48 / 65
本編
42 平穏
しおりを挟む
薪割り用の小型斧を手に持ち、庭の一角にある切り株の前まで歩いてきた私は、その周辺に無造作に置いてある薪を一本拾い上げる。そして、その薪を切り株の上に立てると、先端に刃を食い込ませた。
「えいっ!」
掛け声とともに薪もろとも一気に斧を振り下ろすと、狙い通り薪は真っ二つに割れた。
その要領で、私は次々と薪を割っていく。コンコンと小気味いい音を立てて薪が割れていく様は、一種の爽快感を感じるほどだ。そうやって暫くの間、薪割りを続けていると不意に背後から声をかけられた。
「やあ、セレス。精が出るね」
「あ……ネイトくん!」
ネイトの存在に気づいた私は一先ず薪割りを中断し、彼のもとに駆け寄った。
「お帰りなさい。疲れたでしょう?」
「まあね……。案の定、今日も駄目だったよ」
ネイトはそう言って、困ったように肩をすくめてみせた。
彼はフォーサイス村に来て以来、この近辺に移住する目的で屋敷に滞在しながら新しいマスター探しをしている。でも、これが中々上手くいかないようなのだ。
やはりこのご時世、マスターが見つからずに隔離施設行きになるリアンがほとんどの割合を占めているので、そうそう簡単に見つかるものではないのだろう。
本当は私と一緒にラウラと隷属契約をするのが一番いいのだが、生憎、六十歳以上の高齢者が二人以上のリアンと隷属契約をするためには二週間に一度、魔力検査を受けに行かないといけないらしい。なんでも、魔力の衰えが著しい高齢者のホルダーは隷属者を管理する能力が低下すると見なされているらしく、国が厳しくチェックしているのだとか。
その話を聞いた時は、いくら魔力の衰えが始まるのが六十歳頃だからとはいえ、お年寄り相手に二週間に一度の検査は厳しすぎると思った覚えがある。
ここに来た当初、ラウラは「私が魔力検査に出向けば済む話だから」と言ってネイトも一緒に隷属契約をするよう勧めてくれた。
けれど、ネイトは「それでは彼女の負担になるようで気が引けるし、自分のために手間を取らせるのも悪いから他を当たってみよう」と思ったらしく、近辺で新しい雇い主を探すことにしたのだそうだ。
「それにしても……まさか、異世界に転生してからこんなことで苦労するなんて思わなかったよ」
ネイトはそうぼやいてため息を漏らすと、「まるで元いた世界みたいだ」と言葉を続けた。それに対して、「そう言えば、そうだね」と私も苦笑する。
前世の私達は高校生のうちに死んでしまったので所謂、就職活動というものは経験していない。
とはいえ、周囲の人間を見ていればその大変さは嫌でも理解できたため、ネイトは今自分がやっていることを元いた世界の就職活動に例えたのだろう。
「ところで、セレス。薪割りをしていたの?」
ネイトは切り株のそばに放置してある薪と斧を見て、そう尋ねてきた。
この世界の暖房器具は元いた世界と違って、暖炉が主流だ。本格的な冬の到来までまだ半年以上あるけれど、できるだけ早く薪割りを済ませて棚に積んでおかなければならない。そうしたほうが薪を乾燥させる期間が長くなるし、結果的によく燃える薪が作れるからだ。
「え? うん、そうだよ」
「この仕事は、流石にセレスにはきついんじゃないかな?」
「そんなことはないよ? この斧は女性や子供でも薪割りがしやすいように工夫がなされているし、薪を棚に積むのは隣人さんが手伝ってくれることになっているし、暖炉に火をつけるのだってラウラさんが魔法でやってくれるし……」
そう返し「大丈夫だよ」と微笑んでみせると、ネイトはすたすたと切り株のほうまで歩いていった。
「……?」
そのまま様子を窺っていると、ネイトは私が先程まで使っていた斧を手に取り、薪割りを始めた。
「よし。これくらいだったら、夕飯の時間までには終わりそうだな。余計なお世話かもしれないけれど……せめて、今ここにある分くらいは僕に手伝わせてほしいな。他にも、やらなきゃいけないことは色々あるんだろう? 薪割りは僕に任せて、セレスは他の仕事を済ませてくるといいよ」
「ネイトくん……ありがとう!」
今日も今日とて、ネイトは私を気遣ってくれているようだ。私は仕事を手伝ってくれたネイトにお礼を言うと、屋敷に戻り夕飯の支度を始めることにした。
