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最後の日と、別れの日と、
墓参り
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朝ご飯は食べなかった。
キスの感触をずっと唇に覚えていたかったから。
もちろん、お腹があまり空いていなかったのもある。
唇を撫でながら向かっている先は、父さんの部屋。
一昨日に『母さんの事に向き合うことにしたの?』という私の問いに対し頷いたので、墓参りには一緒に行ってくれるのではないかという淡い期待を抱いてる。
私は、辿り着いたその部屋の前で一呼吸をし。
──トントントン。
ドアをノックする。
一秒。二秒。三秒。四秒。五秒。
返ってくるのは沈黙のみ。
「父さん?」
少しだけ声量大きく、父さんを呼ぶ。
だが、それでも返ってくるものはただひとつ。沈黙。
……少しでも期待をした私が馬鹿だったらしい。
中にズカズカと足を踏み入れて、なんか一発言ってやろうかとも思ったけど。
過去に勝手に部屋に入ったら怒鳴られたという、割と苦い思い出が蘇ったのでやめた。
そもそも。
父さんが母さんの事に向き合うというのが、有り得なかったのかもしれない。
だって、これまで部屋に篭りっぱなしだった人が、急にそう決心をするなんて。
……まぁ、向き合いすぎているせいで、今のこの状況があるとも言える。
けれど、少なくとも、母さんは父さんの今の状況を望んでいない。
それは私としても、めっちゃ複雑で……。
やっぱりドア越しに一発何か言ってやろうか。
別に親だし。部屋に入ってないし。何か言うくらいいいだろう。
私は、ドアの前で大きく呼吸を一つ。
「母さんを大切にしろー!」
よし。
ちょっとスッキリした。
物音一つも返ってこないけどね!
私はドアから離れ、玄関に向かう。
まだ時間では無いのだけど、その前にしなければならないことを思い出した。
それは、供え物のお花の購入。これ必須。多分。
財布は持った。購入するお花は、去年と同じでカーネーションかな。
この季節に買うと、少しだけ値が張ってしまう。
思いながら、私は靴を履き、ドアを開く。
その瞬間に私の肌を撫でる熱気と、刺してくる光が私を襲う。
反射的に目元に影を作り、今日の空を見上げた。
快晴だった。今日も今日とて。
奥に見える今日の街は、いつもよりも活気を感じる。
街はもう、お祭りムードに彩られたようだ。
昨日よりも街が鮮やかに飾り付けられている。
この祭りは一応、街を守る女神への感謝祭なのだけど。
その趣旨を意識、理解して祭りを楽しんでいる人は極少数な気がする。
私はもちろん女神に感謝する様なことはなんもないので、多数派の方だ。
目元は手で覆ったまま、私は歩みを進める。
いつもと違う街並みを歩くのは、少し新鮮で楽しかった。
※
手に花を抱え、お花屋さんを出る。
この間、特に語るような事はなんも無かった。
うん。本当に無かった。
歩いて、お花屋さんの中に入って。
何事も無くカーネーションを幾つか購入して。
それだけ。
なんならもう家に着く頃だ。
次に向かうのは母さんのお墓。
その場所は。家の裏口を抜けたすぐそこにある。
勿論、他にも幾つか別の家のお墓もあって。
母さんのお墓はその中の一つだ。
「あついー」
そんな苦の呟きを常に漏らしながら、私は歩く。
太陽が容赦なさすぎて、本当に大変だ。
やがて、家へと辿り着き。
私は庭を歩き、裏の方へと回る。
裏口の柵型のドアを開け、少しだけ石畳を歩み。
