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愉しいお散歩に行こうぜ。
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美里は川名に「澤野を連れてくるように。」と命じられて公園に向かった。今日は彼がノアの散歩当番であることを知っていた。彼はノアと出る時は併せて運動をする。公園のコースを一周走るとちょうど10km、息抜きにちょうどいい距離だと言っていた。ランニングなど苦しいだけと思う美里には、到底理解できないマゾヒスティックな趣味だった。ノアも若く体力があるため、彼に合わせてよく走った。
彼はすぐに見つかった。平日の昼間から、上下ともに黒いジャージを着こんで犬と戯れているような若く大きな男は彼くらいしかいないのだった。
彼は芝の上で犬用フリスビーを遠くに投げ、それをノアにとってこさせて遊んでいた。大きく振りかぶって投げる。ぐんぐんと勢いよく空を飛んでいくフリスビーを、ノアが見上げながら芝を駆け抜け、大きく跳躍し、身体をひねらせながらキャッチしては、澤野の元に駆け戻る。彼らは言葉を発さず、機械的にそれを繰り返していた。ノアは勢いがつきすぎて、澤野に頭から激突するように戻ってきては、じゃれていた。
彼の身体はノアの激突を受け止めて、首を抱くようにして芝の上に座った。ノアはまだ遊び足りないと、切れそうなほどに短い尻尾を激しく振って、澤野の横に伏せていた。彼らの方に近づいていほどに濡れた芝の香りがしてくる。
美里が近づいていくと、ノアが真っ先に美里に気が付き、頭を上げ立ち上がった。大きく口を開いて舌を出し、駆け寄ってくる。澤野のことなど忘れたようになって、高い鼻先を美里の下半身にこすりつけ、においを嗅ぎ始めた。
「よせっ」
軽く叱って首元を押さえつけると「くぅ!」と鳴いて途端に大人しくなり、彼はまた澤野の側をとことこと歩き回った。澤野は、片腕でノアを抱きよせながら、緩慢な仕草で美里を見上げた。黒い塊がふたつ、美里の方を見上げていた。生き生きとしたノアと比べて、澤野の目はどこか心ここにあらずといった風だった。彼の心が、時折どこにあるのか掴めない。誰よりも、生き生きと仕事をしている(あるいは、しすぎている)と思えば、鬱になったように、時折今の様に何を考えているか掴めない表情を見せた。
「帰るぞ。川名さんが呼んでる。」
「……、わかった。」
彼はのっそりと立ち上がり、だるそうに美里を見ろした。走り回って疲れたか、事務所で見るよりすべての行動が緩慢であった。さっき、遠目に遊んでいるところを見ていた際には、愉し気にしていたような気がする表情もほとんど消えて、仕事の顔に戻りつつあるようだった。
「で?要件は?」
美里の横を、ノアを連れた澤野が歩く。風が吹いた。たくさん汗をかいているはずなのに、彼は爽やかなメントールのような香りを漂わせていた。
「これから来る客の様子を見ていて欲しいそうだ。」
「ふーん。」
車に澤野とノアを乗せて事務所に戻る。ノアは後部座席で物足りなそうに、そわそわと立ったり座ったりを繰り返し、澤野は澤野で物足りなさそうに窓の外を眺めていた。よくないな、と美里は思った。欲求不満のまま大事な客の前に立たせ、先走ってよからぬ行動をとらなければいいが。最近、血の流れるような仕事もなく随分と平和だったのも、たいして面白くも無い単純労働が多かったのもよくない。彼は退屈そうに大きく欠伸をした。
ノアを庭につなぎ、美里は先に客間に入って準備をする。澤野は事務所のシャワー室で身体を洗い、事務所に置いていたスーツに着替えて客間に現れた。すっかり仕事の顔、さっきまでの気怠さはどこかに消えていた。愛嬌の一つも感じられない。しかし、精悍な彼の横顔を眺めていると飽きなかった。
彼は、美里の視線に気が付いて、何を見ているという風に睨みつけてくる。鋭い、裂いたような双眸、その中で強く意志を持った瞳が暗く燃えていた。慢性的な寝不足が手伝って、せっかくの奇麗な瞳の端が充血しているのも、睨みの圧を強くする。いや、本人は睨んでいるつもりが無いのもわかっている。彼なりに客が来るということで、気を張ってもいるのだ。なめられたら終わりなのだから、それくらいがちょうどいいのだった。
美里が特に彼の胆力に動じずに、黙って見つめていると。彼は瞬きをし、眼を軽く伏せて視線を美里の顔から下の方へ持っていった。彼がまばたくと意外にも長く整った睫毛が揺れて、彼の上瞼が伏し目がちなると、意志の強い瞳が半分隠れて、反対になまめかしいまつ毛がよく映えた。こうして見ると、このような場所には場違いなほどに上品な顔つきであり、全く違った印象を受ける。川名が彼を気に入ったのもわかる気がした。サングラスをかけ、眼を隠している時も、同じような印象を受ける。口を開けば同じ、彼という人間ということがすぐにわかるのだが。
「川名さんなら、もうすぐに来るぞ。」
「そうかよ。……。お前、袖のところに土がついてるぞ。ノアを繋いだ時だな。」
彼は目ざとくそう言って、ポケットから紺色のハンカチを取り出し、美里に差し出した。受け取ったハンカチは丁寧にアイロンがけされ光沢を帯びていた。受け取れば、気持ちのいい絹のような素材だった。土などで汚すのがもったいないと思う程だった。がさつな人間が多い中、たまに見せる彼の神経質な部分は新鮮だった。
「お前がみすぼらしい格好していると、こちらの士気も下がるからな。」
彼はそう言って壁際に立った。美里が言いかえそうとすると同時に扉が開き、川名が入ってきた。彼は美里が何も言い返せなかったのを悦ぶように、にやついた表情を見せた。ようやく笑ったかと思えばこのタイミング。最悪の男だった。
「おお、戻ったか。」
川名は、霧野の方を見ながらソファに腰掛けた。霧野と反対に川名の声は明るく、珍しく気分がよさそうだった。おそらく、今日の午前中にたまたま時間がとれて、ずっと手にいれたがっていた絵の買い付けにいったからと思われる。絵など、下の人間に任せて買わせればいいのに、生で見て確認したいから、描き手と話がしたいからと言ってゆずらない。だったら、わざわざ自分から出向いたりせず、画家を呼びつければいいのに、と言えば、彼らの邪魔をしてはいけないだろうと言い、普段、平然と非道を行う癖に、珍しく譲歩するのだ。彼の美術品に対する一種の敬愛が美里にはわからなかった。彼はソファに深く腰掛け脚を組み、壁際の男を見た。
「美里から話を聞いたかと思うが、これからここにひとり男が来るから、そいつの様子を見ててくれ。どうもあやしいんだ。信じていたいところだが、どうもね。」
「わかりました。」
澤野はそれ以上何も言わなかった。客人の情報を聞きもしない。後から聞けば、相手を見極めようと思ったら、できる範囲で徹底的に調べてから向き合うのがいいし、愉しいのだ、という。そこまではわかる。それから、中途半端に知って自分の中で無駄な想像を膨らませるのが一番危ないのだと言った。中途半端に知るくらいであれば何も情報を持たず真っ白い状態で相手を見た方が判断が付きやすいくて良いという。
すぐに客人の男はやってきて、彼を連れて来た下の者は出ていく。部屋に男と、澤野、川名、美里の四人になった。男は、一瞬だけ美里、澤野の方を見、すぐに川名と話し始めた。簡単に言えば、新しい事業に出資してほしいとのことで、よくある持ちかけ話、商談の一つだ。男がトイレに立ち、下の者が連れて行く。彼の姿が見えなくなった瞬間に澤野が「嘘ですね」とはっきり言い放った。
「お前も感じたか。何故そう思う。」
「おそらくあの男は、嘘を本当と信じ込んで話しています。だからなにか本当の様にも聞こえるが、裏にいる誰かがうまいことふきこんだんでしょう。どうも言わされている感じがする上に、不自然だ。別に我々に頼まなくてもいいような話もしてくる。……。」
澤野は壁際から、川名の近くに移動し始め、一瞬美里に目配せした。直観的によくない、と思い「よせ」と美里は口だけ動かしたが、澤野はつづけた。
「ちょうど今、貴方の目の前から消えたことですし、本当のところを聞いてきましょう。」
川名は良いとも駄目とも言わなかったが、少しだけ目を細めて何か期待するように澤野を眺めていた。
「しばしお待ちを。」
澤野は部屋から出ていった。美里が思案していると「お前も行きたければ行ってこい。」と川名が言った。
トイレの前まで来ると、中から呻き声が聞こえ、外に立っていた下の者が「どうしたらいいです?」と美里に聞いた。
「お前はそのまま待ってろ。面倒だから他に人を入れるな。」
中にはいると、ちょうど澤野のボディブローが男にきまっているところだった。男がくの字に身体を折り、腹を抱えながらも、反撃しようとするのを、澤野はかわして、手早く頭を鷲掴み、立ち小便器に二度ほど激突させた。血が噴き出て、白い便器が赤く彩られた。澤野は美里が来たのも気が付いていないようなので、「まるで生理だな。ここは女子便所だったかな。」と声をかける。澤野は美里の方を見ないまま「生理というのは、通常、二日目三日目が酷いらしい、これじゃまだ一日目だ。」と言った。
そのまま、彼は男の耳元で何か問いかけ、それに対して、男が何か言いかけたのに、また、頭を小便器に突っ込み、それから沈め、水を流し始めた。男が便所の水を赤く染め溺れながら悲鳴を上げるのを見て、澤野の表情が若干癒されたようにほころんで美しく桜色に上気したのを、美里は見逃さなかった。
澤野は最初こそ、自身が邪悪な感情、欲望を人前で発露した際、誤魔化すように邪な表情を隠す努力をしていたが、数か月もしない内に隠す習慣をやめた。
一般社会は知らないが、ここでは隠す必要が無いからだ。普段は汚れるのを極端に嫌うのに、こういう時は容赦がない。便所の水が跳ね返り、血が飛ぶというのに拭きもしない。
「……」
美里は入口で、事の次第を黙って見守っていた。尋問の中で、澤野の言う通り、男の裏に別の人間がついていることがわかった。もう止めようか、と思ったところで、澤野の蹂躙が終わった。
「ちょっとやりすぎなんじゃないか。」
ふたりで男を抱えながら、客間に戻るため、廊下を歩いていた。廊下を水と血が滴り、すれちがう構成員が興味深げに様子を見守っていた。
「組長に嘘をついたんだぞ、死なないだけマシだろ。」
澤野は興奮を残したままの表情で言い放ち、「こんなクズは、痛めつけられて当然なんだ。正しいことだ。」と吐き捨てるように言った。首元に、返り血がついている。彼にハンカチを返そうかと美里はポケットの中のハンカチに指先で触れたが、自分が触った上さらに土とノアの唾液で汚れたハンカチなど気にくわない、捨てるに違いないだろうと思い、ポケットから手を出した。
男を客間にひきつれ、澤野は川名に男の全容を語った。川名は男を別の部屋に連れて行き、澤野を一言二言簡単に褒めて次の用事に姿を消す。ひと段落したところで、美里が客間の後始末を始めると、澤野が「拭いてくれよ」と美里の手元を見ていた。手を止めて彼を見上げた。
「何を?」
彼は、また、にやにやとした目つきで愉し気に美里を見降ろしていた。
「さっき、してくれようとしたことだよ。」
顔が熱くなる。美里はポケットに入っていたハンカチを取り出し、握りしめてから澤野に投げつけた。
「自分でやれ!何でそんなことまで俺が面倒をみてやらねぇといけねぇんだよ!」
◆
ドアは半ば開かれたままになっていた。
「少し準備をするからここで待て。」
ドアの前で美里が霧野を見降ろしていた。霧野がどう答えようか、返事をしようと口を開くとそこに、リードの持ち手が押し付けられた。
「ほら、咥えて待っていろ。」
手を離され、反射的に目の前に出された持ち手を咥えてしまった。
「……」
霧野はリードの持ち手を咥えて、吐き出そうか迷った。その内に、彼は小さな、犬の散歩用ともいえる手提げのバッグを携え、並べられた道具をいくらか拾っては中に入れていた。今動いたらどうか、と思うと美里が行動を先読みするように振りかえった。
「お散歩が楽しみでそわそわしているらしいな。仕方ない奴だな。じゃあ、おすわりだ。」
霧野は反抗的な目つきで美里を見上げていた。美里は霧野を睨み返していたが、不自然に表情をやわらげた。
「ん?やらないのか?お前はついさっきも自分で俺の従順な犬になるとさっき言ったばかりというのに、また、俺に嘘つくのか。それとも、もう止めるか?このゲームを。いいんだぜ、お前が止めたけりゃ、止めたってよ。どうする?止める?いいぞ別に、やめたけりゃ、その咥えてるのを今すぐ吐き出せよ。嘘つき。」
彼はポケットに手を入れて霧野に近づき見下した。彼の微かに細められた目の奥が暗く感情がわからない。喉がつっかえたようになって、口が開かない。
「ぐ……」
「お前が、このゲームをもうやめたい、吐き出し、おすわりもできないということなら、俺は知らない。お前のことなど。どうだっていい。俺がこの件から降りたからと言って、すぐさまお前が死ぬことは無いだろうし、誰かしらお前の面倒を見るだろ。ソイツに尻の穴がすりきれるまで遊んでもらえばいいんじゃねぇのか。いや?それだけじゃすまねぇだろうな。でも、どうだっていいよ……。てめぇがどうなろうが知らねぇよ。俺のあずかり知らぬところで勝手にくたばれ。一生俺の前にその目障りな顔が晒せないように徹底的に根回ししてやる。俺の顔を思い浮かべ、後悔しながら死ぬと良い。」
