ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

文字の大きさ
9 / 31
ルート・オブ・アッシュの‘見習い’魔女

ルート・オブ・アッシュの‘見習い’魔女

しおりを挟む

 
 魔法が使えないということ、師匠の荒療治云々の辺りは適当に誤魔化して話し終わった。要するにドラゴン退治を命ぜられて王国ヴィダルまでやってきたと、そういうことだ。
「へえー…それはそれは、災難だったね」
「はあ…災難っていうんでしょうか」
 まったく災難とも思っていないようなアシュランの口振りに、ラシルは師匠に似通ったものを感じて脱力した。事情を聞きたいと言ったのは彼なのに、まるで他人事だ。まぁ実際他人事でしかないのだろうが。
「あのぅ、本当にこの森にドラゴンって、いるんですか?」
 王子なら知っているだろうと訊いてみたがアシュランは両手を挙げて降参のポーズをとった。
「さあ? 俺も知らないなぁ」
「でも、王様からの依頼って聞いたんですけど…」
「…父上が事実そういう依頼をしたのなら本当なのかもしれないけど、尾ひれがついてる可能性は高いんじゃないかな? そういう噂があるから確認してほしいとか、退治依頼が本当なら例えばドラゴンじゃなくて凶暴な肉食獣とかね」
 そう言われれば納得してしまう。
「は、はあ…。やっぱり、デマなんですかねぇ…」
「必ずしもそうとは言い切れないけど、可能性としては事実無根の悪質な噂話か、或いは厳重に隠されるべき重大な国家機密かもね」
 王子が知らないというのなら間違いないだろうなとラシルは思った。
 世界でドラゴンの存在そのものが確認されていない以上、国家機密だなんて莫迦莫迦しい話もなく、たちの悪い噂話なのだろう。
(だったら、案外簡単に帰れるかも?)
 魔法が使えなくても、獣なら対策を講じることができるかもしれない。
 そう思えたら俄然やる気になってきた。
「あの、お食事、ありがとうございました。ご馳走様でした。わたし、もう行きますね」
 とにかく王国の中に入ろう、そう思って立ち上がるとアシュランはきょとんとした。
「行くって、どこへ?」
「王国の中に決まってます。ここは敷地内かもしれませんけど、早く中に入らないと夜になっちゃうでしょう? 王様にもちゃんとご挨拶したいし…」
 当然のこととして告げたのだがアシュランは何とも奇妙な表情になった。
「…何か、おかしなこと言いましたか? わたし」
 うん、とアシュランは無慈悲に頷いた。
「今から城門まで行くのは無理だよ。君の足だと三日ぐらいかかるんじゃないかな?」
「は? え、何でですか!」
 地図上は半分。
 半日あれば着く筈だ。
「あのね、ここまでは割と平坦な道だったけど、ここから更に森の奥深くへ入るから道も悪いし…地図通りにはいかないんだよ。大体、鍛え抜かれた王国の近衛騎士団だって森を抜けるのに丸々一日でいけるかどうかなのに…ラシルじゃあねぇ…」
 最後の方はもう哀れみの顔だ。
 それでも絶対無理、とかはっきり言わなかったのは彼の精一杯の思いやりだったのか。
「え、ええ? そんなに遠いんですか?」
「遠いというより、君が歩き出せば一キロも行かないうちにもう日が暮れちゃうな」
 言われて、今頃になってたった今頂いた食事が夕食だったと気づいた。メンディスと別れたのが昼前だったから昼食かと錯覚していたが、その程度の時間の経過ではないことは考えればわかる。つまり、ここに来るまでにも人よりずっと余分に時間がかかっているということだ。
「じゃ、じゃあ、わたし、どうすれば……」
 ラシルはもうパニックだ。野宿の準備などまったくしてきていない。そして師匠もメンディスも何もアドバイスをしなかったのは―――やはり、ドラゴン退治なんて口実でラシルを追い出すのが目的だったのか。
 そう思うと哀しくなってきた。
 泣きそうになったラシルに気づいてか、アシュランは何でもないように答えた。
「俺が家出中だって言ったでしょ? ちゃんと天幕もあるから、一緒に寝ればいいじゃない?」
 その言葉を深く受け取るほどラシルはまだ大人でもなかったので、無防備で森に放り出されるわけではないと知って、安堵の涙が零れた。
 アシュランは、気づかない振りをしてくれていた。
 或いは、顔の半分を隠してしまう眼鏡のせいで、見えなかったのか。
 後者だといいな、とラシルは何となく思った。
 カッコイイ男の人に涙を見られるのは恥ずかしい、と思ったからだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...