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リョウゲ
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砂金姉さんが私達の部屋へ飛び込んで来たのは午前4時だった。あれからずっと泣き続けハッとした時間だったのだろう。
死んだ魚のように横たわり蟹のように泡を吹いている私とそれを幸せそうに抱き締める青海を見て同様に泡を吹いて倒れた。
そう言うことはしなかったものの、姉が飛び込んで来る少し前までずっと口にしゃぶり付かれ、息が出来ずに消沈したのだ。
姉の断末魔に似た悲鳴に起こされた青海に目覚めのキスをされそうになって目が醒める。
右腕で殴れば奴は壁に減り込んだ。生きているのが不思議だ。つよつよが役に立つときがあった。
それからは沈黙の朝食が始まる。死んだ目をした私とツヤツヤの青海、幻覚だろう血の涙を流す姉。
「ねえ、二人ともぉ、今日帰るんだよね?」
お泊りみたいに言うんじゃない。お前の家じゃないだろ。
「翠王はどうなったんだい?」
「昨日はいろいろあって見てない。監視カメラ見てみよぉ」
だらぁんとした姉がシアター用より、一回り小さなリモコンを使って複数の画面を一気に流し始める。
私達は食事をした儘のんびりしていた。
この部屋の雰囲気がそうさせるのだ。
河へ向かって落ちていた黄色のカエルが触手を使い崖に張り付く。
――薙ぎ倒されていく森の木々や屋敷を眺めているとSF映画でも見ている気分になる。
どこか他人ことのように視聴していた。
親戚達の包囲攻撃にさらされた化け物が河に落ち、滝壺まで押し流され。水から這い上がり、洞窟へ身を隠した姿を観るまでは。
「……青海ぃ、ちょぉっと見て来なよぉ……」
「黄泉。立派な右腕があるだろう」
「姉さん。家が危ないぞ」
3人同時に紅茶を啜る。
同時にカップを置いた。
「黄泉ちゃん、メンテナンスのついでに新機能も付けたから外で試して来たらどうかなぁ」
「青海、お前の兵器をメンテナンスしてやるから、姉さんが。代わりに外の見回りを頼む」
「砂金姉さん、確か防犯で洞窟のあちこちに火炎放射器を付けてあるって、前に言ってたよね? それでやっつけちゃいなよ。私は黄泉にお仕置きしないと」
「最近ずっと音沙汰なしだったからねぇ。動かないと思うなぁ。付けたはいいけど全部管理するのは私一人だしぃ。泣くぞ」
「相変わらず役立たずだね姉さんは」
それぞれ一人分にスライスされた食パンを齧る。私は角の耳から、青海は耳を剥いで食べる。姉は半分に折って白い所に齧り付く。
「洞窟内部の監視カメラは見れないのか?」
「途中で切れた画面はほぼ洞窟の監視カメラだからねぇ。消えた順番から場処は特定出来てるけど」
「どこなんだ?」
「そこ」
姉さんが指差したのは噴水の側の扉だった。
「青海。私は帰り支度があるから先に帰っていいぞ」
「倒したらご褒美くれる?」
青海の言葉に顔を顰める。
「矢地さんなんだぞ。殺すな」
青海は微笑んで言った。
「タフィリィを服用して助かった者はいないよ黄泉。元の姿に戻す術はないんだ。殺すしかない」
「助ける方法はないのか」
「ないから始末するんだろう。それにね、あんな姿になってまで翠王と呼ばれるのは彼にとって苦痛でしかない。彼はもう翠王じゃない。もう理性も失っているだろうしね。ただの化け物だ。同情はいらない」
だとしても。あれは、翠王なのだろう。
考えることすら面倒だ。だが考えてしまう。
助けたいと思う。けれど力のない私に何が出来るのか。青海の言うようにあんな姿になった彼を翠王だと呼ぶのは彼に対して失礼なことなのかもしれない。けれど、けど、だけれど。
あれは、矢地さんなんだ。あれは、私達の家族ではないのか。
――待て。これは、茶王の言いたかったことではないのか。
見捨てるか、助けるか、その意味は。真意は。私の胸に問いかけてくるものは。
茶王。簡単な答えだったよ。聞かれた時には答えが出ていた。
けれど成すことが簡単ではない。だから否定し続けて目を背けて来た。面倒であると、考えることをやめて逃げ続ければいつか夢が覚めて終わりが来るのではないかと。現実逃避に理想を抱いていた。
