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ディノル
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桜ヶ丘を発ってから一週間が経つ、俺たちは紫原から郡元町へ向かっていた。
眠たそうにするラ矢と鵺トを連れて、今にも崩壊しそうな建物や地面に注意しながら進んでいく。1週間分のご飯のおかげで腹は膨れたが、安眠できる場所はなく、屋内外の気温は低く、子供である彼らの体力を容赦なく奪いに来ていた。
楽ドがユヤの浮いている可能性の話を聞かせてしまったせいで、配給のある場所では南栄軍のフリをしている組織の人達によく話し掛けられた。それだけで、自分やその家族をユヤへ連れて行きたがっているのだと楽ドは判断し、警戒し続け、またあの子供を探すために歩き回り、桜ヶ丘から出て行く準備のために金や食べ物の盗みを働く。
南栄軍が劣勢であることは間違いない、彼らの支配圏は正体不明の組織によって奪われるだろう。だから楽ドは厄介なことになる前に移動することにした、春日軍と武軍の中立の町に向かう。道中、ユヤのある鴨池新町と下荒田のその周辺、そして海に面する町は避けるべきだと考えた。
「なぜ桜ヶ丘を出る必要があったの。あそこは住民も軍も親切だった」
「いやいや、何を言ってるんだ。あんなところにいたらお兄ちゃんが太っちゃうじゃないか」
「……それが理由? あんな話冗談だから今すぐ戻って。嫌なら本当のことを話して」
アイツと出会った頃からラ矢の我儘に拍車が掛かってきた気がする。楽ドは自分がご飯以外の目的で動いてしまったことが原因であることは分かっていた。いつもならご飯が手に入ればすぐに帰るし、入らなくてもすぐ帰って体力を温存して次の日には必ず手に入るようにする。それが最近はご飯が手に入っても遅くに帰り、入らなくても遅くに帰り、桜ヶ丘では毎日のように配給が行われるため、ご飯を取りに行かなくてもいいと言うのに町中を歩き回った。
あいつは何をしてるんだろう、と考えてしまうのは当たり前だ。
ラ矢はしっかりしているし、そろそろ理解できるかもしれないと、楽ドは世間では真実として教えられている嘘をつくことにした。
「南栄軍は戦争をして人が大勢死んだから俺達にもご飯が回ったって言ってたんだ。一時的なものなの。むしろ戦場になる可能性の方が高いの。南栄軍の支配圏からは抜け出した方が安全、分かったか?」
「…………そう」
ラ矢は眉間にシワを寄せて難しい顔をしてから、分かっているのか、分からないのか、曖昧に頷いた。
「理解出来てないんだろバカラ矢。ほら、お前はいらない心配なんかしてないでお兄ちゃんに甘えておけって。その代わりバカ鵺トの世話はお前がしろよ。お漏らししたズボンを洗うのも寝かしつけるのも一緒に寝るのも全部やって」
「……やってるつもりだけど?」
「あ~そうだよな、えらいえらい!」
いつもより不機嫌なのでおふざけはやめた方が良いのかと、頭を撫でようとすれば、手を払われる。
「触るな汚れる」
「あ~そうだよな。ラ矢の頭は汚いもんな」
「痩せても私達よりは肉がある。いいえ。今のうちに解体して保存……」
「はっきり言われると返答に困るな……」
桜ヶ丘を出る前にもおむすびやらオカズやらを沢山貰ったが、やはり常温での保存では数日しか保たず、食べ物達は粘り気と腐臭を発生させた。早めにご飯を手に入れなければならない。またご飯を盗む日々に戻ってしまうのか、と楽ドも憂鬱な気分になる。お腹一杯に食べられていたご飯が懐かしい、前は我慢出来ていた空腹が耐えられなくなってきている。戻りたいと思ってしまう、チビ達もきっとそうだろう。はやく、はやく、ご飯を……。
楽ド達は郡元町へ到着すると、いつも通り自分達の住処となる建物の残骸を探していた。そんな時だった。
楽ドは弟の手を引く自分の手が弱々しくなっていることに気づかず、ふらふらと歩き、ぐらぐらと歩き…………楽ドは視界により自分の状態を把握し、耐えようと踏ん張った。しかし、するんと、弟の手が自分の手の中からなくなったと同時に、地面へ倒れ込み、意識を手放した。
目が覚めた頃には日は沈みかけており、楽ドは暖かい布団の中で眠っていた。
「…………?」
――俺は夢でも見てたのか?
楽ドはそう思ってすぐに布団から起き上がる。戦場に布団なんかある筈もなく、あるとしたらどこかの施設。きっとほとんど軍の人が回収してしまっているだろうから軍の施設と言うのが正しい。
気を失っている間に武軍へ連れ帰られたか、それとも例の組織に拐われたのかと思って楽ドは気が気じゃなかったが。何やら美味しそうな、いい匂いがする。あの焦げた匂いだ、だがその中にピチピチのジューシーな海で泳ぐみちみちのお魚の存在を感じる。
「に、肉……魚の肉…………! ローストおさかな!」
もしかして正体不明の組織の施設に浚われてしまったのか?
――だが、おかしすぎる。
それだけでは今のこの状況の説明になっていない。
天井もない、壁もない、左右から楽ドを見下げる半壊した建物と、その間を抜ける雲ひとつないオレンジの空。
道端にベッド……? どう考えても施設じゃないと思うんだけどなぁ……。
「ばかーにーおっきー」
「おお、可愛い弟よ。おいでおいで。このふわふわベッドで一緒に寝よ~」
楽ドがベッドの上で胡坐をかいて腕を組み、首を傾げてう~んう~んと唸っていれば、鵺トが後方から現れ、ベッドの脇に移動してくる。
地面に立ち、こちらを見上げて手を伸ばしてくる様は憎たらしい妹より遥かに愛らしい。
「お前がベッドを見つけて運んできてくれたのか? そんな訳ないよなぁ……」
ラ矢の姿が見えないなと警戒しつつ、辺りを見渡す。特に何かがあるわけでもない平凡な瓦礫の道である。
…………。
――いや、なんかいた! 普通に後ろで座ってご飯食べてるんですけど!
眠たそうにするラ矢と鵺トを連れて、今にも崩壊しそうな建物や地面に注意しながら進んでいく。1週間分のご飯のおかげで腹は膨れたが、安眠できる場所はなく、屋内外の気温は低く、子供である彼らの体力を容赦なく奪いに来ていた。
楽ドがユヤの浮いている可能性の話を聞かせてしまったせいで、配給のある場所では南栄軍のフリをしている組織の人達によく話し掛けられた。それだけで、自分やその家族をユヤへ連れて行きたがっているのだと楽ドは判断し、警戒し続け、またあの子供を探すために歩き回り、桜ヶ丘から出て行く準備のために金や食べ物の盗みを働く。
南栄軍が劣勢であることは間違いない、彼らの支配圏は正体不明の組織によって奪われるだろう。だから楽ドは厄介なことになる前に移動することにした、春日軍と武軍の中立の町に向かう。道中、ユヤのある鴨池新町と下荒田のその周辺、そして海に面する町は避けるべきだと考えた。
「なぜ桜ヶ丘を出る必要があったの。あそこは住民も軍も親切だった」
「いやいや、何を言ってるんだ。あんなところにいたらお兄ちゃんが太っちゃうじゃないか」
「……それが理由? あんな話冗談だから今すぐ戻って。嫌なら本当のことを話して」
アイツと出会った頃からラ矢の我儘に拍車が掛かってきた気がする。楽ドは自分がご飯以外の目的で動いてしまったことが原因であることは分かっていた。いつもならご飯が手に入ればすぐに帰るし、入らなくてもすぐ帰って体力を温存して次の日には必ず手に入るようにする。それが最近はご飯が手に入っても遅くに帰り、入らなくても遅くに帰り、桜ヶ丘では毎日のように配給が行われるため、ご飯を取りに行かなくてもいいと言うのに町中を歩き回った。
あいつは何をしてるんだろう、と考えてしまうのは当たり前だ。
ラ矢はしっかりしているし、そろそろ理解できるかもしれないと、楽ドは世間では真実として教えられている嘘をつくことにした。
「南栄軍は戦争をして人が大勢死んだから俺達にもご飯が回ったって言ってたんだ。一時的なものなの。むしろ戦場になる可能性の方が高いの。南栄軍の支配圏からは抜け出した方が安全、分かったか?」