「……」
だらりとまた涎が垂れる。歯噛みするようにリードの持ち手を噛んだせいだった。霧野は一度俯き、ふ、ふ、と鼻を鳴らしながら、美里を見上げながら、身体を起こして、お座りの姿勢をとった。
何をやっているのだろうと思いながらも、逆らえない。恥ずかしいというのに。
霧野を見下ろしていた鋭い視線が少しだけ和らいだ気がした。圧力の気配が弱まる。彼の鎖骨の辺りが薄っすらとなまめかしく濡れていた。彼は再び、出かける準備を始めた。
その間、霧野は俯いて、自分を正当化するように、思考を巡らせた。
今美里を手放してしまったら、唯一の、外、神崎と繋がる手段がなくなる。そして、マトモに会話が通じる人間がいなくなることになる。彼の代わりの人間を何人か思い浮かべると、陰鬱な気持ちになってくる。最初こそ、この男に生活の管理をされることに耐えられなかったが、今更、他の誰が。三島などが来たらとても耐えられそうもない。
美里が再び霧野の側により、頭を乱雑に撫で始めた。甘く重い香りが鼻をくすぐった。
「ぅ……、んん……」
喉の奥から小さく声が漏れる。
「ふふふ、お前は、俺に居なくなられたら困るのだろう。昔も、今も。」
美里の手が霧野の髪を掴みあげた。身体は命令に従っていても、反抗的な吊り目が美里を見上げていた。美里は微笑を称えながら、意に介した様子も無く、ふん、と笑った。
「うぐぅ……」
美里と、美里に逆らえない自分に腹が立つ。自分が蒔いた種とはいえ、まさか、こんな風に逆に利用されるとは。ずるい、穢い。ぐるぐると頭の中で不快感が渦巻く。
霧野が表情を強ばらせるほどに、美里の表情に貴族のような余裕が生まれるのだった。
それでも、霧野は従順に彼の前で股をひらいてお座りしている異常な状態というのに、頭と体の奥の方がじんじんと来ていた。また、はぁはぁと口から息が漏れ、怒りとも羞恥とも悦びともとれる熱が全身を巡っていく。
どうすればいい?何が正解なのだろう?わからなくなってくる。何をやってる?何をしたらいい?発火する頭の中で思考が沈み、鈍くなっていくのがわかった。顔を近づけられ、覗き込まれる。
「おや、お前の酷い目つきの奥の方がとろんとしてきたな。そうだ、お前は何も考えず俺に従っていればいいんだ。そうすれば悪いことにはならない。お前の人格が、俺に、従順になればなるほど、お前を外に出しても何の問題ないことの証明にもなるんだからな。」
「……」
「これからすることは、お前を外に出す、その練習にもなる。できたこともできなかったこともちゃんと川名さんに言っておいてやるから、うまくすれば外に出る機会が増えるかもしれないぜ。良かったな。」
こんな姿で出されたところで仕方がないじゃないかという言葉を飲み込み、喉の奥でぐるぐると音を鳴らした。口元からリードをとられる。
「さ、愉しいお散歩に行こうぜ、霧野。犬のお前によく似合ってるよ、その姿。犬の自覚を身体と心に染み込ませてやるから。」
霧野は美里に先導されて、病院の廊下、それから玄関にでてきた。外の空気が流れ込んでくる。低い視座の向こうに広い外の世界が広がっていた。
昼間、久瀬と竜胆と外に出た時のことを思い出すと今の姿とのギャップに、情けなさに息が上がった。ふ、ふ、と笑いさえ出てくる。川名にレストランの駐車場、箱庭の中で集団で弄ばれたのとは違うのだ。本当の外の世界だ。
「いいか?しっかり着いてこい。お前は犬なのだから、何も恥ずかしくないな。どうした?散歩だぞ。もっと楽しげにしないか。」
美里の脚がスラックス越しに霧野の臀の辺りにごしごしと擦りつけられた。霧野は、応じるように、やはり擦り付けるようにして臀を振ってしっぽをふさふさと揺らし始めた。羞恥に俯いていたが、ふと顔を上げると、暗闇の中に美里の優越感と愉悦の混じった瞳の輝きが浮かび上がっていた。暗闇で見づらいが彼の白い顔が少し上気してた。
「いいぞ、その調子だ。……愉しそうだな。」
彼は明らかに言いながら笑いをこらえていた。くそ!と言いたくなるのをこらえた。外へ出されるのだ、酷い姿とはいえ、隙を見てこの男をどうにかして逃げることだって必ずしもできないわけではないのだ。無策に何かするのが危険というだけで、強引にやろうと思えばいつだって。
「じゃあ出発だ。」
美里が外に出て鎖が揺れ、霧野も足を一歩前に出す。玄関が段になっているため、一瞬出遅れる。鎖がピン!と張って霧野の首が締まり、美里が前につんのめりかけ、踵を返した。
霧野が体を全て玄関から出しても、彼は動こうとしない。何も言わず見られていると、反省を促されているような気分になるが、勝手に人間の歩く速度でどんどんと行く方が悪いのではないか。
しかし、あまりにも圧が強かった。なぜなら、外で、着衣の人間が、ほぼ裸に剥かれ、首に隷属の証を付けられた生き物を見下ろしているからだった。冷たい風が体を撫でつけ、自身の何も纏っていない体の輪郭をはっきりさせた。惨めだと思うと、空気だけで、相手の圧力に負けてしまう。こんな惨めな格好をして虚勢を張っても、余計に感じてはいけない気持ちを感じてしまう。
「今のは初めてだから許してやるが、次にこのリードをたわませず直線にしたら許さない。」
強めに首輪を上に引かれ、頭が上がる。
「従順な犬のはずのお前が、人間の、主人の俺を、引っ張るような真似は許されないに決まってる。もう一回でもやってみろ、お前が嫌がる罰を与えるからな。ノアとセットにして事務所の庭に繋いでおくのはどうだ?俺がいちいち教えてやるよりも、先輩犬を見習い『真似る』方がお前の腐りきった性分にはあうかもしれないからな!……嫌か?だったら俺の手を煩わせるようなことをするな。わかったな。……。返事。」
「……、……、わん、」
「聞こえない。」
「くぅ、·····わんっ、わんっ、」
美里は冷めた目でこちらを見ていたが、前を向いてリードを手に躊躇うことなく、本当に犬の散歩、ノアと散歩をする時のように、平然と歩き始めた。彼は右腕を拡げて辺りを見回すようにして、霧野を流し目で見おろした。
「お前も承知と思うが、ここら一帯は治安も良くなく、もし人間に会っても大目に見てもらえるさ。通報もされないだろう。」
通報。通報されたい、と思うと何故か体が余計にぞわぞわとし始める。着衣の、しかも、仲間、警察官に囲まれてる自分の姿を考えたら発狂しそうになった。美里が察したように口角を上げたが、何も言わずまた前を向いてしまう。
通報されれば、そのまま解放されるのではと思わないでもない。しかし、こんな姿の変態、そして同じくこんな変態を連れている変態の美里をとっ捕まえて、霧野が何か言ったとして、狂人の戯言としかとられないのでは?それでも、連行されてしまえばなんとかなるだろうか。霧野の脳内に今の姿のまま警官たちに囲まれ、這って近場の交番に連行される姿がチラついた。署ではすぐに噂になろう。その前に脅すか?いや、殺してやりたいくらい。妄想の中で怒りを表すと、それが下半身に奇妙に響き、霧野は頭を振って、逃げようという発想自体を打ち消そうとする。
気が狂いそうだ。犬、自分は犬。そう言い聞かせながら、美里の後を追うようにしてついていく。土やコンクリート、下水、蒸した苔の匂いが鼻をつく。先をカツカツと革靴の底を鳴らして歩く美里の足、ちら、たまにと白い足首が覗いて、闇の中で白く細身の足首が浮かび上がる。それを目印にとにかく、ペースを落とさずついて行く。鎖の音が鳴る。手と膝を守られているせいで歩けてしまう。
見上げた先に彼の尻、腰、薄い背中があった。歩く度に動く尻をずっとみあげていると奇妙な気持ちになって再び足元や前を見る。
「はぁ……っ、はぁ、」
夜、建物や路地の向こうに人の気配を感じないでもない。皮膚を直接、夜の外気がくすぐる。普段外の空気に触れない箇所が身体に触れ、すぅすぅする。ぐっ、と首輪が軽く引かれると、こちらの脚が乱れそうになるが勝手に立ち止まることは許されない。歩く度、ふさふさとしっぽが太ももをこすり、その存在を意識させられるのはもちろんだが、しっぽの付け根、肉の奥がコリコリと擦れて気持ち悪く、恥ずかしく、少しずつ貪欲に快楽を求める肉の部分を擦り上げて、霧野の性的興奮を羞恥と合わさって余計高めるのだった。
どのくらい歩いたか、もうすっかり病院は見えない。
来た道を同じように帰ることを考えると気が遠くなった。
美里が少し左にずれ、リードを強く引いた。彼の横を歩調を合わせて歩けということだ。
「おや、あそこに人がいるぞ。」
こちらに向かって男女が2人、歩いてきており、こちらを怪訝な様子でチラチラとみている。少し離れた路地の向こうに輩風の男達が3人ほどたむろしていた。思わず脚がすくむが、美里は何の躊躇もなくどんどん進むので、鎖のたわみが無くなってくる。
「わっ、わぅ……」
「ん?」
霧野が鳴くと美里が足を止めて見おろした。
「どうした?」
はぁはぁ、と息が漏れ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……、もういいだろ、戻らないか、お前だって恥ずかしいはず、」
「……」
美里は霧野から目を逸らし、コンクリートの地面を見て何か言った。あまりのことに脳が拒否したのか聞き取れず「は、」と聞き返した。
「服従の姿勢だ、俺に腹を見せるんだよ。ここで。」
「なに……」
「さっきから聞き分けが悪いな。できないのか?できないなら代わりにコースを変えてもっと人通りの」
「わかった、やる、やるから、っ、」
ゴロンとその場に、冷たい地面に背中をつけて、股を開いてみせた。開いた足ががくがく震え、何もしてないのに、声が出そうだった。人通りの多いところに行けば、もしかすれば、救われるかもしれないのに、彼に股を開くほうを選ばされている。いや、選んでいるのは……。
人の声がする。人の気配が遠くに増えて、視線を感じ、それから声がはっきりと聞こえ始める。
「うわ、変態がいるぞ……」
「野外調教だ、この辺たまにでるんだよな。大丈夫かよあれ。」
「連れてる方はあれ、ヤクザじゃないか?近寄りたくない。とりたて、辱めなんじゃないか。」
「うう……っ、ううっ」
頭を左右に振って懇願するように美里を見上げたが、彼は一層愉快気に邪悪にほほ笑んだ。
「ふふ……、ほら、もっと脚をしっかり開かねぇか。何を今さら恥じてんだよっ。」
内ももに美里の足が乗り、股関節の開くところいっぱいまで、身体を開かされていく。やめろ、と思うが抵抗できず、視界が滲む。街灯が白く滲んで、ぼんやりした視界の中に彼が佇んでこちらを踏みつけたままでいる。身体が全体が仔犬の様にふるふると震えていた。
「まだ駄目だな。犬のように手を前にして、舌を出してもっと媚びてみせろ。」
「くぅ‥…、……」
言われた通り舌を出し、手を前で犬の様に曲げて見せた。ぁ、ぁ、と頭の中で羞恥の炎が弾けて、何も言えない。深く息をする。犬、自分は犬。
「は、ぅ……」
「ふん、戻りたいだなんてどの口が言ってんだよ。今のお前の淫乱面を写真に撮って見せてやりたいくらいだぜ、お?言ってる側から、また股間が疼いて来てるようだな。アソコが少し膨らんで、しっぽが可愛らしく動いてるぞ。犬。」
「ぁ……ちが、」
「あ?何か言ったか。お前は、野外で全裸になって人様に股を開いて見せつけて興奮して、本当に恥ずかしい奴だな。お前のような変態がよっ、偉そうに、っ」
内腿に乗っていた脚が、勢いよくしっぽの付け根、熟れた肉の狭間を踏みしだき始めた。
「ぉ゛·····!ぅ、や゛っ、·····やめ、!ぁっ!あ!」
ずきん、ずきん。革靴の下でしっぽがブンブンと揺れる。肉の付け根を揉みしだいた脚が今度はしっぽを踏み、右に左に踏みしだき、引っ張った。中で霧野をいじめていたプラグが余計に暴れて、熱を帯びた身体の中をぬちぬちと陰湿に責め立てる。あまりのことに、無意識に脚がとじられかけ、彼の靴が再び乱暴に股をこじ開けた。
「!!、ん、っ、ふ、」
「勝手に脚を閉じるんじゃねぇ!やめていいなんていったか?」
「く、ぅ、·····、身体が、勝手に」
「はぁ?知らねぇんだよ!手と舌はどうした。一生ここでこうしてたいか?」
しっぽが靴とコンクリートの間に挟まれ、引かれてくぷくぷと噴火口のようになった厚い肉穴を出たり入ったりし始める。
「あ、、ぐぁぁ····うう゛···ふ···」
舌を出しながら耐え、口角があがってきて、またヨダレがだらだらたれ、しっぽが抜けないように力んでいるうちに身体が弓のように仰け反り始めた。美里が足で刺激する度、身体が言うことを聞かず、無意識に閉じられようとする足をぶるぶる震えながら無理やり開かせ、そのせいで他の筋肉が緊張して、全身が脈打ってビクビクと震えて背中が地面に擦れる。声が漏れ出るのをとめたいが、とめられない。
外なのに。外なのだと思うほどに、とまらない。
しっぽの付け根のプラグと肛門とが綱引きのようになり、くぱぁくぱぁと桃色の華が閉じたり開いたりして、熱源からの刺激に身体と同じように雄が濡れ、勢いいきり立ち臭いたち始めた。
