1000文字の小宇宙

有栖川 款

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Vol.14・恋は時間差2

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 一目惚れをしたんだ。
 
 勤めていた職場を辞め、新たな就職先を探していた時、たまたま乗った電車でそれは起こった。
 
 いつもなら、できるだけ通勤ラッシュ時は避けていたんだけど、その日は面接の都合でどうしても早い時間じゃないといけなかったんだ。
 
 つり革につかまって、満員電車で赤の他人とこれだけ接触するのもすげぇよな、と思う。つくづく俺はサラリーマンには向いてない、と辟易していた、その時。
 
 ふと、ドアの傍に立っていた女性がはっとしたように顔を上げて、思いがけず好みのタイプだったのでラッキーと思いきや、次の瞬間、その顔が酷く歪んで唇をかみしめた。
 
 あ、と閃いて体を動かして視線を下げると―――案の定、無骨な腕が女性のお尻辺りを触っている。てめ、ふざけんな。
 
 空いてる片方の手を伸ばして、手首をぎゅっと捻ってやった。どこからか、ぐっとくぐもった声がするが、知るか。俺は知らん振りで捻る力を強める。肉体派男子じゃないからって甘くみんなよ。パティシエは結構な重労働だ。尤も、俺がパティシエ――菓子職人だって知ってる奴はここにはいないだろうが。
 
 次の駅で電車が止まると、彼女は慌てたように降りてしまった。ありがとうございますとかすみませんとか、小さい声で何か言っていたような気はした。
 
 電車内での痴漢行為が単純に腹立たしかったのもあるが、好みの女性でなかったらここまで苛立ちはしなかっただろうとは思う。
 
 正義の味方みたいに正体を明かさず、何て言うとカッコイイが、彼女の方から逃げられたのなら縁がなかったんだろう。残念だけど、もう二度と逢うこともないだろう。
 
 そう、思っていたのに。
 
 数日後、新しい就職先のケーキ屋で、彼女に逢った。もちろん、俺は奥の厨房でケーキを作っているから話すことは出来ない。でもガラス張りの厨房の向こうの店舗でケーキを選んでいる彼女と、間違いなく、目が合った。
 
 どうやら仕事帰りらしい彼女は、俺より少し年上だろうか。年齢の割にどこかおっとりしたような雰囲気が、可愛い印象を強めている。柄にもなく胸が躍った。
 
 やがて、時々仕事帰りに店に寄ってくれることがわかった。何となくそのサイクルもつかめてきた。
 
 だから、次の時には絶対に声をかけようと思っていた、のに。
 
 多分、今日あたり来るだろう、と思った日に彼女は来なかった。
 
 その日のシフトは早番だったんだけど、事情を話した店長や奥さんに冷やかされつつ、閉店ギリギリまで粘って彼女を待った。閉店後も、同情したのか哀れまれたのか、店長に手土産に持たされた小さなケーキが入った箱を抱え、店の前で待った。幸いなことにそれほど時間はかからなかった。
 
 残業だったのだろうか、ライトの落ちた店舗を名残惜しそうに見つめていたから、ああ、俺は間違ってなかったな、と思えた。
 
 思い切って声をかける。一目惚れだったことを説明すると泣かれた。
 
 彼女も一目惚れだったのだ、と言ってくれた。
 
 俺たちは、時間差で恋に落ちていたんだ。
 
 
 
 
 
Fin

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