目の前に見えているお墓の集合場所は、見る感じ誰もいない。
積んだ石に囲われたその場所に足を踏み入れ、母さんの元を訪れた。
「…………」
その石のお墓を見ると、いつも少しだけ涙腺が緩む。
色々な思い出が頭の中を流れちゃって。
誰もいなくてよかった。と、胸を撫で下ろす気持ちになる。
時刻を確認しようと、懐中時計を取り出した。
現在は十一時になる手前。
意外と時間が経っている事に、内心驚く。
これくらいの時間なら、墓を少し掃除すればちょうどいいくらいになるかな。
幸い、近くの木が影になって、さっきよりかは涼しい。
「よし。じゃあ、掃除かな。そんな汚れてないけど」
独り言を吐きながら、私はやるぞと意気込む。
ポケットに入っていたハンカチを取り出し、汚れが付着した所を拭こうとしたところで、私はピタと手を止める。
「そうだ」
と思い付き、お墓と少し距離を置いて、ハンカチに手をかざした。
目を瞑り、意識する。
「……ウォーター」
──水の魔法を。
ハンカチを濡らして拭いた方が、汚れも取れやすそうだしね。
水の魔法は初めてだけど、簡単な魔法はそれを意識すれば使えるはずだし。
ハンカチは水で濡らして拭くのがいいから。
「…………」
かざした手に魔力を注ぐ。
水に形は無い。
とりあえず、そのまま──。
「──」
目を開く。
少量の水が、ハンカチに注がれている。
温度的には、夏の暑さに心地よい冷たさ。
すごい。魔法すごい。
思ったけど、魔法を使いこなせれば、家事も楽になりそう。
……あ。でも、単純に魔力の量的に無理なのかなー。
思いながら、私はそのハンカチで付着した汚れをゴシゴシと拭いてあげた。
すぐに汚れは剥がされ、十分もしないうちにお墓は綺麗に輝いた。
その出来に満足しつつ、持ってきたカーネーションのお花をお墓の前に置いてあげた。
時間まで少しあったので、私は近くの木にもたれかかる様に座り休憩に入った。
「はぁ……」
何気に、ここまでノンストップだったなー。と。
それを意識した途端に、どっと疲れが押し寄せてきた。
手足をぐーっと宙に伸ばし、溜まった疲れを発散させる。
少し落ち着いたところで、私の頭に浮かぶのはリリィの存在。
残された時間が半日しか無いことを不意に意識した。
いや、もしかしたら、半日すらも無いのかもしれない。
けど。現実感が無いというか。
どこかふわふわとしている。その事が。
──なんて、ふけっていると。
なんとなしに見た時計の針は十一時二十三分になろうとしていた。
私は時計をその場に置き、墓の前に移動する。
この時間に、花も添えれば良かったのかなと思いつつ。
私はそこで目を閉じ、想う。
ここにいるかも分からないその人に。
語りかけるように。私は心の中で、独り言を呟き始める。
──母さん。
今日は、母さんが世を去ってから三年目。
言われた通り、真っ直ぐと、私は生きています。
父さんは。……夜のこの時間に、来るのかな。
分からないけど、私は一人でも、やっていけてるよ。
あ、そういえばね。私、好きな人ができたんだ。
凄く美人で、私なんかには不釣り合いだけど。
それでも私の事を好きって言ってくれる、凄く良い人。
そんな彼女を、私も好きになれて、良かったなって思ったの。
けどね。彼女とも、今日でお別れなんだ。
お別れするまでに私の想いを彼女に伝えるから。
母さん、見てくれているなら。見守ってて?
私、頑張るから。
後ね。魔法も使える様になった。さっきの水の魔法、見てた?
ともかく。これで将来も安泰だよ!
良い仕事を見つけて、良い暮らしをしていく予定!
