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第伍章

98話 会いたかった

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 庭を抜けて声の方へ向かえば、少し廊下を歩いた先に庭を案内してくれた小さなテイガイアとその父がいた。

 想像通りの威厳のある男だった。テイガイアにはあまり似ていない。本当に彼が父親なのかと疑うほどだ。

『まさか、その巨大な力を扱えれば公爵家の跡取りになれるとでも思っていたのか?』

 テイガイアは答えない。

 傍まで行っても反応はない、やはりこちらは見えないらしい。

『化け物め。確かに貴様を作ったのは私だ。私とあいつの間に子供が生まれるのは不可能だった。跡取りが残せないのならと出来上がった貴様をと考えた。しかし。考え直したのだ。自分の息子でもない奴に——しかも魔獣に継がせるなど、想像するだけで胸糞悪い』

 侮蔑の目を向けられても博士の表情は変化しない。長い睫毛が上を向いて小さな唇が震えた。

『信じられません。人工生命体の誕生はあの人の……』
『ああ、庭で出会ったと言う怪しい男の話か。しかし人工生命体の初誕生は貴様だ。既に成功していた』

 博士は俯いて手の内にあるウニョウニョを見つめた。やはり常に持ち歩いていたのか。

『その白い瓶の中の薬とやらに粉をひとつまみ入れただけで人工生命体が生まれただと? そんな話も怪し過ぎると思わなかったのか? ゾブド家を主柱とした研究者達が代々受け継いできた研究を。我々が目指してきてやっと成功例が出た人工生命体を。その男は偶然にも作り出したと? バカなことを言うな。それとも気を引くために自分で作ったのか? そんなもの空の瓶に触手を持つ生き物を詰め込めば簡単に出来上がる』

 博士は唇の端を噛んだ後、すぐに睨み上げて断言した。

『呪いを抑える薬であることは実証しました。本物です』
『黙れ。貴様に呪いの何が分かる? 呪いを抑えると聞いてそれを食べ続けて来たのだろう? 実証されたか? 本当に? 残念だがお前は化け物のままだ』

 テイガイアは唇の端を噛んで息をフッと吹き出し、長いまつ毛を震わせた。

『不本意ではあるが私の兄に息子がいる。跡取りは彼に任せた。貴様は跡取りとしては不要だが、人工生命体の要となる化け物だ。そう簡単には手放せまい』
『……私は父上の期待に応えようと』
『元から期待などしていない。私が期待しているのは、貴様が王族に気に入られる兵器になり、莫大な金になることだ』

 廊下を歩いてくる男の召使いに男が言い放った。

『こいつを部屋に閉じ込めておけ。実験の日以外は私の屋敷の中を歩かせるな』

『貴方を尊敬してきました……父上』

 柳眉がへしゃげて眉間に皺が寄る。憤怒のようにも聞こえたが、訴えるような呟きだった。

『散々言っただろう。貴様は私の息子ではない。最高傑作の実験体だ。父などと二度と呼ぶな』
『……私は化け物なんかじゃない』
『お前は生まれた時から化け物だ』

 召使いがテイガイアの肩を掴む。

『私は化け物なんかじゃない! ちゃんと人間です! だって貴方のような人でも父上として愛しています!』

『私は化け物が嫌いだ』
『……私を好きだと言ってくれた人だって……っ』
『——どうせ庭であったと言う男だろう? 屋敷中を捜索したが、誰一人目撃者はいない上、屋敷に侵入した形跡も残っていなかった。お前の作り出した幻だ。自分を愛してくれる存在を、自分で作り出したのだ。お前を好きになる存在など、いる筈がないだろう』
『まぼ、ろしなんかじゃ、ない。バン様は——私の』
『何度も言わせるな。お前を愛する存在などいない』
『ちがう……ちがう! 好きでいてくれるって、言った』

