継なぐ世界

平成の野衾(ノブ)

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第1話 3片 「繋ぐ」

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 ハルトは体の前で大袈裟に腕を回し、曰く事象を切り取る術マラカンノサトレを繰り出そうとしていた。
 それはある種儀式のようなもので、マオに言わせれば気分を高める以外に何の効果も無い振り付けだった。

 教卓に腰を預け、腕を組んで見つめるマオは、友の雄志をしかと目に焼き付けようと面白がって口端を上げる。

 しかしマオは驚いた。

 普段無邪気なハルトの呼吸が深く長く潜っていくように落ち着いている。
 平静は変形術ロコンサの根幹だ。まさかハルトがそれをここまで使いこなしているとはマオも全く知らないでいた。

 そんなハルトの呼吸に合わせるかのように、空気がゆったりと教室を流れる。
 淡い光がふっと湧き、相反するように日が落ちた。

 マオはもはや疑うのを止めていた。

 ただ取り巻く環境に胸の奥からこみ上げる震え……

 直感が答えを導いた。



 青白く渦巻く光の中で、ハルトは静かに目を開けた。
 満たされたような気分。解き放たれたような身軽さ。何もが自分の思うがままになるような感覚。

 フツフツと湧き上ってくる喜びが一挙に外へあふれ出した。

「やった! 見てよマオ!」
「ああ! 最高だハルト!」

 思わず腹の底から笑いたくなるほど信じられない光景だった。
 波動のようなアクルの本流が窓のサッシををガタガタと揺らす。

 とどまるところを知らないそれは、刻々と広がりを見せる。

(これ以上は教室が持たない!!)

 マオは慌ててハルトを止めに入った。

「もう十分だ! ストップストップ!」

 マオの声が聞こえて居ないのか、ハルトは腕を振りまき一向に術を解こうとしない。

「おい聞こえてんのか!」

 それでも全く止めようとしないハルト。マオは流石に悪乗りが過ぎると腕を盾にしながらハルトに近寄った。

 光の中を突き進み、ハルトの腕を掴む。

 そして、その顔を見上げたマオはハルトが術を解かない理由を知った。
 ハルトの顔は笑顔のまま引き攣り、その両目はカッと見開かれていた。

 ハルトは術の制御を失っていた。

「ハルト!」

 その顔が微かにマオの方を向く。

 次の瞬間、マオは強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
 ガンッと机に頭を打ち、マオの視界に星が散る。
 頭の中身がリセットされ、あらゆる音が聞こえなくなり、マオはそのまま気を失うかに思われた。

 しかしそのとき、不意に奔流がその勢いを弱めた。

 肌でそれを感じ取ったマオは、気力の限りを振り絞ってその眼を開け、バタンと崩れたハルトの方へと体を引きずった。

 ハルトの身体から何かがホロホロと崩れるように立ち上っているのが見える。
 マオはその正体を知っていた。

「ダメ、だ……」

 人は死の間際魂が抜け落ちる。そて最後はその身体までもが消えて無くなるのだ。

 マオは、必死にもがいた。

 そうしている間にも、術の力がどんどんと弱くなっていくのを感じる。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 マオは叫んだ。















 静まりかえった教室で、マオは独り目を醒ました。

 涙に白く固まった毛は幾重にも流れ、マオは奥歯をかみしめながら上体を起こす。

 握り込んだ手をしっかりと感じ、力の無いまま虚空を見つめた。

 そのとき、教室の扉が勢いよく開かれた。
 騒ぎを聞きつけたカザギリが飛んできたのだ。



 扉の前に立ったカザギリは、その先で起こったであろう凄惨な事件を理解した。
 思わずたじろぐほど濃密に立ち込めるアクルの気に身体が無自覚な拒絶を起こす。

 牙を咬み、瞳孔を立て、カザギリは教室に踏み入った。

「何をしている!」

 端に寄せられた机に囲まれた教室の中央に、放心したように座り込むマオの姿が見える。
 そしてそのすぐ側に横たえられた少年からは、全く生気が感じられなかった。

 カザギリは二人の間に割って入り、マオとハルトを引き離した。

 ハルトの腕に指を押し当て、舌打ちをして首筋に移す。

「何をした……」

 カザギリは低い声で問いかけた。
 マオは、何も答えられなかった。

 目の前で横たわるハルトの姿に、マオは最悪の事態だけは逃れることが出来たのだと理解していた。
 しかし、その結果、ハルトは身体だけが残された抜け殻となってしまっていた。
 それが、果たして何をしたことになるのか、マオには分からなかった。

 カザギリはハルトを仰向けに寝かせ直し、グルリとマオに向き直った。
 教師が生徒を疑うその視線に、マオは只ならぬ嫌悪感を抱いた。

 そんなカザギリは何か言いよどみ、落ち着けた口調で、「担架を持ってきなさい」と指示を出した。



 それから、追って駆けつけた教師たちが教室に駆け込んできた。
 皆一様に顔をしかめ、マオの差しだした担架を受け取りハルトを運び出す。

 マオはハルトを追いかけ付いていこうとしたが、それをカザギリによって止められる。

 マオは露骨に毛を逆立て、カザギリを睨み付けた。
 しかしカザギリは全く動じず、それどころか「今行っても何の役にも立たない」と言った。

 そんなことはマオだって百も承知だった。
 しかしそれでもついて行ってやる責任があると、マオはカザギリを振り払って追いかけようとする。

 しかしマオの身体を突如として強い倦怠感が襲った。 自力で立っていられず壁に肩を預ける。

「お前は見るからに疲弊している。ついていってもかえって迷惑をかけるだけだ」

 カザギリの言うとおり、マオはプールから上がったときのようにグッタリと力の抜ける感覚に苛まれていた。

「でも……」

 なんとか身体を壁から離し、マオはズッと前に踏み出した。

「俺のせいで、あんな……」

 ふらっと、マオは倒れた。
 カザギリが支えた腕の中で、マオはすっかり眠りに落ちていた。

「お前……」

 カザギリは、出かかった言葉を飲み込みマオを保健室へ運んだ。

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