「あ゛、ぁ、!!抜ける、抜け、る!、ああ゛!!」
ぬぽっ!という間抜けな音ともに犬からしっぽが抜け落ちて、楔を失った肉穴が濡れそぼり紅く腫れながら二三度収縮した。
「ん゛ぁっ……!、ん、ふぅぅ、」
「あーあー、お前が暴れるから。」
美里が、視線が宙をさまよう霧野の股の間にしゃがみこみ、濡れ、ぽっかりと縦に割れた洞窟に親指を突っ込んだ。「わ!」と声が上がり、霧野の宙をさ迷っていた目が見開かれて下を向いた。肉は美里の手を握手でもするように優しく受け入れていた。指の先端がくにくにと中を擦り上げて、また霧野の大きな引き締まった肉がふるふると震え始めた。
「ふ…っ…ん、ぐ」
「これだけで感じるようになっちまったのか?」
美里が軽く首を傾げるようにして霧野の顔を覗き込み意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
「聞き分けの悪いお前が従順になるように、もっと頭を悪くしてやろうな。」
彼は手提げカバンからローターをふたつ取り出し、すっかり開いた霧野の肉穴の中に押し入れ、上から再びしっぽのプラグで蓋をしてしまったのだった。穴が何度か抵抗を試み、力み赤みを増したが、出はしない。ローターから伸びたピンクのコードとリモコンが、別のしっぽとして霧野から飛び出していた。
「ひっ、なにを……よせ、そんな、」
霧野を無視して、このリモコンを、美里がボンテージテープで霧野の太ももに巻止めて固定してしまう。リモコンを少しヒネっただけで、霧野の身体の内側は敏感に刺激を受け止め、みるみる身体が紅潮していく。ブーン·····ブーン·····と体の奥から電子音が立ち上り、美里の指先ひとつで音が大きくなったり小さくなったりした。腰が揺れ、しっぽがゆれると、敏感になった身体はふさふさとしたしっぽの毛が、腿を擦るだけで、気持ちが良くなってしまう。
「や゛、やめ、·····っ、」
「うん、もう服従のポーズはやめていいぞ、散歩を続行するからな。早くたてよ。」
美里の革靴が霧野の尻を横から蹴りあげた。
「ん゛んっ!」
蹴られると痛みより先に中が揺らされて感じてしまう。
霧野が猛る身体をなんとか四つん這いにさせると、中でローターの位置が動いて、柔らかな中をまた刺激する。霧野のしっぽの付け根からでた2本のコードがゆらゆら揺れる。
「ぁ゛·····、ぅう、、かえりたい゛、っ、かえりたい、」
「なに?帰りたいだ?中にいれば外に出たいと言い、外に出たら帰りたいと言い、いつまでたってもわがままな奴だな。いい加減にしろ。どこまで性根がねじ曲がってるんだお前はよ。」
「ぅ、·····、う、それは、」
それはそれ、状況が全然違うと口に出す前に美里がまたさっきと同じ歩調で進み始める。鎖がピンとはりかけて、急いで脚を前に出す。
「ほらほら、頑張れよ。ちゃんとついてくるんだ。いち、に、いち、に。」
美里が子どもに語り掛けるように、いちにいちにと声を掛けてくる。
身体が熱く、目の前が歪み、歩く度にずっと感じて、何も考えられない。脚を前に、いち、に、いち、に、と出す。前に進む度、ぽふ、ぽふ、と、毛にまみれた黒い犬の手が地面を踏んだ。
「ぉぉ゛·····」
さらに最悪なことに、霧野の身体には尿意が訪れ始めていた。川名と二条が飲ませた大量のバケツの水がここにきて膀胱から外に出ようとしていた。
「っ、く、·····ぅ、」
ひくひくと、尿道がひくつき、さらには姫宮にいじくられた余韻でたまらない。尿道の先から奥までがむず痒く疼いてくる。尿道に集中したところ、恥部の筋が締まって、身体の中でローターが熱い箇所を擦った。
「はひ、ぃ、!」
尿意を我慢すると快楽とで異様な汗が身体から染みではじめ、汗と精の交じった異様な獣臭がむんむんと立ち込め始めた。
流石に霧野の異常な様子に気がついたのか、美里が足を止めて霧野を見おろした。しかし、何も言わない。彼がまた鞄を漁り始めた。彼にまたなにかされる前に伝えなくては、と、霧野は「と、といれ、ぇ·····」と、必死に美里にすがりつくように声を絞り出した。
美里は特に驚いた様子もなく、鞄から煙草を取り出し、霧野を見下ろしながらそれをさも美味しそうに吸い始めた。見定めるような彼の瞳を、霧野は懇願するように見上げていた。彼はしばらくそうしていた。
「トイレねぇ。ちっ、しょうがねぇなぁ。」
彼はリードをもった片手をポケットに突っ込み再び歩き始めた。どこか公園のトイレか何かに連れていってくれるのでは?という淡い期待はすぐにたち消えた。霧野がトイレと言った位置から数メートル先の電柱の前で美里は立ち止まり、タバコを咥えながらじーっと霧野を見おろすのだった。はやくしろ、とでも言うように。
「ばか、こんな、とこで、っ、」
「じゃあどこでするって言うんだよ。手伝ってやるから早くしろよ。おら!」
一瞬美里がかがみこんだかと思うと、霧野の右の太ももを抱き抱えるようにして足を挙げさせた。
「うわ!」
普段なら抵抗できるのに、体に力が入らず、電柱の前で地面に手を付き、片脚を大きく電柱に向かって上げさせられ、その狭間でいつ間にか勃起したようになった肉棒がビンビンと揺れていた。
「!!·····、」
「犬はこうやって小便をするだろ。さっさとしな。」
ふいに、顔を上げると遠目に人がいるのが見えてしまう。緊張して肉が絞まり、あれだけ出したかった尿が詰まったようになって出てこない。 膀胱がはち切れそうだ。
「ふ、ぁ、ぁ」
「小便するんじゃねぇのかよ。手が疲れるんだ。はやくしろよ。」
足を抱えあげた美里に背後から叱責され、頭がおかしくなりそう。何も考えるな、体から力をぬけ!まるで妊婦のようにひぃひぃと呼吸を整えているうちに、情けなくてまた涙が出そうになる。
しゃあああ·····!!!と音がして、身体から尿が噴出したのがわかった。我慢していた分勢いよく発射する。遅れて排泄の、しかも、人の前で、地面に手をつき犬のように電柱に発射したという凄まじい羞恥の快感がやってきて、霧野の惚けていた頭の中をさらに真白く染め上げた。
小便と一緒に魂が、理性が、抜け出て行ってしまうようだ。快楽の声が出ていく。人目も気にせず。
あまりに勢いよく尿が噴射されたせいで、電柱から跳ね返った黄色の飛沫が、霧野の身体及び美里の足元に飛び散って濡れちらかした。濃い尿の匂いが辺りに立ちこめ、蒸発した尿のせいで空気が生ぬるい。
美里の腕が離れて、霧野はその場に伏せるようにしてふるふると震えていたが、なんとか起き上がり、美里を振り返った。彼の足元、革靴とズボンの裾のあたりが濡れ、霧野の出した汚物の匂いを漂わせていた。
「俺の身体に、ひっかけやがったな、この野郎……」
普段よりワントーン低い美里の声が上から降ってきた。顔を上げることができない。せめて、謝ればいいのに霧野のにはそれができず、呆けた頭で俯き、視線を地面の上にうろうろとさまよわせていた。辺り一面に自分のまき散らした液体が飛び、臭いが満ちていた。身体の中をまたブーン…ブーン…と刺激され続けて、美里のことなど忘れ、ああ、ああ、と悶えて、股間は熱くなる。
再び、重い紫煙の香りが上から漂い始め、霧野はようやく思い出したように顔を上げた。彼が口に元に手を当て、喫煙しているせいで顔から下半分が見えず、冷めた瞳だけがこちらを向いていた。
顔から手が外れ、だらんと垂れさがる。左手の先で三分の二ほどになった煙草の火が煌々と光っている。手が外れても、何を考えているかわからない、無表情で端正な美里の顔が現われた。
彼はその小さな口をほとんど動かさず、口の中で、聞こえるか聞こえないかの声で「ちんちんをしろ」と非常に低い声で言った。流石に多少の気まずさを覚えていた霧野は、身体を起こし彼の前に身体を晒した。美里はしばらくそのまま霧野を見降ろしていた。彼の手の中で煙草がじりじりと焦げて灰になっていく。
美里は、ふぅふぅと息を上げる霧野の目の前に屈みこみ、何も言わず自らの口を軽く開いて見せた。濡れた舌が電灯の下で桃色に輝いて性的であった。煙草の匂いが鼻をつくのに、不快ではない。
口を開けろというのか。霧野は一瞬煙草の火に目をやってから、ためらいがちに口を開いた。そうして、はあはあと口を開いて、美里の方をじっと伺い見た。開かれた口は、上だけでなかった。下、ためらいがちに勃起した肉棒の先端の裂け目も、尿と汁で濡れてぱっくりと口を開き、輝いていた。
美里は霧野が口を開いたのを見届けると、短くなった煙草を一吸いして、薄く開いた唇から、煙草の煙を霧野の顔に吹きかけながら言った。
「良さげな灰皿があるじゃねぇか。」
美里ははっきりそう言って、煙草を、霧野の開いた口、ではなく、霧野の勃起し濡れた亀頭に押し付けた。じゅっ……という音と同時に、ぎゃ!!と声があがり、肉灰皿は大きく身体をのけぞらせ、悶えた。犬の肉棒は火で焼かれたにも関わらず、びくんっと大きくその身を震わせて、大きく怒張、刺激に歓喜するように傷ついた裏筋を紅くして血管をバキバキに浮かせ跳ね回った。思わず姿勢が崩れるのを首輪から延びたリードを美里が短くにぎって引きつけ、くずさせない。
「どうだい?少しはきいたか?」
美里の薄い奇麗に赤らんだ唇の間から、反対に、凄み、それから強いどすのきいた声が出ていった。彼は眼を見開いて、軽く汗ばんだ、端正な顔を霧野に顔を近づけた。
「まともに排泄さえできねぇ使えねぇゴミを、灰皿にして使ってやったんだよっ。そのくらいにしか役にたたねぇな、お前の粗チンは。こんな薄汚ぇゴミを、人間の女にいれるなどもってのほかだよ。ふふふ、俺に灰皿にされたってのに、悦んじまってよぉ。」
「……」
「謝罪もしない、そして、躾けてもらったくせに、礼も言えないのか、貴様。」
美里、手で乱暴に霧野の雄を掴み上げ、二三度しごいた。手の中で熱く大きくなって今にも射精しそうであった。美里は霧野が何も言わないのを見て、しごくのをやめ、思い切り雄を掴みあげ、火傷の後に爪を立てた。
「あああ゛っ、くぅ‥‥っ、うっ、ありがとうございます、っ」
美里は霧野から手を離し、ローターのリモコンの強度をあげた。そして、さっさと立ち上がり、再び黙って歩きだした。霧野は、美里の足元で悶え、待ってくれという気力もなく、ただ足を前へ前へと踏み出すが、腰から下、下半身が被虐の快楽に震えて思った通りに動かず、歩くたびに、ゆさゆさと勃起した性器が重みを持って、たわわに揺れ、煙草で焙られた箇所がじんじんと痛んだ。
「ん……、……。」
射精したい。しごきたい。すっかり心と体を苛め抜かれ、霧野は歩きながら、そればかり考え始め、身体の中を引き締めながら、異物を自主的に感じ始めた。また、じーんと焼かれたペニスの先端が痛むのに、それが悪くない熱になって、血管を浮きだたせる。
「目の前に別の犬がいるわけでもないのに、散歩しながら勃起する犬など聞いたことがない。」
美里は独り言のように前を向いたままそう言った。きゅう、と霧野の喉の奥が鳴った。
「まったくはしたない。勃起を収めるまで歩き続けようかな。」
「む、むりだ、そんな」
「勝手に人語をしゃべるな。それから、俺に許可なく勝手にぶちまけるなよ。ぶちまけたら臭いですぐわかるんだからな。お前のは濃くて獣臭い。特に、俺が強めに苛め抜いてやった時の方が酷い臭いがするんだ。マゾのお前のことだから、よほど興奮したんだな。今だしたら相当な臭いがするだろうよ。」
「……、……。」
「お前のやる気をそぎすぎてもな。煙草屋の辺りまで辿り着いたら、戻るか。それがいいな?」
「わんっ」
「元気でよろしい。」
暗い路地が続く。時折、人影があり、何かを言ったり無視をしつつも顔をこちらに向けたりしていた。何も言わず侮蔑と好機の視線と共にすれ違う者もいる。路地の向こう側の繁華街から酔っぱらいたちの声が聞こえた。遠くタバコ屋の明かりがついている。煙草屋の向こう側はT字路になっており、車一台通れるような通りになっている。静かな道の上で、二人の歩く音と、玩具の振動する音が鳴り響き、すっかり温まった身体、脇腹に美里の脛が布越しに当たって、つつつ、と、撫で上げた。
「ん……っ」
甘い声が漏れた。煙草屋の角に辿り着いた。光は灯っていたが、煙草屋のシャッターはおりている。T字路には電柱が立ち並び、取り付けられた街灯が等間隔に道路を照らしていた。
「ふん、人はいたのに、誰も声を掛けてこなかったな。声を掛けてきたら少し貸してやっても良かったのに。傍から見ても、お前の出来が悪すぎて、誰も関わりたがらないようだ。」
街灯のせいで美里の顔の陰影が濃くなっていた。肉の薄い顔の、目の周り、頬骨の骨格に沿って深い影がさして、普段より邪悪さ増しているように見えた。煙草屋の角を曲がってすぐの電柱の前で、彼は立ち止まった。スポットライトにあてられたように、二人は煌々と白い光の中にいた。たまに電灯がまばたきするように瞬き、黒い影が落ちた。大きな茶色い蛾が、光の周りを飛んで、カサカサと音を立てた。
美里は霧野の傍らにかがみ、腹の下を覗き込んだ。そこに勃起しっぱなしになったグロテスクな肉の塊があり、影が地面に大きくひきのばされて映って揺れていた。ぴんっと軽くでこぴんされ、霧野は声を上げかけるのをこらえるかわりに身体を跳ねさせた。きゅっきゅっと身体の肉が締まる。