もし、キョウダイ達が、他の家族があの化け物の姿になって、それを親戚や軍隊が討伐しに来たとして、私は彼等が化け物として死ぬ姿を見て何を思うのだろうか。
あの口五月蝿い姉が化け物になり、化け物として死ぬ様を眺めている儘でいいのか。弟が、莫迦白馬が化け物になるのを止められるなら、止める方法があるのなら、私はどうする。
青海が珈琲を啜ってから一息吐くと唐突に言った。
「私が行ってくるよ。倒せば当主に一歩近付くだろうからね」
「……私が行く」
青海も砂金も私をまるで未知の世界を見るように凝視する。
「捕獲する。方法を見つけ出して助け出す」
「黄泉、それは――」
「付いて来るな」
もう甘えてはいられない。何とかしなくてはならない。方法が分からないけれど、でも、何かしなくては可笑しくなりそうだ。迫り来る何かから逃げたい。だから代わりに進むフリをして逃げ延びる。
「新機能の使い方は?」
力が無くても出来ることがないか、探さねばならない。助けたいからその為に足掻いてみないと後悔する。行動するのは面倒だが、後悔するのはもっと面倒だ。
「あたしも行く。一番下の妹に任せるなんて姉の名が廃るしさぁ」
「黄泉は私が守ると決めた。君が危険な目に合いそうなら殺す。いいね?」
二人とも付いて来る気でいるのか。
「何故無謀だと分かっているのに止めないんだ」
「君は面倒臭がりな割に、1つ決めことをすればそれをやり遂げるまでやめない。キョウダイの中で君が一番面倒だよ」
「黄泉ちゃんを見捨てたら昔の自分に面目が立たないからねぇ。私は自分の為だよ~」
「面倒臭い奴等だな」
素直になれ。本当はこの部屋で寛いでいたいのだろう。
私もだ。
地獄の敷地内で平和に暮らせる唯一の場所。それを広げていきたい。
キョウダイ達との絆を繋ぎ直したい。普通の、キョウダイとして皆と過ごしてみたい。
学校で友人から聞いた兄弟姉妹の話は、魅力的で遠い世界で、まるで夢のような話だった。
だからと言って、私達が過ごしてきた時間も嘘ではない。彼等を守りたい。助けたい。ようやっと捻り出した私の答えだ。捨てて考え直すのも面倒だ。
「よぉし、青海ぃ、お前が先頭な」
「黄泉、捕獲するんだろう。私は付いて行くだけでいいよね?」
「姉さん、一番道に詳しいだろう」
死んだ魚のように横たわり蟹のように泡を吹いている私とそれを幸せそうに抱き締める青海を見て同様に泡を吹いて倒れた。
そう言うことはしなかったものの、姉が飛び込んで来る少し前までずっと口にしゃぶり付かれ、息が出来ずに消沈したのだ。
姉の断末魔に似た悲鳴に起こされた青海に目覚めのキスをされそうになって目が醒める。
右腕で殴れば奴は壁に減り込んだ。生きているのが不思議だ。つよつよが役に立つときがあった。
それからは沈黙の朝食が始まる。死んだ目をした私とツヤツヤの青海、幻覚だろう血の涙を流す姉。
「ねえ、二人ともぉ、今日帰るんだよね?」
お泊りみたいに言うんじゃない。お前の家じゃないだろ。
「翠王はどうなったんだい?」
「昨日はいろいろあって見てない。監視カメラ見てみよぉ」
だらぁんとした姉がシアター用より、一回り小さなリモコンを使って複数の画面を一気に流し始める。
私達は食事をした儘のんびりしていた。
この部屋の雰囲気がそうさせるのだ。
河へ向かって落ちていた黄色のカエルが触手を使い崖に張り付く。
――薙ぎ倒されていく森の木々や屋敷を眺めているとSF映画でも見ている気分になる。
どこか他人ことのように視聴していた。
親戚達の包囲攻撃にさらされた化け物が河に落ち、滝壺まで押し流され。水から這い上がり、洞窟へ身を隠した姿を観るまでは。
「……青海ぃ、ちょぉっと見て来なよぉ……」
「黄泉。立派な右腕があるだろう」
「姉さん。家が危ないぞ」
3人同時に紅茶を啜る。
同時にカップを置いた。
「黄泉ちゃん、メンテナンスのついでに新機能も付けたから外で試して来たらどうかなぁ」
「青海、お前の兵器をメンテナンスしてやるから、姉さんが。代わりに外の見回りを頼む」
「砂金姉さん、確か防犯で洞窟のあちこちに火炎放射器を付けてあるって、前に言ってたよね? それでやっつけちゃいなよ。私は黄泉にお仕置きしないと」
