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真実の縁談
真実の縁談3
しおりを挟む話が大体終わったので、もういいかなとアシュランが口を開いた。
「だからね、ラシル? つまり俺と結婚するかどうかっていう話なんだけど」
「ええ!?」
いきなりアシュランが投げた爆弾に、ラシルはのけぞった。近い近い、さっきより近づいてます!
「ラシル……話、聞いてた?」
「聞いてましたよ!」
だからもうちょっと離れてください、とラシルの内面の動揺は伝わらない。
っていうか、わたし、一体どうしてアシュラン様と二晩も! 同じベッドで、寝るなんてことができたんだろう! 今頃思い出しても顔が熱くなる。しかもただ同じベッドの上だったというだけではない。だ、だ、だ、抱きしめられたみたいに寄り添って―――今なら無理! 耐えられない!
「お見合いをするなら、結婚するかしないかしかないんだけど…」
ふてくされたようなアシュランにラシルははっとした。
「でも、アシュラン様、わたしたち、まだお見合いしてませんけど」
「えー? そういう問題?」
「ち…違いますか?」
違うよ、とアシュランは言い捨てた。
「だって何度もお見合いするより、ラシルとはずっとたくさん話をしたし一緒にもいたでしょ? 俺としてはそれで十分なんだけど」
ええ、ちょっと待ってちょっと待って。
ラシルはもう慌てふためいて師匠に救いを求める。
「…お師匠様、お見合いって、すぐ返事しなきゃいけないんですか!?」
「…そうね、時と場合によると思うけど、この場合早い方がいいんじゃない?」
師匠は面白そうに言うが、ちょっとさみしそうな顔にも見えるのは気のせいか。ラシルがそう思いたいだけなのか。
「っていうかさぁ、あなたがアシュラン王子を好きか嫌いかでいいんじゃないの? 好きなのに結婚しないなんていう話はないでしょ」
それがわからないから聞いてるんですー! とは口に出しては言えない。だってラシルは恋をしたことがなくて、人を好きになるってどういうことなのかわからなくて。
とはいえ。
ラシルが自分の気持ちをわからないのに、周りはみんなわかっているようなのは何故なの? 大人だから?
「…あの、わたし、ドラゴンを森に返してきますっ!」
とりあえず問題を先送りにして、早急に対処するべきことから取り組むことにした。
ラシルは急いで立ち上がって、逃げるように部屋を飛び出した。
ドアを開ける時に廊下と部屋の絨毯の切り替えに躓いて転んだのは、まあラシルらしいことで、おそらく城門まで行くにも何度転ぶか躓くか、想像するに難くない。
「ラシルが一人で門まで行けるとは思えないので、もちろん俺はついていきますけど…念のため、薬師を呼んでおきましょうかね」
呟いたアシュランに、リコもメンディスも真面目な顔でお願いします、と頭を下げた。
*
王の執務室を慌てて飛び出したはいいが、右も左もわからない王城にいることを今更のように思い出した。
「うう、どうしてこんなに落ち着きがなくて、慌てんぼうなんだろう、わたし…」
泣きそうになるそんな顔も、眼鏡が要らなくなったラシルでは輝いて見える。廊下を歩く王城内外の人々が、男女問わず皆誰だろうかと興味津々といった体でラシルを見ていた。
「…とりあえず、誰かに聞けばいいでしょうか」
と、顔を上げて歩き出そうとすると、目の前を塞がれた。
「あ…ベルナールさん!」
森の中では黒尽くめだった彼も、今はもう側近らしい服装になっている。
いつもは冷静な既婚者ベルナールも、ラシルの愛らしい笑顔に、ほんの一瞬動揺を見せた。
「ラシル様…迷子になるといけませんので、アシュラン様がいらっしゃるまでお待ちください」
「え、ええ? アシュラン様、来るんですか?」
「…追いかけてこないと思いますか?」
「思いません…」
アシュランの性格で、そしてラシルの性質を知っていれば来ないわけはないが。そもそもアシュランと一緒にいるのがいたたまれないから出てきたのに!
ベルナールはにっこりと、けれど静かにラシルの行く手を阻んでいるので、ラシルはもう動けない。
どちらにしても、誰の手も借りずに城門まで向かうのは無理があるだろう。だとすればアシュランの方がずっといい。それに二人になれるのなら、もう少し落ち着いて話ができるかもしれないし。
そう思っていると程なくアシュランがやってきた。
「本当に無謀だね、ラシルは」
「…ごめんなさい」
ほら行くよ、と何でもないようにラシルの手を取って歩き始めた。
廊下ですれ違う人々は、さすがに王子と歩いていると不躾な視線こそ投げてはこないが、反対にこそこそ覗き見るようでアシュランは却って不機嫌になった。
「お前たち、そんなにじろじろ見るなよ! これは、俺のお嫁さんだから!」
誰にともなくそう叫ぶと、あちこちからきゃあっと甲高い歓声が上がった。体のいい噂話を提供したようだ。
「あ、あの! …お嫁さんって…」
「俺がもう決めた。ラシルには選択権はないしね」
「ど、どうしてですか?」
わたしにだって選ぶ権利はある! などと声高に言いたいわけではない。恥ずかしいだけなのだから。ただ、アシュランがラシルを…好きだと思ってくれてるのか、それが不安なのだと気づいた。
「ラシルがドラゴン使いの末裔だということは、ばれると命を狙われる恐れもあるってことだよ。そうなればどっちにしても守れるのはヴィダルしかないし…それなら国でかごの鳥になるよりは、俺と結婚すればいい話じゃないの。ラシルは、そんなに嫌なの?」
俺と結婚するのが。
拗ねたように訊かれて、はっとした。
「嫌じゃありません!」
咄嗟に反論して、にやっと笑ったアシュランにしまった、と思うがもう遅い。
「そうか、わかったぞ」
アシュランは何か気づいたような顔をして、
「何がですか?」
とラシルは訊いたが、でもあとで、とはぐらかされた。
城門は、王城からそう離れてはいなかった。
空に届きそうな高い外壁が聳え立っていた。
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