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本編
5 ご主人様?
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二回目の魔力検査から五年が経過した。
そして、今日行われた最終魔力検査で一番恐れていたことが起こってしまった。
「一体、どうするんだ!? ローズブレイド家からリアンが出るなんて!」
広い屋敷の一室で叔父のハロルドが声高に叫び、眉間に皺を寄せながら私を指差した。凄まじい剣幕でまくし立てるハロルドの隣で、父マドックと母クリスが困惑しながら頭を抱えている。
「まあまあ。ハロルド、落ち着きなさい」
「し、しかし……」
責め立てられる私を可哀想に思ったのか、マドックが仲裁しようとして私とハロルドの間に入った。
「そうですよ、叔父上。姉上だって、好きで三回も魔力値0という数値を叩き出したわけではないですし……」
腕を組みながら、静かに成り行きを見守っていたリヒトが口を開いた。
あれから五年。天使のように愛らしい子供(外見は)だった彼も、今は怜悧な雰囲気を持つ美形に成長していた。
そして、庇ってくれるのは嬉しいのだが……『三回も』は余計だよ。前世からそうだったけれど、稀に棘がある言い方をするんだよね。
ああ、前世と言えば……望に熱烈な片思いをしている私の友達が「そういうサディスティックな部分もたまらない」なんて言ってたっけ。結局、彼女は涙ぐましい努力の末に振られてしまったようだけれども……。
溺愛しているはずの私に対してもそうだったから、何故なのか聞いてみたら「千鶴が可愛すぎて、たまに苛めたくなるんだ」とわけのわからない返答をされた。
「リヒト……君は、学校でもトップの成績と魔力を持つ優等生らしいじゃないか。下手したら、この世界の魔力保持者の中でもトップクラスなんじゃないかと言われているそうだね。どうして、双子なのにこうも違うのか……」
ハロルドは私とリヒトを見比べると、深いため息を漏らした。
「ええ、お陰様で。先生方には日頃からお褒め頂き、嬉しい限りです」
リヒトはハロルドに向かってにっこり微笑むと、会釈をした。
「──ところで。叔父上が一番恐れているのは、姉上の問題が周囲に知れ渡ることですよね?」
「ああ。それ以外に何がある? ローズブレイド家は、これまで一人もリアンが生まれたことがない名家だぞ? それなのに、セレスときたら……。私は、今でもこうなってしまったことが信じられん」
「では……いっそのこと、姉上を隠居させるというのはどうでしょうか? 僕が姉上と隷属契約して主人になりますから。幸い、プライバシーは保護されているので最終魔力検査の結果は魔術研究所の人間と本人、そして身内くらいしか知り得ませんし。『難病にかかったから田舎で静養する』ということにして、王都から離れた土地に隠れ住むんです。そうすれば、知り合いにばれることもないでしょう?」
「……君がセレスのマスターになると言うのかね?」
「そうです。今、事情を知っていて自由に動ける身内と言えば僕くらいでしょう。ですから、彼女のマスターとして適任かと。……確か、王都から遠く離れた辺境の地──『リーヴェ』という田舎町に別荘がありましたよね? あの屋敷を僕と姉上に使わせて頂けませんか?」
リヒトはそう言いながら、マドックのほうをちらりと見た。マドックは一瞬驚いた表情をしたものの、「ああ、それは構わないが……」と少し歯切れの悪い返事をする。
リヒトが私のマスターになることは、今日の魔力検査後の帰り道で決めた。
絶望している私に向かって、リヒトが「施設送りになりたくないだろ? だから、俺に隷属しろ」と提案してきたのだ。「父上や母上じゃ駄目なの?」と聞いてみたところ、一人が契約できる隷属者数には制限があるのだと返ってきた。
つまり、父も母もすでに雇っている多くの使用人達と契約をしているため、これ以上人数を増やすことはできないらしい。
正直、弟と隷属契約をするというのは気が引けた。
けれど、背に腹は代えられない。なので、渋々その提案を受け入れたのだが……変にそわそわして乗り気だったのが気になるんだよね。
やけに嬉しそうな表情で「今後は俺がセレスのご主人様だな」と言ってきたので、「じゃあ、これからはリヒトのことをご主人様って呼ばないとね」と冗談交じりに返したら、彼は耳まで真っ赤に染めて悶絶していた。
……女の子に『ご主人様』と呼ばせたい願望でもあったのだろうか?
