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04 お前を俺の妻にする~強引すぎる求婚【R15】
昔、ルーシェがソレイユ養護施設にいた頃。山菜取りの帰り道、同い年の少女のミーナが魔物に襲われ、瀕死の重傷を負った。周りの子供たちが恐怖で泣き叫ぶ中、ルーシェは本で覚えたての水魔法を使い、ミーナの傷を完全に塞いでしまった。
その夜、皆の親代わりのマザーはルーシェを自室に呼び出し、静かに告げた。
「ルーシェ。あなたには“水の女神の加護”があるわ。それは、この世に生まれる時に授かった、尊いギフトなのよ」
けれど、とマザーはルーシェの細い肩を抱き、真剣な眼差しを向けた。
「この国で平民がその力を持っていると知られたら、決して良いことにはならないわ。だから誰にも知られないように隠しておきなさい」
「そして、“大事な人を治療する時に”こっそり使いなさい」
マザーの愛に満ちた言葉に、ルーシェはすとんと腑に落ちるものがあった。上位の魔法を使う時、自分の体の中に自分以外の“大きな存在”を感じていたからだ。自分に力を貸してくれていたのは、水の女神だったのだと。
***
山小屋の暖炉の前でルーシェは男に捕まったまま、身動きが取れずにいた。頬が男の熱い肌に触れる。再生したばかりとは思えないほどの、強い力で引き寄せられ、耳元でドクドクと激しい鼓動が聞こえた。つられてルーシェの心臓も、ドキドキと音を立てる。
(何だ、この胸の高鳴りは?)
男はルーシェの顎を強引に掴み、逃げ場を塞ぐように持ち上げた。
「……加護を持っているのだな。答えろ」
「…………」
「だんまりか。……まあいい」
男の紅い瞳が、獲物を狙う獣のようにギラリと光る。
(……加護持ちが珍しいのは事実だ。でも、どうしてこれほど執拗に問い詰めてくるんだ?)
(……ああ、そうか……貴族様の嫉妬を買ってしまったのか)
ルーシェは、この男に腹が立ってきた。
「僕はただの初級ヒーラーです。あなたが何を言っているのか分かりません」
「強情な奴だな。正直に言え」
男は信じられないような言葉を、耳元で囁いた。
「拒むなら、今度は俺がお前の全身を舐め回して、可愛がってやろうか?」
「はっ……!? 何を、急に……っ!」
そう言うと、ルーシェの軍服を、男が強引に引っ張った。留め具が弾け飛び、肩が冷たい外気に触れる。
「あっ! やめてください! 離して……っ!」
暴れるルーシェの痩せた体を見て、男は不意に動きを止めた。小さく溜息をつくと、今度は肩を優しく抱きしめる。
「まあいい……お前を我がカーヴェル領へ連れて行く」
「え?」
「黙って俺についてこい。お前を俺の“妻”にする」
「…………はい?」
思考が完全に停止した。
(……再生魔法の影響で、頭が混乱しているのか!?)
「……あの。何を言っているんですか。僕は男ですよ?」
ようやく絞り出した言葉に、男は事もなげに肩をすくめた。
「ああ、そうか……ムランデ王国では同性愛は異端だったな。ルミナレア神聖国では珍しくないから安心しろ」
「そういう問題じゃないです!」
(この人、さっきから全然話が通じない! ヤバい奴だっ!)
「僕は同性愛者ではありませんし……それに、この国を出るつもりもありません! 放してください!」
「お前の気持ちなど聞いてはいない。これは決定事項だ。お前は黙って俺の側にいればよい」
(いつもそうだ。貴族という人種は、平民の気持ちなんてこれっぽっちも考えやしない)
「嫌だっ! 放せっ! 気持ち悪いって言ってんだよ! 僕はあんたの妻になんかなりたくない!」
ルーシェが必死に男を突き飛ばそうとした、その時。男の瞳から一瞬で温度が消えた。
「……俺にそんな口の利き方をして、いいと思っているのか?」
男は紅い瞳に怒りを滲ませて、片腕でルーシェの首に手をかけた。
「ぐ、ぅ……っ」
(苦しい……絞め殺すつもりか)
ルーシェの目に涙が浮かぶ。ふいに男の手が弱まる。
「……っ!」
男はルーシェの少し開いた口に自分の舌をねじ込んできた。大きな両手でルーシェの顔を固定して、口腔を激しく舐めあげ、唾液を吸い上げられる。紅い瞳がギラギラとルーシェの反応を見ていた。息が出来なくて押し返そうにも目の前の大男はビクともしない。
男は口を離すと、やっと息を吸えるようになったルーシェの耳元で囁いた。
「お前は俺の物だ……諦めて俺についてこい」
(この男、正気かよっ!)
