【本編完結】迷子の腹ぺこ竜はお腹がいっぱいなら今日も幸せ〈第10回BL小説大賞エントリー〉

べあふら

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Ⅰ.主食編

3.僕、とにかく腹ぺこです③

  

 僕を撫でるヴァルの手をぺろぺろと舐める。

 ヴァルのくれるご飯はいつもすっごく美味しいけれど、実は、一番美味しそうなのは、ヴァル自身だったりする。

 なんか良く分かんないけど、とにかくヴァルはすっごく良い匂いがするのだ!焼き立てパンみたいな、炊き立てご飯みたいな……すごく美味しそうな匂い。


 うーん……今日はいつもより、もっと美味しそうな匂いがしてるなぁ。
 お出汁が効いてるっていうか、熟成してるっていうか……ものすごく甘そうというか。


 ヴァルがいつも吸ってる煙草も、なんだかちょっと甘ったるい匂いがするから、その匂いのせいかとも思ったけど……お風呂上りも、煙草吸ってないときも、同じいい匂いがする。

 だから、これはきっとヴァル自身からしてる、ヴァルの匂いだ。

 こんなに美味しそうな匂いも、今までの200年で初めてなんだから!
 だから、ヴァルにならお腹だって見せちゃうし、いくらだって媚びを売る!!

 こんな美味しそうな匂い振りまいてるなんて……ヴァルってば、悪い男なんだから。

 僕、完全にヴァルに胃袋つかまれちゃってます。

「あ、やっぱりお前は、オスなんだな」

 ぎゃっ!!

 僕は、がばりと起き上がり、身を縮めた。

 僕は今……まあ、裸なんだけど。あれ?僕、裸、なのかな?毛皮?よくわかんないけど。
 裸だからって、別に恥ずかしくはない……で、あっていると思うんだけど……。

 なんていうか……恥ずかしくないけど、恥ずかしくないことに、違和感がある、ていうか。
 裸、ダメでしょ!みたいな気持ちが、どうしても湧いてくるから。自分で自分がわからない。

 考え込んでいると、僕の頭をヴァルがわしゃわしゃと撫でた。

 ああ、ヴァル、いい匂い過ぎ。今日はいつもより、もっとずっといい匂い。
 ぺろぺろと手を思いのままに舐める僕に、片づけを終えたヴァルが、

「あー……?もしかして、まだ足りねぇのか?今日は、肉が入ってなかったからな。仕方ねぇな。俺のも食っていいぞ」

 さらにパンを差し出した。

『ええっ!?ダメだよ!!ヴァルがお腹すいちゃうじゃん』

 ていうか、ヴァルは夕ご飯、パン一つなの!?
 びっくりなんですけど!ちゃんと、食べないとだめだよ!!
 ただでさえ、顔色悪いんだから!

 がうがうと慌てる僕の口に、ヴァルは問答無用でパンを突っ込む。
 僕は仕方なく、むがむがしながらそのパンを噛みしめる。

 このパン、硬くてもそもそしてて、口の中の水分全部持っていかれるんだよねぇ。

 パンを必死に頬張る僕を、くつくつと笑いながら見ていたヴァルは、手に持っていた煙草を消した。

 そして、僕が口の中のパンをごくり、と嚥下するのを見届けて、がばりと僕の首に抱き着く。
 僕の鼻先がヴァルの首筋に埋もれて、濃厚なヴァルの匂いに包まれた。

 そのまま草の上にごろりと横になって、僕はヴァルの腕の中でまるで抱き枕のように抱きしめられる。

「飯の分、代わりにしばらくこうさせろ」

 あ、これ。いつものやつだ。
 ヴァルがいつもよりいい匂いをさせて、こうやって僕にくっついてくるときは……。

「また明日から、しばらく遠出の予定だから」
『やっぱり』
「何か、うまいもんを狩ってきてやるよ」

 ヴァルは、定期的にどこかへ行く。
 神官としての仕事なのか、何をしに行っているのか、僕にはわからない。数日間のときもあれば、数週間のときもある。
 ただ、帰ってきたときは決まって、いつも以上にすごく疲れてて傷だらけのことも多い。

 そして、物凄く……僕の鼻が、頭がおかしくなりそうなほどに、いい匂いがするんだ。

 僕はヴァルの匂いを思い出して、こくり、と唾を飲み込んだ。

「面倒くせぇ。
 竜の神子も、竜騎士も……いや、まだ竜騎士じゃねぇから、候補ってだけで、既に救世主気取りだしよ」

 竜の神子?竜騎士?何それ。うーん、全然美味しくなさそう。なんか、硬そうだもん。

 何だかわからないけど………ヴァルはきっと、そいつらに、やりたくないことをやらされてるんだね?

 僕が、やっつけてあげようか?

 そんな気持ちを込めて、すりすりと鼻先でヴァルの頬をつつく。

「ああ、お前、ホント、いい匂いすんな」
『………ヴァルこそ、とっても美味しそうな匂い、だよ』

 べろべろとほっぺを舐めれば、ヴァルは擽ったそうに笑った。

「くすぐってぇよ。
 あー……なんか、お前をこうしてると、楽になる気がすんだよなぁ……」

 そう言って、ヴァルはそのまますうすうと静かに寝息を立てだした。

『えへへ、僕もお腹が膨れる気がするぅ』



 竜は、全てを知っている。
 生まれながらに、己が何者か、己が為すべきことは何かを知っている。この世の全てを理解し、構築するこの世の一部である。

 それが、竜だ。

 それなのに。
 僕は、自分が竜であることと、名前しか知らない。この世の一部なんて、そんなこと実感ない。
 己の為すべきことなんて、何も知らない。わからない。

 もはや、どこから来たのかもわからない。僕は、完全に迷子の竜だ。



 でも、そんなことはどうでもいい。

 僕にとって、重要なのは生れてこの200年間、一度もお腹いっぱいになったことが無いってこと!!
 いや……それどころか、ずっとずっとずっとずっと………腹ぺこで、腹ぺこで、腹ぺこで、腹ぺこで………。

 つまり、ずーーーーー……っと、お腹がぺこぺこ、ていうさ!!!

 こんなこと、ある!!?

 そんな中、ヴァルは僕が見つけた、美味しい人なんだよ!!!

 この200年、腹ぺこのまま、彷徨って、彷徨って、彷徨った中で見つけた、初めての、美味しい人なんだからね!!!!

 これは、奇跡!奇跡でしょ!!

 ヴァルは僕にとって、存在そのものが奇跡なんだから!!!

 だって、ヴァルを失ったら、僕は次、いつこんな人を見つけられるの………?

 僕にはわかる。
 僕をお腹いっぱいにしてくれるのは、きっとヴァルだ。

 そのヴァルをこんなに虐めるなんて……。

 僕が許さないんだからね!!!



 ヴァルは……僕のご飯は、美味しいものは僕が守るっ!!!

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