姉にそう呼んで貰ったところで「一体、何が面白いんだろう?」と感性を疑いたくなるけれど、よく考えたら彼は筋金入りのシスコンだったな。やはり、重度のシスコンの思考は理解に苦しむ……。
「いや、しかし……学校はどうするんだね?」
「心配ありません。僕は一ヶ月後に卒業が決まっていますし、姉上も今在籍している中等部は卒業できます」
リアンだと判明してしまった人でも、最低限、十五歳までの義務教育は終えられるよう定められている。
中等部の卒業式まで約一ヶ月。一応、ここまできて退学になることはないようだが……まず、進学は絶望的だろう。本来なら、最低でもあと三年は学校に通うはずだったのに。
私は、リヒトと同じ六年制の学校の普通科に通っている。幼い頃から魔術の才能があったリヒトは魔術科に通っているのだが、優秀過ぎるあまり、一ヶ月後に早期卒業が決まっているらしい。私とは雲泥の差だ。
「それはわかったが……君は優秀な魔術師であると同時に、この家の跡取りでもある。いずれは、ここに戻らないと──」
「大丈夫です。ちゃんと戻りますよ。それと……こうなってしまった以上、姉上の面倒は僕が一生見ますから安心して下さい」
リヒトはマドックとクリスの顔を交互に見ると、安心させるように笑ってみせた。
頼りになる息子の発言に安堵したせいか、ずっと緊張した様子だった二人はすぐに穏やかな表情へと変わった。
それにしても、「一生面倒見ます」か……。何だか、プロポーズみたいで複雑な気分だ。
でも……リヒトだって次期領主なんだから、そのうち結婚して跡継ぎを残さないといけないだろうし、どうするつもりなんだろう。
そう言えば、リアンって結婚はできるのかな?
その辺りのことは、詳しく聞いてないからわからないけれど……もしかしたら、そういう権利すらないのかも知れない。うーん……何だか、お先真っ暗だ。
「実は、国王から直々に『卒業後は宮廷魔術師になって欲しい』とスカウトを受けていまして……。卒業したら、すぐにエーデルシュタイン王国の宮廷魔術師として働く予定なんです。僕なら転移魔法も使えますし、王都から離れた場所に住んでいても問題はないかと」
彼の言う『宮廷魔術師』とは、王宮に仕える専属魔術師のことである。所謂、エリートにしか就けない職業だ。
どういう職業なのかというと……魔術の研究、王族が各地に移動する際の護衛、そして時には魔物討伐なんかも行うらしい。他にもやることは色々あるらしいが、大体の仕事内容はそんな感じなのだとか。
一年程前までは、リヒトも魔術大学への進学を考えていたそうだが……もう学ぶこともそんなにないだろうと判断したらしく、宮廷魔術師になることを決意したのだそうだ。
「──わかった。全ての問題が解決したわけではないが……当分の間は、セレスのことは君に任せよう」
「はい。お任せ下さい、叔父上」
幾らか落ち着きを取り戻した様子のハロルドに、リヒトは満面の笑顔でそう答えた。
私が足枷になることが決定してしまったというのに、どうして君はそんなに嬉しそうなのかな? 弟よ……。
せっかく「現世では弟の重荷にならないように頑張ろう」と意気込んでいたのにな……。どうやら、私は第二の人生でも同じ道を歩むことになりそうだ。
「……れで……やっ……と……俺……だけ……もの……に……」
ハロルドとの会話を終えたリヒトは、俯きながらまた何か独り言を呟いていた。
現世の彼は、こういうことが多くて正直ちょっと……いや、かなり怖い。
そして、今日行われた最終魔力検査で一番恐れていたことが起こってしまった。
「一体、どうするんだ!? ローズブレイド家からリアンが出るなんて!」
広い屋敷の一室で叔父のハロルドが声高に叫び、眉間に皺を寄せながら私を指差した。凄まじい剣幕でまくし立てるハロルドの隣で、父マドックと母クリスが困惑しながら頭を抱えている。
