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33 知られたくない話
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紫髪の人は私の肩から手を退けると、小さい溜め息をついた。
広場の片隅に立つ私たち三人の間に、少し険悪な空気が漂う。
「随分、つれない態度だが……その割には、まだ俺を『師匠』と呼ぶんだな」
「……まあ、そうですね。仮にも、尊敬していた相手ですから」
「過去形……ってことは、今は尊敬していないということか」
「ええ、そうです。でも、その原因を作ったのは、貴方ですよ。自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですか?」
私は広場を行き交う楽しそうなプレイヤーたちを眺めながら、「一体、これはどういうことなんだろう」と思いを巡らす。
だけど、いまいち状況が把握できなかった。二人が『師弟関係』だということはわかったけれども……。
とりあえず、師匠と呼ばれたプレイヤーのキャラクター情報を確認してみる。どうやら、彼の名前は『フェイ』というらしい。
「ふむ……考えてみたが、やはり、ここまで嫌われる理由がわからんな」
「わからないなら、思い出させてあげましょう。あの日、貴方はPKされそうになっていた僕を見捨てたんですよ。……あの状況で、ゲームを始めてまだ一ヶ月程度しか経っていない初心者を『あっ! すまん、リアルで急用ができたから落ちるわっ!』とわざとらしく言って置き去りにするなんて……そんなことがあっていいんですか!?」
ルディアスはそう叫び、その端正な顔を怒りに歪ませると、訴えかけるようにフェイを見据えた。
えぇぇ……何それ! 普通に酷くないですか?
あぁ……でも、そういうことか。そう言えば、サユキを助けた時にPKに過剰な反応を見せていたっけ……。
確かにPK自体、かなり悪いことではあるのだけど。それにしたって、すごく怒ってたもんね。なるほど、これが原因でもあったのか。
でも、まあ……確かにそんな状況で置き去りにされたら、恨みたくなる気持ちもわかるよ。
「その『急用』ですら、本当かどうか怪しいと今でも思って──」
「あー。そういや、そんなこともあったなぁ」
フェイはルディアスの言葉を遮ると、悪びれる様子もなくそう言った。
なんか、飄々とした人だなぁ。掴みどころがないっていうか……。
「……今思えば、恐らくあの連中は『初心者狩り』の類なんでしょうね。そんな連中に、僕はたった一人で挑まなければならなかった──お陰であの後、どんな目に遭ったと……」
えーと……確か『初心者狩り』って、わざと低レベルのプレイヤーを狙ってPKして、力を誇示するような人たちのことだよね。
まさか、ルディアスの初心者時代にそんなことがあったなんて……。
「だが……かなりいい線行ったんだろ? ちょうど、その現場を見てた知り合いから聞いたが……たった一人で、中級者四人を相手に、最後の一人になるまで追い込んだらしいじゃないか。『とんでもない初心者が現れた』と、当時はその話題で持ち切りだったぞ」
「それは…………負けたくない一心で、必死でしたから。まあ、結局は最後の一人に負けましたけどね。……ところで。その知り合いは、どうして助けてくれなかったんですか?」
「邪魔したらいけない気がしたんだとさ。もっと言えば、お前の戦いぶりに見入ってたらしい。『初心者でここまでやれるプレイヤーは珍しい』と言っていたな。そこまで褒められたら、悪い気はしないだろ?」
「誰にも頼れなかったので、仕方なく一人で戦っただけですよ。そんなことで褒められても嬉しくありません。…………別に、奴らに負けて経験値をロストしたことや、アイテムを奪われたことに腹を立てているわけではないんです。信頼していた師匠に裏切られたことが、何よりもショックだったんですよ」
ルディアスはそう言うと、腕を組みながら深い溜め息をついた。
「まあ、そんなわけで──見捨てられた僕は、段々と貴方を信用することができなくなって……自然と離れていったんです。貴方とは、良い師弟関係を続けていけると思っていただけに残念ですよ」
「ふむ……そうか」
フェイは一向に謝る素振りを見せず、それどころか、嬉しそうに笑みさえ浮かべていた。
うーん。やっぱり、何を考えているのかわからない人だなぁ。
それにしても……真面目な口調のルディアスも格好いいな。基本、頭が良いから、本性さえ出さなければ普通にインテリキャラで通せるんだよね。
って……こんな時に思うようなことじゃないか。……でも、格好いい。
「それなら──尚更、俺の思惑通りってわけだ」
フェイはそう言うと、突然私の背後に回った。そして、素早く剣を抜いたかと思うと、その切っ先を私の首に突きつけた。
え……何? どういうこと?
