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羽化
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私の身体の写真がインターネットの海を漂っている。私の口元、輪郭、首筋、そこから下の一糸まとわぬ生身の身体全てが全世界に向けて公開されている。このことを思うと、時々、蓋の外れたマンホールの上に足を踏み出してしまったかのような浮遊感を覚える。でも、すぐに浮遊感さえ好いものとしてしまう私がいる。
無趣味であった私は、3年前にジムに通い始めた。きっかけを今はもう思い出せなかった。周囲には健康のためだと吹いているが、決して、そうではないことだけは確かだ。随分前から、私の頭の中は常にノイズがかったような状態になっていた。自ら考えようとしなくても、勝手に雑念が洪水のように私の頭の中を渦巻いていた。私の周囲にだけ、蠅がぶんぶんと飛び回り、ひしめきあっているようだった。
ジムで自分の肉体を追い込んでいる時だけは、蠅が周囲から消えていった。もし私に自我と呼べるものがあるならば、それを一瞬でも取り戻したような気分になるのだった。
普段スーツに身を包んだ私の身体は、人から見えない。それでも、以前なら満員電車で圧し潰されていた身体が、思い切り誰かにぶつかられたくらいではびくともしなくなり、すれ違いざまに肩がぶつかって、以前なら痛み振り向いていたところが、何も感じず、相手が二三歩よろめく程度の変化はあった。
私はいつからか、成長した自身の身体を撮影しては、SNSに投稿するようになっていた。投稿にはいつも誰かからの反応が付いた。潤いの無い日々の生活の中で唯一、人から認められる出来事であった。私の身体は3年間で、まるで剣闘士のような肉体に成長した。SNSのコメントの中には特定のキャラクターに扮してみてはどうかというようなコメントも時々届く。格闘漫画に憧れたことは無く、ただ身体を上げるだけで、日常的なツイートはしていない。語れることが無いからだ。私は、コメントをもらったキャラクターの画像を見ては筋肉の構造を分析し、次からのトレーニングに生かした。
私のSNSのアカウントは2種類あった。健康的な肉体を晒すアカウントと、特定の層に向けて身体を晒すアカウント。どちらのアカウントも顔は隠していた。後者のアカウントでは、下半身まですっかり脱いで、載せていた。回数を重ねる内、抵抗感は薄れた。とても、不思議な感覚だった。最初にそのアカウントにあられもない姿を載せた時のこと、それは準備し思い悩んだ乗せたでもなく、嬉々として乗せたでもなく、突発的で衝動的な出来事だった。
会社で、大きな損失を出したのだった。ストレスで吐き気を覚え朦朧とした私はトイレに駆け込んだ。廊下で誰かに声を掛けられたような気がしたが、振り返る余裕もなかった。個室にこもり、気を紛らわせようと自然とスマホをとりだした。それから直近で撮影した自分の裸体の画像をたまたま開いた。それは上腕三頭筋を撮影しようとして、たまたま手が滑ったもので、下の部分までくっきりと撮影されていた。
裸体とは、いくら美しく鍛えあげられていようと、衣服を着るという人間の権利が剥奪されている限り、現代の文明の中では滑稽さと情けなさが残るものだ。私は自罰的な感情が高まり、心臓が高鳴り、ストレス状態というのに、気が付けば、以前作っていた空アカウントにその画像をアップロードしていた。その瞬間、何か頭の奥の方で弾け、私のスマホを握る手は汗に濡れ、親指はいつまでも震えていた。
すぐ消せ、消すな、と精神が葛藤している間も、便座の上で私の一物はみるみる勃起し続け、結局、一度ネットの海に上げた者は取り消せない、と結論し、そのままにした。
