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番外編
思い出のショートケーキ
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クローゼットからアルバムを引っ張り出してきた私は、居間のソファにゆっくりと腰を掛けた。
「私達が生まれてから、もう15年経つのかぁ……」
ノスタルジックな気分に浸った私はそう独り言を呟き、アルバムのページを次々と捲った。
アルバムには、私と望の思い出の写真が沢山並んでいる。どれもお気に入りで、大切な写真だ。
今からちょうど一週間後は、私と望の誕生日だ。それで、突然アルバムが見たくなったのだ。
私達は、両親から誕生日を祝ってもらった記憶がない。
寧ろ、あの両親のことだから、生まれた時から私達のことを疎ましく思っていた可能性すらある。
だから、毎年当たり前のように誕生日を祝ってもらえる友達が本当に羨ましかった。
そんな環境で育ったせいか、私達双子は、いつの間にか自分達で誕生日を祝うようになった。
祝うと言っても、別に友達を呼んで盛大に誕生日パーティーを開いたりするわけではない。
コンビニで小さいケーキやお菓子を買い込み、二人だけでお互いの誕生日を祝うのだ。
今年は、どうやってお祝いしようかな? 休日だし、二人でどこかに出かけるのもいいかも?
毎年恒例の二人だけの誕生会──これは小学生の時から続けていることだから、今さら友達を呼んで誕生日パーティーを開く気にはならない。
それに、望は私と二人きりで祝う誕生日パーティーを毎年楽しみにしているから、友達を呼んだら拗ねてしまいそうだし……。
「……やっぱり、小さい頃の写真が全然ないのは辛いなぁ」
ページを捲る手が止まり、思わずため息が漏れる。言葉通り、私達双子には小学生以前の写真がほとんどない。
産まれた直後の写真はあるけれど、それも今は亡き祖父母が撮ってくれたものだ。
だから、私達は『自分達の思い出は自分達で残そう』と決めたのだ。
そう決心してからの私達は、普段からカメラを持ち歩きお互いに写真を撮りあっていたのだけれど……。
──ああ、駄目だ。また暗い気分になってしまった。どうも、幼少期のことを思い出すとネガティブになってしまう。もうすぐ誕生日だから、出来ることなら楽しい気分で当日を迎えたいのに……。
そう思った私は、一先ずアルバムをクローゼットに戻し、続きはまた明日考えることにした。
◆
翌日。
「ねえ、望」
「ん? なんだ?」
「そんなに毎日甘いものを食べていて、よく飽きないね……」
コンビニで買ったスイーツを手に持ち、上機嫌で隣を歩いている望に向かってそう尋ねてみる。
「普段から言ってるだろ? 『毎日食べても飽きない』って」
「うん……。でも、よく太らないよね……。私なんて、太るのが怖くて滅多に食べられないのに。羨ましいなぁ……」
「安心しろ、千鶴。俺はお前が太ったとしても変わらず溺愛するし、嫌いになったりしない。それに、たとえ太ったとしても、お前は世界一可愛いからな」
望は恨めしげにぼやいている私の頭を優しく撫でると、満面の笑みでそう言った。
「なんか、年々シスコンと甘党が悪化している気がする……」
「そうか?」
「うん……。来年はもう高校生なんだし、せめてシスコンは卒業してほしいんだけど……」
「残念ながら、それは無理な相談だ。こんなに可愛い双子の姉がいて、シスコンになるなというほうが無理だろ?」
「うぅ……真顔でそう言うこと言わないでよ……」
私がそう返すと、望はますます上機嫌になり、鼻歌を口ずさみながら私の手を引いた。
私は「この歳で弟と手を繋いで歩くのは恥ずかしい」と常日頃から思っているのだが……望は相変わらず、当たり前のように手を繋いでくる。
もう中学三年生なのに、二人で歩く時はいつもこの調子だ。高校生になってもこれが続くのかと思うと、先が思いやられる。
望のシスコンぶりは、私の悩みの種でもあるのだが……だからといって、急に姉離れをされても寂しい。
私自身、ブラコンだという自覚はある。だから、最近は姉離れしてほしいような、してほしくないような……そんな複雑な気持ちになる時が増えた。
「そう言えば──望って、甘いものが好物みたいだけど……何が一番好きなの?」
「うーん……強いて言えば、ショートケーキだな」
「へえ……意外と普通だね」
「ああ。子供の頃、俺が家の外に締め出されたことがあっただろ?」
「あ……」
忘れたくても忘れられない。
小学一年生の冬──一度だけ、父の怒りを買った望が家の外に締め出されたことがあった。
普段は近所の目を気にして決して締め出しなどしない父だったが、その日だけはどうしても腹の虫がおさまらなかったらしく、彼を数時間ほどベランダに締め出していた。望は我慢強い子だったし、夜だから人目につく心配もないと思ったのだろう。
怒りを買ったと言っても、望はただ私を庇っただけなので、別に何か悪さをしたわけではない。
たとえ悪さをしたとしても、小学校低学年の子供を家の外に長時間締め出すなんて、やっぱり異常だよね……。
「うん、覚えてるよ。あの時、望は私を庇ってくれたんだよね……」
「ああ、いや……庇ったとか、身代わりになったとか、そんなことはどうでもいいんだ。……守るって約束しただろ?」
「うん。でも、未だに申し訳ない気持ちになるよ」
「気にするな。重要なのはその後だ。あの後、漸く家に入れて貰えた俺を待っていたお前がこっそりショートケーキを用意してくれていたんだ。あの日は、ちょうど俺達の誕生日だったからな」
「そう言えば、そうだったね」
「俺は、あの時のお前の気遣いが本当に嬉しくて……それ以来、ショートケーキが大好きになったんだ。甘党になったのも、そのお陰だろうな」
「え!? それがきっかけだったの!?」
驚いて聞き返すと、望は首を傾げながら「それがきっかけじゃ駄目か?」と尋ねてきた。
まさか、甘党になったきっかけが私だったなんて……。思えば、普段から望が一喜一憂する理由も全部私絡みだし……改めて彼は筋金入りのシスコンなんだな、と思い知らされた。
うーん……ここまで弟から溺愛されていると、お嫁に行く時大変だろうなぁ。
「ショートケーキかぁ……。あ、そうだ」
今年の誕生日は、手作りケーキを振る舞おう。
ふと、そんな案が浮かんだ。望なら、絶対喜んでくれるはずだ。
「どうした?」
名案を思いついて立ち止まった私に、望が不思議そうな表情で尋ねた。
けれど、ここでネタばらしをするわけにはいかない。当日まで内緒にしておかないと……。
「ううん、なんでもない」
「……隠し事か?」
望は怪訝な顔でそう聞き返してきたが、何とか悟られないように平静を装う。
でも……私、お菓子作りは初挑戦なんだよね。うまくいくか不安だけど、弟のためだ。頑張ろう。
それから誕生日当日までは、毎日友達の家のキッチンを借りてケーキ作りの練習をした。
一応、望には「友達と一緒に受験勉強をする」と伝えてあるけれど……毎日通い詰めて練習させて貰ったから、流石に変に思われたかも知れない。
でも、練習した甲斐があって当日は上手くケーキが作れそうだ。
そして、誕生日当日。
好都合なことに、休日の望はいつも昼まで寝ている。だから、午前中に手早くケーキ作りを終わらせて、昼になったら望を起こしにいくことにした。
「さて、ケーキも出来上がったし、後は望を呼んで──」
「……千鶴?」
聞き慣れた声に気づき振り向くと、二階から下りてきた望が不思議そうな顔でキッチンを覗き込んでいた。
「って……望!? どうしたの? 今日は早いね。普段なら、私が起こさないと延々と寝ているのに……」
「俺だって、たまには自分で起きることくらいある。それよりも、そのケーキは……?」
「ああ、ええと……予定とちょっと違っちゃったけど、まあいいか。さて、問題です。今日は何の日でしょう?」
「今日……? 俺達の誕生日だろ?」
「うん。それでね、実は……今年の誕生日は、望に手作りのショートケーキを振る舞おうと思って。でも、私、今までケーキなんて作ったことがなかったでしょう? だから、望を驚かせたくて、こっそり友達の家でケーキ作りの練習をしていたんだ。その……嘘ついちゃってごめんね?」
「……! なるほどな……それでこの一週間、ずっと帰りが遅かったのか。そうか、俺のために……」
「ちゃんと練習したから、味は保証するよ! 店で売っているケーキには劣るけれどね」
「千鶴……ありがとう。本当に嬉しい。俺はてっきり、お前に彼氏が出来たんじゃないかって思って……」
「か、彼氏……?」
「ああ。あれだけ毎日帰りが遅かったら、そう思うのも無理はないだろ」
「えぇ!? まさか、そんな風に勘違いされていたなんて思わなかったなぁ……。もしそうだったとしても、ちゃんと望には報告するよ」
私がそう言った途端、望の顔が一瞬引きつり、その綺麗な栗色の瞳の奥に陰りがよぎった気がした。
ほんの一瞬だったし、気のせいかも知れないけれど、何だか気になる。一体どうしたんだろう?
