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真実の縁談

真実の縁談2

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「あなたを拾った時、そのペンダントを見てすぐにわかったわ。あなたがドラゴンの笛を扱う、ドラゴン使いの末裔だってね」
 じゃあ、どうしてその時にヴィダルに問い合わせたりしなかったのか、と思ったのが伝わったのだろう、師匠は哀れむような顔でこっそりラシルを窘めた。
「でも、当時ヴィダルは内乱に巻き込まれて―――陛下もアシュラン王子も、森の奥で身を隠していたんですよね」
「…よくご存知で」
 王が驚いた様子で苦く言葉を吐くのを、にっこりと微笑みだけで済ませてしまう師匠はやはり偉大だ、と思った。
 王国は戦火に巻き込まれたこともないと聞いていたし、内乱であれば国内の問題と、周囲にも悟らせないようにしていたのかもしれない。
「恥ずかしい話だがね、私の兄が嫡男なのに後を継げなかったと腹を立てて…反乱を起こしたんだよ。でも兄上はもともと体が弱かったから、父上は丈夫な次男に任せた方が兄も気楽だろうと思ったようだが、長男には長男の意地というものもあっただろうな、と後から思うてな。兄に即位させて私は補佐をすればよかったと後悔したよ」
 兄上は結局、内乱の疲労が元で亡くなったんだ、とイシュタス王はさみしそうに呟いた。
 重い話題でもあるので、師匠はそれ以上触れず話を続けた。
「…そして、まだ幼いラシルをどこへでも引き渡してしまうようなことをすれば、幼い故にどのような政治的な策略に巻き込まれるとも知れず…そしてその存在自体、絶対に知られてはならないと悟りましたの。少なくともラシルが自分で判断できるような歳になるまではね」
「だから、あなた方の手元で育てられたと…そういうことなのですね」
 アシュランは、感心したように微笑んだ。それに、と悪戯っぽい顔になる。
「ラシルの出自も、もしかしたらご存知なのではありませんか?」
 どき、としたのは何故だろう。今更、自分を捨てた人のことなど知らなくていいと思うのに。どうしてアシュラン様はそんなことを言い出したのか。
 師匠はまったく表情を変えないので、ラシルは気づいた。
 ラシルは師匠にラシルの親のことなど知らされたくない、と思うのだ。
 ラシルの思いはともかく、師匠はええ、と口を開いた。
(…言わないで…)
「ラシルの親は、私たちです。それ以上でも以下でもないわ」
「え」
 ラシルは顔を上げた。師匠の頬が赤くなっているような気がするのは、気のせい?
 思わずメンディスを見ると、こちらは素直にやさしい笑顔でラシルを見ている。いや、むしろ素直な師匠を微笑ましいと思っているのかもしれない。
「まあ、それは精神論なので質問に正直にお答えするとして、具体的にはわかりません。ただ推測できるのは、ラシルを世界樹の森に捨てたのは魔女であること。あそこは普通の人には入れませんからね。それから、ドラゴン使いの血を引くということがわかるのは―――ドラゴン使いでしか有り得ませんから、ラシル以外にもまだ世界にドラゴン使いが生き残っていると、そういうことですわね」
 照れくさかったのか淡々と結論を述べて、師匠は王に向き合った。
「それから続きですけど、ラシルが年頃になった折にでもぜひ王国へお返ししなければと思ったのは事実です。私たちにとって可愛い娘ではあっても、魔女でない以上いつまでも傍には置いてはおけませんし…そうしたら、ちょうど年頃の王子様がいるっていうからラッキー、と思って。しかも調べてみればイケメンだっていうし! と、いうわけで、図々しいかとは思いましたけど、ヴィダルにとっても悪い話ではないと思いまして、勝手ながら肖像画を送らせていただきましたわ」
 ほほほ、などと普段はしたこともない笑い方で話を締めてしまったのは完全に確信犯だ。
「しかも、途中で隣国メデルのお姫様の噂話なんかも耳に入ってきちゃったものですから、そこにオークの魔女が絡んでるのも確認済みだったので、ついでに恩も売っとこうかなって」
 にこにこ。あくまでもにっこり、世界にその名を馳せる偉大な魔女にそう言われて反論できる者はそういまい。
「…ええ、もちろん、願ってもない話ですし、メデルの件も大変助かりました。さすがにリコ様は有能でいらっしゃる」
 イシュタス王は無難に話を纏めて、面倒にはしなかった。
 賢い王である。
 ちなみに隣国メデルからは、こちらから謝罪の書状を送る前に早馬が来て、あちらから丁重にお断りの書状があったそうだ。本物のリリアナ姫はそれほどアシュランに執心でもなく、メデルの王とオークの魔女の画策だったようだ。
 よかった、とかなり真剣なアシュランの安堵の声を誰も咎めることはなかった。
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