継なぐ世界

平成の野衾(ノブ)

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第2話 2片 「ぽつりと」

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 目を覚まし、マオは布団から這い出た。

 酷い夢を見ていた気がして頭を押さえると、ぐしゃぐしゃにヨレた黒い制服が目に入る。
 刹那に昨日の出来事が思い起こされ、込み上げる激情に膝をついた。

 肩で荒く息をして、しかし一晩という時間はマオに冷静さを取り戻していた。

(まずは、飯を食おう)

 腹が減っては……という訳では無いのだが、服を着替えてリビングへと向かった。



 寒々とした空気が足下からマオを包み、静まりかえった家の中で小さな孤独を感じさせた。
 白い日差しが窓から差し込み、斜めに部屋を分けている。

 テレビで適当なニュースを選局し、そのガヤつきが耳に馴染むまでぼーっと眺める。

『……気象情報です。本日は全国的に晴れる見込みで、上空の風も穏やかな見通しです。北陸を中心として最高気温が零度を下回る真冬日となる模様で、運転の際は注意が必要です。続きまして……』

 食卓の上にはメモが置かれていた。

『今日は早出だからごはんは冷蔵庫から出して食べてね』

 冷蔵庫を開けてみると、おひたし・味噌汁(豆腐多め)・塩焼きのニシン・お米……と、早出の日の割にしっかりとした朝食が用意されていた。

(ったく……)

 そんな母の気遣いに、所詮心配させないなんて事は出来ないんだなと、一歩先を行かれた気分でそれらを机に並べた。

 昨日の夕飯を食べそびれていたこともあってか、マオの腹はグゥと鳴る。

 今すぐにでもがっつきたい気持ちを抑えて、戸棚から赤結晶を取り出した。
 コンロの口にそれを嵌めると、摘まみをひねって火を入れる。
 火加減が安定するのを待つ間、味噌汁と米をレンジで暖めた。

 パチパチと微かな音を立てコンロの火がちょうど良い加減を知らせる頃、マオは網を取り出しニシンを焼き始めた。

 固くなっていたニシンが段々とふっくらしてきたところで裏返し、皮に油が照って来るのを合図に引き上げる。

 そうして暖めた朝食に、マオは「いただきます」と手を合わせた。





「ごちそうさま」

 食べ終わる頃、ちょうど時刻は9時を回った。

 ポーンとテレビからワイドショー番組の時報が鳴って、次いでオープニングの曲が流れる。
 その爽快な音楽を聞き流しながら、マオは食器を片付け水を飲んだ。

 ふぅ、とようやく目が覚めてきた感じがして、テレビを消すと自室へ戻った。



 ――ハルトに会いに行く

 昨晩ベッドに倒れ込んだ衝撃で崩れたのであろうパズルを組み直しながら、マオは決意を固めた。

 ハルトがいま何処にいるのか、全く知らなかったが、きっと病院に居ることは間違いない。
 そして、あの学校の近くで夜間外来がある病院となれば数も限られてくるだろうとマオは踏んでいた。

 ならば、少し調べて総当たりすれば良い。

 こういうところでマオは妙に思い切りがよくなる。
 普通ならば一度尻込みをしてしまうようなことでも、それが必要なことであればマオは努力を惜しまなかった。

 だから、マオは後悔していた。

 ――俺が初めからハルトの言ったことを信じていたら、絶対にあの術を使わせたりしなかった。

 未知の術がどれほど危険であるか、マオは知っていた。
 それは今回のことは、マオが気をつけていけば回避できたということだ。

 現状に甘んじず、ハルトを止めていれば、こんなことにはならなかった。
 もしハルトを止められなくとも、ちゃんと信じてやれていればもっと早くに異常に気づけただろう。

 ――それが後の祭りだということは、マオ自身が誰よりもよく分かっていた。

 だから、こうなってしまった以上、絶対にハルトを助ける方法を見つけなければいけない。
 そうすることの責任が自分にはあるのだと、頬を叩いて律した。

 ――詭弁で隠したマオの心は、本人ですら気づかないところで避けていた。





 パズルの最後のピースを嵌めたマオは、ノートパソコンを立ち上げて学校近くの病院を調べ始めた。

「ハトバ公立ロコンサ高等学校 救急 病院」

 見出しに手書きで語句を書くと、その下に結果が一覧表示される。

 適当な地図のリンクを開き、見開きに拡大する。
 すると学校周辺で急患を受け付けているのは「アカシカ総合病院」だけであることが分かった。

 思いのほか良好な出だしにマオは手応えを感じていた。
 そこまで分かれば、あとはバスの運行表など数ページを保存して下調べは完了だ。

 パタンとノートを閉じて、マオはそれをトートバッグに入れた。

 ひとまず落ち着いて深呼吸をすると、椅子の背もたれに身を預け、しばらく目を閉じる。
 病院までの経路を脳内で反復しているうちに、自然と思考はハルトの方へ流れていった。

 こうしているときに思い出されるハルトの表情はどれをとっても笑っている。
 だからといって、昨日の一件が全て夢だったら……なんていう甘い妄想が湧いてくることは無かった。

 なんだかんだで時間は過ぎ、昼前に病院へたどり着くにはそろそろ家を出る必要があった。

 マオは季節感を度外視した薄いシャツに袖を通し、その上から厚手のジャンパーを着込んだ。
 適当な小銭をそのポケットに入れると、トートバッグを肩にかけ息を吐く。



 ……さぁ、行こう。

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