少し早い気もするけれど……今日はネイトも一緒だし、今から準備を始めていつもより豪勢な食事を作ることにしよう。
「えいっ!」
掛け声とともに薪もろとも一気に斧を振り下ろすと、狙い通り薪は真っ二つに割れた。
その要領で、私は次々と薪を割っていく。コンコンと小気味いい音を立てて薪が割れていく様は、一種の爽快感を感じるほどだ。そうやって暫くの間、薪割りを続けていると不意に背後から声をかけられた。
「やあ、セレス。精が出るね」
「あ……ネイトくん!」
ネイトの存在に気づいた私は一先ず薪割りを中断し、彼のもとに駆け寄った。
「お帰りなさい。疲れたでしょう?」
「まあね……。案の定、今日も駄目だったよ」
ネイトはそう言って、困ったように肩をすくめてみせた。
彼はフォーサイス村に来て以来、この近辺に移住する目的で屋敷に滞在しながら新しいマスター探しをしている。でも、これが中々上手くいかないようなのだ。
やはりこのご時世、マスターが見つからずに隔離施設行きになるリアンがほとんどの割合を占めているので、そうそう簡単に見つかるものではないのだろう。
本当は私と一緒にラウラと隷属契約をするのが一番いいのだが、生憎、六十歳以上の高齢者が二人以上のリアンと隷属契約をするためには二週間に一度、魔力検査を受けに行かないといけないらしい。なんでも、魔力の衰えが著しい高齢者のホルダーは隷属者を管理する能力が低下すると見なされているらしく、国が厳しくチェックしているのだとか。
その話を聞いた時は、いくら魔力の衰えが始まるのが六十歳頃だからとはいえ、お年寄り相手に二週間に一度の検査は厳しすぎると思った覚えがある。
ここに来た当初、ラウラは「私が魔力検査に出向けば済む話だから」と言ってネイトも一緒に隷属契約をするよう勧めてくれた。
けれど、ネイトは「それでは彼女の負担になるようで気が引けるし、自分のために手間を取らせるのも悪いから他を当たってみよう」と思ったらしく、近辺で新しい雇い主を探すことにしたのだそうだ。
「それにしても……まさか、異世界に転生してからこんなことで苦労するなんて思わなかったよ」
ネイトはそうぼやいてため息を漏らすと、「まるで元いた世界みたいだ」と言葉を続けた。それに対して、「そう言えば、そうだね」と私も苦笑する。
前世の私達は高校生のうちに死んでしまったので所謂、就職活動というものは経験していない。
とはいえ、周囲の人間を見ていればその大変さは嫌でも理解できたため、ネイトは今自分がやっていることを元いた世界の就職活動に例えたのだろう。
「ところで、セレス。薪割りをしていたの?」
ネイトは切り株のそばに放置してある薪と斧を見て、そう尋ねてきた。
この世界の暖房器具は元いた世界と違って、暖炉が主流だ。本格的な冬の到来までまだ半年以上あるけれど、できるだけ早く薪割りを済ませて棚に積んでおかなければならない。そうしたほうが薪を乾燥させる期間が長くなるし、結果的によく燃える薪が作れるからだ。
「え? うん、そうだよ」
「この仕事は、流石にセレスにはきついんじゃないかな?」
「そんなことはないよ? この斧は女性や子供でも薪割りがしやすいように工夫がなされているし、薪を棚に積むのは隣人さんが手伝ってくれることになっているし、暖炉に火をつけるのだってラウラさんが魔法でやってくれるし……」
そう返し「大丈夫だよ」と微笑んでみせると、ネイトはすたすたと切り株のほうまで歩いていった。
「……?」
そのまま様子を窺っていると、ネイトは私が先程まで使っていた斧を手に取り、薪割りを始めた。
「よし。これくらいだったら、夕飯の時間までには終わりそうだな。余計なお世話かもしれないけれど……せめて、今ここにある分くらいは僕に手伝わせてほしいな。他にも、やらなきゃいけないことは色々あるんだろう? 薪割りは僕に任せて、セレスは他の仕事を済ませてくるといいよ」
「ネイトくん……ありがとう!」
今日も今日とて、ネイトは私を気遣ってくれているようだ。私は仕事を手伝ってくれたネイトにお礼を言うと、屋敷に戻り夕飯の支度を始めることにした。
少し早い気もするけれど……今日はネイトも一緒だし、今から準備を始めていつもより豪勢な食事を作ることにしよう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる