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第1話 2片 「期待」
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かのガルーニはこう言い残している。
『不可能を口にしたとき探求は死ぬ』
ガルーニはその生涯を事象を切り取る術の探求に捧げ、晩年理解を得られることの無いまま無念の内に死を迎えた。しかし現代においてその名を知らない者は居ない。
功績が認められるようになったのは、彼の時代より平均寿命が倍も伸びた頃だった。治医術の発展に伴い寿命の根幹たる概念の探求が盛んに行われるようになってようやく、ガルーニは報われることとなったのだ。
いまでもなお彼の書き残した記録の解読が進められているものの、現代よりさらに10年その先を行くまで言われた天才の理論は未だ、その全貌を露わにしていない。
日暮れも迫る時刻になって、マオはどこかで読んだそんな文章を思い出していた。
もっというと、この学校の校訓である「当たり前を疑え」というのもこのガルーニの格言がら来ているのでは無いかとにらんでもいた。
そんな暇を持て余したようなことをしているのも、いつまで経ってもやってこないハルトを待っているからにほかならない。
長い時間を待たされても、マオはハルトを微塵も疑っていなかった。
思えば、初めての変形術の授業が合同でも無ければクラスも違って性格も真逆なハルトと出会うことは無かっただろう。
あのころ、パキパキの実習服に身を包み、待ちに待った変形術を学ぶ最初の授業は、2クラス合同で行われた。
実習棟にあるだだっ広い教室に集められ、背の順で席に着く。
人見知りの強いマオにとって、これはまさしく試練だった。
段々と前の方へと追いやられ、顔からみるみるうちに血の気が退いていく。
そしてマオは嫌な予感に目を細くした。
ピョコンと立つ長い耳。
艶やかに整った白い毛並み。
頬杖をつきながら鼻歌を歌うように両足の先でリズムをとるウサギの少年。
マオにとってハルトとの出会いは最悪なものだった。
他にあいている席も無く、マオはウサギの隣に座った。
なるべく距離をあけ、左手で視界から少年を隠すようにしながら肘をつく。
マオは確かに嫌な気持ちになっていたが、同時にこんなことでせっかくの授業を台無しにするのだけは避けたいとそう思っていた。
(惰性じゃ無い。自分の意思でこの学校を選んだんだ)
そう自分に言い聞かせ、授業が始まるのを口をすぼめて待つ。
「ねえ、ちょっと……」
マオはそんな声など聞こえないふりをした。
何も書かれていない黒板を見つめ、左側に人などいないと思い込む。
「おーい……?」
止めてくれ……
心の中でそう願った。
その願いが通じたのかは定かでは無いが、シロギツネの先生が教壇に立ち、ようやく授業が始まった。
それから転機は突如として訪れた。
軽く自己紹介をしたカザギリ先生は、咳払いをして本題に差し掛かる。
「それでは、これから実技演習を行う」
待ってました!といわん期待が教室中に溢れた。
マオも鼓動が高鳴るのを感じ、高揚する思いで先生を見つめた。
だが、
「演習はペアで行うように」
その一言でマオの目が引きつった。
ペアとなれば、当然同じ机の人と組むことになるのだろう。
「資料は机の上に配付してあるものを参考にしなさい」
ゴクリと生唾を飲み、机に視線を落す。
机の上に資料なんてものは見当たらず、マオは恐る恐る左側に首を回した。
「はいこれ!」
ウサギは、マオに一枚のプリントを差しだした。
晴れやかな表情でニコやかに、一度無視されたことなど気にも留めずに笑っている。
「あ、ありがとう」
ぎこちない様子でプリントを受け取り、かくして二人は知り合ったのだった。
「ところでさ、チャック開いてるよ」
「えっ…………あぁ!」
思い返せば、やはり最悪な出会いだった。
ただでさえ人目を気にするマオがあの後どれだけ赤くなったかは想像に難くない。
今でこそ笑い話にもなったが、それもこれも2年近い付き合い二人の付き合いがなせる青春の技だった。
(あと十秒待って、それで来なければ先に帰ろう)