私は所謂できる社員では無かった。それでもそこそこの大学を出て、東証一部上場企業に新卒入社した。同期の多くは良い学歴と良い容姿に伴う良い働きをしているように、私には見えた。私はそうはなれなかった。いつかそうなれると思っていたがいつまでも、そうなれないし、自分のようなポンコツは、運良く雰囲気で採用されただけである。擬態したのだ。彼らが蝶ならば、私は毒蛾、いや蛹のまま腐った何者でもない生物かもしれない。
昔から初対面の印象操作だけは得意なのだ。それでこのポンコツが、他の会社に移ってやっていけると思えず、ただ日々を生き延びるため、無為に消費していた。他の人間にもそれ相応の苦労と努力があって今があることは理解する。ただそれを考え始めると自分が如何に怠惰で愚かな人間か身に染みてわかるというだけだ。
怠惰な私は、ストレスが溜まれば溜まるほどに、過激な写真の撮影に没頭した。ストレスが溜まる程、想像の世界に逃げ、印象だけの世界に逃げ、多く承認された。いつしか日に20通はDMが来るようになった。健全なアカウントにも不健全なアカウントにも。私はDMにほとんど反応しなかった。実際に人と会うのは、失望されるから嫌なのだ。最初はいいだろう。最初だけは。
「犯したい。」
消灯した独り暮らしのワンルームで布団にくるまりながら見たDM。最初は恐怖する。しかしすぐに、私は自分の中で、何かが解放されるような気持ちよさを感じ、口の中に涎を溜めていた。それから、この布団を剥き押し入ってくる誰かを想像した。スマホの電源を落とたガラスにほくそ笑んだ私の顔が映る。私の顔は、表のアカウントに載せても問題はない作りをしていた。私の駄目さ具合が多少大目に見られているのは、このおかげもある。風呂上がりの濡れた髪がうねっていた。私は目を細めて自分の顔を眺めた。
「まだ死なないか。出来損ない。」
私が私にそう呟くと、一つ涙が落ちた。電源を落としたスマホの画面に通知のポップアップが上がった。
Kだった。Kは、いくら無視してもほぼ毎日のようにコメントもDMも送ってくるアカウントの一つだ。
「会いませんか。」
何度目だろうか。そう思ってメッセージを開くと、私の健全なアカウントのハンドルネームがメッセージの中に書き加えられていた。え?と思う間もなく、次のメッセージの吹き出しが闇の中に浮かび上がる。そこからは一瞬だった。会社に通勤途中の私の写真が添付され、私のジムに向かう様子の写真が添付され、勤務先も、本名の蜂谷真という名前も、彼にはバレていた。流石に血の気が引くものがあった。脅迫として警察につきつけることはできるが、彼がリベンジポルノをしない保証はない。
しかし、私はいつかこんな日がくるだろうことを薄々予想していた。予想していたとはいえ、あまりのことに、恐怖が私の身体を通り抜け、そして、何か心の奥の疼くような、心臓を複数の芋虫が這いまわっているような感覚と吐き気がする。
私は彼の要求通り彼に会った。私の心臓の芋虫は私の心臓を食い破る。食い破られる痛みが、私のストレスのはけ口になる。私はもっと早くに壊れたかった。壊れるべきだったのだ。
20時。喫茶店に入ると、視界の隅で1人の男が立ち上がり手をあげてこちらに微笑みかけた。彼は舞阪善太郎と名乗る一見すると爽やかな今風の好青年だった。蜂谷さんだけが名乗るは悪いから、と、名刺まで差し出して微笑む。私は名刺を出さなかった。実はレストランを予約してあるのだと彼は秘密を共有するように私に顔を近づけて囁いた。それから来るか来ないかをわざわざ私に問いかけるのだ。行く以外の選択肢は無いというのに。
舞阪の予約した個室レストランは、タワービルの高層階にあり、夜景の中に私の会社も見えた。会社、普段どうどうとえらそぶって生えているビルが、あまりにちっぽけに見えた。
