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本編
54 本当の気持ち
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メルヴィンからリヒトを助ける方法について説明を受けた後、一先ず私はリーヴェの町に戻った。
本当はリヒトのそばにずっとついていたかったけれど、母体の健康や安全を考えて屋敷に戻ったほうがいいと言われてしまった。
リヒトを助けられる唯一の方法──それは、十ニ年前と同じように私達双子がカプセルの中に入ってコールドスリープをし、魔力を共有するというものだった。
本来なら、魔力共有を行ったところで、そもそもの原因である膨大な魔力をどうにかできなければ共倒れになってしまうだけだが……メルヴィンが改良を重ねた特殊なカプセルに入れば理論上は不要な魔力を排出できるため、両者の肉体が耐えられる程度の正常な魔力値まで抑え込むことが可能らしい。
但し、今度は一週間という短い期間ではなく、十数年──下手をすれば、もっと長い間眠ることになる。
しかも、この実験の成功率は低く、コールドスリープ中に魔力の排出が上手くいかなくなって両者とも死に至る可能性が高いということを念頭に置いて臨まなければいけない。
だが、魔力共有を成功させるためには被験者同士の相性も関係あるらしく、リヒトの片割れである私なら若干成功率が上がるそうだ。
とはいえ確率は半分以下だし、失敗して共倒れになればリヒトが命懸けで守ってくれた私の命も尽きてしまい、彼の好意を無にしてしまう。
けれど──
──私は、リヒトがいない世界なんて耐えられない。
そう思い、私は自身の生命を賭けてリヒトを救うことにした。
好都合なことに、私はもうすぐ臨月を迎える。この子を無事出産したら、メルヴィンに頼んでコールドスリープ処置を施してもらおう。
ちなみに、荷物をまとめたらすぐにでもリヒトが入院している病院に私も入院する予定だ。
「その体で看病のために通うのは大変だろうから、同じ病院に入院したほうがいいだろう」というメルヴィンの計らいのお陰で色々助かった。
◆
数日後。
リヒトは、相変わらず目を覚まさない。こうしている間にも、彼は膨大な魔力に体を蝕まれ続けている。
弟を救ってあげたい。苦しみから解放してあげたい。何もできないのに、気持ちばかりが逸る。
いつものようにリヒトの看病をしていると、ふとネイトのことが頭によぎった。
以前、容態が回復したと聞いて以来、彼に関する連絡は来ていないけれど……あれから、どうなったんだろう? 何とか快方に向かってくれているといいけれど……。
コールドスリープ処置を施されたら、ネイトとも、もう二度と会えなくなるかもしれないし……思い切って会いに行ってみようかな。
そう思い立った私は、リーヴェの町の食材店に電話をかけた。電話に出たのは女将さんだった。
彼女の話によると、ネイトはすでに退院しており、今は店の二階の自室で静養しているとのことだった。
私は女将さんにこれからネイトに会いにいくつもりだということを伝えると、メルヴィンに事情を説明し、外出許可をもらってリーヴェの町に向かった。
この体で移動するのは大変だからと、病院を出る直前に一時的に体力を上げる魔法薬を処方してもらい、それを飲んでから長旅に挑んだけれど……やっぱり、誰かについてきてもらえば良かったかなと少しだけ後悔した。
リーヴェの町に到着し食材店に向かうと、ちょうど女将さんが店の前で掃除をしていた。
女将さんは私のお腹を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに駆け寄って階段を上がるのを手伝ってくれた。
ドアをノックしてネイトの部屋に入ると、案の定、彼も私の姿を見て驚いていた。
女将さんには大方事情を説明したから、彼も又聞きでリヒトが倒れたことや今の私が監禁生活を送っていないことは把握しているはずだけれど……妊娠していることまでは伝えていないから、仕方ないか……。
ネイトは暫く固まっていたものの、やがて事情を察した様子で目を伏せ、私が座るための椅子を用意してくれた。
「ごめんね。突然押しかけたりして……」
「ああ……いや、それは構わないのだけど……体のほうは大丈夫なの?」
「あ、うん……大丈夫だよ」
「そうか、良かった」
「ネイトくんこそ、怪我のほうは大丈夫?」
「お陰様で、そろそろ仕事に復帰できそうだよ」
少しばかり言葉を交わした後、突然会話が途切れ、沈黙が続いた。
そんな気まずい空気の中、私が話を切り出すよりも数秒早くネイトが口を開く。
「その……お腹の子の父親は、やっぱりリヒトなのか……?」
「うん。そうだよ。でも、誤解しないで。今の私は、この子を産むことに対して前向きなんだ」
「前向き……?」
「うん。私ね、リヒトの夢を叶えてあげたいと思って……」
そう返し、これまで経緯を説明すると、ネイトはふっと寂しそうに目を伏せた。
「大体のことはわかったよ。話してくれてありがとう。でも、そうか。やっぱり、こうなっちゃったか……」
「え……?」
「そろそろ、自分の本当の気持ちに気づこうよ、セレス」
「私の、本当の気持ち……?」
気づこうよ、と言われても……ネイトが何を言おうとしているのかさっぱりわからない。一体、どういうことなんだろう……?
