妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―

里奈使徒

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第二十一話 「仮面の下の悪魔」

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 今日は、難民のために炊き出しの手伝いをする日だった。昨日「もっと教会の手伝いをしたい」と願い出たところ、この仕事を任せられたのである。

 空腹を抱えた子供たちを助ける。これ以上ない奉仕活動だ。

 いいね、いいね。こういうのをやりたかったんだよ。

 ということで、ビトレイへの糾弾は一旦中断。組織のトップが変わったら混乱するからな。せっかくのボランティア活動参加のチャンスを無駄にしたくない。

 そう思った俺は、炊き出しの材料を持ってカミラ、信徒たちと一緒にキャンプ場へ向かった。

 朝靄に包まれた道を歩きながら、俺は今日という日に期待を膨らませていた。カミラにとっても、同年代の子供たちと触れ合う良い機会になるはずだ。何より、純粋な善行を通じて、カミラに正しい価値観を教えられる。

 キャンプ場に到着すると、すでに多くの難民の子供たちが集まっていた。年齢は様々で、三歳程度の幼児から十代前半まで。どの顔にも共通しているのは、長い間満足に食事を摂れていない痩せこけた頬だった。

 中には親を亡くしたばかりの子もいるだろう。戦争で家を失った子もいるに違いない。そんな子供たちを前にすると、自然と使命感が湧いてくる。

「さあ、着いたぞ」
「わあい!」

 カミラのテンションが上がった。なんだかわくわくしているが、きっと人助けの喜びを感じているのだろう。今回は、誰も殺(た)べさせる気はない。純粋なボランティア活動なのだから。

「いいか、こうやるんだぞ」

 俺はカミラに粥作りの手本を見せた。マキシマム家一の才能ある俺にかかれば、料理など造作もない。

 大鍋に湯を沸かし、米を投入する。薄味に調えた出汁を加え、野菜を細かく刻んで入れる。子供たちの胃に負担をかけないよう、消化の良い食材を選んだ。

「難民の子供たちは、長い間まともな食事を摂れていない。だから、急に濃い味のものを食べると体調を崩してしまうんだ」
「ふうん」

 カミラは興味深げにその様子を見つめていた。生まれてこの方、料理をしたことがないカミラにとって、俺の手際は新鮮に映ったはずだ。

「カミラ、この機会に料理も覚えてみないか? 人を喜ばせる手段は、何も……その、家で教わった得意なこと以外にもたくさんあるんだ」

 遠回しな表現になってしまったが、カミラには殺人以外の方法で人との繋がりを築いてもらいたい。料理は人を幸せにする立派な技術だ。

「お兄ちゃん、上手だね」
「当然だ。マキシマム家の跡取りとして、あらゆる技能を身につけているからな」

 我ながら会心の作である。大鍋には、ほかほかの粥に鰹節をまぶしてある。湯気の立つ粥からは香ばしい匂いが漂い、空腹の子供たちが集まってくる。

「できたぞ。あとは配るだけだ」
「お兄ちゃん、食べていいの?」
「食べるな。これは子供たちに配るためのものだ」

 カミラを窘めた。まったく、カミラめ。やはり今回の趣旨を理解していないようだ。いい機会である。カミラには、ボランティア精神を一から教えるつもりだった。

 それから、カミラに根気よく説明した。料理の意義から、ボランティア活動の大切さまで。困っている人を助けることの喜び、与えることの尊さ──人として当たり前の感情について語りかける。

「カミラ、人は一人では生きていけない。困った時はお互い様なんだ。今度はカミラが困った時、きっと誰かが手を差し伸べてくれる」
「そうなの?」
「そうだ。それが人間社会の基本なんだよ」

 カミラはきょとんとした顔のままだった。理解したのか、していないのか、判然としない。

 集中して考えたかったが、チラリと背後を見る。相変わらず教会の信徒たちに監視されていた。最近、監視が厳しくなっている。ビトレイめ、もう奴の仕業で間違いないだろう。

 軽く後片付けをすると、ソフィアさんを探しに行く。心の癒しは、ソフィアさんだけである。そういえば、ソフィアさんもここに来ているはずだ。俺たちより先行して炊き出しをしているはず。

