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ルート・オブ・アッシュの‘見習い’魔女
ルート・オブ・アッシュの‘見習い’魔女
しおりを挟む魔法が使えないということ、師匠の荒療治云々の辺りは適当に誤魔化して話し終わった。要するにドラゴン退治を命ぜられて王国ヴィダルまでやってきたと、そういうことだ。
「へえー…それはそれは、災難だったね」
「はあ…災難っていうんでしょうか」
まったく災難とも思っていないようなアシュランの口振りに、ラシルは師匠に似通ったものを感じて脱力した。事情を聞きたいと言ったのは彼なのに、まるで他人事だ。まぁ実際他人事でしかないのだろうが。
「あのぅ、本当にこの森にドラゴンって、いるんですか?」
王子なら知っているだろうと訊いてみたがアシュランは両手を挙げて降参のポーズをとった。
「さあ? 俺も知らないなぁ」
「でも、王様からの依頼って聞いたんですけど…」
「…父上が事実そういう依頼をしたのなら本当なのかもしれないけど、尾ひれがついてる可能性は高いんじゃないかな? そういう噂があるから確認してほしいとか、退治依頼が本当なら例えばドラゴンじゃなくて凶暴な肉食獣とかね」
そう言われれば納得してしまう。
「は、はあ…。やっぱり、デマなんですかねぇ…」
「必ずしもそうとは言い切れないけど、可能性としては事実無根の悪質な噂話か、或いは厳重に隠されるべき重大な国家機密かもね」
王子が知らないというのなら間違いないだろうなとラシルは思った。
世界でドラゴンの存在そのものが確認されていない以上、国家機密だなんて莫迦莫迦しい話もなく、たちの悪い噂話なのだろう。
(だったら、案外簡単に帰れるかも?)
魔法が使えなくても、獣なら対策を講じることができるかもしれない。
そう思えたら俄然やる気になってきた。
「あの、お食事、ありがとうございました。ご馳走様でした。わたし、もう行きますね」
とにかく王国の中に入ろう、そう思って立ち上がるとアシュランはきょとんとした。
「行くって、どこへ?」
「王国の中に決まってます。ここは敷地内かもしれませんけど、早く中に入らないと夜になっちゃうでしょう? 王様にもちゃんとご挨拶したいし…」
当然のこととして告げたのだがアシュランは何とも奇妙な表情になった。
「…何か、おかしなこと言いましたか? わたし」
うん、とアシュランは無慈悲に頷いた。
「今から城門まで行くのは無理だよ。君の足だと三日ぐらいかかるんじゃないかな?」
「は? え、何でですか!」
地図上は半分。
半日あれば着く筈だ。
「あのね、ここまでは割と平坦な道だったけど、ここから更に森の奥深くへ入るから道も悪いし…地図通りにはいかないんだよ。大体、鍛え抜かれた王国の近衛騎士団だって森を抜けるのに丸々一日でいけるかどうかなのに…ラシルじゃあねぇ…」
最後の方はもう哀れみの顔だ。
それでも絶対無理、とかはっきり言わなかったのは彼の精一杯の思いやりだったのか。
「え、ええ? そんなに遠いんですか?」
「遠いというより、君が歩き出せば一キロも行かないうちにもう日が暮れちゃうな」
言われて、今頃になってたった今頂いた食事が夕食だったと気づいた。メンディスと別れたのが昼前だったから昼食かと錯覚していたが、その程度の時間の経過ではないことは考えればわかる。つまり、ここに来るまでにも人よりずっと余分に時間がかかっているということだ。
「じゃ、じゃあ、わたし、どうすれば……」
ラシルはもうパニックだ。野宿の準備などまったくしてきていない。そして師匠もメンディスも何もアドバイスをしなかったのは―――やはり、ドラゴン退治なんて口実でラシルを追い出すのが目的だったのか。
そう思うと哀しくなってきた。
泣きそうになったラシルに気づいてか、アシュランは何でもないように答えた。
「俺が家出中だって言ったでしょ? ちゃんと天幕もあるから、一緒に寝ればいいじゃない?」
その言葉を深く受け取るほどラシルはまだ大人でもなかったので、無防備で森に放り出されるわけではないと知って、安堵の涙が零れた。
アシュランは、気づかない振りをしてくれていた。
或いは、顔の半分を隠してしまう眼鏡のせいで、見えなかったのか。
後者だといいな、とラシルは何となく思った。
カッコイイ男の人に涙を見られるのは恥ずかしい、と思ったからだ。
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