「最近ずっと音沙汰なしだったからねぇ。動かないと思うなぁ。付けたはいいけど全部管理するのは私一人だしぃ。泣くぞ」
「相変わらず役立たずだね姉さんは」
それぞれ一人分にスライスされた食パンを齧る。私は角の耳から、青海は耳を剥いで食べる。姉は半分に折って白い所に齧り付く。
「洞窟内部の監視カメラは見れないのか?」
「途中で切れた画面はほぼ洞窟の監視カメラだからねぇ。消えた順番から場処は特定出来てるけど」
「どこなんだ?」
「そこ」
姉さんが指差したのは噴水の側の扉だった。
「青海。私は帰り支度があるから先に帰っていいぞ」
「倒したらご褒美くれる?」
青海の言葉に顔を顰める。
「矢地さんなんだぞ。殺すな」
青海は微笑んで言った。
「タフィリィを服用して助かった者はいないよ黄泉。元の姿に戻す術はないんだ。殺すしかない」
「助ける方法はないのか」
「ないから始末するんだろう。それにね、あんな姿になってまで翠王と呼ばれるのは彼にとって苦痛でしかない。彼はもう翠王じゃない。もう理性も失っているだろうしね。ただの化け物だ。同情はいらない」
だとしても。あれは、翠王なのだろう。
考えることすら面倒だ。だが考えてしまう。
助けたいと思う。けれど力のない私に何が出来るのか。青海の言うようにあんな姿になった彼を翠王だと呼ぶのは彼に対して失礼なことなのかもしれない。けれど、けど、だけれど。
あれは、矢地さんなんだ。あれは、私達の家族ではないのか。
――待て。これは、茶王の言いたかったことではないのか。
見捨てるか、助けるか、その意味は。真意は。私の胸に問いかけてくるものは。
茶王。簡単な答えだったよ。聞かれた時には答えが出ていた。
けれど成すことが簡単ではない。だから否定し続けて目を背けて来た。面倒であると、考えることをやめて逃げ続ければいつか夢が覚めて終わりが来るのではないかと。現実逃避に理想を抱いていた。
もし、キョウダイ達が、他の家族があの化け物の姿になって、それを親戚や軍隊が討伐しに来たとして、私は彼等が化け物として死ぬ姿を見て何を思うのだろうか。
あの口五月蝿い姉が化け物になり、化け物として死ぬ様を眺めている儘でいいのか。弟が、莫迦白馬が化け物になるのを止められるなら、止める方法があるのなら、私はどうする。
青海が珈琲を啜ってから一息吐くと唐突に言った。
「私が行ってくるよ。倒せば当主に一歩近付くだろうからね」
「……私が行く」
青海も砂金も私をまるで未知の世界を見るように凝視する。
「捕獲する。方法を見つけ出して助け出す」
「黄泉、それは――」
「付いて来るな」
もう甘えてはいられない。何とかしなくてはならない。方法が分からないけれど、でも、何かしなくては可笑しくなりそうだ。迫り来る何かから逃げたい。だから代わりに進むフリをして逃げ延びる。
「新機能の使い方は?」
力が無くても出来ることがないか、探さねばならない。助けたいからその為に足掻いてみないと後悔する。行動するのは面倒だが、後悔するのはもっと面倒だ。
「あたしも行く。一番下の妹に任せるなんて姉の名が廃るしさぁ」
「黄泉は私が守ると決めた。君が危険な目に合いそうなら殺す。いいね?」
二人とも付いて来る気でいるのか。
「何故無謀だと分かっているのに止めないんだ」
「君は面倒臭がりな割に、1つ決めことをすればそれをやり遂げるまでやめない。キョウダイの中で君が一番面倒だよ」
「黄泉ちゃんを見捨てたら昔の自分に面目が立たないからねぇ。私は自分の為だよ~」
「面倒臭い奴等だな」
素直になれ。本当はこの部屋で寛いでいたいのだろう。
私もだ。
地獄の敷地内で平和に暮らせる唯一の場所。それを広げていきたい。
キョウダイ達との絆を繋ぎ直したい。普通の、キョウダイとして皆と過ごしてみたい。
学校で友人から聞いた兄弟姉妹の話は、魅力的で遠い世界で、まるで夢のような話だった。
だからと言って、私達が過ごしてきた時間も嘘ではない。彼等を守りたい。助けたい。ようやっと捻り出した私の答えだ。捨てて考え直すのも面倒だ。
「よぉし、青海ぃ、お前が先頭な」
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