そんなことを考えながら、首を傾げてみせる。
「君は、確かに僕を愛してくれたよ。……きっと、その気持ちは本物だったと思う」
「……?」
「でも、君の視線の先にはいつも彼がいた。胸に手を当てて、よく考えてごらん。君の心にはいつも誰がいた? 君が本当に恋焦がれて仕方がなかった相手は誰だい?」
「ネイトくん……? 何を言ってるの……?」
「もう、自分の心に嘘をつくのはやめなよ。君だって、本当はわかっていたはずだ。僕はもう……自分の心に嘘をつき続けて苦しむ君を見たくないんだよ」
少し厳しい口調でそう言われた途端、不意に頭の中に既視感のある映像が流れ込んできた。
目の前には望がいて、真剣な面持ちで私を見つめている。望がいるということは、これは前世の記憶だろうか?
どうやら、私達がいる場所は前世で通っていた学校の近くにある公園のようだけれど……一体、なぜこんなところにいるのだろうか。
やがて言いづらそうに話を切り出した望は、戸惑う私に向かって「好きだ」と言い放った。
私は思わず後退りをするけれど、望は構わず私に迫る。キスをされそうになったところで、私は彼を「気持ち悪い」と言って拒絶し突き飛ばす。
私に謝った望は「暫くここで頭を冷やす」と言ってベンチに座り、反応に困った私は彼に「先に寄宿舎に戻っているね」と告げ、公園を出て信号待ちをする。すると、追いかけてきた望が首にマフラーを巻いてくれて、信号が青に変わったことに気づいた私は横断歩道を渡る。
そして、いつの間にか猛スピードで車が迫ってきて、それに気づいた望が走ってきて私を庇おうとして──
え……? ちょっと待って。もしかして、これって……前世の私達が死ぬ直前の記憶……?
それに気づいた途端、強烈な頭痛に襲われる。
まるで、頭全体が締め付けられるような痛みだ。でも、なぜだろう……何かを思い出せそうな気がする。私は何か……とても大切なことを忘れているような──
──もしも来世があるなら、もう一度望に巡り会いたい。再び巡り会って一緒に生きていきたい。……そして、今度こそ彼に自分の素直な気持ちを伝えたい。「誰よりも、あなたを愛してる」と。
不意に、前世の自分が死に際に考えていたことを思い出す。
……ああ、そうか。漸く、気がついた。本当は、私もずっと昔から弟と同じ気持ちだったんだ。
でも、「好きになってはいけない相手だから」と、自分の気持ちに蓋をして、想いを断ち切ったつもりになっていたんだ。
本当は、望のことが好きで好きで仕方なくて、本気で「望と結婚したい」と思っていたあの頃の自分と何一つ変わっていない癖に……常識ぶって、勝手に自分だけが『大人になった』と勘違いしていたんだ。
……そんな大切なことに、どうして今まで気づけなかったんだろう。
──いや、違う。気づけなかったんじゃない。気づこうと思えば気づけたはずだ。それなのに……私は、自分の本心に気がつくことを無意識に拒絶していたんだ。
そう自覚したのと同時に、つい先程まで感じていた激しい頭痛が和らいだ。
「ネイトくん……私……」
「漸く、気がついたみたいだね」
ネイトは私が自分の本心に気がついたことを察した様子だった。
「本当は、ずっと前からわかっていたんだ。だけど、僕はそれを認めたくなくて……僕が彼に勝てる要素なんて、君と他人同士であることくらいしかないから、ずっとその立場に縋って……いつだって、彼より優位に立とうと必死だった。……でも、これで漸く負けを認めることができたよ」
ネイトはそう言ってにっこり微笑むと、晴れやかな表情を浮かべた。
「……ごめんなさい……私……」
「謝らないでくれ。君は悪くないよ。……ほら、こんなところで油を売っている場合じゃないだろう? 愛する人に本当の気持ちを伝えにいかなきゃ」
「あの、でも……リヒトは今……」
「実は、セレスがここに来る直前にメルヴィン・クライトという博士から電話があったんだ。『リヒトくんが目を覚ましたから、セレスくんがそっちに到着したら伝えておいてくれ』と言っていたよ」
「リヒトが……!?」
「ああ。だから、早く行ってあげなよ。きっと、彼も喜ぶよ」