「望……?」
「あ……ああ、そうだな。そうしてくれると有り難い。但し、俺が認めた相手じゃないと駄目だからな?」
「えー!?」
「当然だ。俺が認めた男じゃないと、安心して千鶴のことを任せられないだろ?」
「はいはい。わかりましたよ」
「まあ、当分嫁にやる気はないけどな」
「うぅ……シスコンの弟を持つと辛い」
そんな会話をしつつ、私達は楽しい休日を過ごした。
これからもずっとこんな日々が続くといいな。
◆
「──レス! セレス!」
「……え?」
「大丈夫か? さっきからぼーっとしているようだが……」
顔を上げると、目の前に座っているリヒトが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
今日は天気もいいので、リヒトと一緒に屋敷の庭の東屋でティータイムを過ごしていたのだが……いつの間にか、思い出に耽ってぼーっとしてしまったみたいだ。
「……あ、リヒト。ごめん。ちょっと昔のことを思い出して」
「昔のこと?」
「前世のことだよ。ほら、今日は私達の十五歳の誕生日でしょう? だから、ついあの時のことを思い出しちゃって……」
私がそう返すと、リヒトは合点がいった様子で「ああ、なるほど」と呟き、手に持っていたティーカップをテーブルの上に置いた。
今日は、私達双子の十五歳の誕生日だ。
前世の記憶が甦ってからの私とリヒトは、毎年誕生日にはこうやって二人だけの時間を過ごすようにしている。
そうすることで、現世でもより一層姉弟の絆が深まる気がしたのだ。
「お前が初めて俺にケーキを作ってくれた時のことか?」
「うん。あの時のリヒト、私に彼氏が出来たんじゃないかって勘違いしていたよね。懐かしいなぁ」
「そう言えば、そんなこともあったな……」
「ところで……さっき、何を言おうとしていたの?」
「ああ……そのことだが──」
リヒトはそこまで言うと、突然席を立ち、テーブルに両手をついて顔を近づけてきた。
「え……? な、何……?」
「いいから、そのまま動くな」
キスの予感すら感じさせるその距離に、私は思わず困惑した。
けれども、間近に迫った彼の美貌に圧倒されてしまったせいか視線を逸らすことさえできない。戸惑いつつも言う通りにしていると、リヒトは私の頬に唇を寄せぺろっと何かを舐め取った。
「よし、これで取れたな」
「へ……? ちょ、ちょっと……いきなり何するの!?」
「いや、その……さっきから頬に生クリームがついているのが気になっていたんだ」
考え事をしながらケーキを食べていたせいで、いつの間にかに頬に生クリームがついていたらしい。
なるほど。それで、さっき頬を舐めたのか。ちなみに、私が今食べているのは、偶然にもあの時と同じ苺の乗ったショートケーキだ。
「なっ……! だからといって、舐めなくてもいいのに……! 普通に言葉で伝えてよ!」
「話しかけても無反応だったセレスが悪い」
狼狽える私に向かって、リヒトはニッと白い歯を見せて悪戯な笑みを浮かべた。
どうやら、彼のシスコンぶりは転生しても治らないようだ。
そんな弟を見ていると、やっぱり先が思いやられるけれど……今は二人の時間を大切にしたいから、余計なことを言うのはやめておこう。
もし、この世界に私達を転生させてくれた神様がいるとしたら伝えたい。「現世でまた彼と巡り会わせてくれてありがとう」と。
「私達が生まれてから、もう15年経つのかぁ……」
ノスタルジックな気分に浸った私はそう独り言を呟き、アルバムのページを次々と捲った。
アルバムには、私と望の思い出の写真が沢山並んでいる。どれもお気に入りで、大切な写真だ。
今からちょうど一週間後は、私と望の誕生日だ。それで、突然アルバムが見たくなったのだ。
私達は、両親から誕生日を祝ってもらった記憶がない。
寧ろ、あの両親のことだから、生まれた時から私達のことを疎ましく思っていた可能性すらある。
だから、毎年当たり前のように誕生日を祝ってもらえる友達が本当に羨ましかった。
そんな環境で育ったせいか、私達双子は、いつの間にか自分達で誕生日を祝うようになった。
祝うと言っても、別に友達を呼んで盛大に誕生日パーティーを開いたりするわけではない。
コンビニで小さいケーキやお菓子を買い込み、二人だけでお互いの誕生日を祝うのだ。
今年は、どうやってお祝いしようかな? 休日だし、二人でどこかに出かけるのもいいかも?
