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終わりの始まり

嵐襲来

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 森に嵐が吹き荒れる。
 深い森の中、高い外壁に囲まれた王国ヴィダルであっても危険がないわけではない。
 王宮に滞在して花嫁修行三昧の日々を送っているラシルは、一人ベッドで震えていた。
 何しろ、赤子の頃からルート・オブ・アッシュの森から出たことがないのである。あの、外界から隔たれた特殊な空間では天気は殆ど影響しない。晴れ間は優しく、雨は静かに、一年中快適な気温を保っていて、ラシルは嵐を知らない。
 王宮の頑丈な石造りの屋敷さえ風の音でガタガタ揺れ、時折走る稲光と音に驚き怯え、早く嵐が去ってくれることを願いながら寝具を被り体を丸めて耳を塞いでいた。
(うう…怖いぃ…)
 王宮に暮らし始めた頃は強い雨も風も物珍しかったものだが、ここまで激しい嵐は体験したことがない。まさかお城が崩壊するようなことはあるまいが、怖いものは怖いのである。
 いくら婚約したとはいえ、王子とはまだまだ清らかな関係で、当然寝室も別であるから頼ることもできない。緊急であれば王子の私室まで走ることも不可能ではないが、ラシルが与えられた部屋から王子の部屋は、広い王城の端と端なので、そこまで行くのも怖くて無理である。
 余談だが衛兵や侍女や侍従など、いつでも用を言いつけられる夜勤の者があちこちに待機していて、王子に伝令を出して呼びつけることも可能なのだが、ラシルにはそのようなことは思い付きもしないのであった。
 そんな状態のラシルの寝具がつんつん、と何かにつつかれたものだから、ラシルは文字通り飛び上がって叫んだ。
「きゃああああっっ!」
寝具をはねのけ枕を抱きしめて、壁まで後ずさったラシルの耳に入った声は。
「やあねぇ、人をお化けみたいに」
 呆れたような、何故かどこか安堵したような、苦笑。
「あ、あれ?」
 魔法で部屋の隅の燭台に火が灯され、浮かび上がる真っ黒なシルエット。
 暗闇に真っ黒な衣装で、にっこり微笑んだのは。
「あ、お、お、お-―-お師匠さま…!!」
 対して師匠と呼ばれたリコは極上の笑みで手を振った。
「はあい、ラシル。久しぶり」
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