舞阪は私より2歳年下でベンチャー企業の経営者で、そして、美しい婚約者がいた。それは、彼が本名で顔まで出して運営するSNSを見ても、すぐにわかることだった。彼はタワーマンションに住み、婚約者に、仕事仲間に、友人に、家族に、全てに恵まれていた。彼は、仕事や妻や仲間の話をして、私と打ち解けようと身振り手振り、ご高説を垂れた。ラフにブランド物を着こなした舞阪に対して、私は会社帰りの黒スーツを着たままの姿で、左右均等な笑みを浮かべたり、無表情になって俯いたりを繰り返して、相槌を打っていた。彼は店の常連であるらしく、店のオーナーまで現れて親し気に彼と会話を酌み交わす。
私には、相手の話すことの半分以上が理解ができない。言葉として言っている意味はわかるが、一切の共感を覚えない。真面目に話を聞けば、羨望と憎しみと虚無で、狂いそうになる。
「わかるだろ!」
気が付くと、彼の手が、私の肩に食い込んでいた。私がいつまでも無表情でぼんやりと彼を眺めていると、彼は急に乱暴な口調になった。私は、何もわからなかった。ただ舞阪が、私の身体に興味を抱いていることだけは、最初からよく理解していた。それ以外、何も。
私は、彼に尺八した。その場で彼の足元に座り込んでしたのだ。屈みこんで側にいっただけで、わかる。何もしていないのに顔を寄せただけで、先に勃起させたのは、舞阪の方だった。灰色のブランド物のボクサーパンツの隙間から巨大なソーセージが勢いよくこぼれ出た。勃起が高まることによって彼の肉棒はみるみる印象を変えた。先端が赤く腫れ、もし歯を立てればそのまま肉汁が零れ落ちそうだ。頬に唇に押し当てられる熱い欲棒。先端を口に含むだけで、直前飲んだばかりの口の中のクリームスープの味と混ざり合って濃厚な味がした。
明らかな舞阪の興奮が、口内の粘液を通して伝わってきた。舞阪の方を上目使って見ると彼は途端に私の頭を掴んで乱暴に喉奥に突き入れ、私は流石に店の中で声が漏れてはいけないと粘ったが、舞阪は私が泣きの呻き声をあげるまで、激しく前後する動作を決してやめようとしなかったのだった。私はその時になってようやく勃起した自分に気が付いた。悲しいのではなく、物理刺激によって潤んだ私の顔を舞阪が食い入るように見ていた。それから顔に、生暖かい雨が降り注いだ。
私と舞阪は定期的に会う仲になった。私の健全なSNSの更新頻度はみるみる減少した。嫌なことがあれば、ストレスが溜まれば、舞阪の呼び出しが来るまで、堪えればいいからだ。舞阪は私に手を上げた。生傷が続くと健全な写真は上げられない。加工をすればいいだろうが、そこまでの時間は割きたくなかった。その代わり、不健全なアカウントには、舞阪の暴力の痕跡をいくら晒しても良かった。フォロワーは倍倍に増えた。舞阪のSNSは、いつまでも変わらなかった。幸せの姿が、常に一定の頻度で更新され続けた。
舞阪から上げるように指示されればそのようにしたし、動画も撮られた。その度、心臓にいつからか生息している芋虫が肉をぷちぷちと食いつぶして気持ちが良くなり、私は早くもっと壊れたくて仕方が無くなった。
私の中で芋虫が大きくなる。芋虫が大きくなるがそれは決して蛹にもならず羽化もしない、ただ欲望のままに肥え太るだけの芋虫だ。醜い芋虫が、股座でみるみる大きくなる。
「お前は、俺の何だ。」
ある夜のこと、彼は私にそう聞いた。私は舞阪の肉便器で良かった。一体、それ以外に何があるのだろうか。舞阪は、彼のSNSの写真の上では見たこともないような表情をして「じゃあ、俺はお前の何なんだよ」と言った。私は笑いながら答えた。
「何って……、舞阪さんは、舞阪さんですよ。」
その日は、とても激しかった。
私はストレスが溜まると、舞阪の肉棒と、振り上げられた手のことを思い出す。