……だから。安心してね。
「…………」
──よし。
この私の想いは、ちゃんと母さんに届いたかな。
届いていたら、いいな。
私は一礼をして、踵を返した。
その瞬間。
「ミリア、おはよ」
すぐ私の後ろにいた彼女──リリィに声をかけられた。
「わっ。びっくりした」
少しだけ、肩がビクつく。
リリィはクスッと微笑むと。
笑いながら、私をからかう様に言ってくる。
「一分前くらいからいたよ。ミリア全然気付いてくれない」
「気付かなかったー。というか、よくこの場所が分かったね」
「うん。何となく裏庭に回ったら、お墓の前にいるミリアを見かけた」
「なるほどなるほど。──あ」
頷きながら、私はふと思い出した。
「……?」
疑問符を顔に浮かべたリリィ。
まだ、さっきの挨拶に対して返事をしていなかった。
自分の耳にすら届かないほどの小さな深呼吸をし、
「リリィ、おはよっ!」
快活に笑い飛ばした。
「……うん。おはよ」
リリィも、照れ臭そうにはにかみ笑顔を私に見せる。
かわいい。
キスの感触をずっと唇に覚えていたかったから。
もちろん、お腹があまり空いていなかったのもある。
唇を撫でながら向かっている先は、父さんの部屋。
一昨日に『母さんの事に向き合うことにしたの?』という私の問いに対し頷いたので、墓参りには一緒に行ってくれるのではないかという淡い期待を抱いてる。
私は、辿り着いたその部屋の前で一呼吸をし。
──トントントン。
ドアをノックする。
一秒。二秒。三秒。四秒。五秒。
返ってくるのは沈黙のみ。
「父さん?」
少しだけ声量大きく、父さんを呼ぶ。
だが、それでも返ってくるものはただひとつ。沈黙。
……少しでも期待をした私が馬鹿だったらしい。
中にズカズカと足を踏み入れて、なんか一発言ってやろうかとも思ったけど。
過去に勝手に部屋に入ったら怒鳴られたという、割と苦い思い出が蘇ったのでやめた。
そもそも。
父さんが母さんの事に向き合うというのが、有り得なかったのかもしれない。
だって、これまで部屋に篭りっぱなしだった人が、急にそう決心をするなんて。
……まぁ、向き合いすぎているせいで、今のこの状況があるとも言える。
けれど、少なくとも、母さんは父さんの今の状況を望んでいない。
それは私としても、めっちゃ複雑で……。
やっぱりドア越しに一発何か言ってやろうか。
別に親だし。部屋に入ってないし。何か言うくらいいいだろう。
私は、ドアの前で大きく呼吸を一つ。
「母さんを大切にしろー!」
よし。
ちょっとスッキリした。
物音一つも返ってこないけどね!
私はドアから離れ、玄関に向かう。
まだ時間では無いのだけど、その前にしなければならないことを思い出した。
それは、供え物のお花の購入。これ必須。多分。
財布は持った。購入するお花は、去年と同じでカーネーションかな。
この季節に買うと、少しだけ値が張ってしまう。
思いながら、私は靴を履き、ドアを開く。
その瞬間に私の肌を撫でる熱気と、刺してくる光が私を襲う。
反射的に目元に影を作り、今日の空を見上げた。
快晴だった。今日も今日とて。
奥に見える今日の街は、いつもよりも活気を感じる。
街はもう、お祭りムードに彩られたようだ。
昨日よりも街が鮮やかに飾り付けられている。
この祭りは一応、街を守る女神への感謝祭なのだけど。
その趣旨を意識、理解して祭りを楽しんでいる人は極少数な気がする。
私はもちろん女神に感謝する様なことはなんもないので、多数派の方だ。
目元は手で覆ったまま、私は歩みを進める。
いつもと違う街並みを歩くのは、少し新鮮で楽しかった。
※
手に花を抱え、お花屋さんを出る。
この間、特に語るような事はなんも無かった。
うん。本当に無かった。
歩いて、お花屋さんの中に入って。
何事も無くカーネーションを幾つか購入して。
それだけ。
なんならもう家に着く頃だ。
次に向かうのは母さんのお墓。
その場所は。家の裏口を抜けたすぐそこにある。
勿論、他にも幾つか別の家のお墓もあって。
母さんのお墓はその中の一つだ。
「あついー」
そんな苦の呟きを常に漏らしながら、私は歩く。
太陽が容赦なさすぎて、本当に大変だ。
やがて、家へと辿り着き。
私は庭を歩き、裏の方へと回る。
裏口の柵型のドアを開け、少しだけ石畳を歩み。
目の前に見えているお墓の集合場所は、見る感じ誰もいない。
積んだ石に囲われたその場所に足を踏み入れ、母さんの元を訪れた。
「…………」
その石のお墓を見ると、いつも少しだけ涙腺が緩む。
