ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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ハッピーエンドにするために

黒幕

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 ミリアが死ぬ理由。
 それは、とても残酷なもので。
 同時に、抗う事が到底できそうにない。そういうものだった。
 どうしようもない。本当にどうしようもない。
 日記の最後のページを開け放しにしたリリィは、何も分からない状態のままだ。

 ──蘇生術……か。

 逆五芒星の上の、鉄の箱。
 それをリリィは、刺すように見る。
 中にあるのは、冷凍にされたミリアの母──サリーの死体。
 デーヴィドは蘇生術と呼んでいたが違う。これは人体錬成だ。
 悪魔の力を借り、降霊術を駆使し、死者の魂を呼び寄せるその行為。
 けれど。そんなこと、人を生き返らせる事など。やってはならない。
 第一、その魂が生まれ変わっていたら、どうしようもないのだ。

 しかし、デーヴィドは確信していたのだろう。
 病気で死んだサリーの魂は、未だ現世を彷徨い続けている、と。
 実際その通りではあったのだ。

 ──だから、どうしてもミリアは死ぬ。

 リリィは、箱の前に歩み寄る。
 それを開く事は、可能であろう。
 しかし、開く気など無かった。
 箱の中に広がる光景が、とても残酷な物だと分かっているからだ。
 わざわざそれを見て、不快な想いになる必要も無い。

 ──これから。どうすればいいのだろうか。

 今回はもう、特に進展も無く終わるだろう。
 だが、次から。何を、どうすれば。

 ──とりあえず、ここを出よう。

 今、考えることではないか、と。
 外へ出ようと踵を返したその瞬間。

「え……?」

 リリィの身体が麻痺した様に動きを止めた。

「あれ?」

 一切も。
 動かしたくても、動いてくれない。
 すぐに察した。これは魔法で縛られている、と。

 ──部屋に仕掛けられた罠?

 こんなことをしている部屋だ。そんなものがあってもおかしくはない。
 そう考えたが。その考えはすぐに否定された。
 目の先にある、梯子。
 その先にある扉が、ゆっくりと開かれたのだ。
 次いで、

「あぁ。私の魔力に何かが触れていると思ったが」

 野太い男声──デーヴィドの声。
 それが、扉の先から飛んできた。飛んできてしまったのだ。
 姿を現した彼は、梯子を力ない様子で降りてくる。

 ──早い。どうして。

 まだ一時間も経ってはいなかった。
 帰ってくるには、早すぎる。
 部屋に漂うデーヴィドの魔力に、リリィが触れすぎた。
 それにデーヴィドは気付いてしまったのだ。

「まさか。不法侵入者がいたとは、迂闊だった」

 身体は未だに動かない。
 しかし顔は動く。だが、震えた口からは何の言葉も出やしない。
 身体も震えそうなくらいに怖いのに、全く震えないことに違和感すら覚えていた。
 けれど、同時に。リリィはデーヴィドに怒りを抱いた。
 なぜなら。こいつがミリアが死んでしまう原因だからだ。

「残念だ。ミリアだったら、殺しはしなかったのに」

 デーヴィドは冷酷に告げる。
 言った意味をそのまま取ると、リリィは今から殺されるということだ。
 もちろん恐怖は覚えたが。しかしそれ以上に、怒りが勝った。
 震えていた口元は、落ち着きを取り戻す。

「誰かは存じ上げんが、君の綺麗な髪と爪を頂こうか」

 ──あぁ。私は今から、こんな奴に殺されるのか。

「だからここは、ありがとう、とでも言うべきかな?」

 ──くそ。くそ。こんな奴に。

 乾いて引っ付いた唇を離す。
 憎しみのこもった声を、デーヴィドにつ。

「許さない。お前を」

 それを聞いたデーヴィドは驚いたように目を丸くし、苦笑した。

「何の事かは知らんが、勝手にしてくれ」
「とぼけるな。ミリアの魂を奪って、別の命を作り出そうとしているでしょ」

「私の選んだ道だ。誰に許されなかろうが、響かんよ」
「お前のせいで。ミリアは……」

 リリィは唇を噛み、絞るような声を出しながらデーヴィドを睨む。
 デーヴィドは納得したように一つ頷いた。

「あぁ、なるほど。君はあの子の友達なのか」

 その言葉にリリィは、首を横に振りながらこう答えた。

「違う。ミリアは……私の、恋人」

 その声は、少し自慢げで、嬉しそうだった。
 ミリアに好きになって貰ったことなんて無いのに。
 自分の想いの大きさをデーヴィドに伝えたかったのかもしれない。

 けれど別にいいと、リリィは思う。
 どうせ、もう死んでしまうのだから。
 みんな忘れる。リリィだけしか覚えられないことなのだから。

 ──こんな見栄くらい、張ってもいいでしょ。

 咄嗟の発言に、デーヴィドは特に驚きもしなかった。

「そうか。君は愛するあの子のために。……だが、私には、愛するサリーがいる。私はサリーのために、あの子の魂を奪う」

 デーヴィドは妻であるサリーのことしか眼中に無い。
 それはつまり。ミリアのことなんて、少しも大切になど思っていないということで。
 リリィは苛立たしさに、目の前のデーヴィドに悪感情を剥き出しに、唾を飛ばす。

「くそ野郎。お前がミリアを大事に思わないなら。どうでもいいって言うんなら。……私が。ミリアを……大事に……」

 リリィは言いながら己の無力さを覚え、ボロボロと涙がこぼれ出した。
 強気だった声の力は、次第に弱まって、最後に跡形もなく消えて。
 残ったのは、リリィの苦しい泣き声だけだった。

「心外だな。蘇生術に必要なあの子を、私が大事にしていないわけないだろう」

 溜息混じりに残酷な言葉を残したデーヴィドは、どこからか鋭利に尖ったナイフを取り出し。
 リリィの胸元に近づけ、的確に心臓部分を刺した。
 その間、彼は躊躇う様子一つも見せなかった。

「がっ──」

 心臓部分を侵食するように、何か毒の様な何かが広がり始める。
 全身にじわじわと染み込み、リリィはもがく事すら出来ずに、ただ苦しむ。
 リリィが一周目の死に際に感じた物と、全くと言っていいほど同じ感覚だった。

 ──意識が、遠い。

 リリィは仮にも女神。
 そんな彼女の心臓が刺されても、死ぬまでには時間を要する。
 だが。こんなにもすぐに意識が飛ぶのは。魔法の力が込められた刃物だからだ。
 呪いの魔法。相手を苦しめるためだけに存在している、呪いの魔法。
 魔法は人を傷つけるためにあるものではない。そういう認識が世間にはある。
 だがデーヴィドは平然と何でもない事のように、リリィに使用してみせた。
 そして──ミリアにも。
 最低で最悪で下劣で卑劣な人間。
 それが、ミリアの父。デーヴィド・フローレス。
 リリィは漸く、それを認識して。理解して。飲み込んだ。

 ──絶対に。絶対に、ミリアを救う。こんな奴から。

 リリィは間も無く絶命という時に、強く、深く。そう想った。

 やはりリリィはどうしようもないくらいに、ミリアのことが大好きらしい。
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