「出したそうだな。ここで、オナニーして地面に射精しな。そうしたら来た道を戻ってやる。」
「!!」
霧野は体を起こして美里を見上げた。屈辱、恥ずかしさはもちろんだが、確かに出したい。しかし、オナニーと言われても、しごきたくても手がこれではしごけない。霧野が地面に擦れた汚れた肉球を見せつけるようにすると美里は「そんなの使わんでも、こうすればいいだろ。」と言って霧野の腰を抱え上げるようにして電柱の方に誘導した。薄いゴムのまかれた電柱に、尻尾の付け根が触れ、ぐいっと中に異物が押し込まれ、ぐりぐりと動かされる。熱く濡れた霧野のむっちりとした尻に無機質な電柱がこすりつけられていた。屈辱に脳の奥の方がむずがゆく、発火する。
「ううっ……!」
「外で、ちんぽなどいじっていいわけないだろ馬鹿が。はしたないと思わないか。正気か?ここに尻を擦りつけ、マーキングがてら射精すればいいだろ。ふふふ、これはお前の電柱だ。縄張りが増えてよかったじゃないか。今日からここはお前のシマだぜ。あはははっ!!……なにをぼさっとしてる、さっさと腰を動かせ。お前がそこに出すまで帰らないからな。」
また、遠くを人がこちらをちらちらと見ながら通り過ぎる。と、思いきや遠巻きに何人か人が立ち止まってこちらを見ていた。鼓動の早くなっていた心臓がきゅうと痛くなり、発汗する。はやくしなければ。はやく。出さないとかえれないんだから。霧野にはもう物を考える余裕というものがなくなってきていた。
姿勢を低くリラックスし、尻を、尻尾を、股間を電柱に、こすこすと、こすりつけながら、どんどん頭を馬鹿にして、射精のことだけ考えた。コリコリと肉の芯の手前をいじくられ、いや、自分でいじりたて、気持ちがイイ。腰を揺らすたびに、「お行」の息遣いが霧野の口から漏れ出て、快楽に耐えるようにひそめられた眉の下で、集中するように、瞼の下が痙攣していた。
美里がじっとこちらを見ているのさえ、霧野には刺激になる。恥ずかしさでずっと見てはいられないのだったが、たまに霧野が頭をあげると、顔をほんのり赤く染め、小さく邪悪に微笑みを称えている彼の顔が見れるのだった。彼は何も言わず、霧野が見上げると、ふん、と小さく鼻で笑っていた。彼の瞳の奥で加虐の炎がちらちら燃えていた。
野外で身体が緊張していること、そして、小さな異物を中でいくら動かしても、イケそうでイケず、甘く屈辱的な快感が永続的に続く。はっ、はっ、と舌を出した霧野の口から喉の乾いた大型犬の呼吸のような息が続き、呼吸と身体の動きにあわせて尻尾の様に雄がぼろんぼろんと揺れていた。電柱と交尾している。
「ぉ゛っ……お、ぅ‥‥ん…」
「ふふふ……」
小さな笑い声に、腰を動かしながら霧野はまた顔を上げた。美里が笑いながら、片方の靴を指で引っかけるように脱いでいた。彼は脱ぎたての靴を手に持ち、霧野との距離を詰め、屈んだ。
「なかなかイケなくてつらそうだから、犬の快楽を追加してやろう。お前は嗅ぎまわるのが大好きだからな。俺の匂いを覚えろ。」
彼は手に持っていた靴を霧野の紅潮し、快楽と羞恥、悔しさに染まった顔のその鼻先に近づけた。むわっとした生暖かさ、それから蒸れ臭い、霧野自身が先ほどひっかけた尿の香りが鼻をくすぐり、反射的に霧野が顔を背けようとするのを、美里の手が無理やり掴み上げ、その靴を顔面、鼻と口に押し付け、呼吸器を塞いだ。
「ふご……ぉっ!!、んぉ゛……っ、お!」
呼吸するたび、器官が、頭が彼の足の匂いに満たされ、身体がビクンビクンと痙攣するように跳ねて腰が勝手に擦れる。霧野の美里を軽く睨んでいたはずの視線が、上を向いて、ひきつり、とろけ、さまよい、濡れ、興奮のあまり、また大きく息を吸っては、身体をびくんびくんと無様に跳ねさせる。
美里の匂いに塗れながら、四つん這いになって異物を必死にこすりつけ、電柱の表面のゴムが霧野の体液でいつの間にか濡れて、霧野の尻の肉が当たるたび、ぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てていた。
「んん…主人の匂いを嗅いで悦んでるな、マゾ犬。それから、」
美里の空いている方の手が、霧野の首筋、鎖骨を撫で上げ、指先が、大きく育った肉の蕾を弾いた。野太い声が靴の中から漏れ出、指先でこねまわされるたびに、声を出し、身体の感度を上げ、さらに蕾を大きく伸ばした。
「んご……っ、ひ、ぃ…!…」
「俺の靴のにおいを嗅いで、乳首をビンビンにたてて!なんだよこれは。」
コリコリと指の先端が蕾を引っ掻きまわした。
「ピアスをいれられた時はどうかと思ったが、どんどんデカく育って。戻らなくなるぞ。」
「い゛……っ、い、……っ」
「お?なんだ?ついにイクのか?外で裸になって、尻尾を生やして首輪で連れ回され、アヘ顔晒して電柱に尻こすりつけ、乳首をおったて、人様の靴の匂いを嗅ぎながらイっちまうのかよぉ?底辺変態マゾ犬。」
美里の手が、ぎゅ!と指先で固く長く勃起した乳首をつまみ、捻り上げた。霧野の股間はさらに激しく反応し、熱を帯び、言葉の責めと一緒に身体に染み込み、ついに身体を大きく震わせ始めた。美里が靴をさらに顔におしつけると、ついに、犬は勢いよく地面に真っ白くどろどろした無駄な精をぶちまけた。
「お゛おっ……んっ、!!!ふっ……ぅ…、ひ、……ぃ」
青くさい臭いが立ち込める中、犬は身体に力が入らず、立っておられず、ずるずると股を自分が必死こいてマーキングをしまくった電柱に、最後のあがきのようにこすりつけながら、へたっていった。霧野の身体は地面に伏せられ、頭から不自然に突き出た犬耳だけが元気に立ったままになっていた。腹に生暖かい液がついた。
余韻が抜けきれず、身体は痙攣したようになって、地面の上を伏せたまま跳ねていた。四つん這いの形から崩れるように地に伏せたため、意図せず土下座を崩したような形で、地面に転がった肉であった。プライドを蹂躙、破壊され、立つ気力も無い。
靴が顔から外されても、残り香が口腔の粘膜にへばりついてとれず、霧野の舌は、臭気を掻き消すように、同時に味わうようにして、くちくちと口の中を動き回っていた。下の口も、射精の余韻に浸り濡れて、未だに動いている機械の微かな刺激から逃げるように、腰を微かに揺らしていた。必死に、中の物を出してしまおうかと軽く力むと、出口に異物がひっかかって、逃げるつもりが反対に太い声が出た。
「あは!本当にイキやがった。乳首と臭いで!気持ち悪い!惨めだな~、最悪の変態雑魚マゾ野郎だなお前は!おい、勝手に中身を出そうとするなよ。まだ帰りがあるんだから。」
靴を履きなおした美里が、霧野にかまわず来た道を進もうとする。もちろん、身体が起こせず、力が入らず、鎖が導くのに間に合わない。ついに、鎖で先行する美里を引き留めてしまい、足を止めた美里に急いで取り繕うように追従するのだが、許されず、再び服従の姿勢を要求された。
散々恥を晒した後では抵抗の意志も薄れ、言われることもなく自然と舌が出ていた。美里の下で、霧野の勃起はややおさまっていたが、胸の二つの肉の蕾はピンとたったまま触ってほしそうに熟れていた。それから、イッたばかりというのに、いつまでも続くやわい尻の刺激に物足りなさを感じ始め、切なげに尻穴を疼かせていた。
「俺が満足するよう謝ってみせたら、それで許してやる。人様の機嫌を取ってみろ。お前の得意なことだろう。」
「……、……」
背を地につけ、股を開きながら必死にぽわぽわとする頭で霧野は考えた。美里に罵倒された言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。そこから、彼の気に入る言葉を拾ってくるのだ。人に好意をもたれるためには、人の使った言葉をうまくおりまぜるのが良い。美里がまた片方の靴をぬいで、薄手の靴下を履いた足を汗ばんだ霧野の太ももの上に乗せて撫で始めた。わかりやすいくらい霧野の身体は簡単に反応し、涙に濡れた。
「言えないか?だったら許すのは無し、さらに歩かせて、」
「お、……」
霧野が何か言う気配を見せると、美里を口を閉じ、待った。首輪の下で喉がつっかえる、言え、言え、と思う程頭の中がぼんやりして、悔し涙がにじんでいくのだった。そうすると余計に、身体がどきどきとした。今更何を、自分は犬。これを言えないで、帰れなくなる方がよっぽどことなのだ。これ以上やったらおかしくなる。いつものように考えろ。回らないなりにやれ。いや、美里の言う通り無為に考えず、出るに任せるか?
「お手を、わずらわせてしまい、申し訳ございませんでした、」
「……」
無意識に霧野の太ももは美里の目の前でさらに、見せつけるように、大きく開いていき、射精して半ば落ち着いてたはずのペニスが小さく反応し始めて、呼吸にあわせてひくつく穴から出た尻尾が動いていた。霧野の白い肌はすっかり赤く染まって、今にも湯気が出そうであった。
美里は薄い靴下の下でその熱い体温を強い脈拍を感じて、ぐぅ、とさらにもう一度足を、むっちりとして汗ばんだ内腿に押し付け、指先で爪を立て、掴むようにその感じを味わってから、静かに足をどけた。
「美里様の、躾に、感じ入ってしまい、すぐさま立てなかった、へ、変態、淫乱、雑魚マゾ犬の、私を……どうか、許してください、‥ぁ、」
「……」
美里の威圧的な瞳を上から受けながら、言っている内に、霧野の中に電撃が走るように、奇妙な記憶、映像が脳裏に蘇ってくる。彼の、貝殻の内側の様に白くなめらかな足の甲に口をつけて忠誠を誓う己の姿だった。忠誠を誓う代わりに彼は見返りをくれると約束したが、それは何だったか。耳の奥がざわざわする。いや、しかし、この記憶さえ、現実逃避が見せる妄想に過ぎないのかもしれない。記憶の中で彼の薄い唇が動き、何か言っているが声が聞こえない。口の中に彼の足を舐めた時の舌の感触、ミルクのような甘やかな味だけが蘇る。
「……、く、‥…お、お願いします、許してください、気に入らぬというなら、帰ってから、何でもお受けします。だから、今はもう、ご勘弁を、っ、おねがいっ…ぃ…おねがい、‥します、せっかく躾けていただいたのに、、いつまでたっても、……出来が悪い駄犬で、申し訳ございません、っ、」
下半身が熱い、脳がとろける。誰か他人が、もう一人の自分が勝手にしゃべっているようだった。こんなはずではないのに、誰だこれは、と思いながら霧野は滲んだ視界の中、美里の反応を待った。彼は、謝罪の前より幾分か顔を紅潮させ呆然としているように見えた。怒らせてしまっただろうか、と霧野は不安になり、絶望して、美里から視線を逸らした。そして、普段なら絶対に人前では隠すであろう不安げな表情を美里の目の前にありありと晒して、小さく口を開いた。
「駄目、か?これじゃあ……」
今にも消え入りそうな声。顔を真っ赤に上気させた霧野が再び、美里の方に横目をやると、彼の表情は珍しいほど、職場では見たことないくらいにやわらいでいた。久しぶりに見る表情だ。こういう顔は、時折彼が親交のあるカタギの人間と話している時に見る。
「·····」
彼が片足をあげた。闇の中に、白い、素足の裏側がほのかにピンク色をして、浮かんでいた。ふっくらとした足裏が霧野の頬に乗って撫でるように踏んだのだった。湿っていて冷たく、香った。身体の体温が上がるほど、彼を感じた。麝香の様な香りがする。
それから、彼は、見たことがないほど子供っぽく可愛らしい、どこか儚い微笑み方をし、ぐ、と素足を押し付けながら、静かに言った。
「よく鳴いたな。いいじゃないか。いいぞ、許してやっても。たまにはちゃんとできるじゃないかよ、ダメ犬。少しくらい駄目な方が可愛げもあるというものだ。ご褒美に、戻ったら俺の精液を顔面にぶっかけてやってもいいし、脚を存分に舐めさせてやっても良いぞ。嬉しいか?」
さらに踏みしだかれ、揺らぎのある鈴の音のような声が耳をくすぐったく犯す。
彼の脚の親指が唇に当たり、霧野の口の中に挿しこまれていった。ぬち、ぬち、と足の親指が、口蓋と敏感な舌とをいじって、口を犯していた。
口をいじられながら、脚の向こう側にある美里の顔をぼんやりと見上げていた。彼の瞳が悦んで燃えている。目を合わせすぎてはいけない。目を伏せても、彼が更に喜んでじっとこちらを観測しているのを身体全体で感じた。
本来なら、笑みというのは今のような物をさすのだろう。あまり笑顔を見せない彼の、たまに笑うその笑み方は、さっきまでの様に、どこかいつも邪悪、歪に陰った笑いか、均整がとれすぎた美しい造り笑いかのどちらかだった。今の彼が、本来の彼の一つなのだろうか。それが、あの組織の中に居ると蔭ってすっかり姿を見せなくなる。
霧野の舌が、求めるように美里の足の親指に絡まりかけると、逃げるように、親指と人差し指とが、霧野の舌を掴んで引き出し、霧野の尖った歯が、離れかける指を甘噛みするが、糸を引いて指は抜けていく。噛んだのを嗜めるよう、強めにもう一度顔を踏まれ、柔らかな足が引っ込められていく。
霧野の頭の奥の方で、脳が、知らない、強烈な感情が湧きたっていた。夜露に濡れ膨らんだ蕾の群れが朝日を浴びて一斉に開花するようだった。酷いことをされ、言われ、許しを乞うておいて、さらには顔面にぶっかける、脚を舐めろと言われているというのに、今だったら彼に何をされても許せるように思えた。今、この時間だけは。