そうするとそれがいつどこであれ、心安らぐ。舞阪は左利きで、彼の左手の薬指には指輪が嵌っている日と嵌っていない日があった。私は、指輪の嵌っている日の舞阪の手の方が好きだ。彼は、自分の婚約者に私にするのと同じことはしない。だから私は私の役目で居られるのだ。
無趣味であった私は、3年前にジムに通い始めた。きっかけを今はもう思い出せなかった。周囲には健康のためだと吹いているが、決して、そうではないことだけは確かだ。随分前から、私の頭の中は常にノイズがかったような状態になっていた。自ら考えようとしなくても、勝手に雑念が洪水のように私の頭の中を渦巻いていた。私の周囲にだけ、蠅がぶんぶんと飛び回り、ひしめきあっているようだった。
ジムで自分の肉体を追い込んでいる時だけは、蠅が周囲から消えていった。もし私に自我と呼べるものがあるならば、それを一瞬でも取り戻したような気分になるのだった。
普段スーツに身を包んだ私の身体は、人から見えない。それでも、以前なら満員電車で圧し潰されていた身体が、思い切り誰かにぶつかられたくらいではびくともしなくなり、すれ違いざまに肩がぶつかって、以前なら痛み振り向いていたところが、何も感じず、相手が二三歩よろめく程度の変化はあった。
私はいつからか、成長した自身の身体を撮影しては、SNSに投稿するようになっていた。投稿にはいつも誰かからの反応が付いた。潤いの無い日々の生活の中で唯一、人から認められる出来事であった。私の身体は3年間で、まるで剣闘士のような肉体に成長した。SNSのコメントの中には特定のキャラクターに扮してみてはどうかというようなコメントも時々届く。格闘漫画に憧れたことは無く、ただ身体を上げるだけで、日常的なツイートはしていない。語れることが無いからだ。私は、コメントをもらったキャラクターの画像を見ては筋肉の構造を分析し、次からのトレーニングに生かした。
私のSNSのアカウントは2種類あった。健康的な肉体を晒すアカウントと、特定の層に向けて身体を晒すアカウント。どちらのアカウントも顔は隠していた。後者のアカウントでは、下半身まですっかり脱いで、載せていた。回数を重ねる内、抵抗感は薄れた。とても、不思議な感覚だった。最初にそのアカウントにあられもない姿を載せた時のこと、それは準備し思い悩んだ乗せたでもなく、嬉々として乗せたでもなく、突発的で衝動的な出来事だった。
会社で、大きな損失を出したのだった。ストレスで吐き気を覚え朦朧とした私はトイレに駆け込んだ。廊下で誰かに声を掛けられたような気がしたが、振り返る余裕もなかった。個室にこもり、気を紛らわせようと自然とスマホをとりだした。それから直近で撮影した自分の裸体の画像をたまたま開いた。それは上腕三頭筋を撮影しようとして、たまたま手が滑ったもので、下の部分までくっきりと撮影されていた。
裸体とは、いくら美しく鍛えあげられていようと、衣服を着るという人間の権利が剥奪されている限り、現代の文明の中では滑稽さと情けなさが残るものだ。私は自罰的な感情が高まり、心臓が高鳴り、ストレス状態というのに、気が付けば、以前作っていた空アカウントにその画像をアップロードしていた。その瞬間、何か頭の奥の方で弾け、私のスマホを握る手は汗に濡れ、親指はいつまでも震えていた。
すぐ消せ、消すな、と精神が葛藤している間も、便座の上で私の一物はみるみる勃起し続け、結局、一度ネットの海に上げた者は取り消せない、と結論し、そのままにした。
私は所謂できる社員では無かった。それでもそこそこの大学を出て、東証一部上場企業に新卒入社した。同期の多くは良い学歴と良い容姿に伴う良い働きをしているように、私には見えた。私はそうはなれなかった。いつかそうなれると思っていたがいつまでも、そうなれないし、自分のようなポンコツは、運良く雰囲気で採用されただけである。擬態したのだ。彼らが蝶ならば、私は毒蛾、いや蛹のまま腐った何者でもない生物かもしれない。