毎年恒例の二人だけの誕生会──これは小学生の時から続けていることだから、今さら友達を呼んで誕生日パーティーを開く気にはならない。
それに、望は私と二人きりで祝う誕生日パーティーを毎年楽しみにしているから、友達を呼んだら拗ねてしまいそうだし……。
「……やっぱり、小さい頃の写真が全然ないのは辛いなぁ」
ページを捲る手が止まり、思わずため息が漏れる。言葉通り、私達双子には小学生以前の写真がほとんどない。
産まれた直後の写真はあるけれど、それも今は亡き祖父母が撮ってくれたものだ。
だから、私達は『自分達の思い出は自分達で残そう』と決めたのだ。
そう決心してからの私達は、普段からカメラを持ち歩きお互いに写真を撮りあっていたのだけれど……。
──ああ、駄目だ。また暗い気分になってしまった。どうも、幼少期のことを思い出すとネガティブになってしまう。もうすぐ誕生日だから、出来ることなら楽しい気分で当日を迎えたいのに……。
そう思った私は、一先ずアルバムをクローゼットに戻し、続きはまた明日考えることにした。
◆
翌日。
「ねえ、望」
「ん? なんだ?」
「そんなに毎日甘いものを食べていて、よく飽きないね……」
コンビニで買ったスイーツを手に持ち、上機嫌で隣を歩いている望に向かってそう尋ねてみる。
「普段から言ってるだろ? 『毎日食べても飽きない』って」
「うん……。でも、よく太らないよね……。私なんて、太るのが怖くて滅多に食べられないのに。羨ましいなぁ……」
「安心しろ、千鶴。俺はお前が太ったとしても変わらず溺愛するし、嫌いになったりしない。それに、たとえ太ったとしても、お前は世界一可愛いからな」
望は恨めしげにぼやいている私の頭を優しく撫でると、満面の笑みでそう言った。
「なんか、年々シスコンと甘党が悪化している気がする……」
「そうか?」
「うん……。来年はもう高校生なんだし、せめてシスコンは卒業してほしいんだけど……」
「残念ながら、それは無理な相談だ。こんなに可愛い双子の姉がいて、シスコンになるなというほうが無理だろ?」
「うぅ……真顔でそう言うこと言わないでよ……」
私がそう返すと、望はますます上機嫌になり、鼻歌を口ずさみながら私の手を引いた。
私は「この歳で弟と手を繋いで歩くのは恥ずかしい」と常日頃から思っているのだが……望は相変わらず、当たり前のように手を繋いでくる。
もう中学三年生なのに、二人で歩く時はいつもこの調子だ。高校生になってもこれが続くのかと思うと、先が思いやられる。
望のシスコンぶりは、私の悩みの種でもあるのだが……だからといって、急に姉離れをされても寂しい。
私自身、ブラコンだという自覚はある。だから、最近は姉離れしてほしいような、してほしくないような……そんな複雑な気持ちになる時が増えた。
「そう言えば──望って、甘いものが好物みたいだけど……何が一番好きなの?」
「うーん……強いて言えば、ショートケーキだな」
「へえ……意外と普通だね」
「ああ。子供の頃、俺が家の外に締め出されたことがあっただろ?」
「あ……」
忘れたくても忘れられない。
小学一年生の冬──一度だけ、父の怒りを買った望が家の外に締め出されたことがあった。
普段は近所の目を気にして決して締め出しなどしない父だったが、その日だけはどうしても腹の虫がおさまらなかったらしく、彼を数時間ほどベランダに締め出していた。望は我慢強い子だったし、夜だから人目につく心配もないと思ったのだろう。
怒りを買ったと言っても、望はただ私を庇っただけなので、別に何か悪さをしたわけではない。
たとえ悪さをしたとしても、小学校低学年の子供を家の外に長時間締め出すなんて、やっぱり異常だよね……。
「うん、覚えてるよ。あの時、望は私を庇ってくれたんだよね……」