ネイトはそう言いながら、妊婦である私を気遣うように優しく手を引き、ドアのほうまで連れていってくれた。
「ネイトくん……ありがとう」
「ああ、そうだ。その子の名前はもう決まっているの?」
「うん、一応ね。もし女の子だったら、『ナディ』って名付けようと思っているんだけど……」
「ナディ、か……いい名前だね。……っと、引き止めてごめん。早くリヒトのところに行ってあげないとね」
「あの……ネイトくん。本当にありがとう。こんな私を軽蔑しないでいてくれるなんて……やっぱり、あなたは優しいんだね」
「そんなことないよ。寧ろ、謝らなければいけないのは僕のほうなんだからさ」
ネイトは「気に病む必要はないよ」と言わんばかりに首を横に振る。
私はそんな彼に重ね重ねお礼を言うと、躊躇いながらも「さよなら」と別れを告げ、くるりと彼に背を向けた。
「セレス!」
部屋を出ようとした瞬間、自分を呼び止める声が聞こえ、思わず背後を振り返る。
「……?」
「健闘を祈る! もうこれっきり会えないだなんて、僕は思っていないからね! いつかきっと、また皆で笑い合える日が来るって……そう信じてるよ!」
「ネイトくん……! うん! 私、頑張る! 絶対に、リヒトを助けてみせるから! 絶対に……絶対に、生き残ってみせるから! だから……またねっ!」
私はネイトに向かって大きく手を振ると、目尻から零れる涙を指で拭いながらドアを開けた。
本当はリヒトのそばにずっとついていたかったけれど、母体の健康や安全を考えて屋敷に戻ったほうがいいと言われてしまった。
リヒトを助けられる唯一の方法──それは、十ニ年前と同じように私達双子がカプセルの中に入ってコールドスリープをし、魔力を共有するというものだった。
本来なら、魔力共有を行ったところで、そもそもの原因である膨大な魔力をどうにかできなければ共倒れになってしまうだけだが……メルヴィンが改良を重ねた特殊なカプセルに入れば理論上は不要な魔力を排出できるため、両者の肉体が耐えられる程度の正常な魔力値まで抑え込むことが可能らしい。
但し、今度は一週間という短い期間ではなく、十数年──下手をすれば、もっと長い間眠ることになる。
しかも、この実験の成功率は低く、コールドスリープ中に魔力の排出が上手くいかなくなって両者とも死に至る可能性が高いということを念頭に置いて臨まなければいけない。
だが、魔力共有を成功させるためには被験者同士の相性も関係あるらしく、リヒトの片割れである私なら若干成功率が上がるそうだ。
とはいえ確率は半分以下だし、失敗して共倒れになればリヒトが命懸けで守ってくれた私の命も尽きてしまい、彼の好意を無にしてしまう。
けれど──
──私は、リヒトがいない世界なんて耐えられない。
そう思い、私は自身の生命を賭けてリヒトを救うことにした。
好都合なことに、私はもうすぐ臨月を迎える。この子を無事出産したら、メルヴィンに頼んでコールドスリープ処置を施してもらおう。
ちなみに、荷物をまとめたらすぐにでもリヒトが入院している病院に私も入院する予定だ。
「その体で看病のために通うのは大変だろうから、同じ病院に入院したほうがいいだろう」というメルヴィンの計らいのお陰で色々助かった。
◆
数日後。
リヒトは、相変わらず目を覚まさない。こうしている間にも、彼は膨大な魔力に体を蝕まれ続けている。
弟を救ってあげたい。苦しみから解放してあげたい。何もできないのに、気持ちばかりが逸る。
いつものようにリヒトの看病をしていると、ふとネイトのことが頭によぎった。
以前、容態が回復したと聞いて以来、彼に関する連絡は来ていないけれど……あれから、どうなったんだろう? 何とか快方に向かってくれているといいけれど……。
コールドスリープ処置を施されたら、ネイトとも、もう二度と会えなくなるかもしれないし……思い切って会いに行ってみようかな。
そう思い立った私は、リーヴェの町の食材店に電話をかけた。電話に出たのは女将さんだった。
彼女の話によると、ネイトはすでに退院しており、今は店の二階の自室で静養しているとのことだった。