昔から初対面の印象操作だけは得意なのだ。それでこのポンコツが、他の会社に移ってやっていけると思えず、ただ日々を生き延びるため、無為に消費していた。他の人間にもそれ相応の苦労と努力があって今があることは理解する。ただそれを考え始めると自分が如何に怠惰で愚かな人間か身に染みてわかるというだけだ。
怠惰な私は、ストレスが溜まれば溜まるほどに、過激な写真の撮影に没頭した。ストレスが溜まる程、想像の世界に逃げ、印象だけの世界に逃げ、多く承認された。いつしか日に20通はDMが来るようになった。健全なアカウントにも不健全なアカウントにも。私はDMにほとんど反応しなかった。実際に人と会うのは、失望されるから嫌なのだ。最初はいいだろう。最初だけは。
「犯したい。」
消灯した独り暮らしのワンルームで布団にくるまりながら見たDM。最初は恐怖する。しかしすぐに、私は自分の中で、何かが解放されるような気持ちよさを感じ、口の中に涎を溜めていた。それから、この布団を剥き押し入ってくる誰かを想像した。スマホの電源を落とたガラスにほくそ笑んだ私の顔が映る。私の顔は、表のアカウントに載せても問題はない作りをしていた。私の駄目さ具合が多少大目に見られているのは、このおかげもある。風呂上がりの濡れた髪がうねっていた。私は目を細めて自分の顔を眺めた。
「まだ死なないか。出来損ない。」
私が私にそう呟くと、一つ涙が落ちた。電源を落としたスマホの画面に通知のポップアップが上がった。
Kだった。Kは、いくら無視してもほぼ毎日のようにコメントもDMも送ってくるアカウントの一つだ。
「会いませんか。」
何度目だろうか。そう思ってメッセージを開くと、私の健全なアカウントのハンドルネームがメッセージの中に書き加えられていた。え?と思う間もなく、次のメッセージの吹き出しが闇の中に浮かび上がる。そこからは一瞬だった。会社に通勤途中の私の写真が添付され、私のジムに向かう様子の写真が添付され、勤務先も、本名の蜂谷真という名前も、彼にはバレていた。流石に血の気が引くものがあった。脅迫として警察につきつけることはできるが、彼がリベンジポルノをしない保証はない。
しかし、私はいつかこんな日がくるだろうことを薄々予想していた。予想していたとはいえ、あまりのことに、恐怖が私の身体を通り抜け、そして、何か心の奥の疼くような、心臓を複数の芋虫が這いまわっているような感覚と吐き気がする。
私は彼の要求通り彼に会った。私の心臓の芋虫は私の心臓を食い破る。食い破られる痛みが、私のストレスのはけ口になる。私はもっと早くに壊れたかった。壊れるべきだったのだ。
20時。喫茶店に入ると、視界の隅で1人の男が立ち上がり手をあげてこちらに微笑みかけた。彼は舞阪善太郎と名乗る一見すると爽やかな今風の好青年だった。蜂谷さんだけが名乗るは悪いから、と、名刺まで差し出して微笑む。私は名刺を出さなかった。実はレストランを予約してあるのだと彼は秘密を共有するように私に顔を近づけて囁いた。それから来るか来ないかをわざわざ私に問いかけるのだ。行く以外の選択肢は無いというのに。
舞阪の予約した個室レストランは、タワービルの高層階にあり、夜景の中に私の会社も見えた。会社、普段どうどうとえらそぶって生えているビルが、あまりにちっぽけに見えた。
舞阪は私より2歳年下でベンチャー企業の経営者で、そして、美しい婚約者がいた。それは、彼が本名で顔まで出して運営するSNSを見ても、すぐにわかることだった。彼はタワーマンションに住み、婚約者に、仕事仲間に、友人に、家族に、全てに恵まれていた。彼は、仕事や妻や仲間の話をして、私と打ち解けようと身振り手振り、ご高説を垂れた。ラフにブランド物を着こなした舞阪に対して、私は会社帰りの黒スーツを着たままの姿で、左右均等な笑みを浮かべたり、無表情になって俯いたりを繰り返して、相槌を打っていた。彼は店の常連であるらしく、店のオーナーまで現れて親し気に彼と会話を酌み交わす。