「ああ、いや……庇ったとか、身代わりになったとか、そんなことはどうでもいいんだ。……守るって約束しただろ?」
「うん。でも、未だに申し訳ない気持ちになるよ」
「気にするな。重要なのはその後だ。あの後、漸く家に入れて貰えた俺を待っていたお前がこっそりショートケーキを用意してくれていたんだ。あの日は、ちょうど俺達の誕生日だったからな」
「そう言えば、そうだったね」
「俺は、あの時のお前の気遣いが本当に嬉しくて……それ以来、ショートケーキが大好きになったんだ。甘党になったのも、そのお陰だろうな」
「え!? それがきっかけだったの!?」
驚いて聞き返すと、望は首を傾げながら「それがきっかけじゃ駄目か?」と尋ねてきた。
まさか、甘党になったきっかけが私だったなんて……。思えば、普段から望が一喜一憂する理由も全部私絡みだし……改めて彼は筋金入りのシスコンなんだな、と思い知らされた。
うーん……ここまで弟から溺愛されていると、お嫁に行く時大変だろうなぁ。
「ショートケーキかぁ……。あ、そうだ」
今年の誕生日は、手作りケーキを振る舞おう。
ふと、そんな案が浮かんだ。望なら、絶対喜んでくれるはずだ。
「どうした?」
名案を思いついて立ち止まった私に、望が不思議そうな表情で尋ねた。
けれど、ここでネタばらしをするわけにはいかない。当日まで内緒にしておかないと……。
「ううん、なんでもない」
「……隠し事か?」
望は怪訝な顔でそう聞き返してきたが、何とか悟られないように平静を装う。
でも……私、お菓子作りは初挑戦なんだよね。うまくいくか不安だけど、弟のためだ。頑張ろう。
それから誕生日当日までは、毎日友達の家のキッチンを借りてケーキ作りの練習をした。
一応、望には「友達と一緒に受験勉強をする」と伝えてあるけれど……毎日通い詰めて練習させて貰ったから、流石に変に思われたかも知れない。
でも、練習した甲斐があって当日は上手くケーキが作れそうだ。
そして、誕生日当日。
好都合なことに、休日の望はいつも昼まで寝ている。だから、午前中に手早くケーキ作りを終わらせて、昼になったら望を起こしにいくことにした。
「さて、ケーキも出来上がったし、後は望を呼んで──」
「……千鶴?」
聞き慣れた声に気づき振り向くと、二階から下りてきた望が不思議そうな顔でキッチンを覗き込んでいた。
「って……望!? どうしたの? 今日は早いね。普段なら、私が起こさないと延々と寝ているのに……」
「俺だって、たまには自分で起きることくらいある。それよりも、そのケーキは……?」
「ああ、ええと……予定とちょっと違っちゃったけど、まあいいか。さて、問題です。今日は何の日でしょう?」
「今日……? 俺達の誕生日だろ?」
「うん。それでね、実は……今年の誕生日は、望に手作りのショートケーキを振る舞おうと思って。でも、私、今までケーキなんて作ったことがなかったでしょう? だから、望を驚かせたくて、こっそり友達の家でケーキ作りの練習をしていたんだ。その……嘘ついちゃってごめんね?」
「……! なるほどな……それでこの一週間、ずっと帰りが遅かったのか。そうか、俺のために……」
「ちゃんと練習したから、味は保証するよ! 店で売っているケーキには劣るけれどね」
「千鶴……ありがとう。本当に嬉しい。俺はてっきり、お前に彼氏が出来たんじゃないかって思って……」
「か、彼氏……?」
「ああ。あれだけ毎日帰りが遅かったら、そう思うのも無理はないだろ」
「えぇ!? まさか、そんな風に勘違いされていたなんて思わなかったなぁ……。もしそうだったとしても、ちゃんと望には報告するよ」
私がそう言った途端、望の顔が一瞬引きつり、その綺麗な栗色の瞳の奥に陰りがよぎった気がした。
ほんの一瞬だったし、気のせいかも知れないけれど、何だか気になる。一体どうしたんだろう?
