当は何もわかってなかったんじゃないのか?さっきの行動だって、言動だって、見せかけの空っぽだったんじゃないのか?じゃなきゃそんな、そんな目は出来ないよ」

 (そう。コイツは、怪獣である前に一人の女だったんだろう。幼少期もあるし、思春期もあるし、当然恋だってする。どうしてもそんな雰囲気がしてならない)

「俺はいたってまともだ!さっきだって冷静に対処したからアシュキルを…」

「あいつは俺を親友だと言った。お前はさ、もしかして嫉妬したんじゃないか?俺に対してではなく、俺のもっと根源の、根っこの部分。ギルガメシュだったか?お前は彼のことが…」

「黙れ!」

 トラグカナイは椅子から立ち上がると、源をまた殴った。そんなトラグカナイの頬は、赤く染まっていた。

「はは、図星じゃないか。カナもそうやって照れたことがあったな」

 源は顔中に痛みを感じながらも、喋ることをやめなかった。

(これがきっと一番手っ取り早い)

「お前はさ、俺の記憶を見ていたよな。じゃあお前の記憶を見れるわけだ」

「お前、まさか…!」

「見させてもらうぜ。トラグカナイ」

「よせ!やめろ!」

 源はトラグカナイの制止も聞かず、手を伸ばしてその頬に触れた。すると意識は薄れ、源は膨大な流れに身を任せた。
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