「なっ……」
ルディアスはその光景を見て、全く予想してなかったという様子で大きく目を見開いた。
「──こんな風に、大切な嫁を傷付けられたくないだろ? ……無論、本気でやるつもりはなかったが。俺の行動を予測できなかったということは、まだ俺に気を許している証拠だ。そこは、まだまだ詰めが甘いとは思うが……お前は十分強くなった。共通の知り合いからお前の活躍ぶりを聞く度に、それを嬉しく思っていたんだ」
「…………」
「お前が俺を『師匠、師匠』と慕ってくれるのは、嬉しかったんだがな。あのままじゃ、ずっと俺の後ろを追いかけて依存し続けていただろ。俺は、お前の中に素質を見出したんだよ。『こいつはもっと強くなれる』ってな。だから、敢えて突き放した」
「……見捨てられたと思っていたのは、間違いだったということですか?」
「実際、見捨てたようなものだけどな。でも、まあ……あの日のことが切っ掛けでお前が強くなれたのなら、結果的には良かったと思ってる」
「師匠…………」
ルディアスはフェイの言葉を聞いて、どこか安堵したような表情を浮かべた。
長年のわだかまりが消えて、胸のつかえが取れたのかも知れない。
「まあ、そういうことだ。久々に顔が見れて良かった。うまくやっているようなら、一安心だ。……気が向いたら、今度、手合わせしてくれ。お前がどれだけ成長したか、この目で見てみたいからな」
「…………はい」
そう返したルディアスを見て、フェイは満足げに微笑むと、私たちにくるっと背を向けて広場の向こうへ歩いていった。
「……本当なら、ユリアにあんな話を聞かれたくなかったんだがな」
遠ざかっていくフェイの背中を見送りながら、ルディアスはそう呟いた。
「え? そうなんですか?」
「だって、格好悪いだろ? ……PKに負けた話なんて、できることなら聞かれたくなかった」
「うーん……。私は聞けて良かったと思いますけど……」
私の返答に、ルディアスは意外そうに、驚いた表情を浮かべる。
「私の中のルディアスは、強くて敗北なんて知らないイメージだったんです。ルディアスにもそんな時代があったんだってことを知ったら、何だか近しい存在に思えてきましたよ。絶対、追いつけるわけがないって考えていましたから……」
でも……中級者四人相手に、最後の一人になるまで追い込む時点で十分すごいし、人間離れしてるんだけどね……。
彼にとっては不覚だったのかな。
「そういうものなのか……?」
「はい。だから、それで幻滅したり……ってことはないので大丈夫ですよ」
私がそう返すと、ルディアスは安心したように微笑みを返した。
まあ、その前に一度酷い幻滅を味わっているので、それに比べたら全然大したことないわけだけども。
……よく考えたら、寧ろそっちこそ気にしてほしいよ!
でも……彼は気付いていないんだろうなぁ。
私に『格好悪いところを見られたくない』と思うまでに、自分の心境が変化していることに。
広場の片隅に立つ私たち三人の間に、少し険悪な空気が漂う。
「随分、つれない態度だが……その割には、まだ俺を『師匠』と呼ぶんだな」
「……まあ、そうですね。仮にも、尊敬していた相手ですから」
「過去形……ってことは、今は尊敬していないということか」
「ええ、そうです。でも、その原因を作ったのは、貴方ですよ。自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですか?」
私は広場を行き交う楽しそうなプレイヤーたちを眺めながら、「一体、これはどういうことなんだろう」と思いを巡らす。
だけど、いまいち状況が把握できなかった。二人が『師弟関係』だということはわかったけれども……。
とりあえず、師匠と呼ばれたプレイヤーのキャラクター情報を確認してみる。どうやら、彼の名前は『フェイ』というらしい。
「ふむ……考えてみたが、やはり、ここまで嫌われる理由がわからんな」
「わからないなら、思い出させてあげましょう。あの日、貴方はPKされそうになっていた僕を見捨てたんですよ。……あの状況で、ゲームを始めてまだ一ヶ月程度しか経っていない初心者を『あっ! すまん、リアルで急用ができたから落ちるわっ!』とわざとらしく言って置き去りにするなんて……そんなことがあっていいんですか!?」
ルディアスはそう叫び、その端正な顔を怒りに歪ませると、訴えかけるようにフェイを見据えた。
えぇぇ……何それ! 普通に酷くないですか?