 召使いの男がテイガイアの腕を掴み乱暴に引きずっていく。父親はその言葉に嘲笑の笑みを浮かべた後、背中を向けて何もなかったかのように去っていく。

「——テイガイア……ッ」

 男に掴み掛かろうとするがすり抜けてしまう。

『バン様は私を好きだと——ずっと好きでいてくれるって言ってくれた……ッ! 私は化け物じゃ、魔獣なんかじゃ……ない、違う、絶対に!』

 男は博士を彼自身の部屋へ投げ入れる。そして、外側の扉の下部に設置された幾つもの鍵を次々と施錠していく。

『——出してください! 開けて! 開けてください父上!』

 金属の擦れる音が次々と音を立てていく様を見ることしか出来ない。テイガイアが中から扉を叩いているのかけたたましい音が廊下へ響いていた。

『開けてください! 私がいらないなら捨てて下さい! 閉じ込めるなんてやめてください! ……いっそ、捨ててくれれば、開けてください、お願いします——出して』

 ——堪らず、やめろと叫んだが、何でこんなことするんだと訴えたが。相手は聞く耳を持たない。掴み掛かろうとして、すり抜ける。

 これは記憶だ。もし干渉出来ても、現実では変わり得ない。

「テイガイア……っ」

 呼び掛けても俺への返事はないが、扉の向こう側で消えそうな声が呟いた。

『おねがいします、私をこれ以上化け物にしないで……くださぃ』

 嗚咽が交じり、ガタガタと扉が震える。



 あの後にこんなことがあったなんて。

 どうにかあの天井に戻れないのか。

 ——男が去ってからも、ずっと静かに泣き続けるテイガイアに。どうにかして助けられないのかと考えてしまう。

『開けてくださいッ父上!!』

 扉に触れたら、するんと手が抜ける——そうか、入れるんだ、と考えてテイガイアの部屋に入った。しかし、干渉出来ないんじゃ意味がない。

 扉の前で蹲って嗚咽を漏らすテイガイアの傍に寄る。

『まぼろしなんかじゃない……まぼろしなんかじゃ。』

「テイガイア。大丈夫だ。俺はいるから。ちゃんと好きでいる」

 頼む、あの時みたいに聞こえてくれ。

『いないわけない……妄想なんかじゃない……っ、会いたい……会いたい、バン様に会いたいぃ……』

 博士の頬を大粒の涙が伝っていく。

『会いたい……会いたい、かみさま。バン様に……バン様はいると言ってください』

 ————テイガイア。

 何度も名前を呼ぶが、答えてはくれない。

 どうしてこんなことになるんだ。

 俺は、博士を救いに——救いに来たのに。

 俺が、俺があの時話し掛けたせいで——違う、あの時確かに博士は嬉しそうにしてくれたんだ——でも——こんなに苦しむなら、俺となんか話さない方が良かったのかも知れない。

『——ン様、バン様……助けて』

「……絶対に助ける。助け出して見せるから」

 頭を撫でようとしてすり抜ける——いい加減にしてくれ——少しくらい、少しくらいどうにかしてくれたっていいじゃないか。

 ズズッと背中を引っ張られるような感覚が襲う。

「待ってくれまだ……っ、このままなんてダメだ——」

 テイガイアは何年あいつに閉じ込められたんだ——俺と会うまでの間、何年間。

 ——テイガイアがどうしてあんなにくっ付いてきたのか、今更知るなんて。もっと甘やかしてあげれば良かった。

 俺が幻じゃないと、証明しなきゃならなかったのに。



 元のシンとした部屋に戻る。

 門をくぐった時と変わらず鼓動は速い儘だった。真相を知って、焦りによるものだと理解する。

「博士は生まれた頃から……魔獣だった。だからヒオゥネは目を付けたのか」

 ——じゃあ、ヒオゥネは博士になんの実験をしてたんだ。

 3つ目の門。鉄柵で向こう側に行くことが閉ざされた門の前に立つ。

 早くここから出て、テイガイアを助けなきゃ。

 ——異常な位の鎖へ手を伸ばす。

「こう言う時の脱獄系魔法だ——ッ」

 施錠されていた鍵が開錠され、複雑に交差していた鎖は蛇のように動いて地面へ散らばった。

 これしか取り柄がないけど、やっぱり微妙ではあるけどなかなかに使える魔法じゃないか!

 今度はもう迷わない。いくら怖くたって、テイガイアを助けるためなら——俺がどうなったって知るもんか。

 3つ目の門に近付けば、焦げ臭い匂いが鼻に付いた。門をくぐれば、ぐらりと倒れ落ちるような感覚が起きて。目の前が真っ暗になる。





「ん……ここは」


 真っ暗だが輪郭が捉えられる位の闇だった。壁にある松明がてらてらと石造りの外観を照らしている。

 見渡す限り、薬品や——メスなどの医療道具が揃っている。医療に絶対使わないような巨大なサイズの刃物などもあるが。

 それ等は古い木造の机の上や壁に設けられた戸棚に散らかった状態で仕舞ってある。手入れされていないところを見ると——放置されているらしい。

 実験室……のように見えなくはないが。初めてくるな。

 ゲームの世界でも見たことがないかも知れない……ん? いや、ちょっと待て。あのマークは。

 アトクタ……?

 此処は学園都市アトクタの中等部施設か——?

 一体どう言うことだ、学園内にどうして実験室みたいな怪しい部屋があるんだ。


 嫌な予感がして額に玉の汗が滲む。


 ——奥の部屋へ繋がる古い扉へ近付くと。ゴウンゴウンと機械らしき音が聞こえる。

 部屋へ入れば、カプセルの中に大勢の亜人が格納されている。

 正に——研究室でよく見る類の。未知の液体の中で小型サイズの亜人がプカプカと浮かんでいたのだ。

 しかし、恐ろしくはあったが1つ1つ確認していけば——その中に、見知った顔を発見して驚愕した。


「ディ、ディオン!?」

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