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リョウゲ
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しおりを挟む修行をサボる場処は、あの日以来滝壺の洞窟へ変わった。
人の気配がなく、滝の騒音でどんな音を立てても掻き消される。叫んだってモノを壊したって平気だ。ほとんど寝ているだけだが。
硬い地面では寝心地が悪い。クッションを毎日コツコツ溜めてきた甲斐があったモノだ。洞窟の端に大人では入れない狭い隙間があった。縦長の隙間で、子供であっても、身体を横にしてギリギリで通れるような隙間だ。そこを通り抜ければ私の努力のベッドが大量に積まれて待っている。
茶王が土産にいつも買ってくるクッション達だ。隙間を通る際に押し潰し、無理矢理通したから汚れはしたものの、新品な上丈夫な生地で作られていたからか、布は破れていないし弾力も無事だ。
いつも通り狭い隙間を抜け、クッションの山へ倒れ伏す。土っぽい匂いとカビ臭い気もするけれど別に良い。寝れさえすればいいのだ。
洞窟の中ではどれほど時間が経ったのかは分からない。いつの間にか熟睡しており、目覚めた頃も然ほど風景は変わらなかった。蝋燭の光がてらてらと湿った壁と床を照らしている。
燭台と蝋燭とマッチを其々持って来て、ここの明かり用に置いたモノだ。
マッチは湿って使えなくなることが多かった為、一日5本修行前に帯に挟んで持ってくる。着物は修行用の安物の生地だ。汚れても構わない。
そんな簡易な明かりを見詰めていたら眠気は再びやってくる。オレンジ色の暖かい光に誘われて眠ろうとした時だった。
隙間の向こうから物音がした。慌てて蝋燭の火に駆け寄り吹き消す。
隙間から僅かな光が差し込んだ。松明が付けられているらしい、いつもは真っ暗で光等差し込まない。
『さっさと歩け。5時間は掛かるんだぞ』
5時間も掛けて歩いたことはないが、洞窟の奥には牢獄があると知られている。元々ここは仕置用として使われて来たのだ。サボりに使う奴なんてほぼいないに等しい。
向こう側が見える位置まで、隙間の中を移動する。見つかれば修行に連れて行かれる為これ以上は進めないだろう。
――其処に居たのは、自分とは全くの正反対の人物。矢地翡翠だった。
彼は次期当主であると皆が口を揃えて認めるほどの実力者だ。私等遠くから見る位しか出来ない立場だ。しかし、何故その彼が厳重に拘束されて奥へ連行されているのかが理解出来ない。
一瞬修行をサボったのかと考え付いたが、私ではないのだから、と振れない首を僅かに動かす。
いつも思っていたが翡翠の瞳が美しかった。緑王に似ている。親戚なのだから当たり前と言えば当たり前だ。
彼の姉の國哦伐若葉は緑王の母親だ。あの茶王と緑王が親子だと俄かには信じがたかったが彼女が奥さんだと知って納得がいった。しかし、緑王の顔立ちはやはり何処か独特の雰囲気が――…………どちらかと言うと、翠王に……
――――翡翠の瞳がこちらを見る。
泥水みたいだ。見ただけで生臭い臭いが鼻に付いたみたいな錯覚を起こす。吐き気がする。汚水の中で蠢くものを間近で見詰めているような感覚だ。動く度に泥水が顔に跳ねて悪臭が自分の中へ入り込んでくるような気持ちの悪い感覚。
矢地さんの動きが止まる。こちらに顔を傾ける彼の視線を追うように、拘束していた男達の瞳が動く――身体を引き摺り戻し、端へ身を隠そうと後ずさる。足に硬く熱を持つものが触れた。
――しまった。
燭台を蹴ってしまったらしい。岩と金が接触を繰り返し、音を奏でる。
身体が固まって、動けなくなる。見てはいけない光景だった。
あの時と同じだ。
銀杏姉さんの時みたいなことが起こらないように避難していたと言うのに。好奇心等持たず、あの儘寝てしまえば良かった。
おうみ。
青海。
怖い。青海。助けて。助けて下さい青海兄さん。
あの時みたいに、この不合理な恐怖を忘れさせてくれ。
――私はその儘動かなかった。怖くて動けなかった。いつまでもそこでそうしていた。音を立てるのが怖かった。息をするのも怖かった。何者かの気配がすぐそこにある感覚が私を狂わせていた。私は自分を自分で捕らえてしまったのだ。恐怖で身体を拘束してしまった。青海を待ち続けてしまった。他の誰にも助けを求めることはしなかったが、青海の名前だけ心の中で呼んでいた。
届く筈もないのに、だ。
屋敷に戻ったのは4日後だった。屋敷の中では特に大事にはされなかった。我が子を当主にしたい大人が子供達に刺客を送る毎日だ。この時期に子供が亡くなるのは日常茶飯事なのだ。捜索等態々しない。
私の秘密基地を知っていた唯一の人物がいた。同い年のキョウダイ――キョウダイと言っても直接的な血の繋がりはないが、この屋敷では近い年頃の世代をキョウダイと呼ぶ――緑王が私を見つけて、茶王に知らせたのだ。壁は破壊され、私の秘密基地の役割は終えてしまったが、茶王や若葉さん、緑王のお陰で助かった。何故出て来なかったのかと聞かれて、帰るのが面倒だったと答えた。茶王に頰を打たれ、1週間ばかり無視されたが構わない。私はその間に、また滝壺へ訪れていた。
今度はクッション一つではない――洞窟に溜めていた分は茶王によって自分の部屋に押し込められてしまったけれど――クッションは持たず、ちょっとしたお菓子と水差しを肩掛け鞄に入れて訪れた。
5時間掛けて歩くのだから、休憩のお供に必要なのだ。
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