その時だった。
外から複数の足音が近づいてくる気配がした。男も険しい顔で意識を外へ向ける。
隙が出来た……今しかない。ルーシェは男の胸元にそっと手を当て、体内の魔力を指先に集中させた。
「――《ネプトスリープ》」
「……なっ……お前……っ」
一瞬だけ蒼い光が瞬き、男の体から一気に力が抜けた。<ネプトスリープ>の魔力が、男の意識を深い眠りへと、引きずり込んでいく。そのまま自分の上に倒れ込んできた、熊のような大きな体を、なんとか暖炉の前へと寝かせた。
「……はぁ、はぁ……っ。危なかった……」
ルーシェはマントを掴み、窓から音を立てずに外へ脱出した。屋根の上に登り身を伏せる。
赤毛の中年の男と、金髪の若い男、少し遅れて、数名の兵士たちが山小屋に踏み込んでいくのが見えた。
ルーシェは、ほっと胸を撫でおろした。あの紅い瞳の男の仲間……間違いなくカーヴェル軍の兵だ。扉が乱暴に開く音がし、兵士たちの声が、ところどころ聞こえてきた。
「床は血の海だというのに……、……ない……」
「右腕も……。……繋がって……いるのか……?」
暫くして、赤毛の男の背に担がれて、紅い瞳の男が運び出されてきた。そして彼らの会話から、ナト城が敵の手に渡ったことを知った。
「急げ! 一刻も早くナト城へ戻るぞ!」
兵士たちは眠り続ける紅い目の男を連れ、雪の中へと消えていった。
(……ナトも落ちたか。早くここから離れないと)
静寂が戻った屋根の上で、ルーシェは曇った空を見上げ、袖で口を拭った。
(嵐みたいな男だったな)
(それに……キスってあんな激しいんだ)
初めてのキスは血の味がした。身体が少し反応している自分に気がついた。しかも敵国の凶暴な男に奪われた……ルーシェは屋根に積もった雪を、怒りを込めて蹴り上げた。
ルーシェにも、かつて好きになった子はいた。養護施設の仲間だった少女ミーナとルーシェは、怪我の治療をきっかけに仲良くなった。お互い恋心を抱いていたが、とても幼い恋だった。
結局、十二歳の時にミーナは階段で転倒し、頭を打って死んでしまった。ルーシェが駆け付けた時にはもうミーナの魂はそこになかった。
ミーナの死は、ルーシェに暗くて深い影を、今も落とし続けている。ルーシェが作った花冠を着けて笑うミーナを想うと、今でも涙が溢れた。
(誰とも恋愛なんてするつもりも無いし、最初で最後のキスだな)
そして屋根から軽やかに飛び降り、ここからさらに北にある、ムランデ王国の首都ガルドを目指した。
雪に紛れて消えていくルーシェの背中。それを、何者かがじっと見つめているとも知らずに。
その夜、皆の親代わりのマザーはルーシェを自室に呼び出し、静かに告げた。
「ルーシェ。あなたには“水の女神の加護”があるわ。それは、この世に生まれる時に授かった、尊いギフトなのよ」
けれど、とマザーはルーシェの細い肩を抱き、真剣な眼差しを向けた。
「この国で平民がその力を持っていると知られたら、決して良いことにはならないわ。だから誰にも知られないように隠しておきなさい」
「そして、“大事な人を治療する時に”こっそり使いなさい」
マザーの愛に満ちた言葉に、ルーシェはすとんと腑に落ちるものがあった。上位の魔法を使う時、自分の体の中に自分以外の“大きな存在”を感じていたからだ。自分に力を貸してくれていたのは、水の女神だったのだと。
***
山小屋の暖炉の前でルーシェは男に捕まったまま、身動きが取れずにいた。頬が男の熱い肌に触れる。再生したばかりとは思えないほどの、強い力で引き寄せられ、耳元でドクドクと激しい鼓動が聞こえた。つられてルーシェの心臓も、ドキドキと音を立てる。
(何だ、この胸の高鳴りは?)
男はルーシェの顎を強引に掴み、逃げ場を塞ぐように持ち上げた。
「……加護を持っているのだな。答えろ」
「…………」
「だんまりか。……まあいい」
男の紅い瞳が、獲物を狙う獣のようにギラリと光る。
(……加護持ちが珍しいのは事実だ。でも、どうしてこれほど執拗に問い詰めてくるんだ?)
(……ああ、そうか……貴族様の嫉妬を買ってしまったのか)
ルーシェは、この男に腹が立ってきた。
「僕はただの初級ヒーラーです。あなたが何を言っているのか分かりません」
「強情な奴だな。正直に言え」
男は信じられないような言葉を、耳元で囁いた。
「拒むなら、今度は俺がお前の全身を舐め回して、可愛がってやろうか?」
「はっ……!? 何を、急に……っ!」
そう言うと、ルーシェの軍服を、男が強引に引っ張った。留め具が弾け飛び、肩が冷たい外気に触れる。
「あっ! やめてください! 離して……っ!」
暴れるルーシェの痩せた体を見て、男は不意に動きを止めた。小さく溜息をつくと、今度は肩を優しく抱きしめる。
「まあいい……お前を我がカーヴェル領へ連れて行く」
「え?」
「黙って俺についてこい。お前を俺の“妻”にする」
「…………はい?」
思考が完全に停止した。
(……再生魔法の影響で、頭が混乱しているのか!?)