思わずもっと躾けてくれと言い出したくなるほどに。
「わんっ、わんっ、」
尾てい骨が熱い。
湿った夜の空気があたりに満ちていく。
彼はすぐに見つかった。平日の昼間から、上下ともに黒いジャージを着こんで犬と戯れているような若く大きな男は彼くらいしかいないのだった。
彼は芝の上で犬用フリスビーを遠くに投げ、それをノアにとってこさせて遊んでいた。大きく振りかぶって投げる。ぐんぐんと勢いよく空を飛んでいくフリスビーを、ノアが見上げながら芝を駆け抜け、大きく跳躍し、身体をひねらせながらキャッチしては、澤野の元に駆け戻る。彼らは言葉を発さず、機械的にそれを繰り返していた。ノアは勢いがつきすぎて、澤野に頭から激突するように戻ってきては、じゃれていた。
彼の身体はノアの激突を受け止めて、首を抱くようにして芝の上に座った。ノアはまだ遊び足りないと、切れそうなほどに短い尻尾を激しく振って、澤野の横に伏せていた。彼らの方に近づいていほどに濡れた芝の香りがしてくる。
美里が近づいていくと、ノアが真っ先に美里に気が付き、頭を上げ立ち上がった。大きく口を開いて舌を出し、駆け寄ってくる。澤野のことなど忘れたようになって、高い鼻先を美里の下半身にこすりつけ、においを嗅ぎ始めた。
「よせっ」
軽く叱って首元を押さえつけると「くぅ!」と鳴いて途端に大人しくなり、彼はまた澤野の側をとことこと歩き回った。澤野は、片腕でノアを抱きよせながら、緩慢な仕草で美里を見上げた。黒い塊がふたつ、美里の方を見上げていた。生き生きとしたノアと比べて、澤野の目はどこか心ここにあらずといった風だった。彼の心が、時折どこにあるのか掴めない。誰よりも、生き生きと仕事をしている(あるいは、しすぎている)と思えば、鬱になったように、時折今の様に何を考えているか掴めない表情を見せた。
「帰るぞ。川名さんが呼んでる。」
「……、わかった。」
彼はのっそりと立ち上がり、だるそうに美里を見ろした。走り回って疲れたか、事務所で見るよりすべての行動が緩慢であった。さっき、遠目に遊んでいるところを見ていた際には、愉し気にしていたような気がする表情もほとんど消えて、仕事の顔に戻りつつあるようだった。
「で?要件は?」
美里の横を、ノアを連れた澤野が歩く。風が吹いた。たくさん汗をかいているはずなのに、彼は爽やかなメントールのような香りを漂わせていた。
「これから来る客の様子を見ていて欲しいそうだ。」
「ふーん。」
車に澤野とノアを乗せて事務所に戻る。ノアは後部座席で物足りなそうに、そわそわと立ったり座ったりを繰り返し、澤野は澤野で物足りなさそうに窓の外を眺めていた。よくないな、と美里は思った。欲求不満のまま大事な客の前に立たせ、先走ってよからぬ行動をとらなければいいが。最近、血の流れるような仕事もなく随分と平和だったのも、たいして面白くも無い単純労働が多かったのもよくない。彼は退屈そうに大きく欠伸をした。
ノアを庭につなぎ、美里は先に客間に入って準備をする。澤野は事務所のシャワー室で身体を洗い、事務所に置いていたスーツに着替えて客間に現れた。すっかり仕事の顔、さっきまでの気怠さはどこかに消えていた。愛嬌の一つも感じられない。しかし、精悍な彼の横顔を眺めていると飽きなかった。
彼は、美里の視線に気が付いて、何を見ているという風に睨みつけてくる。鋭い、裂いたような双眸、その中で強く意志を持った瞳が暗く燃えていた。慢性的な寝不足が手伝って、せっかくの奇麗な瞳の端が充血しているのも、睨みの圧を強くする。いや、本人は睨んでいるつもりが無いのもわかっている。彼なりに客が来るということで、気を張ってもいるのだ。なめられたら終わりなのだから、それくらいがちょうどいいのだった。
美里が特に彼の胆力に動じずに、黙って見つめていると。彼は瞬きをし、眼を軽く伏せて視線を美里の顔から下の方へ持っていった。彼がまばたくと意外にも長く整った睫毛が揺れて、彼の上瞼が伏し目がちなると、意志の強い瞳が半分隠れて、反対になまめかしいまつ毛がよく映えた。こうして見ると、このような場所には場違いなほどに上品な顔つきであり、全く違った印象を受ける。川名が彼を気に入ったのもわかる気がした。サングラスをかけ、眼を隠している時も、同じような印象を受ける。口を開けば同じ、彼という人間ということがすぐにわかるのだが。
「川名さんなら、もうすぐに来るぞ。」
「そうかよ。……。お前、袖のところに土がついてるぞ。ノアを繋いだ時だな。」
彼は目ざとくそう言って、ポケットから紺色のハンカチを取り出し、美里に差し出した。受け取ったハンカチは丁寧にアイロンがけされ光沢を帯びていた。受け取れば、気持ちのいい絹のような素材だった。土などで汚すのがもったいないと思う程だった。がさつな人間が多い中、たまに見せる彼の神経質な部分は新鮮だった。
「お前がみすぼらしい格好していると、こちらの士気も下がるからな。」
彼はそう言って壁際に立った。美里が言いかえそうとすると同時に扉が開き、川名が入ってきた。彼は美里が何も言い返せなかったのを悦ぶように、にやついた表情を見せた。ようやく笑ったかと思えばこのタイミング。最悪の男だった。
「おお、戻ったか。」
川名は、霧野の方を見ながらソファに腰掛けた。霧野と反対に川名の声は明るく、珍しく気分がよさそうだった。おそらく、今日の午前中にたまたま時間がとれて、ずっと手にいれたがっていた絵の買い付けにいったからと思われる。絵など、下の人間に任せて買わせればいいのに、生で見て確認したいから、描き手と話がしたいからと言ってゆずらない。だったら、わざわざ自分から出向いたりせず、画家を呼びつければいいのに、と言えば、彼らの邪魔をしてはいけないだろうと言い、普段、平然と非道を行う癖に、珍しく譲歩するのだ。彼の美術品に対する一種の敬愛が美里にはわからなかった。彼はソファに深く腰掛け脚を組み、壁際の男を見た。
「美里から話を聞いたかと思うが、これからここにひとり男が来るから、そいつの様子を見ててくれ。どうもあやしいんだ。信じていたいところだが、どうもね。」
「わかりました。」
澤野はそれ以上何も言わなかった。客人の情報を聞きもしない。後から聞けば、相手を見極めようと思ったら、できる範囲で徹底的に調べてから向き合うのがいいし、愉しいのだ、という。そこまではわかる。それから、中途半端に知って自分の中で無駄な想像を膨らませるのが一番危ないのだと言った。中途半端に知るくらいであれば何も情報を持たず真っ白い状態で相手を見た方が判断が付きやすいくて良いという。
すぐに客人の男はやってきて、彼を連れて来た下の者は出ていく。部屋に男と、澤野、川名、美里の四人になった。男は、一瞬だけ美里、澤野の方を見、すぐに川名と話し始めた。簡単に言えば、新しい事業に出資してほしいとのことで、よくある持ちかけ話、商談の一つだ。男がトイレに立ち、下の者が連れて行く。彼の姿が見えなくなった瞬間に澤野が「嘘ですね」とはっきり言い放った。
「お前も感じたか。何故そう思う。」
「おそらくあの男は、嘘を本当と信じ込んで話しています。だからなにか本当の様にも聞こえるが、裏にいる誰かがうまいことふきこんだんでしょう。どうも言わされている感じがする上に、不自然だ。別に我々に頼まなくてもいいような話もしてくる。……。」
澤野は壁際から、川名の近くに移動し始め、一瞬美里に目配せした。直観的によくない、と思い「よせ」と美里は口だけ動かしたが、澤野はつづけた。
「ちょうど今、貴方の目の前から消えたことですし、本当のところを聞いてきましょう。」
川名は良いとも駄目とも言わなかったが、少しだけ目を細めて何か期待するように澤野を眺めていた。
「しばしお待ちを。」
澤野は部屋から出ていった。美里が思案していると「お前も行きたければ行ってこい。」と川名が言った。
トイレの前まで来ると、中から呻き声が聞こえ、外に立っていた下の者が「どうしたらいいです?」と美里に聞いた。
「お前はそのまま待ってろ。面倒だから他に人を入れるな。」
中にはいると、ちょうど澤野のボディブローが男にきまっているところだった。男がくの字に身体を折り、腹を抱えながらも、反撃しようとするのを、澤野はかわして、手早く頭を鷲掴み、立ち小便器に二度ほど激突させた。血が噴き出て、白い便器が赤く彩られた。澤野は美里が来たのも気が付いていないようなので、「まるで生理だな。ここは女子便所だったかな。」と声をかける。澤野は美里の方を見ないまま「生理というのは、通常、二日目三日目が酷いらしい、これじゃまだ一日目だ。」と言った。
そのまま、彼は男の耳元で何か問いかけ、それに対して、男が何か言いかけたのに、また、頭を小便器に突っ込み、それから沈め、水を流し始めた。男が便所の水を赤く染め溺れながら悲鳴を上げるのを見て、澤野の表情が若干癒されたようにほころんで美しく桜色に上気したのを、美里は見逃さなかった。
澤野は最初こそ、自身が邪悪な感情、欲望を人前で発露した際、誤魔化すように邪な表情を隠す努力をしていたが、数か月もしない内に隠す習慣をやめた。
一般社会は知らないが、ここでは隠す必要が無いからだ。普段は汚れるのを極端に嫌うのに、こういう時は容赦がない。便所の水が跳ね返り、血が飛ぶというのに拭きもしない。
「……」
美里は入口で、事の次第を黙って見守っていた。尋問の中で、澤野の言う通り、男の裏に別の人間がついていることがわかった。もう止めようか、と思ったところで、澤野の蹂躙が終わった。
「ちょっとやりすぎなんじゃないか。」
ふたりで男を抱えながら、客間に戻るため、廊下を歩いていた。廊下を水と血が滴り、すれちがう構成員が興味深げに様子を見守っていた。
「組長に嘘をついたんだぞ、死なないだけマシだろ。」
澤野は興奮を残したままの表情で言い放ち、「こんなクズは、痛めつけられて当然なんだ。正しいことだ。」と吐き捨てるように言った。首元に、返り血がついている。彼にハンカチを返そうかと美里はポケットの中のハンカチに指先で触れたが、自分が触った上さらに土とノアの唾液で汚れたハンカチなど気にくわない、捨てるに違いないだろうと思い、ポケットから手を出した。
男を客間にひきつれ、澤野は川名に男の全容を語った。川名は男を別の部屋に連れて行き、澤野を一言二言簡単に褒めて次の用事に姿を消す。ひと段落したところで、美里が客間の後始末を始めると、澤野が「拭いてくれよ」と美里の手元を見ていた。手を止めて彼を見上げた。
「何を?」
彼は、また、にやにやとした目つきで愉し気に美里を見降ろしていた。
「さっき、してくれようとしたことだよ。」
顔が熱くなる。美里はポケットに入っていたハンカチを取り出し、握りしめてから澤野に投げつけた。
「自分でやれ!何でそんなことまで俺が面倒をみてやらねぇといけねぇんだよ!」
◆
ドアは半ば開かれたままになっていた。
「少し準備をするからここで待て。」
ドアの前で美里が霧野を見降ろしていた。霧野がどう答えようか、返事をしようと口を開くとそこに、リードの持ち手が押し付けられた。
「ほら、咥えて待っていろ。」
手を離され、反射的に目の前に出された持ち手を咥えてしまった。
「……」
霧野はリードの持ち手を咥えて、吐き出そうか迷った。その内に、彼は小さな、犬の散歩用ともいえる手提げのバッグを携え、並べられた道具をいくらか拾っては中に入れていた。今動いたらどうか、と思うと美里が行動を先読みするように振りかえった。
「お散歩が楽しみでそわそわしているらしいな。仕方ない奴だな。じゃあ、おすわりだ。」
霧野は反抗的な目つきで美里を見上げていた。美里は霧野を睨み返していたが、不自然に表情をやわらげた。
「ん?やらないのか?お前はついさっきも自分で俺の従順な犬になるとさっき言ったばかりというのに、また、俺に嘘つくのか。それとも、もう止めるか?このゲームを。いいんだぜ、お前が止めたけりゃ、止めたってよ。どうする?止める?いいぞ別に、やめたけりゃ、その咥えてるのを今すぐ吐き出せよ。嘘つき。」
彼はポケットに手を入れて霧野に近づき見下した。彼の微かに細められた目の奥が暗く感情がわからない。喉がつっかえたようになって、口が開かない。
「ぐ……」
「お前が、このゲームをもうやめたい、吐き出し、おすわりもできないということなら、俺は知らない。お前のことなど。どうだっていい。俺がこの件から降りたからと言って、すぐさまお前が死ぬことは無いだろうし、誰かしらお前の面倒を見るだろ。ソイツに尻の穴がすりきれるまで遊んでもらえばいいんじゃねぇのか。いや?それだけじゃすまねぇだろうな。でも、どうだっていいよ……。てめぇがどうなろうが知らねぇよ。俺のあずかり知らぬところで勝手にくたばれ。一生俺の前にその目障りな顔が晒せないように徹底的に根回ししてやる。俺の顔を思い浮かべ、後悔しながら死ぬと良い。」
「……」
だらりとまた涎が垂れる。歯噛みするようにリードの持ち手を噛んだせいだった。霧野は一度俯き、ふ、ふ、と鼻を鳴らしながら、美里を見上げながら、身体を起こして、お座りの姿勢をとった。
