ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

文字の大きさ
21 / 31
縁談の真実

縁談の真実2

しおりを挟む

 時は十六年ほど、遡る。
 魔女らしく、毎日自堕落な生活を満喫していたリコは、珍しく早朝から目が覚めた。
「リコ様…?」
 隣で眠っていたメンディスも、気づいて声をかける。
「…もうちょっと」
 だってまだこんな時間よ、普段なら有り得ない、と思うがその言い訳は口の中でもごもごと唸り声のようになるばかりだ。
「…でも、俺はもう眠れそうにありませんよ」
 低くて甘い声に耳元で囁かれると、さすがのリコもうっとりとして―――更に夢の中に入りそうになるが、頑張って無理矢理目を開いた。
「やっぱり、リコ様はおやさしい」
 メンディスはそっとリコの髪を撫でて。
「あなたの方がずっとやさしいと思うわよ」
 と、リコは照れながら唇をすぼめた。気恥ずかしいという表現が一番近い。
「あーあ、こんな朝早くから眠りを妨げるのは、一体どこのどいつなのかしらねー」
 照れ隠しに文句を言う体裁を繕って、魔法で一瞬にして服を着る。同じようにメンディスにも服を着せて、仕方なく立ち上がった。
「リコ様、俺は梟の姿でも…」
 むしろ森の中なら梟の姿の方が動きやすいのだが。
 リコはきっぱりと否定した。
「駄目! 私の前では人でいて! その代わり私がいないところでは絶対に人にはならないでよ!」
「……わかりました」
 溜息をついたメンディスの顔は、満更でもなさそうだ。惚れた弱み、とでもいう甘さが彼の顔には漂っている。そしてそれはリコも同様だった。


   *


 ルート・オブ・アッシュの森は深い。
 ここに住むのは野生の動物と、リコとメンディスのみ。深く誰も入らない険しい道なき道を箒に乗ってすいすいと飛び回る。メンディスは飛ぶ時だけ梟になることを許された。
 森の奥にひっそりと居を構えるリコの家にまで聞こえていたのは―――人間の赤子の声で。
 そしてそんな盛大な泣き声を上げる赤子など見たことも聞いたこともなく、それは森に充満する魔力が響かせたのだとわかる。
 それは異質なものが森に入り込んだ警鐘でもあり、リコに伝える手段でもあり、そして何とかしろよと無言で圧力をかける―――――世界樹の命でもある。
 何しろ世界樹の森を守る代わりに、その強大な魔力の一部を授かった、世界樹の根元ルート・オブ・アッシュの魔女が、リコであるからだ。
 気配の元を辿って、リコとメンディスはその原因である赤子を見下ろしていた。
「…で、これなのね」
 巨大な世界樹の根元は巨大な根が地表にまで大きく飛び出していて、一本一本がまた巨大でもある。そして根と根の間には大きな隙間ができていて―――そのうちの一つに、小さな、生まれて間もないような赤ん坊が置き去りにされていた。
「……よくまぁ、ここまで連れてきたこと」
 普通の人間がこの森に入るのは簡単ではない。
「まあ、おそらく魔女の類でしょうけどね」
「それにしても…どうしてこんなところまで? 魔女なら魔女として育てればいいし、素質がないなら里子にでも出せばいいことじゃない?」
 言い方は悪いが、最悪の手段として捨てるという選択をしたとしても。
 普通の子供なら、こんな場所には捨てる必要がない。むしろ野生の獣に襲われる危険性もある。まさかそれを狙って連れてきた親がいるとは考えたくもなかった。
「…考えられる理由としては、この子の親が自分が魔女であることを周囲に隠している場合。子供にも魔女の血が流れていたらばれますからね」
「まあ…そうね」
 生まれたばかりの子供を見て、魔女かどうかわかるのは魔女だけだ。
「でも、それでいったらその線はないわね。だってこの子―――魔女じゃないわよ」
「…そうなんですか」
 じゃあ何故と疑惑が深まったところで、メンディスが腰を屈め赤ん坊を抱き上げた。
「ちょ、ちょっとメンディス! 何してるの!」
「何って、このまま地面に置いておくわけにもいかないでしょう」
 そうだけど、と赤子を抱き上げたメンディスの姿にリコは動揺する。まるで自分の子供を抱き上げたような、そんな気がしたから。
「上手なのね…慣れてるの?」
 まだ首も座っていない赤子を抱くのは難しい筈だ。その手つきのよさにリコは更に動揺した。どこかで、経験があるのかとか、あまり知らないメンディスの過去が気になる。
「…気になりますか?」
 だから、そういう顔でそういうことをそういう声で言わないでよ!
 悪戯っぽく笑って訊いたメンディスを睨んでみるが、頬を真っ赤に染めた状態では効果がないだろう。
 メンディスはふふっと笑って種を明かす。
「…姉の子供をよく面倒見ていたんですよ」
「……」
 訊いてはいけないことだった、とわかってリコは落ち込んだ。メンディスの傷を抉るような。
「リコ様も抱いてみませんか?」
 気にしていないのか、気まずくなった空気を変えようとしたのか、メンディスが彼には珍しい明るい声でリコに赤子を差し出す。
 もしかしたら。単純に懐かしいと、思えたのかもしれない。そうだったら、嬉しいけど。
「え、ええ!? 無理よ、無理無理! 私子供なんて触ったこともないし!」
 今度は違う動揺がリコを襲った。
「だから、いいじゃないですか。こんな機会はそうないですよ」
 ほら、と突き出されて思わず手が出た。
「ど、どうすればいいの。どこを持ったら…」
「首の下を支えて…そうそう、上手じゃないですか」
 恐る恐る抱いた赤ん坊はリコの予想以上に小さくて、柔らかくて、そして暖かかった。
「…赤ん坊って、可愛いのね」
「動物でも何でもね、子供は守ってもらうために可愛くなってるんですよ」
 メンディスも目を細めて赤子を抱くリコを見つめている。
 そうしていると、まるで、まるで二人の子供のようで―――リコは更に赤くなった。
 着せられていた赤ん坊のおくるみがはだけていたので、直そうと手を出したメンディスが、それに気づいた。
「リコ様…これ、何でしょう」
 大きなペンダント。それは素性を明らかにする手立てではないだろうか。
 だが、それを見たリコの顔が、はっきりと変わった。
「――――…なるほど」
「リコ様?」
 怖くなったのでメンディスに赤子を戻して、リコはペンダントをじっくりと見つめる。
「この子が何故ここに捨てられたか、わかったわ、メンディス」
 そして、ある程度大きくなるまでは、どこへも連れて行けないことも。
 急ぎ家に帰ってメンディスに事情を説明する。
 そして、二人はそれから赤子の親代わりとなった。
 赤子はラシルと名づけられ――――どうしたことかものすごく不器用に育ったが、それでもリコとメンディスには、かけがえのない可愛い娘だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...