あぁ……でも、そういうことか。そう言えば、サユキを助けた時にPKに過剰な反応を見せていたっけ……。
確かにPK自体、かなり悪いことではあるのだけど。それにしたって、すごく怒ってたもんね。なるほど、これが原因でもあったのか。
でも、まあ……確かにそんな状況で置き去りにされたら、恨みたくなる気持ちもわかるよ。
「その『急用』ですら、本当かどうか怪しいと今でも思って──」
「あー。そういや、そんなこともあったなぁ」
フェイはルディアスの言葉を遮ると、悪びれる様子もなくそう言った。
なんか、飄々とした人だなぁ。掴みどころがないっていうか……。
「……今思えば、恐らくあの連中は『初心者狩り』の類なんでしょうね。そんな連中に、僕はたった一人で挑まなければならなかった──お陰であの後、どんな目に遭ったと……」
えーと……確か『初心者狩り』って、わざと低レベルのプレイヤーを狙ってPKして、力を誇示するような人たちのことだよね。
まさか、ルディアスの初心者時代にそんなことがあったなんて……。
「だが……かなりいい線行ったんだろ? ちょうど、その現場を見てた知り合いから聞いたが……たった一人で、中級者四人を相手に、最後の一人になるまで追い込んだらしいじゃないか。『とんでもない初心者が現れた』と、当時はその話題で持ち切りだったぞ」
「それは…………負けたくない一心で、必死でしたから。まあ、結局は最後の一人に負けましたけどね。……ところで。その知り合いは、どうして助けてくれなかったんですか?」
「邪魔したらいけない気がしたんだとさ。もっと言えば、お前の戦いぶりに見入ってたらしい。『初心者でここまでやれるプレイヤーは珍しい』と言っていたな。そこまで褒められたら、悪い気はしないだろ?」
「誰にも頼れなかったので、仕方なく一人で戦っただけですよ。そんなことで褒められても嬉しくありません。…………別に、奴らに負けて経験値をロストしたことや、アイテムを奪われたことに腹を立てているわけではないんです。信頼していた師匠に裏切られたことが、何よりもショックだったんですよ」
ルディアスはそう言うと、腕を組みながら深い溜め息をついた。
「まあ、そんなわけで──見捨てられた僕は、段々と貴方を信用することができなくなって……自然と離れていったんです。貴方とは、良い師弟関係を続けていけると思っていただけに残念ですよ」
「ふむ……そうか」
フェイは一向に謝る素振りを見せず、それどころか、嬉しそうに笑みさえ浮かべていた。
うーん。やっぱり、何を考えているのかわからない人だなぁ。
それにしても……真面目な口調のルディアスも格好いいな。基本、頭が良いから、本性さえ出さなければ普通にインテリキャラで通せるんだよね。
って……こんな時に思うようなことじゃないか。……でも、格好いい。
「それなら──尚更、俺の思惑通りってわけだ」
フェイはそう言うと、突然私の背後に回った。そして、素早く剣を抜いたかと思うと、その切っ先を私の首に突きつけた。
え……何? どういうこと?
「なっ……」
ルディアスはその光景を見て、全く予想してなかったという様子で大きく目を見開いた。
「──こんな風に、大切な嫁を傷付けられたくないだろ? ……無論、本気でやるつもりはなかったが。俺の行動を予測できなかったということは、まだ俺に気を許している証拠だ。そこは、まだまだ詰めが甘いとは思うが……お前は十分強くなった。共通の知り合いからお前の活躍ぶりを聞く度に、それを嬉しく思っていたんだ」
「…………」
「お前が俺を『師匠、師匠』と慕ってくれるのは、嬉しかったんだがな。あのままじゃ、ずっと俺の後ろを追いかけて依存し続けていただろ。俺は、お前の中に素質を見出したんだよ。『こいつはもっと強くなれる』ってな。だから、敢えて突き放した」
「……見捨てられたと思っていたのは、間違いだったということですか?」
「実際、見捨てたようなものだけどな。でも、まあ……あの日のことが切っ掛けでお前が強くなれたのなら、結果的には良かったと思ってる」
「師匠…………」
ルディアスはフェイの言葉を聞いて、どこか安堵したような表情を浮かべた。
長年のわだかまりが消えて、胸のつかえが取れたのかも知れない。
「まあ、そういうことだ。久々に顔が見れて良かった。うまくやっているようなら、一安心だ。……気が向いたら、今度、手合わせしてくれ。お前がどれだけ成長したか、この目で見てみたいからな」
「…………はい」
そう返したルディアスを見て、フェイは満足げに微笑むと、私たちにくるっと背を向けて広場の向こうへ歩いていった。
「……本当なら、ユリアにあんな話を聞かれたくなかったんだがな」
遠ざかっていくフェイの背中を見送りながら、ルディアスはそう呟いた。
「え? そうなんですか?」
「だって、格好悪いだろ? ……PKに負けた話なんて、できることなら聞かれたくなかった」
「うーん……。私は聞けて良かったと思いますけど……」
私の返答に、ルディアスは意外そうに、驚いた表情を浮かべる。
「私の中のルディアスは、強くて敗北なんて知らないイメージだったんです。ルディアスにもそんな時代があったんだってことを知ったら、何だか近しい存在に思えてきましたよ。絶対、追いつけるわけがないって考えていましたから……」
でも……中級者四人相手に、最後の一人になるまで追い込む時点で十分すごいし、人間離れしてるんだけどね……。
彼にとっては不覚だったのかな。
「そういうものなのか……?」
「はい。だから、それで幻滅したり……ってことはないので大丈夫ですよ」
私がそう返すと、ルディアスは安心したように微笑みを返した。
まあ、その前に一度酷い幻滅を味わっているので、それに比べたら全然大したことないわけだけども。
……よく考えたら、寧ろそっちこそ気にしてほしいよ!
でも……彼は気付いていないんだろうなぁ。
私に『格好悪いところを見られたくない』と思うまでに、自分の心境が変化していることに。
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