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本編

7 独占欲の片鱗

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 前世で、幼少時に「千鶴ちゃんの好きな人は誰?」と聞かれたら、必ず弟だと答えていた。私はそう答えることが特別変だとは思わなかったし、周りも別に何も言わなかった。
 でも、ある時、それを指摘されてからは考えが変わり始めた。





 あれは、私が幼稚園に通っている頃だっただろうか。当時、仲が良かった女の子に突然尋ねられた。

「千鶴ちゃんの好きな人って、望くんなんだよね? じゃあ、大きくなったら望くんと結婚するの?」
「うん、そうだよ」
「お母さんに聞いたら、きょうだいは結婚できないって言ってたよ。千鶴ちゃん、変だよ」
「へ、変なんかじゃないよ! わたし、大きくなったら望くんと結婚するって約束したもん……」
「絶対、変だよ! ねえ、先生! 千鶴ちゃんが変なこと言ってる!」

 彼女はそう叫びながら、幼稚園の先生の元に駆け寄っていった。
 すると、先生は優しく微笑みながら「千鶴ちゃんは、まだ小さいからそう言っているだけよ。大人になったら別の人と結婚するのよ」と返していた。

「ねえ、先生……わたし、望くんと結婚出来ないの?」

 泣きそうになりながら、先生のそばに走り寄りそう尋ねると、

「今は望くんが一番好きでも、そのうち他の男の子を好きになるから大丈夫よ」

 と、先生は少し困惑した表情で言った。あの時の先生の顔は今でも忘れられない。「子供の言うことだから」と最初は笑っていた先生も、私があまりにも「なんで? なんで結婚できないの?」と熱心に聞くものだから、返答に困っていたのだと思う。
 当時は心底落ち込んだけれど、そんな私もやがて『弟は好きになってはいけない相手』だということを理解した。
 とはいえ、小学生くらいまではやっぱり望が『一番好きな男の子』だった。周りの男子と彼を比べて、「望が一番格好いい」と思うこともしばしばあった。「これでは駄目だ」と思った私は、中学生になってからは無理にでも他の男子に目を向けるようになった。
 それでも、何だかんだでブラコンを卒業できない私だったが……前世の恋人である要はそれを承知で私に好意を向けてくれた。

 そんな要の真摯な態度に段々と惹かれ始めた私は、彼の告白を受けて交際をスタートさせた。その時は、「これで漸く弟離れできる。望に迷惑をかけずに済む」と安心していた。
 望も私達を祝福してくれたけれど……なぜか彼が時々見せる寂しそうな顔に、胸の奥がチクリと痛んだ。
 でも、これでいい。いつまでも弟にべったりでいるわけにはいかない──私は自分にそう言い聞かせ、要との時間を優先させていった。

 そんな風に平穏な日々を送っていると、気づけば一年以上が経過していた。
 高校二年生の冬までの記憶はある。でも、それ以降の記憶がない。ということは、やっぱりその辺りで死んだのだろう。
 望は相変わらず死んだ日のことを教えてくれない。痛ましい事故や事件に巻き込まれたから、私が思い出してショックを受けないように気遣ってくれているのかも知れないけれど……。いつか、本当のことを教えてくれる日が来るのだろうか。

 そんな酷い死に方をした私達を、要はどう思っているんだろう……?
 悲しんでいるだろうか。絶望して、生きる気力を失っていないだろうか。残してきた彼のことが気掛かりだけれど、確認しようがない。
 ……せめて、彼が前向きに生きてくれていますように。





「おはよう、セレス」
「……ん……?」

 高すぎず低すぎず、耳に心地よいその声に気付き目を開けると、リヒトの綺麗な顔が間近にあった。

「おはよう……って、なんでそんなに顔が近いの……?」
「寝顔が可愛くて見惚れていたら、つい……」
「せめて、ノックくらいして欲しいんですけど!」
「したけど、返事がなかったんだ」

 私はため息を漏らしつつも、ベッドから上体を起こす。
 うーん……立場上は私のマスターになったとはいえ、勝手に寝室に入って来られるのは困るな……。

「ねえ、ふと気になったのだけれど……リアンって結婚出来るの?」

 昨夜、寝る前に要のことを考えていた私は、リヒトにそう尋ねてみた。
 あのまま死なずにいたら、きっと私は要と結婚していただろう。そう思うと、本当に残念でならない。まあ、今更どうこう言っても仕方ないのだけれど……。

「──どうして、そんなことを聞くんだ?」

 急にリヒトの声のトーンが変わった。

「え、いや……気になっただけだよ」
「『お前の面倒は俺が一生見る』って言っただろう?」
「そうだけど……本当に、ただ気になっただけで……」

 もし結婚出来るのだとしたら、将来的にはしたいと思う。けれども……とても、そんなことを言える雰囲気ではなかった。リヒトは一見笑っているように見えるが、目から笑みが消えている。

「……結婚したい相手がいるのか?」
「えっ……今はいないよ?」
……?」

 リヒトは抑揚のない声でそう聞き返してきた。

「えっと……」

 それ以上、何も言えなくなってしまった。すると、リヒトはため息を一つついて口を開いた。

「……一応、リアン同士の結婚は認められている。どちらか一方、若しくは双方にマスターがいる時は、マスターが許可した場合のみ結婚することができる。但し……マスターと隷属者の結婚は認められていないし、恋愛自体が禁忌とされているけどな」
「そうなんだ……」
「リアン同士の結婚が認められているとはいえ、基本はマスターに仕えることが第一だ。仕事に支障をきたすようなら即別れさせられるし、そういうのが面倒だから、わざわざ結婚するリアンも稀らしいが」

 なるほど。何をするにも、全てはマスターの一存で決まるわけか。本当に、魔力を持たない人間は徹底的に管理されているんだな……。

 ちなみに、私のように親族と隷属契約をするケースは珍しいのだそうだ。
 貴族のみに許される所謂、特例だから一般人は親族以外のマスターを見つけるか、隔離施設に行くかの二択しかないらしい。

「今日は、監察官が訪問してくる日だ。早めに支度を済ませておくといい」

 リヒトはそう言うと、部屋を出ていった。
 ああ、そう言えば、月に一度は監察官の訪問があるって言っていたっけ。
 それにしても……さっきのリヒトは、異様に怖かった。今までも、様子がおかしいことは時々あったけれど……あんな彼を見たのは初めてだ。
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