私は女将さんにこれからネイトに会いにいくつもりだということを伝えると、メルヴィンに事情を説明し、外出許可をもらってリーヴェの町に向かった。
この体で移動するのは大変だからと、病院を出る直前に一時的に体力を上げる魔法薬を処方してもらい、それを飲んでから長旅に挑んだけれど……やっぱり、誰かについてきてもらえば良かったかなと少しだけ後悔した。
リーヴェの町に到着し食材店に向かうと、ちょうど女将さんが店の前で掃除をしていた。
女将さんは私のお腹を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに駆け寄って階段を上がるのを手伝ってくれた。
ドアをノックしてネイトの部屋に入ると、案の定、彼も私の姿を見て驚いていた。
女将さんには大方事情を説明したから、彼も又聞きでリヒトが倒れたことや今の私が監禁生活を送っていないことは把握しているはずだけれど……妊娠していることまでは伝えていないから、仕方ないか……。
ネイトは暫く固まっていたものの、やがて事情を察した様子で目を伏せ、私が座るための椅子を用意してくれた。
「ごめんね。突然押しかけたりして……」
「ああ……いや、それは構わないのだけど……体のほうは大丈夫なの?」
「あ、うん……大丈夫だよ」
「そうか、良かった」
「ネイトくんこそ、怪我のほうは大丈夫?」
「お陰様で、そろそろ仕事に復帰できそうだよ」
少しばかり言葉を交わした後、突然会話が途切れ、沈黙が続いた。
そんな気まずい空気の中、私が話を切り出すよりも数秒早くネイトが口を開く。
「その……お腹の子の父親は、やっぱりリヒトなのか……?」
「うん。そうだよ。でも、誤解しないで。今の私は、この子を産むことに対して前向きなんだ」
「前向き……?」
「うん。私ね、リヒトの夢を叶えてあげたいと思って……」
そう返し、これまで経緯を説明すると、ネイトはふっと寂しそうに目を伏せた。
「大体のことはわかったよ。話してくれてありがとう。でも、そうか。やっぱり、こうなっちゃったか……」
「え……?」
「そろそろ、自分の本当の気持ちに気づこうよ、セレス」
「私の、本当の気持ち……?」
気づこうよ、と言われても……ネイトが何を言おうとしているのかさっぱりわからない。一体、どういうことなんだろう……?
そんなことを考えながら、首を傾げてみせる。
「君は、確かに僕を愛してくれたよ。……きっと、その気持ちは本物だったと思う」
「……?」
「でも、君の視線の先にはいつも彼がいた。胸に手を当てて、よく考えてごらん。君の心にはいつも誰がいた? 君が本当に恋焦がれて仕方がなかった相手は誰だい?」
「ネイトくん……? 何を言ってるの……?」
「もう、自分の心に嘘をつくのはやめなよ。君だって、本当はわかっていたはずだ。僕はもう……自分の心に嘘をつき続けて苦しむ君を見たくないんだよ」
少し厳しい口調でそう言われた途端、不意に頭の中に既視感のある映像が流れ込んできた。
目の前には望がいて、真剣な面持ちで私を見つめている。望がいるということは、これは前世の記憶だろうか?
どうやら、私達がいる場所は前世で通っていた学校の近くにある公園のようだけれど……一体、なぜこんなところにいるのだろうか。
やがて言いづらそうに話を切り出した望は、戸惑う私に向かって「好きだ」と言い放った。
私は思わず後退りをするけれど、望は構わず私に迫る。キスをされそうになったところで、私は彼を「気持ち悪い」と言って拒絶し突き飛ばす。
私に謝った望は「暫くここで頭を冷やす」と言ってベンチに座り、反応に困った私は彼に「先に寄宿舎に戻っているね」と告げ、公園を出て信号待ちをする。すると、追いかけてきた望が首にマフラーを巻いてくれて、信号が青に変わったことに気づいた私は横断歩道を渡る。
そして、いつの間にか猛スピードで車が迫ってきて、それに気づいた望が走ってきて私を庇おうとして──
え……? ちょっと待って。もしかして、これって……前世の私達が死ぬ直前の記憶……?