「…………そう」
ラ矢は眉間にシワを寄せて難しい顔をしてから、分かっているのか、分からないのか、曖昧に頷いた。
「理解出来てないんだろバカラ矢。ほら、お前はいらない心配なんかしてないでお兄ちゃんに甘えておけって。その代わりバカ鵺トの世話はお前がしろよ。お漏らししたズボンを洗うのも寝かしつけるのも一緒に寝るのも全部やって」
「……やってるつもりだけど?」
「あ~そうだよな、えらいえらい!」
いつもより不機嫌なのでおふざけはやめた方が良いのかと、頭を撫でようとすれば、手を払われる。
「触るな汚れる」
「あ~そうだよな。ラ矢の頭は汚いもんな」
「痩せても私達よりは肉がある。いいえ。今のうちに解体して保存……」
「はっきり言われると返答に困るな……」
桜ヶ丘を出る前にもおむすびやらオカズやらを沢山貰ったが、やはり常温での保存では数日しか保たず、食べ物達は粘り気と腐臭を発生させた。早めにご飯を手に入れなければならない。またご飯を盗む日々に戻ってしまうのか、と楽ドも憂鬱な気分になる。お腹一杯に食べられていたご飯が懐かしい、前は我慢出来ていた空腹が耐えられなくなってきている。戻りたいと思ってしまう、チビ達もきっとそうだろう。はやく、はやく、ご飯を……。
楽ド達は郡元町へ到着すると、いつも通り自分達の住処となる建物の残骸を探していた。そんな時だった。
楽ドは弟の手を引く自分の手が弱々しくなっていることに気づかず、ふらふらと歩き、ぐらぐらと歩き…………楽ドは視界により自分の状態を把握し、耐えようと踏ん張った。しかし、するんと、弟の手が自分の手の中からなくなったと同時に、地面へ倒れ込み、意識を手放した。
目が覚めた頃には日は沈みかけており、楽ドは暖かい布団の中で眠っていた。
「…………?」
――俺は夢でも見てたのか?
楽ドはそう思ってすぐに布団から起き上がる。戦場に布団なんかある筈もなく、あるとしたらどこかの施設。きっとほとんど軍の人が回収してしまっているだろうから軍の施設と言うのが正しい。
気を失っている間に武軍へ連れ帰られたか、それとも例の組織に拐われたのかと思って楽ドは気が気じゃなかったが。何やら美味しそうな、いい匂いがする。あの焦げた匂いだ、だがその中にピチピチのジューシーな海で泳ぐみちみちのお魚の存在を感じる。
「に、肉……魚の肉…………! ローストおさかな!」
もしかして正体不明の組織の施設に浚われてしまったのか?
――だが、おかしすぎる。
それだけでは今のこの状況の説明になっていない。
天井もない、壁もない、左右から楽ドを見下げる半壊した建物と、その間を抜ける雲ひとつないオレンジの空。
道端にベッド……? どう考えても施設じゃないと思うんだけどなぁ……。
「ばかーにーおっきー」
「おお、可愛い弟よ。おいでおいで。このふわふわベッドで一緒に寝よ~」
楽ドがベッドの上で胡坐をかいて腕を組み、首を傾げてう~んう~んと唸っていれば、鵺トが後方から現れ、ベッドの脇に移動してくる。
地面に立ち、こちらを見上げて手を伸ばしてくる様は憎たらしい妹より遥かに愛らしい。
「お前がベッドを見つけて運んできてくれたのか? そんな訳ないよなぁ……」
ラ矢の姿が見えないなと警戒しつつ、辺りを見渡す。特に何かがあるわけでもない平凡な瓦礫の道である。
…………。
――いや、なんかいた! 普通に後ろで座ってご飯食べてるんですけど!
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