「ソフィアさん、ソフィアさん……」

 キャンプ場の向こう側で、美しい声が聞こえてきた。あの澄んだ歌声は、間違いなくソフィアさんのものだった。

 向かった先で見つけたのは、子供たちに食事を配りながら優しく微笑みかけるソフィアの姿だった。まさに聖母のような慈愛に満ちた表情で、一人一人の子供に声をかけている。

「はい、たくさん食べてね」
「ありがとう、お姉さん」

 子供たちもソフィアを慕っているのが分かる。その光景は、まさに俺が理想としていたボランティア活動そのものだった。

「ソフィアさん!」

 俺が声をかけると、ソフィアが振り返った。いつものような天使の微笑みを浮かべている。

「あら、リーベルさん。お疲れさま」
「ソフィアさんこそ。今日も子供たちのために頑張ってますね」
「ええ、これが私の使命ですから」

 そう言って微笑むソフィアは、本当に美しかった。内面の美しさが外見にも現れている。こんな人と一緒にいられる俺は、なんて幸運なんだろう。

 しばらく他愛もない会話を楽しんだ後、ソフィアさんは別の場所での作業があるとのことで、その場を離れていった。俺も自分の持ち場に戻ることにする。

 自分たちのノルマを達成し、ほっと一息ついていると、つり目の少女が目に入った。

 マリアだ。
 マリアも炊き出しに来ていたのか。

 マリアは子供たちのために粥を配っていた。親を亡くし傷心の子供たちのために、時に励まし、時に抱きしめて接している。その様子を見ていると、俺に対する態度とのギャップに驚かされる。

 ふむ……俺たちには、いや正確に言うと俺にはつっけんどんな態度だったが、こういう光景を見せられると印象が変わる。つい口元が緩んでしまった。

 色々悪口を言われて嫌な気分になった時もあったが、今はもうどこかに消えてしまった。
 マリア、本当に子供が好きなんだな。口は悪いが、心根が優しい子だ。

「おーい」

 マリアに向かって元気よく手を振った。こういう子とは仲良くしておきたい。多少嫌われているが、なんとか好感度を上げてみせる。

 にこやかな笑顔を見せていると、マリアがこちらに気づいたようだ。こちらにつかつかと近づいてくる。相変わらず俺を嫌っているようで、眉間に皺を寄せ、上唇を噛んでいる。極めつけは、目を細めて睨んでくることだ。

 好感度ゼロだな。だが、負けない。

「マリア、おはよう!」
「……」

 元気よく挨拶するが、マリアは返事をしない。負けるものか。

「マ、マリアはいつから来たの? 精が出るねえ」
「……」

 顔をひきつらせながらも、笑顔を崩さずに声をかけ続ける。マリアは睨んだままだ。

「あ、あの……」
「逃げろって言ったのに!」

 マリアが突然大声を出した。まるで今までの苛立ちを凝縮して爆発させたかのようである。これは好感度ゼロどころじゃない。マイナスだ。氷点下だよ。

「ねえ、マリア。新参者を嫌うのは分かるけどさ。もう俺たちは仲間だよ。いい加減に心を開いてくれてもいいんじゃない?」
「いいから聞け。あんたはどうでもいい。男なら自分の人生は自分で切り開け。不幸も死も自分の責任だ。でもな、あの子が可哀想だ」

 マリアはカミラがいる方向を見ながら、切なそうに話す。その表情には、今まで見たことのない真剣さがあった。

「いや、可哀想って……何言ってんだ。カミラはここに来て友達もできたし、心身ともに成長している」
「ここはそんなおめでたいところじゃない。いや、地獄よ」

 マリアは悲壮な顔をして訴える。切実そのものだった。

 これはまさか……マリアも知っているのか?
 ビトレイが聖人じゃなく、ただの金儲け主義者だということを。

「地獄って……もしかしてマリア、ビトレイ神父が脱税とか小金を溜め込んでいるとか、そういう俗物的なことを指して言っているの?」
「あんた、それ知っているのか」
「うん、一応。でもさ、そんなに深刻に考えることかな。まあ、ビトレイ神父は善人じゃなかったかもしれないよ。でも、それが何? 救われている人たちがいるのなら、黙っているのが大人な対応じゃないか」
「ふっ、ふっ、ふっ。あっはははははは!」