何をやっているのだろうと思いながらも、逆らえない。恥ずかしいというのに。
霧野を見下ろしていた鋭い視線が少しだけ和らいだ気がした。圧力の気配が弱まる。彼の鎖骨の辺りが薄っすらとなまめかしく濡れていた。彼は再び、出かける準備を始めた。
その間、霧野は俯いて、自分を正当化するように、思考を巡らせた。
今美里を手放してしまったら、唯一の、外、神崎と繋がる手段がなくなる。そして、マトモに会話が通じる人間がいなくなることになる。彼の代わりの人間を何人か思い浮かべると、陰鬱な気持ちになってくる。最初こそ、この男に生活の管理をされることに耐えられなかったが、今更、他の誰が。三島などが来たらとても耐えられそうもない。
美里が再び霧野の側により、頭を乱雑に撫で始めた。甘く重い香りが鼻をくすぐった。
「ぅ……、んん……」
喉の奥から小さく声が漏れる。
「ふふふ、お前は、俺に居なくなられたら困るのだろう。昔も、今も。」
美里の手が霧野の髪を掴みあげた。身体は命令に従っていても、反抗的な吊り目が美里を見上げていた。美里は微笑を称えながら、意に介した様子も無く、ふん、と笑った。
「うぐぅ……」
美里と、美里に逆らえない自分に腹が立つ。自分が蒔いた種とはいえ、まさか、こんな風に逆に利用されるとは。ずるい、穢い。ぐるぐると頭の中で不快感が渦巻く。
霧野が表情を強ばらせるほどに、美里の表情に貴族のような余裕が生まれるのだった。
それでも、霧野は従順に彼の前で股をひらいてお座りしている異常な状態というのに、頭と体の奥の方がじんじんと来ていた。また、はぁはぁと口から息が漏れ、怒りとも羞恥とも悦びともとれる熱が全身を巡っていく。
どうすればいい?何が正解なのだろう?わからなくなってくる。何をやってる?何をしたらいい?発火する頭の中で思考が沈み、鈍くなっていくのがわかった。顔を近づけられ、覗き込まれる。
「おや、お前の酷い目つきの奥の方がとろんとしてきたな。そうだ、お前は何も考えず俺に従っていればいいんだ。そうすれば悪いことにはならない。お前の人格が、俺に、従順になればなるほど、お前を外に出しても何の問題ないことの証明にもなるんだからな。」
「……」
「これからすることは、お前を外に出す、その練習にもなる。できたこともできなかったこともちゃんと川名さんに言っておいてやるから、うまくすれば外に出る機会が増えるかもしれないぜ。良かったな。」
こんな姿で出されたところで仕方がないじゃないかという言葉を飲み込み、喉の奥でぐるぐると音を鳴らした。口元からリードをとられる。
「さ、愉しいお散歩に行こうぜ、霧野。犬のお前によく似合ってるよ、その姿。犬の自覚を身体と心に染み込ませてやるから。」
霧野は美里に先導されて、病院の廊下、それから玄関にでてきた。外の空気が流れ込んでくる。低い視座の向こうに広い外の世界が広がっていた。
昼間、久瀬と竜胆と外に出た時のことを思い出すと今の姿とのギャップに、情けなさに息が上がった。ふ、ふ、と笑いさえ出てくる。川名にレストランの駐車場、箱庭の中で集団で弄ばれたのとは違うのだ。本当の外の世界だ。
「いいか?しっかり着いてこい。お前は犬なのだから、何も恥ずかしくないな。どうした?散歩だぞ。もっと楽しげにしないか。」
美里の脚がスラックス越しに霧野の臀の辺りにごしごしと擦りつけられた。霧野は、応じるように、やはり擦り付けるようにして臀を振ってしっぽをふさふさと揺らし始めた。羞恥に俯いていたが、ふと顔を上げると、暗闇の中に美里の優越感と愉悦の混じった瞳の輝きが浮かび上がっていた。暗闇で見づらいが彼の白い顔が少し上気してた。
「いいぞ、その調子だ。……愉しそうだな。」
彼は明らかに言いながら笑いをこらえていた。くそ!と言いたくなるのをこらえた。外へ出されるのだ、酷い姿とはいえ、隙を見てこの男をどうにかして逃げることだって必ずしもできないわけではないのだ。無策に何かするのが危険というだけで、強引にやろうと思えばいつだって。
「じゃあ出発だ。」
美里が外に出て鎖が揺れ、霧野も足を一歩前に出す。玄関が段になっているため、一瞬出遅れる。鎖がピン!と張って霧野の首が締まり、美里が前につんのめりかけ、踵を返した。
霧野が体を全て玄関から出しても、彼は動こうとしない。何も言わず見られていると、反省を促されているような気分になるが、勝手に人間の歩く速度でどんどんと行く方が悪いのではないか。
しかし、あまりにも圧が強かった。なぜなら、外で、着衣の人間が、ほぼ裸に剥かれ、首に隷属の証を付けられた生き物を見下ろしているからだった。冷たい風が体を撫でつけ、自身の何も纏っていない体の輪郭をはっきりさせた。惨めだと思うと、空気だけで、相手の圧力に負けてしまう。こんな惨めな格好をして虚勢を張っても、余計に感じてはいけない気持ちを感じてしまう。
「今のは初めてだから許してやるが、次にこのリードをたわませず直線にしたら許さない。」
強めに首輪を上に引かれ、頭が上がる。
「従順な犬のはずのお前が、人間の、主人の俺を、引っ張るような真似は許されないに決まってる。もう一回でもやってみろ、お前が嫌がる罰を与えるからな。ノアとセットにして事務所の庭に繋いでおくのはどうだ?俺がいちいち教えてやるよりも、先輩犬を見習い『真似る』方がお前の腐りきった性分にはあうかもしれないからな!……嫌か?だったら俺の手を煩わせるようなことをするな。わかったな。……。返事。」
「……、……、わん、」
「聞こえない。」
「くぅ、·····わんっ、わんっ、」
美里は冷めた目でこちらを見ていたが、前を向いてリードを手に躊躇うことなく、本当に犬の散歩、ノアと散歩をする時のように、平然と歩き始めた。彼は右腕を拡げて辺りを見回すようにして、霧野を流し目で見おろした。
「お前も承知と思うが、ここら一帯は治安も良くなく、もし人間に会っても大目に見てもらえるさ。通報もされないだろう。」
通報。通報されたい、と思うと何故か体が余計にぞわぞわとし始める。着衣の、しかも、仲間、警察官に囲まれてる自分の姿を考えたら発狂しそうになった。美里が察したように口角を上げたが、何も言わずまた前を向いてしまう。
通報されれば、そのまま解放されるのではと思わないでもない。しかし、こんな姿の変態、そして同じくこんな変態を連れている変態の美里をとっ捕まえて、霧野が何か言ったとして、狂人の戯言としかとられないのでは?それでも、連行されてしまえばなんとかなるだろうか。霧野の脳内に今の姿のまま警官たちに囲まれ、這って近場の交番に連行される姿がチラついた。署ではすぐに噂になろう。その前に脅すか?いや、殺してやりたいくらい。妄想の中で怒りを表すと、それが下半身に奇妙に響き、霧野は頭を振って、逃げようという発想自体を打ち消そうとする。
気が狂いそうだ。犬、自分は犬。そう言い聞かせながら、美里の後を追うようにしてついていく。土やコンクリート、下水、蒸した苔の匂いが鼻をつく。先をカツカツと革靴の底を鳴らして歩く美里の足、ちら、たまにと白い足首が覗いて、闇の中で白く細身の足首が浮かび上がる。それを目印にとにかく、ペースを落とさずついて行く。鎖の音が鳴る。手と膝を守られているせいで歩けてしまう。
見上げた先に彼の尻、腰、薄い背中があった。歩く度に動く尻をずっとみあげていると奇妙な気持ちになって再び足元や前を見る。
「はぁ……っ、はぁ、」
夜、建物や路地の向こうに人の気配を感じないでもない。皮膚を直接、夜の外気がくすぐる。普段外の空気に触れない箇所が身体に触れ、すぅすぅする。ぐっ、と首輪が軽く引かれると、こちらの脚が乱れそうになるが勝手に立ち止まることは許されない。歩く度、ふさふさとしっぽが太ももをこすり、その存在を意識させられるのはもちろんだが、しっぽの付け根、肉の奥がコリコリと擦れて気持ち悪く、恥ずかしく、少しずつ貪欲に快楽を求める肉の部分を擦り上げて、霧野の性的興奮を羞恥と合わさって余計高めるのだった。
どのくらい歩いたか、もうすっかり病院は見えない。
来た道を同じように帰ることを考えると気が遠くなった。
美里が少し左にずれ、リードを強く引いた。彼の横を歩調を合わせて歩けということだ。
「おや、あそこに人がいるぞ。」
こちらに向かって男女が2人、歩いてきており、こちらを怪訝な様子でチラチラとみている。少し離れた路地の向こうに輩風の男達が3人ほどたむろしていた。思わず脚がすくむが、美里は何の躊躇もなくどんどん進むので、鎖のたわみが無くなってくる。
「わっ、わぅ……」
「ん?」
霧野が鳴くと美里が足を止めて見おろした。
「どうした?」
はぁはぁ、と息が漏れ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……、もういいだろ、戻らないか、お前だって恥ずかしいはず、」
「……」
美里は霧野から目を逸らし、コンクリートの地面を見て何か言った。あまりのことに脳が拒否したのか聞き取れず「は、」と聞き返した。
「服従の姿勢だ、俺に腹を見せるんだよ。ここで。」
「なに……」
「さっきから聞き分けが悪いな。できないのか?できないなら代わりにコースを変えてもっと人通りの」
「わかった、やる、やるから、っ、」
ゴロンとその場に、冷たい地面に背中をつけて、股を開いてみせた。開いた足ががくがく震え、何もしてないのに、声が出そうだった。人通りの多いところに行けば、もしかすれば、救われるかもしれないのに、彼に股を開くほうを選ばされている。いや、選んでいるのは……。
人の声がする。人の気配が遠くに増えて、視線を感じ、それから声がはっきりと聞こえ始める。
「うわ、変態がいるぞ……」
「野外調教だ、この辺たまにでるんだよな。大丈夫かよあれ。」
「連れてる方はあれ、ヤクザじゃないか?近寄りたくない。とりたて、辱めなんじゃないか。」
「うう……っ、ううっ」
頭を左右に振って懇願するように美里を見上げたが、彼は一層愉快気に邪悪にほほ笑んだ。
「ふふ……、ほら、もっと脚をしっかり開かねぇか。何を今さら恥じてんだよっ。」
内ももに美里の足が乗り、股関節の開くところいっぱいまで、身体を開かされていく。やめろ、と思うが抵抗できず、視界が滲む。街灯が白く滲んで、ぼんやりした視界の中に彼が佇んでこちらを踏みつけたままでいる。身体が全体が仔犬の様にふるふると震えていた。
「まだ駄目だな。犬のように手を前にして、舌を出してもっと媚びてみせろ。」
「くぅ‥…、……」
言われた通り舌を出し、手を前で犬の様に曲げて見せた。ぁ、ぁ、と頭の中で羞恥の炎が弾けて、何も言えない。深く息をする。犬、自分は犬。
「は、ぅ……」
「ふん、戻りたいだなんてどの口が言ってんだよ。今のお前の淫乱面を写真に撮って見せてやりたいくらいだぜ、お?言ってる側から、また股間が疼いて来てるようだな。アソコが少し膨らんで、しっぽが可愛らしく動いてるぞ。犬。」
「ぁ……ちが、」
「あ?何か言ったか。お前は、野外で全裸になって人様に股を開いて見せつけて興奮して、本当に恥ずかしい奴だな。お前のような変態がよっ、偉そうに、っ」
内腿に乗っていた脚が、勢いよくしっぽの付け根、熟れた肉の狭間を踏みしだき始めた。
「ぉ゛·····!ぅ、や゛っ、·····やめ、!ぁっ!あ!」
ずきん、ずきん。革靴の下でしっぽがブンブンと揺れる。肉の付け根を揉みしだいた脚が今度はしっぽを踏み、右に左に踏みしだき、引っ張った。中で霧野をいじめていたプラグが余計に暴れて、熱を帯びた身体の中をぬちぬちと陰湿に責め立てる。あまりのことに、無意識に脚がとじられかけ、彼の靴が再び乱暴に股をこじ開けた。
「!!、ん、っ、ふ、」
「勝手に脚を閉じるんじゃねぇ!やめていいなんていったか?」
「く、ぅ、·····、身体が、勝手に」
「はぁ?知らねぇんだよ!手と舌はどうした。一生ここでこうしてたいか?」
しっぽが靴とコンクリートの間に挟まれ、引かれてくぷくぷと噴火口のようになった厚い肉穴を出たり入ったりし始める。
「あ、、ぐぁぁ····うう゛···ふ···」
舌を出しながら耐え、口角があがってきて、またヨダレがだらだらたれ、しっぽが抜けないように力んでいるうちに身体が弓のように仰け反り始めた。美里が足で刺激する度、身体が言うことを聞かず、無意識に閉じられようとする足をぶるぶる震えながら無理やり開かせ、そのせいで他の筋肉が緊張して、全身が脈打ってビクビクと震えて背中が地面に擦れる。声が漏れ出るのをとめたいが、とめられない。
外なのに。外なのだと思うほどに、とまらない。
しっぽの付け根のプラグと肛門とが綱引きのようになり、くぱぁくぱぁと桃色の華が閉じたり開いたりして、熱源からの刺激に身体と同じように雄が濡れ、勢いいきり立ち臭いたち始めた。
「あ゛、ぁ、!!抜ける、抜け、る!、ああ゛!!」
ぬぽっ!という間抜けな音ともに犬からしっぽが抜け落ちて、楔を失った肉穴が濡れそぼり紅く腫れながら二三度収縮した。
「ん゛ぁっ……!、ん、ふぅぅ、」
「あーあー、お前が暴れるから。」
