リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ディノル

19

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「持ってはいるけど……」
「くれ」
 くれ? くれって言ったかこいつ。
「くれ」
「え、いや、あげられる程は持ってないって言うか……!!」
「黙って寄越せやコラ」
 ええええええ!? 俺喝上げされてたの!?
「あの時君は軍の人間と知り合いのように接していた。君は軍の人間なのだろう? なら持っているだろう? 出せ」
「い、いや、いきなり過ぎてちょっと意味わかんないけど、もしかしてお腹は空いてたの!? 待って、俺はその軍から逃げ出してきた奴で──……」
 ──楽ドの話を聞こうともせず、相手は懐からナイフを取り出した。
「えええええ!? 脅すんですか!? ちょ、待っ──」
 楽ドが手を前に突きだして動きを止めると、ナイフは楽ドの右頬すれすれを通り過ぎていった。その直後、楽ドの視界の右側に赤いものが飛び込んできた。
 この光景は初めてではない。狭い戦場に生きる限り見慣れた光景だ。けれど、自分の近くを死が通り抜けていく感覚は未だに慣れなかった。
 楽ドは後悔すると分かっていたのに、思わず振り向いてしまった。
斧を持った体格の良い男が、今この瞬間、自分の目の前で、頭を破壊されて死亡している。ナイフは弾丸となって頭蓋骨を砕き、脳を破裂させ、貫通して男から飛び出し地面を破壊していた。
 生が死へ変わる瞬間を多く見てきた楽ドから見ても、いや、たくさんの死を見てきたからこそ、以前よりはだいぶマシになったもののその光景は異常だと感じた。
 楽ドの知る生死は、ナイフの切っ先が目に入り、脳へと到達して死亡するパターンと、脳に到達しないにしても出血多量で死亡するか、さらに別の場所を何度もやたらめたらと刺されて死亡するパターン。それから運よくその場を逃れ、後に治療を受けられる状況に陥り回復するパターン。
 それが今回はどうだろう。
 自分と同い年くらいの小さな子供が、たったひとりで、巨体の男を殺している。
 まるで紙飛行機のように手を離れたナイフが、頭をぐちゃぐちゃに溶かしている。
 この死んでいる大人の男でも、人力だけでこんな真似が出来るだろうか。いや、出来ない。
 衝撃を受けて飛び出ていったらしい目玉が一つ、地面をころころ転がって、楽ドの足元にやってきた。それは、じっと楽ドのことを見ている。今にもぴょんぴょんころころ動き出しそうで不気味だ。目の光が消えていない、未だ生と死の境をさ迷っているのだろうか。
いいや、これこそが死だ。
 魂の抜けた、ただの入れ物になる。
 しかし入れ物は生きている。今だけだが細胞だけが生き、やがて魂と意志と同じように流れ出すように身体から空気中へ消えていく。死後硬直が起きれば死なのだろうか。脳が機能を果たさなくなったら死なのだろうか。心臓が止まったら、死なのだろうか。死は、大気の、大地の……――地球の一部になることだ。永遠の眠り。永遠の別れ。世界から消えること。
 この辺り一帯に充満している何とも言えない感覚、身体をむしばむように訪ずれる、この、いやであっていやでない、中途半端な感覚。死体が与えてくる、無の恐怖。
 これが死だ。
 男がすぐ傍で死んでいるのだと、目では理解していた。
「ひっ……」
 それにようやく脳が追い付いたようで、楽ドは崩れるように地面に尻餅を付く。恐れ戦いて後退すれば、とん、と肩に何かがぶつかった。
「……形の残る死骸を見るのは初めてだったか?」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおうえあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──ッ!!!」
 ぺええええんっ――と、飛び上がった際に相手のほっぺたをぶっ叩けば、相手は人類を滅亡させられそうな目で睨みつけてきた。懐から新しいナイフを取り出し、威嚇してくる。
「…………貴様」
「ひえっ!」
 ――殺される……!
 ギラッと光を走らせたナイフを見て、スタートダッシュのポーズをとる。
「オイ」
 スタートの合図が掛けられたのと同時に、勝手知ったる足のつま先が地面を蹴りつけ、身体はバネのようにしなやかに前へと飛び出した。流れるように足は前へ滑り、ものすごいスピードで身体が前進していく。
 父さん、母さん、そして、俺を支えてくれた、信じてくれたみんな。
 やっと、この時がきた。
 胸を張って、ありがとうって言える時が。
 俺は今日、日本一のスタートダッシュ選手になったよ。
「さあ、みんなであの夕日に向かって走ろうじゃないか!」
「オイ、無視しないでくれないか?」
「ぎゃあああああああああああああああ!? ライバル!? 聞いてない! 俺よりも速くて余裕そうに後ろにくっついてくる奴がいるなんて聞いてない! こいつあれよ、ゴール直前でさらっと抜こうとか考えてるクチだよ! 最っ低! 今は幼稚園児相手でも本気出す時代なんだからな!」
「いいからお金を出したまえ」
 ……く、俺が、俺がこの戦場で生き抜くための唯一の方法を、考えるんだ、考えないと死ぬ! そうだ、俺にはまだ、かつて大人達の目を盗み、潜り抜けてきた戦場でつかまえたパクモン達がいるじゃないか!
「らいばるが
 勝負を しかけてきた!
 テッテーレ、テッテーレ、
 ゆけジュウエンダマ! オムスビ!」
 らいばるは ニラメッコと
 ナイフを くりだした!
「ジュウエンダマは
 プレッシャーを はなっている! 
 ジュウエンダマのおもどり!」
 相手の ニラメッコには
 効果が 無いようだ…
「何故財布に戻すんだ? まあいい……財布ごと寄越せ」
「だめっ! これは生きていくために必要なものなんだ! たった十円無いだけで買えない商品とか出てくるんだからな!」
 相手の ニラメッコは
 プレッシャーを はなっている!
「オムスビのたいあたり!」
 相手の クウフクは
 オムスビで 少し 回復
「ん、んぐ、うまい。いい塩加減だ。そう言えば……さっきから何を言っているんだ君は?」
 らいばるは らどを
 ちょうはつした!
「らどは
 ちょうはつに のってしまった!」
「その変な文章口調やめてくれねぇか?」
「変な文章口調言うな! 簡潔で伝わりやすく、空白を使って読みやすく、しかもリズミカルに刻まれ、シーンを際立たせる間の取り方をする、素晴らしい文章口調なんだぞ!」
「どうでもいいからお金を寄越せ」
「バカっ! 夢のない男はアタシ嫌いよ! 付いてこないで! 警察呼ぶわよ!」
「いいからお金を――」
「――しつけぇなオイ!? もういいだろおむすび1個でも貴重な食料なんだぞ、お魚泥棒退治の人達から盗んだばかりなのに! それをぺろりと食べやがって! そんだけ強いなら大人にたかれよ! 俺みたいなか弱い奴には優しくしろ!」
「…………分かった」
 聞き分け良いのかよ! 損した!
「んじゃ手始めにおむすび盗っておいで」
「なぜ分ける前提で話が進んでいる」
「おむすび1個あげたんだから倍返しで10個は返せよ?」
「じゅ、10個!? 図々しい奴だな……」
「お前が言うな!」
 怖くない怖くないと自分に言い聞かせながら相手と話す。
 こいつがもし、もっと力をコントロール出来るようになったら、一緒に行動が出来るようになるんだろうか。
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