 俺の説明を聞いていたマリアが突然、狂ったように笑い出した。ただ、おかしくて笑っているわけではないようだ。その様は狂気を帯びている。

「あ、あの、マリア、どうした──」
「リーベル、あんたおめでたいね。脱税? 着服? あいつは、そんな可愛いもんじゃない」

 マリアが真剣な表情で話す。言葉に熱を帯びている。嘘でも大袈裟でもない。

 これは事態が思ったより深刻なのかもしれない。俺の調査は簡易的だったからな。ビトレイの悪事の底までは見つけられなかった。

「ああ、じゃああの人、もっと腹黒いことを考えてたんだ。うん、分かった。確かに危険かもね。じゃあクビにしよう」
「はあ? あんた、どこまで甘いのよ。クビってそう簡単にできるものじゃない。ビトレイには多くの取り巻きがいる。国の上層部にも顔が効くんだ。手の出しようがない」
「いやいや、大丈夫。俺に任せて。俺も上層部に顔は効くから」

 俺が万事大丈夫の顔を見せるが、マリアは可哀想な顔でこちらを見てきた。

「どこの貴族の坊ちゃんか知らないが、あまり世間を舐めるな」
「いや、舐めてないって! 俺なら本気でビトレイ一派を全員監獄にぶち込んでやれるよ」
「はあ~家出中の坊ちゃんが何を言っているのやら」
「信じてないね。本当だから」
「リーベル、この国の出身でないお前が貴族の特権を行使しても意味がない。仮にできたとしても、上層部が全員いなくなれば、この施設をつぶすことになる」
「いやいや、確かに腐った奴らがいたかもしれないけど、心ある人もいるんだから。例えば、ソフィアさんを長にすればいい。彼女なら国とも折衝できるだろうし、子供たちのことも考えてくれる」

 マリアは俺の言葉に目を丸くする。

「はあ? あの女を長? 冗談だろ?」
「いや、本気だ。マリアこそ、なんで疑問形? 彼女しかいないだろ」
「あんたね、とんでもない勘違いをしている。あの男は最低のクソだが、それでもまだ──ひぃい!」

 マリアが俺の背後を見て叫び声をあげた。ガチガチと歯を鳴らし、震えている。

 後ろを振り向くと、ビトレイがにこやかな顔で佇んでいた。

 この笑み、やっぱりうさんくさいと思ってたけど黒だね。この目の奥にある殺気……俺が今まで屠ってきた悪党と同じだ。ゲロ以下の臭いがプンプンと漂っている。

「リーベル君、マリアが何を言ったか知らないけど、誤解だよ」
「誤解? そうは思えませんけど」

 マリアは心底怯えている。これはビトレイが脅しているとみて間違いない。俺が鼻で笑うと、ビトレイもお返しとばかりに不敵な笑みを見せる。

「信じてくれないのかい? 悲しいなあ。私たちはあんなに心を開き合ったのに」

 懺悔室でのことを言っているのだ。今となっては、こんな奴に人生相談したのは人生の汚点である。

「警察に話します」

 俺がそう言うと、ビトレイが行く手を遮るように邪魔してきた。さらに、それを合図とするかのように俺たち兄妹を監視していた連中もわらわらと駆けつけてくる。

 ふむ、どうしようか? 蹴散らすのはたやすいが、こうも衆目があると目立ちすぎるかも。

「リーベル君、警察に行くのはよしたほうがいい。神の敬虔なるしもべとして、悲しい惨事は引き起こしたくないからね」

 ビトレイが不敵に挑発してきた。

 おいおい、マキシマム家の至宝である、この俺相手に脅しだと?

 貴様、自殺志願者か?

