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Vol.29・春彩鮮明
しおりを挟む彼岸の寒の戻りか、三月も後半だというのに寒さに震えながら、あたしはかなり不機嫌で車に乗り込み、運転していた。
四月からの異動が、希望もなんにも届かないような田舎になったことで、前任の上司と待ち合わせて顧客回りの予定なのだ。
地方都市とは言え、それなりに便利な街に住み慣れたら、何にもないような田舎には住めないよ、と散々ぼやいてみたけれど、もちろんそんなことで人事が覆ったりするわけない。
スローライフとか、田舎暮らし、自給自足とか、そりゃあ響きは素敵だけどそんなに簡単じゃないだろうし、結婚して定年にでもなってからでも遅くはないだろう。もっとも、年をとった時こそ便利な街のほうがいいだろう、とあたしは思ってはいるけれど。
そんなに何年もいるわけじゃないし、住めば都だよとみんなに宥められて仕方なくやってきた。異動が不満でも好きな仕事、辞めるという選択肢はない。
「まぁ、休みの日やアフターファイブにガンガン遊びたい、っていう人には足りないものがたくさんあるかもしれないけどねぇ」
支所で落ち合った上司は他の人から聞いてたのか、同じような宥め言葉を並べたあと、ひとつだけ呟いた。
「…そうですか?」
いや、そんなことを望んでるわけではないけど。確かに休みの前夜にふらっと行けるような居酒屋とか、ちょっと一息つけるカフェとかなさそうなのは残念ではあるけど、そんなに遊びたいわけではない。
「そんなに辺鄙なド田舎じゃないんだから買い物とかは基本困らないし、産直市とか野菜安くていいよ? コンビニもあるし。ちなみに一軒だけだけど、お洒落なカフェもあります」
「そうなんですか…」
何だかいろいろ見透かされているようで、あたしはあれ、と思い始めた。
確かに都会は便利だけれど、あたしは、どうしてそこまで街にこだわっていたのだろう。
何となく心に疑問符を浮かべながら、すっきりしないまま顧客回りに付いていく。道を覚えられる自信がなくなりそうな山道や奥深いところまで入っていって、やっぱり田舎は無理かも、とも思う。
「ここが一番遠いところかなー」
そう言って上司が車を止めた最後の家は、空に手が届きそうな高原だった。
鬱蒼とした山の中とは少し違う、周りは何もないけど空が近い。
奥に自宅があるらしい広い庭に一歩足を踏み入れると。
巨大な桜の木が、花を咲かせ始めていて。
足許にはたくさんの菜の花。ピンクと黄色のコントラストに、名前を知らない色とりどりの花々があらゆるところに散らばっている。
そこには、光。
一瞬、眩しくて目を瞑ってしまった。再び瞼を開くと。
やわらかな青い空と、鮮やかな花の色。風が髪を揺らしてゆく。
春が、あたしの全身を包み込んだ。
Fin
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