それに気づいた途端、強烈な頭痛に襲われる。
まるで、頭全体が締め付けられるような痛みだ。でも、なぜだろう……何かを思い出せそうな気がする。私は何か……とても大切なことを忘れているような──
──もしも来世があるなら、もう一度望に巡り会いたい。再び巡り会って一緒に生きていきたい。……そして、今度こそ彼に自分の素直な気持ちを伝えたい。「誰よりも、あなたを愛してる」と。
不意に、前世の自分が死に際に考えていたことを思い出す。
……ああ、そうか。漸く、気がついた。本当は、私もずっと昔から弟と同じ気持ちだったんだ。
でも、「好きになってはいけない相手だから」と、自分の気持ちに蓋をして、想いを断ち切ったつもりになっていたんだ。
本当は、望のことが好きで好きで仕方なくて、本気で「望と結婚したい」と思っていたあの頃の自分と何一つ変わっていない癖に……常識ぶって、勝手に自分だけが『大人になった』と勘違いしていたんだ。
……そんな大切なことに、どうして今まで気づけなかったんだろう。
──いや、違う。気づけなかったんじゃない。気づこうと思えば気づけたはずだ。それなのに……私は、自分の本心に気がつくことを無意識に拒絶していたんだ。
そう自覚したのと同時に、つい先程まで感じていた激しい頭痛が和らいだ。
「ネイトくん……私……」
「漸く、気がついたみたいだね」
ネイトは私が自分の本心に気がついたことを察した様子だった。
「本当は、ずっと前からわかっていたんだ。だけど、僕はそれを認めたくなくて……僕が彼に勝てる要素なんて、君と他人同士であることくらいしかないから、ずっとその立場に縋って……いつだって、彼より優位に立とうと必死だった。……でも、これで漸く負けを認めることができたよ」
ネイトはそう言ってにっこり微笑むと、晴れやかな表情を浮かべた。
「……ごめんなさい……私……」
「謝らないでくれ。君は悪くないよ。……ほら、こんなところで油を売っている場合じゃないだろう? 愛する人に本当の気持ちを伝えにいかなきゃ」
「あの、でも……リヒトは今……」
「実は、セレスがここに来る直前にメルヴィン・クライトという博士から電話があったんだ。『リヒトくんが目を覚ましたから、セレスくんがそっちに到着したら伝えておいてくれ』と言っていたよ」
「リヒトが……!?」
「ああ。だから、早く行ってあげなよ。きっと、彼も喜ぶよ」
ネイトはそう言いながら、妊婦である私を気遣うように優しく手を引き、ドアのほうまで連れていってくれた。
「ネイトくん……ありがとう」
「ああ、そうだ。その子の名前はもう決まっているの?」
「うん、一応ね。もし女の子だったら、『ナディ』って名付けようと思っているんだけど……」
「ナディ、か……いい名前だね。……っと、引き止めてごめん。早くリヒトのところに行ってあげないとね」
「あの……ネイトくん。本当にありがとう。こんな私を軽蔑しないでいてくれるなんて……やっぱり、あなたは優しいんだね」
「そんなことないよ。寧ろ、謝らなければいけないのは僕のほうなんだからさ」
ネイトは「気に病む必要はないよ」と言わんばかりに首を横に振る。
私はそんな彼に重ね重ねお礼を言うと、躊躇いながらも「さよなら」と別れを告げ、くるりと彼に背を向けた。
「セレス!」
部屋を出ようとした瞬間、自分を呼び止める声が聞こえ、思わず背後を振り返る。
「……?」
「健闘を祈る! もうこれっきり会えないだなんて、僕は思っていないからね! いつかきっと、また皆で笑い合える日が来るって……そう信じてるよ!」
「ネイトくん……! うん! 私、頑張る! 絶対に、リヒトを助けてみせるから! 絶対に……絶対に、生き残ってみせるから! だから……またねっ!」
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