マオは秒針の無い時計を眺め、丁寧に時を数え始めた。
そして、残すところ3秒程のとき、教室の扉をすっ飛ばすかのごとき勢いで開け、息を切らしたハルトが教室に飛び込んできた。
パタパタと跳ね、机の間を縫い込むように駆け寄ったハルトは両手を合わせて謝る。
「ゴメン! 補修で先生に捕まっちゃって」
タイミングでは滑り込みセーフだったが、マオはそんなハルトなど見えないかのように窓の外を見つめていた。
ハルトはさも神棚に拝むように頭を下げ、手を擦って懇願する。
「このとぉーり!」
マオはあと一度くらい無視してやろうという心づもりでその態度を続けていたが、ふと窓に映り込んだハルトの姿に思わず吹き出してしまう。
心なしゆがんで見えるその姿から目を逸らし、「分かった分かった」と笑い混じりに向き直る。
しかしやはり、直接見てもその光景は可笑しくてまた吹き出した……
互いに思ったことを言い合って、屈託の無い時間が過ぎていく。
そうして話題はいよいよ本題に差し掛かった。
「で、どうなの」
「なにが?」
「いやだから事象を切り取る術がどうとかって話」
ん?と首をかしげるハルトに、「まさか自分から言い出しておいて忘れたとか無いよな?」と念を押す。
「あぁ!」と思い出した様子のハルトは急に勢いづいてまくし立てた。
「そうなんだよ! 実現したんだよ! なんだかよく分かんないけど出来たんだよ!!」
つばを飛ばしながら段々と迫ってくるハルトの鼻先をマオは指先で押し返す。
んぐぐと詰まった声を上げて、ハルトは興奮冷めやらぬもいくらか落ち着いた様子だった。
「その術、どんな感じ?」
マオは机に肘をつき、顎を支えてそう聞いた。
するとハルトはおもむろに「実践してみせる」と言って立ち上がった。教室の中央で机をどかし初め、両腕を広げても十分なスペースを作ってそこに立つ。
マオは変わらず窓際の机から面白そうにその様子を見守っていたが、いよいよもって術を使いそうな段階になると立ち上がって教壇の方へ移動した。
ニヤニヤととしながらハルトを見つめ、どんな結果になっても笑ってはいけないと心に誓う。
「じゃあ行くよ!」
「おう」
――この瞬間に全ての運命がその矛先を変えた。
『不可能を口にしたとき探求は死ぬ』
ガルーニはその生涯を事象を切り取る術の探求に捧げ、晩年理解を得られることの無いまま無念の内に死を迎えた。しかし現代においてその名を知らない者は居ない。
功績が認められるようになったのは、彼の時代より平均寿命が倍も伸びた頃だった。治医術の発展に伴い寿命の根幹たる概念の探求が盛んに行われるようになってようやく、ガルーニは報われることとなったのだ。
いまでもなお彼の書き残した記録の解読が進められているものの、現代よりさらに10年その先を行くまで言われた天才の理論は未だ、その全貌を露わにしていない。
日暮れも迫る時刻になって、マオはどこかで読んだそんな文章を思い出していた。
もっというと、この学校の校訓である「当たり前を疑え」というのもこのガルーニの格言がら来ているのでは無いかとにらんでもいた。
そんな暇を持て余したようなことをしているのも、いつまで経ってもやってこないハルトを待っているからにほかならない。
長い時間を待たされても、マオはハルトを微塵も疑っていなかった。
思えば、初めての変形術の授業が合同でも無ければクラスも違って性格も真逆なハルトと出会うことは無かっただろう。
あのころ、パキパキの実習服に身を包み、待ちに待った変形術を学ぶ最初の授業は、2クラス合同で行われた。
実習棟にあるだだっ広い教室に集められ、背の順で席に着く。
人見知りの強いマオにとって、これはまさしく試練だった。
段々と前の方へと追いやられ、顔からみるみるうちに血の気が退いていく。
そしてマオは嫌な予感に目を細くした。
ピョコンと立つ長い耳。
艶やかに整った白い毛並み。
頬杖をつきながら鼻歌を歌うように両足の先でリズムをとるウサギの少年。
マオにとってハルトとの出会いは最悪なものだった。
他にあいている席も無く、マオはウサギの隣に座った。
なるべく距離をあけ、左手で視界から少年を隠すようにしながら肘をつく。