美里が、視線が宙をさまよう霧野の股の間にしゃがみこみ、濡れ、ぽっかりと縦に割れた洞窟に親指を突っ込んだ。「わ!」と声が上がり、霧野の宙をさ迷っていた目が見開かれて下を向いた。肉は美里の手を握手でもするように優しく受け入れていた。指の先端がくにくにと中を擦り上げて、また霧野の大きな引き締まった肉がふるふると震え始めた。
「ふ…っ…ん、ぐ」
「これだけで感じるようになっちまったのか?」
美里が軽く首を傾げるようにして霧野の顔を覗き込み意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
「聞き分けの悪いお前が従順になるように、もっと頭を悪くしてやろうな。」
彼は手提げカバンからローターをふたつ取り出し、すっかり開いた霧野の肉穴の中に押し入れ、上から再びしっぽのプラグで蓋をしてしまったのだった。穴が何度か抵抗を試み、力み赤みを増したが、出はしない。ローターから伸びたピンクのコードとリモコンが、別のしっぽとして霧野から飛び出していた。
「ひっ、なにを……よせ、そんな、」
霧野を無視して、このリモコンを、美里がボンテージテープで霧野の太ももに巻止めて固定してしまう。リモコンを少しヒネっただけで、霧野の身体の内側は敏感に刺激を受け止め、みるみる身体が紅潮していく。ブーン·····ブーン·····と体の奥から電子音が立ち上り、美里の指先ひとつで音が大きくなったり小さくなったりした。腰が揺れ、しっぽがゆれると、敏感になった身体はふさふさとしたしっぽの毛が、腿を擦るだけで、気持ちが良くなってしまう。
「や゛、やめ、·····っ、」
「うん、もう服従のポーズはやめていいぞ、散歩を続行するからな。早くたてよ。」
美里の革靴が霧野の尻を横から蹴りあげた。
「ん゛んっ!」
蹴られると痛みより先に中が揺らされて感じてしまう。
霧野が猛る身体をなんとか四つん這いにさせると、中でローターの位置が動いて、柔らかな中をまた刺激する。霧野のしっぽの付け根からでた2本のコードがゆらゆら揺れる。
「ぁ゛·····、ぅう、、かえりたい゛、っ、かえりたい、」
「なに?帰りたいだ?中にいれば外に出たいと言い、外に出たら帰りたいと言い、いつまでたってもわがままな奴だな。いい加減にしろ。どこまで性根がねじ曲がってるんだお前はよ。」
「ぅ、·····、う、それは、」
それはそれ、状況が全然違うと口に出す前に美里がまたさっきと同じ歩調で進み始める。鎖がピンとはりかけて、急いで脚を前に出す。
「ほらほら、頑張れよ。ちゃんとついてくるんだ。いち、に、いち、に。」
美里が子どもに語り掛けるように、いちにいちにと声を掛けてくる。
身体が熱く、目の前が歪み、歩く度にずっと感じて、何も考えられない。脚を前に、いち、に、いち、に、と出す。前に進む度、ぽふ、ぽふ、と、毛にまみれた黒い犬の手が地面を踏んだ。
「ぉぉ゛·····」
さらに最悪なことに、霧野の身体には尿意が訪れ始めていた。川名と二条が飲ませた大量のバケツの水がここにきて膀胱から外に出ようとしていた。
「っ、く、·····ぅ、」
ひくひくと、尿道がひくつき、さらには姫宮にいじくられた余韻でたまらない。尿道の先から奥までがむず痒く疼いてくる。尿道に集中したところ、恥部の筋が締まって、身体の中でローターが熱い箇所を擦った。
「はひ、ぃ、!」
尿意を我慢すると快楽とで異様な汗が身体から染みではじめ、汗と精の交じった異様な獣臭がむんむんと立ち込め始めた。
流石に霧野の異常な様子に気がついたのか、美里が足を止めて霧野を見おろした。しかし、何も言わない。彼がまた鞄を漁り始めた。彼にまたなにかされる前に伝えなくては、と、霧野は「と、といれ、ぇ·····」と、必死に美里にすがりつくように声を絞り出した。
美里は特に驚いた様子もなく、鞄から煙草を取り出し、霧野を見下ろしながらそれをさも美味しそうに吸い始めた。見定めるような彼の瞳を、霧野は懇願するように見上げていた。彼はしばらくそうしていた。
「トイレねぇ。ちっ、しょうがねぇなぁ。」
彼はリードをもった片手をポケットに突っ込み再び歩き始めた。どこか公園のトイレか何かに連れていってくれるのでは?という淡い期待はすぐにたち消えた。霧野がトイレと言った位置から数メートル先の電柱の前で美里は立ち止まり、タバコを咥えながらじーっと霧野を見おろすのだった。はやくしろ、とでも言うように。
「ばか、こんな、とこで、っ、」
「じゃあどこでするって言うんだよ。手伝ってやるから早くしろよ。おら!」
一瞬美里がかがみこんだかと思うと、霧野の右の太ももを抱き抱えるようにして足を挙げさせた。
「うわ!」
普段なら抵抗できるのに、体に力が入らず、電柱の前で地面に手を付き、片脚を大きく電柱に向かって上げさせられ、その狭間でいつ間にか勃起したようになった肉棒がビンビンと揺れていた。
「!!·····、」
「犬はこうやって小便をするだろ。さっさとしな。」
ふいに、顔を上げると遠目に人がいるのが見えてしまう。緊張して肉が絞まり、あれだけ出したかった尿が詰まったようになって出てこない。 膀胱がはち切れそうだ。
「ふ、ぁ、ぁ」
「小便するんじゃねぇのかよ。手が疲れるんだ。はやくしろよ。」
足を抱えあげた美里に背後から叱責され、頭がおかしくなりそう。何も考えるな、体から力をぬけ!まるで妊婦のようにひぃひぃと呼吸を整えているうちに、情けなくてまた涙が出そうになる。
しゃあああ·····!!!と音がして、身体から尿が噴出したのがわかった。我慢していた分勢いよく発射する。遅れて排泄の、しかも、人の前で、地面に手をつき犬のように電柱に発射したという凄まじい羞恥の快感がやってきて、霧野の惚けていた頭の中をさらに真白く染め上げた。
小便と一緒に魂が、理性が、抜け出て行ってしまうようだ。快楽の声が出ていく。人目も気にせず。
あまりに勢いよく尿が噴射されたせいで、電柱から跳ね返った黄色の飛沫が、霧野の身体及び美里の足元に飛び散って濡れちらかした。濃い尿の匂いが辺りに立ちこめ、蒸発した尿のせいで空気が生ぬるい。
美里の腕が離れて、霧野はその場に伏せるようにしてふるふると震えていたが、なんとか起き上がり、美里を振り返った。彼の足元、革靴とズボンの裾のあたりが濡れ、霧野の出した汚物の匂いを漂わせていた。
「俺の身体に、ひっかけやがったな、この野郎……」
普段よりワントーン低い美里の声が上から降ってきた。顔を上げることができない。せめて、謝ればいいのに霧野のにはそれができず、呆けた頭で俯き、視線を地面の上にうろうろとさまよわせていた。辺り一面に自分のまき散らした液体が飛び、臭いが満ちていた。身体の中をまたブーン…ブーン…と刺激され続けて、美里のことなど忘れ、ああ、ああ、と悶えて、股間は熱くなる。
再び、重い紫煙の香りが上から漂い始め、霧野はようやく思い出したように顔を上げた。彼が口に元に手を当て、喫煙しているせいで顔から下半分が見えず、冷めた瞳だけがこちらを向いていた。
顔から手が外れ、だらんと垂れさがる。左手の先で三分の二ほどになった煙草の火が煌々と光っている。手が外れても、何を考えているかわからない、無表情で端正な美里の顔が現われた。
彼はその小さな口をほとんど動かさず、口の中で、聞こえるか聞こえないかの声で「ちんちんをしろ」と非常に低い声で言った。流石に多少の気まずさを覚えていた霧野は、身体を起こし彼の前に身体を晒した。美里はしばらくそのまま霧野を見降ろしていた。彼の手の中で煙草がじりじりと焦げて灰になっていく。
美里は、ふぅふぅと息を上げる霧野の目の前に屈みこみ、何も言わず自らの口を軽く開いて見せた。濡れた舌が電灯の下で桃色に輝いて性的であった。煙草の匂いが鼻をつくのに、不快ではない。
口を開けろというのか。霧野は一瞬煙草の火に目をやってから、ためらいがちに口を開いた。そうして、はあはあと口を開いて、美里の方をじっと伺い見た。開かれた口は、上だけでなかった。下、ためらいがちに勃起した肉棒の先端の裂け目も、尿と汁で濡れてぱっくりと口を開き、輝いていた。
美里は霧野が口を開いたのを見届けると、短くなった煙草を一吸いして、薄く開いた唇から、煙草の煙を霧野の顔に吹きかけながら言った。
「良さげな灰皿があるじゃねぇか。」
美里ははっきりそう言って、煙草を、霧野の開いた口、ではなく、霧野の勃起し濡れた亀頭に押し付けた。じゅっ……という音と同時に、ぎゃ!!と声があがり、肉灰皿は大きく身体をのけぞらせ、悶えた。犬の肉棒は火で焼かれたにも関わらず、びくんっと大きくその身を震わせて、大きく怒張、刺激に歓喜するように傷ついた裏筋を紅くして血管をバキバキに浮かせ跳ね回った。思わず姿勢が崩れるのを首輪から延びたリードを美里が短くにぎって引きつけ、くずさせない。
「どうだい?少しはきいたか?」
美里の薄い奇麗に赤らんだ唇の間から、反対に、凄み、それから強いどすのきいた声が出ていった。彼は眼を見開いて、軽く汗ばんだ、端正な顔を霧野に顔を近づけた。
「まともに排泄さえできねぇ使えねぇゴミを、灰皿にして使ってやったんだよっ。そのくらいにしか役にたたねぇな、お前の粗チンは。こんな薄汚ぇゴミを、人間の女にいれるなどもってのほかだよ。ふふふ、俺に灰皿にされたってのに、悦んじまってよぉ。」
「……」
「謝罪もしない、そして、躾けてもらったくせに、礼も言えないのか、貴様。」
美里、手で乱暴に霧野の雄を掴み上げ、二三度しごいた。手の中で熱く大きくなって今にも射精しそうであった。美里は霧野が何も言わないのを見て、しごくのをやめ、思い切り雄を掴みあげ、火傷の後に爪を立てた。
「あああ゛っ、くぅ‥‥っ、うっ、ありがとうございます、っ」
美里は霧野から手を離し、ローターのリモコンの強度をあげた。そして、さっさと立ち上がり、再び黙って歩きだした。霧野は、美里の足元で悶え、待ってくれという気力もなく、ただ足を前へ前へと踏み出すが、腰から下、下半身が被虐の快楽に震えて思った通りに動かず、歩くたびに、ゆさゆさと勃起した性器が重みを持って、たわわに揺れ、煙草で焙られた箇所がじんじんと痛んだ。
「ん……、……。」
射精したい。しごきたい。すっかり心と体を苛め抜かれ、霧野は歩きながら、そればかり考え始め、身体の中を引き締めながら、異物を自主的に感じ始めた。また、じーんと焼かれたペニスの先端が痛むのに、それが悪くない熱になって、血管を浮きだたせる。
「目の前に別の犬がいるわけでもないのに、散歩しながら勃起する犬など聞いたことがない。」
美里は独り言のように前を向いたままそう言った。きゅう、と霧野の喉の奥が鳴った。
「まったくはしたない。勃起を収めるまで歩き続けようかな。」
「む、むりだ、そんな」
「勝手に人語をしゃべるな。それから、俺に許可なく勝手にぶちまけるなよ。ぶちまけたら臭いですぐわかるんだからな。お前のは濃くて獣臭い。特に、俺が強めに苛め抜いてやった時の方が酷い臭いがするんだ。マゾのお前のことだから、よほど興奮したんだな。今だしたら相当な臭いがするだろうよ。」
「……、……。」
「お前のやる気をそぎすぎてもな。煙草屋の辺りまで辿り着いたら、戻るか。それがいいな?」
「わんっ」
「元気でよろしい。」
暗い路地が続く。時折、人影があり、何かを言ったり無視をしつつも顔をこちらに向けたりしていた。何も言わず侮蔑と好機の視線と共にすれ違う者もいる。路地の向こう側の繁華街から酔っぱらいたちの声が聞こえた。遠くタバコ屋の明かりがついている。煙草屋の向こう側はT字路になっており、車一台通れるような通りになっている。静かな道の上で、二人の歩く音と、玩具の振動する音が鳴り響き、すっかり温まった身体、脇腹に美里の脛が布越しに当たって、つつつ、と、撫で上げた。
「ん……っ」
甘い声が漏れた。煙草屋の角に辿り着いた。光は灯っていたが、煙草屋のシャッターはおりている。T字路には電柱が立ち並び、取り付けられた街灯が等間隔に道路を照らしていた。
「ふん、人はいたのに、誰も声を掛けてこなかったな。声を掛けてきたら少し貸してやっても良かったのに。傍から見ても、お前の出来が悪すぎて、誰も関わりたがらないようだ。」
街灯のせいで美里の顔の陰影が濃くなっていた。肉の薄い顔の、目の周り、頬骨の骨格に沿って深い影がさして、普段より邪悪さ増しているように見えた。煙草屋の角を曲がってすぐの電柱の前で、彼は立ち止まった。スポットライトにあてられたように、二人は煌々と白い光の中にいた。たまに電灯がまばたきするように瞬き、黒い影が落ちた。大きな茶色い蛾が、光の周りを飛んで、カサカサと音を立てた。
美里は霧野の傍らにかがみ、腹の下を覗き込んだ。そこに勃起しっぱなしになったグロテスクな肉の塊があり、影が地面に大きくひきのばされて映って揺れていた。ぴんっと軽くでこぴんされ、霧野は声を上げかけるのをこらえるかわりに身体を跳ねさせた。きゅっきゅっと身体の肉が締まる。
「出したそうだな。ここで、オナニーして地面に射精しな。そうしたら来た道を戻ってやる。」
「!!」