「まあまあ。ハロルド、落ち着きなさい」
「し、しかし……」
責め立てられる私を可哀想に思ったのか、マドックが仲裁しようとして私とハロルドの間に入った。
「そうですよ、叔父上。姉上だって、好きで三回も魔力値0という数値を叩き出したわけではないですし……」
腕を組みながら、静かに成り行きを見守っていたリヒトが口を開いた。
あれから五年。天使のように愛らしい子供(外見は)だった彼も、今は怜悧な雰囲気を持つ美形に成長していた。
そして、庇ってくれるのは嬉しいのだが……『三回も』は余計だよ。前世からそうだったけれど、稀に棘がある言い方をするんだよね。
ああ、前世と言えば……望に熱烈な片思いをしている私の友達が「そういうサディスティックな部分もたまらない」なんて言ってたっけ。結局、彼女は涙ぐましい努力の末に振られてしまったようだけれども……。
溺愛しているはずの私に対してもそうだったから、何故なのか聞いてみたら「千鶴が可愛すぎて、たまに苛めたくなるんだ」とわけのわからない返答をされた。
「リヒト……君は、学校でもトップの成績と魔力を持つ優等生らしいじゃないか。下手したら、この世界の魔力保持者の中でもトップクラスなんじゃないかと言われているそうだね。どうして、双子なのにこうも違うのか……」
ハロルドは私とリヒトを見比べると、深いため息を漏らした。
「ええ、お陰様で。先生方には日頃からお褒め頂き、嬉しい限りです」
リヒトはハロルドに向かってにっこり微笑むと、会釈をした。
「──ところで。叔父上が一番恐れているのは、姉上の問題が周囲に知れ渡ることですよね?」
「ああ。それ以外に何がある? ローズブレイド家は、これまで一人もリアンが生まれたことがない名家だぞ? それなのに、セレスときたら……。私は、今でもこうなってしまったことが信じられん」
「では……いっそのこと、姉上を隠居させるというのはどうでしょうか? 僕が姉上と隷属契約して主人になりますから。幸い、プライバシーは保護されているので最終魔力検査の結果は魔術研究所の人間と本人、そして身内くらいしか知り得ませんし。『難病にかかったから田舎で静養する』ということにして、王都から離れた土地に隠れ住むんです。そうすれば、知り合いにばれることもないでしょう?」
「……君がセレスのマスターになると言うのかね?」
「そうです。今、事情を知っていて自由に動ける身内と言えば僕くらいでしょう。ですから、彼女のマスターとして適任かと。……確か、王都から遠く離れた辺境の地──『リーヴェ』という田舎町に別荘がありましたよね? あの屋敷を僕と姉上に使わせて頂けませんか?」
リヒトはそう言いながら、マドックのほうをちらりと見た。マドックは一瞬驚いた表情をしたものの、「ああ、それは構わないが……」と少し歯切れの悪い返事をする。
リヒトが私のマスターになることは、今日の魔力検査後の帰り道で決めた。
絶望している私に向かって、リヒトが「施設送りになりたくないだろ? だから、俺に隷属しろ」と提案してきたのだ。「父上や母上じゃ駄目なの?」と聞いてみたところ、一人が契約できる隷属者数には制限があるのだと返ってきた。
つまり、父も母もすでに雇っている多くの使用人達と契約をしているため、これ以上人数を増やすことはできないらしい。
正直、弟と隷属契約をするというのは気が引けた。
けれど、背に腹は代えられない。なので、渋々その提案を受け入れたのだが……変にそわそわして乗り気だったのが気になるんだよね。
やけに嬉しそうな表情で「今後は俺がセレスのご主人様だな」と言ってきたので、「じゃあ、これからはリヒトのことをご主人様って呼ばないとね」と冗談交じりに返したら、彼は耳まで真っ赤に染めて悶絶していた。
……女の子に『ご主人様』と呼ばせたい願望でもあったのだろうか?