私には、相手の話すことの半分以上が理解ができない。言葉として言っている意味はわかるが、一切の共感を覚えない。真面目に話を聞けば、羨望と憎しみと虚無で、狂いそうになる。
「わかるだろ!」
気が付くと、彼の手が、私の肩に食い込んでいた。私がいつまでも無表情でぼんやりと彼を眺めていると、彼は急に乱暴な口調になった。私は、何もわからなかった。ただ舞阪が、私の身体に興味を抱いていることだけは、最初からよく理解していた。それ以外、何も。
私は、彼に尺八した。その場で彼の足元に座り込んでしたのだ。屈みこんで側にいっただけで、わかる。何もしていないのに顔を寄せただけで、先に勃起させたのは、舞阪の方だった。灰色のブランド物のボクサーパンツの隙間から巨大なソーセージが勢いよくこぼれ出た。勃起が高まることによって彼の肉棒はみるみる印象を変えた。先端が赤く腫れ、もし歯を立てればそのまま肉汁が零れ落ちそうだ。頬に唇に押し当てられる熱い欲棒。先端を口に含むだけで、直前飲んだばかりの口の中のクリームスープの味と混ざり合って濃厚な味がした。
明らかな舞阪の興奮が、口内の粘液を通して伝わってきた。舞阪の方を上目使って見ると彼は途端に私の頭を掴んで乱暴に喉奥に突き入れ、私は流石に店の中で声が漏れてはいけないと粘ったが、舞阪は私が泣きの呻き声をあげるまで、激しく前後する動作を決してやめようとしなかったのだった。私はその時になってようやく勃起した自分に気が付いた。悲しいのではなく、物理刺激によって潤んだ私の顔を舞阪が食い入るように見ていた。それから顔に、生暖かい雨が降り注いだ。
私と舞阪は定期的に会う仲になった。私の健全なSNSの更新頻度はみるみる減少した。嫌なことがあれば、ストレスが溜まれば、舞阪の呼び出しが来るまで、堪えればいいからだ。舞阪は私に手を上げた。生傷が続くと健全な写真は上げられない。加工をすればいいだろうが、そこまでの時間は割きたくなかった。その代わり、不健全なアカウントには、舞阪の暴力の痕跡をいくら晒しても良かった。フォロワーは倍倍に増えた。舞阪のSNSは、いつまでも変わらなかった。幸せの姿が、常に一定の頻度で更新され続けた。
舞阪から上げるように指示されればそのようにしたし、動画も撮られた。その度、心臓にいつからか生息している芋虫が肉をぷちぷちと食いつぶして気持ちが良くなり、私は早くもっと壊れたくて仕方が無くなった。
私の中で芋虫が大きくなる。芋虫が大きくなるがそれは決して蛹にもならず羽化もしない、ただ欲望のままに肥え太るだけの芋虫だ。醜い芋虫が、股座でみるみる大きくなる。
「お前は、俺の何だ。」
ある夜のこと、彼は私にそう聞いた。私は舞阪の肉便器で良かった。一体、それ以外に何があるのだろうか。舞阪は、彼のSNSの写真の上では見たこともないような表情をして「じゃあ、俺はお前の何なんだよ」と言った。私は笑いながら答えた。
「何って……、舞阪さんは、舞阪さんですよ。」
その日は、とても激しかった。
私はストレスが溜まると、舞阪の肉棒と、振り上げられた手のことを思い出す。
そうするとそれがいつどこであれ、心安らぐ。舞阪は左利きで、彼の左手の薬指には指輪が嵌っている日と嵌っていない日があった。私は、指輪の嵌っている日の舞阪の手の方が好きだ。彼は、自分の婚約者に私にするのと同じことはしない。だから私は私の役目で居られるのだ。
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