 うん、マリアの言う通りだった。

 ビトレイめ、これは脱税以上に悪いことをたくらんでいたようだね。このまま締め上げてもいいけど……。

 チラリとカミラを見ると、ビトレイの手下にナイフを突きつけられていた。断れば刺すという意味らしい。なんてことだ。

 ビトレイの手下はニヤニヤとこちらを見つめている。
 カミラは興奮した面持ちでこちらを見つめている。わくわく♪ わくわく♪ そんな擬音がカミラの背後から見えてきた。

 さらに聞こえる。カミラの心の声が聞こえるよ。

『お兄ちゃん、これ殺べてもいい?』

 もちろん、Noだ。こんな子供たちがいっぱいいる場所で惨劇は起こさせないよ。ここじゃ人が多い。

 ビトレイに向き直る。

「分かりました。警察には行きません。でも、事情を説明してもらいます」
「いい子だ」

 ビトレイは満足げに頷くと、俺とカミラとマリアは、ビトレイたちに連れられて教会まで戻ってきた。

 教会に到着し、中の応接室に入る。ガチャリと内鍵を閉め、閉じ込められた。周囲を見回すと、窓には鉄格子がはめられ、この部屋からの脱出は困難だと分かる。

「マ~リ~ア~いけない子だあああ」

 とたんに笑みを浮かべていたビトレイの顔が豹変した。今まで紳士面していた仮面を完全に脱ぎ捨て、サディスティックな顔を見せてくる。その変貌ぶりは、まるで悪魔が憑依したかのようだった。

 今まで慈愛に満ちていた眼差しは消え失せ、代わりに獲物を見つめる肉食獣のような冷酷さが宿っている。口角が不気味に上がり、舌なめずりをしながらマリアを見つめる姿は、まさに人間の皮を被った化け物そのものだった。

「ひぃひぃい!」

 マリアは大粒の涙を流しながら、必死に後ずさりをしていた。その恐怖の表情は尋常ではない。単なる恐怖を超越した、魂の奥底からの戦慄を感じているのが分かる。

「マリア、なぜ裏切った。私の怖さは知っているよな?」

 ビトレイの声も変わっていた。
 今まで聞いていた優しく包容力のある声音は消え失せ、代わりに底冷えするような殺気を帯びた声が響く。その声だけで、この男がこれまでどれほど多くの人を苦しめてきたかが想像できた。

 ビトレイの顔には一片の情も見当たらない。人間として当然持っているべき感情──慈悲、同情、愛情──そのすべてが欠如している。ネズミをいたぶる猫のようにマリアを追い詰める表情は、完全に獲物を弄ぶ捕食者のそれだった。

「私がこれまでお前にどんなことをしてきたか、忘れたわけではあるまい?  あの地下室での『特別な時間』を、まさか忘れてはいないよな?」

 ビトレイの言葉に、マリアの顔が青ざめた。明らかに過去の恐ろしい記憶を思い出しているのが分かる。

「うっ、うっ。いや、嫌だ」
「くっく、怯えているな。い~ぞ、そうだ。その表情だ。聖人ぶっていると肩がこってしょうがない。本当の私を出せるのは、こういう時だけだからな」

 ビトレイが恍惚とした表情を浮かべる。他人の恐怖と苦痛を見ることに、心底から快感を覚えているのが分かった。

「マリア、お前は裏切り者だが、今回はいい働きをした。おかげで新しい『商品』を手に入れることができる。さんざんいたぶって殺すことには変わりはないが、その功績に免じて、多少は情けをかけてやらんでもないな」
「げ、外道……」
「くっくっ、そうだ。外道だ。外道の神父様さ。だが、それがどうした? 私はこの仮面のおかげで、どれだけの富と権力を手に入れたと思っている? そして、どれだけの『楽しみ』を味わってきたと思っている?」

 ビトレイが下卑た笑いを浮かべながら、マリアに近づいていく。

「お前もよく知っているだろうに。 あの時、お前に何と言った? 『大人しく従っていれば、痛い目には遭わせない』と約束したではないか」
「……じ、地獄に落ちろ。はあ、はあ、この子に手を出したら呪い殺してやる」

 マリアがカミラを庇うように前へ進み出た。震えながらも、必死にカミラを守ろうとする姿は勇敢だった。

「ああはん♪ そうか、そうか。その子のためか。お前にそんな情があったなんてな。驚きだ。今までは黙認してきたのに、どういう風の吹き回しだ?」
「も、もう、うんざりなんだよ」

 マリアの声が震えていた。長い間溜め込んできた感情が、ついに爆発しようとしている。

「餓死するよりマシだ。そう言い聞かせて我慢してきた。あんたたちに売られたとしても、生きてさえいれば……生きてさえいれば、いつかは……」

 マリアの声が途切れる。涙が頬を伝って落ちていった。

「でもね、もう限界よ。毎晩、毎晩、あたいより小さい子たちの泣き声が聞こえるの。『お母さん、お父さん』って呼びながら泣いてる声が。でも、誰も来ない。誰も助けてくれない」