色々な思い出が頭の中を流れちゃって。
誰もいなくてよかった。と、胸を撫で下ろす気持ちになる。
時刻を確認しようと、懐中時計を取り出した。
現在は十一時になる手前。
意外と時間が経っている事に、内心驚く。
これくらいの時間なら、墓を少し掃除すればちょうどいいくらいになるかな。
幸い、近くの木が影になって、さっきよりかは涼しい。
「よし。じゃあ、掃除かな。そんな汚れてないけど」
独り言を吐きながら、私はやるぞと意気込む。
ポケットに入っていたハンカチを取り出し、汚れが付着した所を拭こうとしたところで、私はピタと手を止める。
「そうだ」
と思い付き、お墓と少し距離を置いて、ハンカチに手をかざした。
目を瞑り、意識する。
「……ウォーター」
──水の魔法を。
ハンカチを濡らして拭いた方が、汚れも取れやすそうだしね。
水の魔法は初めてだけど、簡単な魔法はそれを意識すれば使えるはずだし。
ハンカチは水で濡らして拭くのがいいから。
「…………」
かざした手に魔力を注ぐ。
水に形は無い。
とりあえず、そのまま──。
「──」
目を開く。
少量の水が、ハンカチに注がれている。
温度的には、夏の暑さに心地よい冷たさ。
すごい。魔法すごい。
思ったけど、魔法を使いこなせれば、家事も楽になりそう。
……あ。でも、単純に魔力の量的に無理なのかなー。
思いながら、私はそのハンカチで付着した汚れをゴシゴシと拭いてあげた。
すぐに汚れは剥がされ、十分もしないうちにお墓は綺麗に輝いた。
その出来に満足しつつ、持ってきたカーネーションのお花をお墓の前に置いてあげた。
時間まで少しあったので、私は近くの木にもたれかかる様に座り休憩に入った。
「はぁ……」
何気に、ここまでノンストップだったなー。と。
それを意識した途端に、どっと疲れが押し寄せてきた。
手足をぐーっと宙に伸ばし、溜まった疲れを発散させる。
少し落ち着いたところで、私の頭に浮かぶのはリリィの存在。
残された時間が半日しか無いことを不意に意識した。
いや、もしかしたら、半日すらも無いのかもしれない。
けど。現実感が無いというか。
どこかふわふわとしている。その事が。
──なんて、ふけっていると。
なんとなしに見た時計の針は十一時二十三分になろうとしていた。
私は時計をその場に置き、墓の前に移動する。
この時間に、花も添えれば良かったのかなと思いつつ。
私はそこで目を閉じ、想う。
ここにいるかも分からないその人に。
語りかけるように。私は心の中で、独り言を呟き始める。
──母さん。
今日は、母さんが世を去ってから三年目。
言われた通り、真っ直ぐと、私は生きています。
父さんは。……夜のこの時間に、来るのかな。
分からないけど、私は一人でも、やっていけてるよ。
あ、そういえばね。私、好きな人ができたんだ。
凄く美人で、私なんかには不釣り合いだけど。
それでも私の事を好きって言ってくれる、凄く良い人。
そんな彼女を、私も好きになれて、良かったなって思ったの。
けどね。彼女とも、今日でお別れなんだ。
お別れするまでに私の想いを彼女に伝えるから。
母さん、見てくれているなら。見守ってて?
私、頑張るから。
後ね。魔法も使える様になった。さっきの水の魔法、見てた?
ともかく。これで将来も安泰だよ!
良い仕事を見つけて、良い暮らしをしていく予定!
……だから。安心してね。
「…………」
──よし。
この私の想いは、ちゃんと母さんに届いたかな。
届いていたら、いいな。
私は一礼をして、踵を返した。
その瞬間。
「ミリア、おはよ」
すぐ私の後ろにいた彼女──リリィに声をかけられた。
「わっ。びっくりした」
少しだけ、肩がビクつく。
リリィはクスッと微笑むと。
笑いながら、私をからかう様に言ってくる。
「一分前くらいからいたよ。ミリア全然気付いてくれない」
「気付かなかったー。というか、よくこの場所が分かったね」
「うん。何となく裏庭に回ったら、お墓の前にいるミリアを見かけた」
「なるほどなるほど。──あ」
頷きながら、私はふと思い出した。
「……?」
疑問符を顔に浮かべたリリィ。
まだ、さっきの挨拶に対して返事をしていなかった。
自分の耳にすら届かないほどの小さな深呼吸をし、
「リリィ、おはよっ!」
快活に笑い飛ばした。
「……うん。おはよ」
リリィも、照れ臭そうにはにかみ笑顔を私に見せる。
かわいい。
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