ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

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王国の歴史とドラゴン使い

王国の歴史とドラゴン使い3

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 王国の歴史は古い。
 完全な家計図が千年近くは残っているし、その枝葉に至るまで少なくとも国内においては殆ど一族を辿ることができる。
 それは王国の誇りでもあるが、同時に他国へは弱みにもなりかねない機密にもなり得る。
 ヴィダルの森には遥か昔からドラゴンがいたという記録があり、そして王国にはかつて、ドラゴン使いの一族が存在していたらしい。
 それだけ確実な歴史があるにも関わらず、ドラゴン使いに関しては、らしい、と曖昧な表現をされるのは彼らが王族ではなかったためだ。王族のように正確な家計図を残すという習慣を持たないまま、彼らはその時代によって王族に雇われたり、或いは王族と敵対したり、様々な形でドラゴンと共に生きてきたらしい。
 だが、やがてその一族は忽然と―――あくまでも歴史上は忽然と消えたように見えるが、森に棲息するドラゴンの数が減少したためであったろうし、歴史のどこかで王族との婚姻を結んだり、いつしか彼らは人から知られない秘密の存在になり、やがては王族さえも、その消息がわからなくなった。
 しかし、どこかで結んだ婚姻のため、王族の中にもしばしばドラゴン使いの能力を受継ぐ者が生まれる。そしてほんの二百年ほど前までは、確かにドラゴン使いが存在していたとされる証拠が残っていた。
 それが、彼らがドラゴンを扱う時に使う―――ドラゴンの笛、である。
 それが、一体いつ王国から流出したのか、どこにも記録がない。
 紛失に気づいた当時の王や、その後数代に渡っては血眼になって探した記録が残っているが、やがてはそれもたち消えた。
 そしてすっかり王国にはドラゴンの存在も、ドラゴン使いの存在も知られざるものとなり。
 一部の王族のみが、口頭でその事実を継承する形になった。
 そうやって継承し、笛の形状を意識するだけでも、未だ諦めてはいない執念を思わせもするが、イシュタス王も、そしてアシュラン王子も、まさか自分が生きている間に出逢うとは――――ドラゴン使いにも、ドラゴンの笛にも、出逢えるとは思ってもみなかったのだった。
 僅かに残っている古文書には、彼らは決してドラゴンを使役したわけではない、と伝わっている。人間が犬や猫を飼うようにあくまでも愛玩動物と変わらない、家族のようなものであると。
 だからこそ、歴史の波に翻弄されそうになった時、彼らはひっそりと姿を消したのかもしれない。
  ―――そう、思われている。


   *

 
「……はあ」
 話を聞いてもぴんとこなかった。何だか壮大なストーリーの一端を聞かされたようで、ええっとそこからロマンスノベルに持っていくにはどうしたら、とか考えてしまったラシルだ。
「あのぅ、それで、それがわたしとどう関係するんでしょうか……」
 ああ、お師匠様怒らないで、わたしが頭が悪いのはわたしのせいですけども! とラシルが口を開くと目を吊り上げる師匠に心で詫びながら、もっと単刀直入に言ってくれたらいいのに、と思う。
「ああ、そうだなあ…」
 イシュタス王の方がずっと察しがよかったようで、ラシルには直截的に言った方が賢明だと悟ったようだった。
「要するに、だね。ラシル、お前さんは――――かつてわが国にいたドラゴン使いの、末裔だよ」
「……はぁ」
「驚かんのかね」
「驚いてますけど…」
 もう既にドラゴン使いだと宣言されたので、驚きようがなかった。王国ヴィダルの歴史とか、ドラゴン使いの歴史とか、ラシルの頭では処理しきれない。
 そもそもドラゴンに触れたのだって今回が初めてで―――と、考えて唐突に思い出した。
「ああ!」
「どうしたんだい、ラシル?」
 アシュランが寄り添うようにして問いかける。いや、だから近いですって!
 顔の表情で訴えてみるがアシュランには通じなかったようだ。諦めて口を開く。
「あの! あのドラゴンの、親子――――ど、どうしたんですか?」
 ずっとラシルに付き添っていた可愛い―――多分、可愛いドラゴンたち。
 するとアシュランがああ、と疲れたような顔になった。あ、やはり何かあったのか。
「彼らねぇ……ついてきちゃったんだよね」
「は。は?」
 アシュランは苦笑する。
「倒れたラシルを城まで運ぶのに、ついてきちゃって…今は城門近くの森で待機してるんじゃないかな。城門前に立っていた当番の衛兵が、驚いて倒れちゃってねぇ…」
「そ、それって大変なんじゃないですか」
「うん、でもリコ様が彼らの記憶を消してくれたから、大丈夫だと思うよ」
 ほっと安心した息が出た。記憶操作はいいことではないのだが、国家機密に関する情報は場合による、というのが魔道協会の規定にあった気がする。そして師匠は非常にその技に長けていた。
 いつだったか、ラシルがあまりにも物忘れが激しかったり物覚えが悪かったり、足や手の動きも怪しいことこの上ないので、もしかしたら自分もどこかで簡単に記憶を消されているかもしれない、とあながち冗談でもなく言ったことがあるが、ものすごい形相で叱られたことがある。
 曰く、あなたがそんなにドジなのを私のせいにされるようなこと、するわけないでしょ、だ。ご尤も、であるのでそれ以上何も言えず、それきり絶対に口にはしない。
「あとで彼らを森の奥に帰るように説得してくれるかな?」
 とアシュランに言われてラシルははい、と頷いた。頷いて、気づいた。
「あ…!」
 今度は何、とぶすっとした師匠の声。
「あの、王様…」
「何だい?」
 ラシルは胸にかかったペンダントの形の笛を握ると、神妙に王に訊いた。
「あ、あのぅ、わたし、よくわかってなかったんですけど、つまり……この笛を、王国にお返ししなきゃいけないって、ことですか?」
 ラシルはいつも真面目だ。
 至って真面目なのだ。
 いつも真剣に話しているのにどういうことなの。
 ラシルがその台詞を言い終わると、ラシル以外の全員が大爆笑した。
 なんで? なんでなの、とラシルが憮然としてしまったのは言うまでもない。
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