「望……?」
「あ……ああ、そうだな。そうしてくれると有り難い。但し、俺が認めた相手じゃないと駄目だからな?」
「えー!?」
「当然だ。俺が認めた男じゃないと、安心して千鶴のことを任せられないだろ?」
「はいはい。わかりましたよ」
「まあ、当分嫁にやる気はないけどな」
「うぅ……シスコンの弟を持つと辛い」
そんな会話をしつつ、私達は楽しい休日を過ごした。
これからもずっとこんな日々が続くといいな。
◆
「──レス! セレス!」
「……え?」
「大丈夫か? さっきからぼーっとしているようだが……」
顔を上げると、目の前に座っているリヒトが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
今日は天気もいいので、リヒトと一緒に屋敷の庭の東屋でティータイムを過ごしていたのだが……いつの間にか、思い出に耽ってぼーっとしてしまったみたいだ。
「……あ、リヒト。ごめん。ちょっと昔のことを思い出して」
「昔のこと?」
「前世のことだよ。ほら、今日は私達の十五歳の誕生日でしょう? だから、ついあの時のことを思い出しちゃって……」
私がそう返すと、リヒトは合点がいった様子で「ああ、なるほど」と呟き、手に持っていたティーカップをテーブルの上に置いた。
今日は、私達双子の十五歳の誕生日だ。
前世の記憶が甦ってからの私とリヒトは、毎年誕生日にはこうやって二人だけの時間を過ごすようにしている。
そうすることで、現世でもより一層姉弟の絆が深まる気がしたのだ。
「お前が初めて俺にケーキを作ってくれた時のことか?」
「うん。あの時のリヒト、私に彼氏が出来たんじゃないかって勘違いしていたよね。懐かしいなぁ」
「そう言えば、そんなこともあったな……」
「ところで……さっき、何を言おうとしていたの?」
「ああ……そのことだが──」
リヒトはそこまで言うと、突然席を立ち、テーブルに両手をついて顔を近づけてきた。
「え……? な、何……?」
「いいから、そのまま動くな」
キスの予感すら感じさせるその距離に、私は思わず困惑した。
けれども、間近に迫った彼の美貌に圧倒されてしまったせいか視線を逸らすことさえできない。戸惑いつつも言う通りにしていると、リヒトは私の頬に唇を寄せぺろっと何かを舐め取った。
「よし、これで取れたな」
「へ……? ちょ、ちょっと……いきなり何するの!?」
「いや、その……さっきから頬に生クリームがついているのが気になっていたんだ」
考え事をしながらケーキを食べていたせいで、いつの間にかに頬に生クリームがついていたらしい。
なるほど。それで、さっき頬を舐めたのか。ちなみに、私が今食べているのは、偶然にもあの時と同じ苺の乗ったショートケーキだ。
「なっ……! だからといって、舐めなくてもいいのに……! 普通に言葉で伝えてよ!」
「話しかけても無反応だったセレスが悪い」
狼狽える私に向かって、リヒトはニッと白い歯を見せて悪戯な笑みを浮かべた。
どうやら、彼のシスコンぶりは転生しても治らないようだ。
そんな弟を見ていると、やっぱり先が思いやられるけれど……今は二人の時間を大切にしたいから、余計なことを言うのはやめておこう。
もし、この世界に私達を転生させてくれた神様がいるとしたら伝えたい。「現世でまた彼と巡り会わせてくれてありがとう」と。
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