霧野は体を起こして美里を見上げた。屈辱、恥ずかしさはもちろんだが、確かに出したい。しかし、オナニーと言われても、しごきたくても手がこれではしごけない。霧野が地面に擦れた汚れた肉球を見せつけるようにすると美里は「そんなの使わんでも、こうすればいいだろ。」と言って霧野の腰を抱え上げるようにして電柱の方に誘導した。薄いゴムのまかれた電柱に、尻尾の付け根が触れ、ぐいっと中に異物が押し込まれ、ぐりぐりと動かされる。熱く濡れた霧野のむっちりとした尻に無機質な電柱がこすりつけられていた。屈辱に脳の奥の方がむずがゆく、発火する。
「ううっ……!」
「外で、ちんぽなどいじっていいわけないだろ馬鹿が。はしたないと思わないか。正気か?ここに尻を擦りつけ、マーキングがてら射精すればいいだろ。ふふふ、これはお前の電柱だ。縄張りが増えてよかったじゃないか。今日からここはお前のシマだぜ。あはははっ!!……なにをぼさっとしてる、さっさと腰を動かせ。お前がそこに出すまで帰らないからな。」
また、遠くを人がこちらをちらちらと見ながら通り過ぎる。と、思いきや遠巻きに何人か人が立ち止まってこちらを見ていた。鼓動の早くなっていた心臓がきゅうと痛くなり、発汗する。はやくしなければ。はやく。出さないとかえれないんだから。霧野にはもう物を考える余裕というものがなくなってきていた。
姿勢を低くリラックスし、尻を、尻尾を、股間を電柱に、こすこすと、こすりつけながら、どんどん頭を馬鹿にして、射精のことだけ考えた。コリコリと肉の芯の手前をいじくられ、いや、自分でいじりたて、気持ちがイイ。腰を揺らすたびに、「お行」の息遣いが霧野の口から漏れ出て、快楽に耐えるようにひそめられた眉の下で、集中するように、瞼の下が痙攣していた。
美里がじっとこちらを見ているのさえ、霧野には刺激になる。恥ずかしさでずっと見てはいられないのだったが、たまに霧野が頭をあげると、顔をほんのり赤く染め、小さく邪悪に微笑みを称えている彼の顔が見れるのだった。彼は何も言わず、霧野が見上げると、ふん、と小さく鼻で笑っていた。彼の瞳の奥で加虐の炎がちらちら燃えていた。
野外で身体が緊張していること、そして、小さな異物を中でいくら動かしても、イケそうでイケず、甘く屈辱的な快感が永続的に続く。はっ、はっ、と舌を出した霧野の口から喉の乾いた大型犬の呼吸のような息が続き、呼吸と身体の動きにあわせて尻尾の様に雄がぼろんぼろんと揺れていた。電柱と交尾している。
「ぉ゛っ……お、ぅ‥‥ん…」
「ふふふ……」
小さな笑い声に、腰を動かしながら霧野はまた顔を上げた。美里が笑いながら、片方の靴を指で引っかけるように脱いでいた。彼は脱ぎたての靴を手に持ち、霧野との距離を詰め、屈んだ。
「なかなかイケなくてつらそうだから、犬の快楽を追加してやろう。お前は嗅ぎまわるのが大好きだからな。俺の匂いを覚えろ。」
彼は手に持っていた靴を霧野の紅潮し、快楽と羞恥、悔しさに染まった顔のその鼻先に近づけた。むわっとした生暖かさ、それから蒸れ臭い、霧野自身が先ほどひっかけた尿の香りが鼻をくすぐり、反射的に霧野が顔を背けようとするのを、美里の手が無理やり掴み上げ、その靴を顔面、鼻と口に押し付け、呼吸器を塞いだ。
「ふご……ぉっ!!、んぉ゛……っ、お!」
呼吸するたび、器官が、頭が彼の足の匂いに満たされ、身体がビクンビクンと痙攣するように跳ねて腰が勝手に擦れる。霧野の美里を軽く睨んでいたはずの視線が、上を向いて、ひきつり、とろけ、さまよい、濡れ、興奮のあまり、また大きく息を吸っては、身体をびくんびくんと無様に跳ねさせる。
美里の匂いに塗れながら、四つん這いになって異物を必死にこすりつけ、電柱の表面のゴムが霧野の体液でいつの間にか濡れて、霧野の尻の肉が当たるたび、ぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てていた。
「んん…主人の匂いを嗅いで悦んでるな、マゾ犬。それから、」
美里の空いている方の手が、霧野の首筋、鎖骨を撫で上げ、指先が、大きく育った肉の蕾を弾いた。野太い声が靴の中から漏れ出、指先でこねまわされるたびに、声を出し、身体の感度を上げ、さらに蕾を大きく伸ばした。
「んご……っ、ひ、ぃ…!…」
「俺の靴のにおいを嗅いで、乳首をビンビンにたてて!なんだよこれは。」
コリコリと指の先端が蕾を引っ掻きまわした。
「ピアスをいれられた時はどうかと思ったが、どんどんデカく育って。戻らなくなるぞ。」
「い゛……っ、い、……っ」
「お?なんだ?ついにイクのか?外で裸になって、尻尾を生やして首輪で連れ回され、アヘ顔晒して電柱に尻こすりつけ、乳首をおったて、人様の靴の匂いを嗅ぎながらイっちまうのかよぉ?底辺変態マゾ犬。」
美里の手が、ぎゅ!と指先で固く長く勃起した乳首をつまみ、捻り上げた。霧野の股間はさらに激しく反応し、熱を帯び、言葉の責めと一緒に身体に染み込み、ついに身体を大きく震わせ始めた。美里が靴をさらに顔におしつけると、ついに、犬は勢いよく地面に真っ白くどろどろした無駄な精をぶちまけた。
「お゛おっ……んっ、!!!ふっ……ぅ…、ひ、……ぃ」
青くさい臭いが立ち込める中、犬は身体に力が入らず、立っておられず、ずるずると股を自分が必死こいてマーキングをしまくった電柱に、最後のあがきのようにこすりつけながら、へたっていった。霧野の身体は地面に伏せられ、頭から不自然に突き出た犬耳だけが元気に立ったままになっていた。腹に生暖かい液がついた。
余韻が抜けきれず、身体は痙攣したようになって、地面の上を伏せたまま跳ねていた。四つん這いの形から崩れるように地に伏せたため、意図せず土下座を崩したような形で、地面に転がった肉であった。プライドを蹂躙、破壊され、立つ気力も無い。
靴が顔から外されても、残り香が口腔の粘膜にへばりついてとれず、霧野の舌は、臭気を掻き消すように、同時に味わうようにして、くちくちと口の中を動き回っていた。下の口も、射精の余韻に浸り濡れて、未だに動いている機械の微かな刺激から逃げるように、腰を微かに揺らしていた。必死に、中の物を出してしまおうかと軽く力むと、出口に異物がひっかかって、逃げるつもりが反対に太い声が出た。
「あは!本当にイキやがった。乳首と臭いで!気持ち悪い!惨めだな~、最悪の変態雑魚マゾ野郎だなお前は!おい、勝手に中身を出そうとするなよ。まだ帰りがあるんだから。」
靴を履きなおした美里が、霧野にかまわず来た道を進もうとする。もちろん、身体が起こせず、力が入らず、鎖が導くのに間に合わない。ついに、鎖で先行する美里を引き留めてしまい、足を止めた美里に急いで取り繕うように追従するのだが、許されず、再び服従の姿勢を要求された。
散々恥を晒した後では抵抗の意志も薄れ、言われることもなく自然と舌が出ていた。美里の下で、霧野の勃起はややおさまっていたが、胸の二つの肉の蕾はピンとたったまま触ってほしそうに熟れていた。それから、イッたばかりというのに、いつまでも続くやわい尻の刺激に物足りなさを感じ始め、切なげに尻穴を疼かせていた。
「俺が満足するよう謝ってみせたら、それで許してやる。人様の機嫌を取ってみろ。お前の得意なことだろう。」
「……、……」
背を地につけ、股を開きながら必死にぽわぽわとする頭で霧野は考えた。美里に罵倒された言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。そこから、彼の気に入る言葉を拾ってくるのだ。人に好意をもたれるためには、人の使った言葉をうまくおりまぜるのが良い。美里がまた片方の靴をぬいで、薄手の靴下を履いた足を汗ばんだ霧野の太ももの上に乗せて撫で始めた。わかりやすいくらい霧野の身体は簡単に反応し、涙に濡れた。
「言えないか?だったら許すのは無し、さらに歩かせて、」
「お、……」
霧野が何か言う気配を見せると、美里を口を閉じ、待った。首輪の下で喉がつっかえる、言え、言え、と思う程頭の中がぼんやりして、悔し涙がにじんでいくのだった。そうすると余計に、身体がどきどきとした。今更何を、自分は犬。これを言えないで、帰れなくなる方がよっぽどことなのだ。これ以上やったらおかしくなる。いつものように考えろ。回らないなりにやれ。いや、美里の言う通り無為に考えず、出るに任せるか?
「お手を、わずらわせてしまい、申し訳ございませんでした、」
「……」
無意識に霧野の太ももは美里の目の前でさらに、見せつけるように、大きく開いていき、射精して半ば落ち着いてたはずのペニスが小さく反応し始めて、呼吸にあわせてひくつく穴から出た尻尾が動いていた。霧野の白い肌はすっかり赤く染まって、今にも湯気が出そうであった。
美里は薄い靴下の下でその熱い体温を強い脈拍を感じて、ぐぅ、とさらにもう一度足を、むっちりとして汗ばんだ内腿に押し付け、指先で爪を立て、掴むようにその感じを味わってから、静かに足をどけた。
「美里様の、躾に、感じ入ってしまい、すぐさま立てなかった、へ、変態、淫乱、雑魚マゾ犬の、私を……どうか、許してください、‥ぁ、」
「……」
美里の威圧的な瞳を上から受けながら、言っている内に、霧野の中に電撃が走るように、奇妙な記憶、映像が脳裏に蘇ってくる。彼の、貝殻の内側の様に白くなめらかな足の甲に口をつけて忠誠を誓う己の姿だった。忠誠を誓う代わりに彼は見返りをくれると約束したが、それは何だったか。耳の奥がざわざわする。いや、しかし、この記憶さえ、現実逃避が見せる妄想に過ぎないのかもしれない。記憶の中で彼の薄い唇が動き、何か言っているが声が聞こえない。口の中に彼の足を舐めた時の舌の感触、ミルクのような甘やかな味だけが蘇る。
「……、く、‥…お、お願いします、許してください、気に入らぬというなら、帰ってから、何でもお受けします。だから、今はもう、ご勘弁を、っ、おねがいっ…ぃ…おねがい、‥します、せっかく躾けていただいたのに、、いつまでたっても、……出来が悪い駄犬で、申し訳ございません、っ、」
下半身が熱い、脳がとろける。誰か他人が、もう一人の自分が勝手にしゃべっているようだった。こんなはずではないのに、誰だこれは、と思いながら霧野は滲んだ視界の中、美里の反応を待った。彼は、謝罪の前より幾分か顔を紅潮させ呆然としているように見えた。怒らせてしまっただろうか、と霧野は不安になり、絶望して、美里から視線を逸らした。そして、普段なら絶対に人前では隠すであろう不安げな表情を美里の目の前にありありと晒して、小さく口を開いた。
「駄目、か?これじゃあ……」
今にも消え入りそうな声。顔を真っ赤に上気させた霧野が再び、美里の方に横目をやると、彼の表情は珍しいほど、職場では見たことないくらいにやわらいでいた。久しぶりに見る表情だ。こういう顔は、時折彼が親交のあるカタギの人間と話している時に見る。
「·····」
彼が片足をあげた。闇の中に、白い、素足の裏側がほのかにピンク色をして、浮かんでいた。ふっくらとした足裏が霧野の頬に乗って撫でるように踏んだのだった。湿っていて冷たく、香った。身体の体温が上がるほど、彼を感じた。麝香の様な香りがする。
それから、彼は、見たことがないほど子供っぽく可愛らしい、どこか儚い微笑み方をし、ぐ、と素足を押し付けながら、静かに言った。
「よく鳴いたな。いいじゃないか。いいぞ、許してやっても。たまにはちゃんとできるじゃないかよ、ダメ犬。少しくらい駄目な方が可愛げもあるというものだ。ご褒美に、戻ったら俺の精液を顔面にぶっかけてやってもいいし、脚を存分に舐めさせてやっても良いぞ。嬉しいか?」
さらに踏みしだかれ、揺らぎのある鈴の音のような声が耳をくすぐったく犯す。
彼の脚の親指が唇に当たり、霧野の口の中に挿しこまれていった。ぬち、ぬち、と足の親指が、口蓋と敏感な舌とをいじって、口を犯していた。
口をいじられながら、脚の向こう側にある美里の顔をぼんやりと見上げていた。彼の瞳が悦んで燃えている。目を合わせすぎてはいけない。目を伏せても、彼が更に喜んでじっとこちらを観測しているのを身体全体で感じた。
本来なら、笑みというのは今のような物をさすのだろう。あまり笑顔を見せない彼の、たまに笑うその笑み方は、さっきまでの様に、どこかいつも邪悪、歪に陰った笑いか、均整がとれすぎた美しい造り笑いかのどちらかだった。今の彼が、本来の彼の一つなのだろうか。それが、あの組織の中に居ると蔭ってすっかり姿を見せなくなる。
霧野の舌が、求めるように美里の足の親指に絡まりかけると、逃げるように、親指と人差し指とが、霧野の舌を掴んで引き出し、霧野の尖った歯が、離れかける指を甘噛みするが、糸を引いて指は抜けていく。噛んだのを嗜めるよう、強めにもう一度顔を踏まれ、柔らかな足が引っ込められていく。
霧野の頭の奥の方で、脳が、知らない、強烈な感情が湧きたっていた。夜露に濡れ膨らんだ蕾の群れが朝日を浴びて一斉に開花するようだった。酷いことをされ、言われ、許しを乞うておいて、さらには顔面にぶっかける、脚を舐めろと言われているというのに、今だったら彼に何をされても許せるように思えた。今、この時間だけは。
思わずもっと躾けてくれと言い出したくなるほどに。
「わんっ、わんっ、」
尾てい骨が熱い。
湿った夜の空気があたりに満ちていく。
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