マオは確かに嫌な気持ちになっていたが、同時にこんなことでせっかくの授業を台無しにするのだけは避けたいとそう思っていた。
(惰性じゃ無い。自分の意思でこの学校を選んだんだ)
そう自分に言い聞かせ、授業が始まるのを口をすぼめて待つ。
「ねえ、ちょっと……」
マオはそんな声など聞こえないふりをした。
何も書かれていない黒板を見つめ、左側に人などいないと思い込む。
「おーい……?」
止めてくれ……
心の中でそう願った。
その願いが通じたのかは定かでは無いが、シロギツネの先生が教壇に立ち、ようやく授業が始まった。
それから転機は突如として訪れた。
軽く自己紹介をしたカザギリ先生は、咳払いをして本題に差し掛かる。
「それでは、これから実技演習を行う」
待ってました!といわん期待が教室中に溢れた。
マオも鼓動が高鳴るのを感じ、高揚する思いで先生を見つめた。
だが、
「演習はペアで行うように」
その一言でマオの目が引きつった。
ペアとなれば、当然同じ机の人と組むことになるのだろう。
「資料は机の上に配付してあるものを参考にしなさい」
ゴクリと生唾を飲み、机に視線を落す。
机の上に資料なんてものは見当たらず、マオは恐る恐る左側に首を回した。
「はいこれ!」
ウサギは、マオに一枚のプリントを差しだした。
晴れやかな表情でニコやかに、一度無視されたことなど気にも留めずに笑っている。
「あ、ありがとう」
ぎこちない様子でプリントを受け取り、かくして二人は知り合ったのだった。
「ところでさ、チャック開いてるよ」
「えっ…………あぁ!」
思い返せば、やはり最悪な出会いだった。
ただでさえ人目を気にするマオがあの後どれだけ赤くなったかは想像に難くない。
今でこそ笑い話にもなったが、それもこれも2年近い付き合い二人の付き合いがなせる青春の技だった。
(あと十秒待って、それで来なければ先に帰ろう)
マオは秒針の無い時計を眺め、丁寧に時を数え始めた。
そして、残すところ3秒程のとき、教室の扉をすっ飛ばすかのごとき勢いで開け、息を切らしたハルトが教室に飛び込んできた。
パタパタと跳ね、机の間を縫い込むように駆け寄ったハルトは両手を合わせて謝る。
「ゴメン! 補修で先生に捕まっちゃって」
タイミングでは滑り込みセーフだったが、マオはそんなハルトなど見えないかのように窓の外を見つめていた。
ハルトはさも神棚に拝むように頭を下げ、手を擦って懇願する。
「このとぉーり!」
マオはあと一度くらい無視してやろうという心づもりでその態度を続けていたが、ふと窓に映り込んだハルトの姿に思わず吹き出してしまう。
心なしゆがんで見えるその姿から目を逸らし、「分かった分かった」と笑い混じりに向き直る。
しかしやはり、直接見てもその光景は可笑しくてまた吹き出した……
互いに思ったことを言い合って、屈託の無い時間が過ぎていく。
そうして話題はいよいよ本題に差し掛かった。
「で、どうなの」
「なにが?」
「いやだから事象を切り取る術がどうとかって話」
ん?と首をかしげるハルトに、「まさか自分から言い出しておいて忘れたとか無いよな?」と念を押す。
「あぁ!」と思い出した様子のハルトは急に勢いづいてまくし立てた。
「そうなんだよ! 実現したんだよ! なんだかよく分かんないけど出来たんだよ!!」
つばを飛ばしながら段々と迫ってくるハルトの鼻先をマオは指先で押し返す。
んぐぐと詰まった声を上げて、ハルトは興奮冷めやらぬもいくらか落ち着いた様子だった。
「その術、どんな感じ?」
マオは机に肘をつき、顎を支えてそう聞いた。
するとハルトはおもむろに「実践してみせる」と言って立ち上がった。教室の中央で机をどかし初め、両腕を広げても十分なスペースを作ってそこに立つ。
マオは変わらず窓際の机から面白そうにその様子を見守っていたが、いよいよもって術を使いそうな段階になると立ち上がって教壇の方へ移動した。
ニヤニヤととしながらハルトを見つめ、どんな結果になっても笑ってはいけないと心に誓う。
「じゃあ行くよ!」
「おう」
――この瞬間に全ての運命がその矛先を変えた。
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