 マリアの告白が続く。その言葉一つ一つに、長年の苦痛と絶望が込められていた。

「あの子たちはね、最初は抵抗するのよ。『家に帰りたい』って、『お母さんに会いたい』って。でも、段々諦めていくの。目の光が消えていくの。そして最後には……最後には笑顔で『はい』って答えるようになるの。生きるために」
「そうさ。その通りだろ。奴らは私がいなければとっくに飢え死にしていたのだ」
「でも、それは生きてるって言えるの? 魂を殺されて、ただ息をしているだけじゃない!」

 マリアの声に怒りが込められた。

「あたいもそうだった。最初は抵抗した。でも、あんたは……あんたは地下室に連れて行って、あたいに『教育』をしたわね。痛みで教えたの。従わなければどうなるかを」

 マリアの体が震えている。過去の記憶が蘇っているのだ。

「でもね、この子の笑顔を見ていたら、もう自分の心を誤魔化せなくなった。この子は本当に純粋なの。曇りのない笑顔で『ありがとう』って言ってくれるの。あたいなんかに」

 マリアがカミラを見つめる目には、深い愛情があった。

「あたいは汚れてしまった。もう元には戻れない。でも、この子だけは……この子だけは守りたい。この子の笑顔を曇らせるくらいなら、あんたのような屑に従うぐらいなら、死んだほうがマシだ」

 マリアがきっと睨んで叫ぶ。涙を流し、震えながらも毅然とした態度だった。その瞬間、マリアは本当に美しく見えた。汚れた過去を背負いながらも、他者を守るために立ち上がる──その姿は、真の勇気そのものだった。

「あんたは屑よ、鬼畜の、人間の面を被った悪魔よ! 子供たちを食い物にして、それを『救済』だなんて! 神様がいるなら、あんたを絶対に許さない!」

 マリアの叫び声が応接室に響いた。長年の恐怖を振り切って、ついに真実を叫んだのだ。

「ふん、やせこけて野垂れ死に寸前のところを助けてやった恩を仇で返すか!」

 ビトレイも金切り声を上げて怒鳴った。

 どうやらカミラの純粋な笑顔にマリアの心が動いたようだね。

 なんとも心苦しい。その純粋な笑顔を見せていたカミラだが……。

 俺の袖をちょんちょんと引っ張って聞いてくる。

「ねえ、もう殺べてもいい?」

 その問いに殺人への忌避はまるで見当たらない。

 マリア、ごめん。中身は純粋な殺意なんだけどね。

 ふむ、さてさてどうしようか?

 蹴散らすのはたやすい。ビトレイ程度の戦力など、マキシマム家一の才能ある俺には取るに足らない相手だ。三秒もあれば全員を無力化できるだろう。

 だが、ちょっと待てよ。ここでビトレイを始末しても、それだけでは不十分だ。

 ソフィアさんにビトレイの真実を知ってもらう必要がある。マリアと俺の証言だけでは弱い。決定的な現場を目撃してもらわなければ、長年慕ってきたソフィアさんは信じないかもしれない。

 ……いや、でも。

 あの純粋で優しいソフィアさんを、こんな血生臭い修羅場に引きずり込むのは酷すぎるんじゃないか。ソフィアさんにこんな醜悪な光景を見せるのは、俺の本意ではない。

 俺は思案していた。ソフィアさんを傷つけずに真実を知ってもらう方法はないものか。

 その時──

「あら、お父様。随分と楽しそうじゃありませんか」

 応接室のドアが開き、天使のような美声が響いた。振り返ると、そこにはソフィアが立っていた。しかし、いつものような慈愛に満ちた表情ではない。

 冷たく、どこか嗜虐的な笑みを浮かべていた。

「ソフィアさん? なぜここに……」

 混乱していた。ソフィアがビトレイを「お父様」と呼んだことに。

「あら、リーベルさん。驚いた顔してますね」

 ソフィアが口元に笑みを浮かべる。その笑顔は、今まで見たことのないものだった──
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