「……あの。何を言っているんですか。僕は男ですよ?」
ようやく絞り出した言葉に、男は事もなげに肩をすくめた。
「ああ、そうか……ムランデ王国では同性愛は異端だったな。ルミナレア神聖国では珍しくないから安心しろ」
「そういう問題じゃないです!」
(この人、さっきから全然話が通じない! ヤバい奴だっ!)
「僕は同性愛者ではありませんし……それに、この国を出るつもりもありません! 放してください!」
「お前の気持ちなど聞いてはいない。これは決定事項だ。お前は黙って俺の側にいればよい」
(いつもそうだ。貴族という人種は、平民の気持ちなんてこれっぽっちも考えやしない)
「嫌だっ! 放せっ! 気持ち悪いって言ってんだよ! 僕はあんたの妻になんかなりたくない!」
ルーシェが必死に男を突き飛ばそうとした、その時。男の瞳から一瞬で温度が消えた。
「……俺にそんな口の利き方をして、いいと思っているのか?」
男は紅い瞳に怒りを滲ませて、片腕でルーシェの首に手をかけた。
「ぐ、ぅ……っ」
(苦しい……絞め殺すつもりか)
ルーシェの目に涙が浮かぶ。ふいに男の手が弱まる。
「……っ!」
男はルーシェの少し開いた口に自分の舌をねじ込んできた。大きな両手でルーシェの顔を固定して、口腔を激しく舐めあげ、唾液を吸い上げられる。紅い瞳がギラギラとルーシェの反応を見ていた。息が出来なくて押し返そうにも目の前の大男はビクともしない。
男は口を離すと、やっと息を吸えるようになったルーシェの耳元で囁いた。
「お前は俺の物だ……諦めて俺についてこい」
(この男、正気かよっ!)
その時だった。
外から複数の足音が近づいてくる気配がした。男も険しい顔で意識を外へ向ける。
隙が出来た……今しかない。ルーシェは男の胸元にそっと手を当て、体内の魔力を指先に集中させた。
「――《ネプトスリープ》」
「……なっ……お前……っ」
一瞬だけ蒼い光が瞬き、男の体から一気に力が抜けた。<ネプトスリープ>の魔力が、男の意識を深い眠りへと、引きずり込んでいく。そのまま自分の上に倒れ込んできた、熊のような大きな体を、なんとか暖炉の前へと寝かせた。
「……はぁ、はぁ……っ。危なかった……」
ルーシェはマントを掴み、窓から音を立てずに外へ脱出した。屋根の上に登り身を伏せる。
赤毛の中年の男と、金髪の若い男、少し遅れて、数名の兵士たちが山小屋に踏み込んでいくのが見えた。
ルーシェは、ほっと胸を撫でおろした。あの紅い瞳の男の仲間……間違いなくカーヴェル軍の兵だ。扉が乱暴に開く音がし、兵士たちの声が、ところどころ聞こえてきた。
「床は血の海だというのに……、……ない……」
「右腕も……。……繋がって……いるのか……?」
暫くして、赤毛の男の背に担がれて、紅い瞳の男が運び出されてきた。そして彼らの会話から、ナト城が敵の手に渡ったことを知った。
「急げ! 一刻も早くナト城へ戻るぞ!」
兵士たちは眠り続ける紅い目の男を連れ、雪の中へと消えていった。
(……ナトも落ちたか。早くここから離れないと)
静寂が戻った屋根の上で、ルーシェは曇った空を見上げ、袖で口を拭った。
(嵐みたいな男だったな)
(それに……キスってあんな激しいんだ)
初めてのキスは血の味がした。身体が少し反応している自分に気がついた。しかも敵国の凶暴な男に奪われた……ルーシェは屋根に積もった雪を、怒りを込めて蹴り上げた。
ルーシェにも、かつて好きになった子はいた。養護施設の仲間だった少女ミーナとルーシェは、怪我の治療をきっかけに仲良くなった。お互い恋心を抱いていたが、とても幼い恋だった。
結局、十二歳の時にミーナは階段で転倒し、頭を打って死んでしまった。ルーシェが駆け付けた時にはもうミーナの魂はそこになかった。
ミーナの死は、ルーシェに暗くて深い影を、今も落とし続けている。ルーシェが作った花冠を着けて笑うミーナを想うと、今でも涙が溢れた。
(誰とも恋愛なんてするつもりも無いし、最初で最後のキスだな)
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