姉にそう呼んで貰ったところで「一体、何が面白いんだろう?」と感性を疑いたくなるけれど、よく考えたら彼は筋金入りのシスコンだったな。やはり、重度のシスコンの思考は理解に苦しむ……。
「いや、しかし……学校はどうするんだね?」
「心配ありません。僕は一ヶ月後に卒業が決まっていますし、姉上も今在籍している中等部は卒業できます」
リアンだと判明してしまった人でも、最低限、十五歳までの義務教育は終えられるよう定められている。
中等部の卒業式まで約一ヶ月。一応、ここまできて退学になることはないようだが……まず、進学は絶望的だろう。本来なら、最低でもあと三年は学校に通うはずだったのに。
私は、リヒトと同じ六年制の学校の普通科に通っている。幼い頃から魔術の才能があったリヒトは魔術科に通っているのだが、優秀過ぎるあまり、一ヶ月後に早期卒業が決まっているらしい。私とは雲泥の差だ。
「それはわかったが……君は優秀な魔術師であると同時に、この家の跡取りでもある。いずれは、ここに戻らないと──」
「大丈夫です。ちゃんと戻りますよ。それと……こうなってしまった以上、姉上の面倒は僕が一生見ますから安心して下さい」
リヒトはマドックとクリスの顔を交互に見ると、安心させるように笑ってみせた。
頼りになる息子の発言に安堵したせいか、ずっと緊張した様子だった二人はすぐに穏やかな表情へと変わった。
それにしても、「一生面倒見ます」か……。何だか、プロポーズみたいで複雑な気分だ。
でも……リヒトだって次期領主なんだから、そのうち結婚して跡継ぎを残さないといけないだろうし、どうするつもりなんだろう。
そう言えば、リアンって結婚はできるのかな?
その辺りのことは、詳しく聞いてないからわからないけれど……もしかしたら、そういう権利すらないのかも知れない。うーん……何だか、お先真っ暗だ。
「実は、国王から直々に『卒業後は宮廷魔術師になって欲しい』とスカウトを受けていまして……。卒業したら、すぐにエーデルシュタイン王国の宮廷魔術師として働く予定なんです。僕なら転移魔法も使えますし、王都から離れた場所に住んでいても問題はないかと」
彼の言う『宮廷魔術師』とは、王宮に仕える専属魔術師のことである。所謂、エリートにしか就けない職業だ。
どういう職業なのかというと……魔術の研究、王族が各地に移動する際の護衛、そして時には魔物討伐なんかも行うらしい。他にもやることは色々あるらしいが、大体の仕事内容はそんな感じなのだとか。
一年程前までは、リヒトも魔術大学への進学を考えていたそうだが……もう学ぶこともそんなにないだろうと判断したらしく、宮廷魔術師になることを決意したのだそうだ。
「──わかった。全ての問題が解決したわけではないが……当分の間は、セレスのことは君に任せよう」
「はい。お任せ下さい、叔父上」
幾らか落ち着きを取り戻した様子のハロルドに、リヒトは満面の笑顔でそう答えた。
私が足枷になることが決定してしまったというのに、どうして君はそんなに嬉しそうなのかな? 弟よ……。
せっかく「現世では弟の重荷にならないように頑張ろう」と意気込んでいたのにな……。どうやら、私は第二の人生でも同じ道を歩むことになりそうだ。
「……れで……やっ……と……俺……だけ……もの……に……」
ハロルドとの会話を終えたリヒトは、俯きながらまた何か独り言を呟いていた。
現世の彼は、こういうことが多くて正直ちょっと……いや、かなり怖い。
応援ありがとうございます!
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