ルート・オブ・アッシュの見習い魔女(王国ヴィダルの森の中)

有栖川 款

文字の大きさ
27 / 31
真実の縁談

真実の縁談3

しおりを挟む

 話が大体終わったので、もういいかなとアシュランが口を開いた。
「だからね、ラシル? つまり俺と結婚するかどうかっていう話なんだけど」
「ええ!?」
 いきなりアシュランが投げた爆弾に、ラシルはのけぞった。近い近い、さっきより近づいてます!
「ラシル……話、聞いてた?」
「聞いてましたよ!」
 だからもうちょっと離れてください、とラシルの内面の動揺は伝わらない。
 っていうか、わたし、一体どうしてアシュラン様と二晩も! 同じベッドで、寝るなんてことができたんだろう! 今頃思い出しても顔が熱くなる。しかもただ同じベッドの上だったというだけではない。だ、だ、だ、抱きしめられたみたいに寄り添って―――今なら無理! 耐えられない!
「お見合いをするなら、結婚するかしないかしかないんだけど…」
 ふてくされたようなアシュランにラシルははっとした。
「でも、アシュラン様、わたしたち、まだお見合いしてませんけど」
「えー? そういう問題?」
「ち…違いますか?」
 違うよ、とアシュランは言い捨てた。
「だって何度もお見合いするより、ラシルとはずっとたくさん話をしたし一緒にもいたでしょ? 俺としてはそれで十分なんだけど」
 ええ、ちょっと待ってちょっと待って。
 ラシルはもう慌てふためいて師匠に救いを求める。
「…お師匠様、お見合いって、すぐ返事しなきゃいけないんですか!?」
「…そうね、時と場合によると思うけど、この場合早い方がいいんじゃない?」
 師匠は面白そうに言うが、ちょっとさみしそうな顔にも見えるのは気のせいか。ラシルがそう思いたいだけなのか。
「っていうかさぁ、あなたがアシュラン王子を好きか嫌いかでいいんじゃないの? 好きなのに結婚しないなんていう話はないでしょ」
 それがわからないから聞いてるんですー! とは口に出しては言えない。だってラシルは恋をしたことがなくて、人を好きになるってどういうことなのかわからなくて。
 とはいえ。
 ラシルが自分の気持ちをわからないのに、周りはみんなわかっているようなのは何故なの? 大人だから?
「…あの、わたし、ドラゴンを森に返してきますっ!」
 とりあえず問題を先送りにして、早急に対処するべきことから取り組むことにした。
 ラシルは急いで立ち上がって、逃げるように部屋を飛び出した。
 ドアを開ける時に廊下と部屋の絨毯の切り替えに躓いて転んだのは、まあラシルらしいことで、おそらく城門まで行くにも何度転ぶか躓くか、想像するに難くない。
「ラシルが一人で門まで行けるとは思えないので、もちろん俺はついていきますけど…念のため、薬師を呼んでおきましょうかね」
 呟いたアシュランに、リコもメンディスも真面目な顔でお願いします、と頭を下げた。


   *


 王の執務室を慌てて飛び出したはいいが、右も左もわからない王城にいることを今更のように思い出した。
「うう、どうしてこんなに落ち着きがなくて、慌てんぼうなんだろう、わたし…」
 泣きそうになるそんな顔も、眼鏡が要らなくなったラシルでは輝いて見える。廊下を歩く王城内外の人々が、男女問わず皆誰だろうかと興味津々といった体でラシルを見ていた。
「…とりあえず、誰かに聞けばいいでしょうか」
 と、顔を上げて歩き出そうとすると、目の前を塞がれた。
「あ…ベルナールさん!」
 森の中では黒尽くめだった彼も、今はもう側近らしい服装になっている。
 いつもは冷静な既婚者ベルナールも、ラシルの愛らしい笑顔に、ほんの一瞬動揺を見せた。
「ラシル様…迷子になるといけませんので、アシュラン様がいらっしゃるまでお待ちください」
「え、ええ? アシュラン様、来るんですか?」
「…追いかけてこないと思いますか?」
「思いません…」
 アシュランの性格で、そしてラシルの性質を知っていれば来ないわけはないが。そもそもアシュランと一緒にいるのがいたたまれないから出てきたのに!
 ベルナールはにっこりと、けれど静かにラシルの行く手を阻んでいるので、ラシルはもう動けない。 
 どちらにしても、誰の手も借りずに城門まで向かうのは無理があるだろう。だとすればアシュランの方がずっといい。それに二人になれるのなら、もう少し落ち着いて話ができるかもしれないし。
 そう思っていると程なくアシュランがやってきた。
「本当に無謀だね、ラシルは」
「…ごめんなさい」
 ほら行くよ、と何でもないようにラシルの手を取って歩き始めた。
 廊下ですれ違う人々は、さすがに王子と歩いていると不躾な視線こそ投げてはこないが、反対にこそこそ覗き見るようでアシュランは却って不機嫌になった。
「お前たち、そんなにじろじろ見るなよ! これは、俺のお嫁さんだから!」
 誰にともなくそう叫ぶと、あちこちからきゃあっと甲高い歓声が上がった。体のいい噂話を提供したようだ。
「あ、あの! …お嫁さんって…」
「俺がもう決めた。ラシルには選択権はないしね」
「ど、どうしてですか?」
 わたしにだって選ぶ権利はある! などと声高に言いたいわけではない。恥ずかしいだけなのだから。ただ、アシュランがラシルを…好きだと思ってくれてるのか、それが不安なのだと気づいた。
「ラシルがドラゴン使いの末裔だということは、ばれると命を狙われる恐れもあるってことだよ。そうなればどっちにしても守れるのはヴィダルしかないし…それなら国でかごの鳥になるよりは、俺と結婚すればいい話じゃないの。ラシルは、そんなに嫌なの?」
 俺と結婚するのが。
 拗ねたように訊かれて、はっとした。
「嫌じゃありません!」
 咄嗟に反論して、にやっと笑ったアシュランにしまった、と思うがもう遅い。
「そうか、わかったぞ」
 アシュランは何か気づいたような顔をして、
「何がですか?」
 とラシルは訊いたが、でもあとで、とはぐらかされた。
 城門は、王城からそう離れてはいなかった。
 空に届きそうな高い外壁が聳え立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...