リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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カナキリ

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 来聖学園。広い敷地内に、中等部、高等部の校舎がある中高エスカレーター式の学校だ。
 広いわりに何の功績も持たない平凡な学校だった。改装されたばかりだから、校舎は綺麗な方だ。
天地あまじコウシは、来聖学園の高等部普通科の学生だった。
端正な顔立ちをしており、彼を密かに想う女生徒も多くない。しかし、彼はあまり目立つような人物ではなく、目立とうとする人物でもない。そして人と関わりたがらない性格で、1年になった今でも、彼の周りには友達と呼べるような人はいなかった。
 天地は昼休みになると、決まって屋上へ向かう。
 教室は必ず誰かがいるので、誰もいないところに逃げたいと思っているからだ。
 屋上に向かう、と言う言い方は語弊だったかもしれない。正確に言えば屋上の階段に向かっているのだ。屋上に出られる扉のすぐ傍の階段が天地の特等席だった。
 いつも通り、最後の折り返しを迎えて足を踏み入れた少し先に、女子のスカートが見えた。その中も。
 天地はさっと顔を背ける。相手が顔を上げたことが気配で分かった。
 恐る恐る顔色を窺えば、彼女は目を見開いて、口を開け放って、箸から卵焼きを落とした。膝の上を転がって、彼女が椅子にしている階段の、一つ下の段に落ちた。彼女が卵焼きを拾おうとして――肩に、さらりと髪の毛が流れる。その髪色は朱か、桃か、どちらを選んでも違和感はないだろう。
「何してるんですか、閻夏えんげさん。こんなところで」
「あ、あの、えっと、天地くんこそ……! な、何でこんなところに天地くんみたいな人が……!」
 質問を質問で返されてしまった。ひとりぼっちだからとは答えにくい。
 彼女はクラスメイトの閻夏供也ともや。一か月前くらいに転校してきたばかりの女生徒だ。
 男のような名前だったので、転校してくる前は皆男子生徒が来るのかと思っていたのだが、とんだ美少女が転校してきて皆度肝を抜かれていた。先生もわざと黙っていたに違いない。
「僕は昼食を取りに来たんですけど。閻夏さんは?」
「天地くん、私……その……一人なの……」
「はい?」
「教室で一人なの……」
 天地の頭の中では閻夏の言葉の理解ができていない。そう、それを邪魔するのは、その目に映してきた事実に代わりない。
 閻夏供也は明るくて、綺麗で、笑顔が素敵な、人に好かれる側の人間だ。とにかく天地と違い周りに人が集まってくるような人物だった。しかも、大量に。
 転校してきたとたん、その可愛さで人気度・知名度共に一気に上げ、ファンクラブまでできたような学内の超有名人だ。今や学校で彼女を知らない者はいないだろう。
ヘビー級でエリートな美貌を持つ閻夏は、転校して一週間で告白数20以上。その無邪気さと優しさで、落とした数はどれ程か。放課後や昼休みも告白でスケジュールが埋められていたんじゃないかと言う位の人気っぷりだった。
 閻夏さんは俺とは違う世界の人だとばかり思っていた。でも、もしかしたら少しだけ、本の少しだけだが同じなのかもしれない。と、天地は考える。
 その学園の誇る美少女を目の前にして、緊張で頭が真っ白になっていたんだろう。
「閻夏さんはカナキリって知っていますか?」
 何か会話を――と思うと、いつの間にか相手に不適当な質問をしていた。案の定彼女はその質問に呆けた顔をする。
「カナキリ? 皆知っているでしょう? それくらい」
 返ってきた意外な答えに驚いて、心臓の鼓動が急に早く鳴り始める。
「いえ、あまり知られていませんよ。驚きました。閻夏さんが知らないと思って、別の話題を考えようとしていたのに」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はないですけど……」
「…………」
「…………」
 いっとき沈黙が続いたが、閻夏は上から天地を見下げると、自分の座る隣の段をペシペシと叩いた。座れと言うのか。
 天地が隣に座ると、当たっていたらしく、閻夏は女の子らしい小さな口で言葉を紡ぎ出した。
「私は……カナキリを狩る者です」
「カナキリを狩る……?」
「このことは、言ってはいけないのですが──……」
「極秘なんですか?」
「いえ、そこまでではありませんが、あくまで秘密と言う程度です。もし私たちの存在がカナキリに知られたら、政府に知られたら、きっと排除されるでしょうから」
 ……排除って言うからには、その秘密は極秘レベルなんじゃないのか。
「カナキリならまだしも、何で政府が?」
 閻夏さんはどこか、複雑な表情をしている。たぶん今までカナキリのこと、そして政府のことで色々な経験をして来たのだろう。
「カナキリを組織の辞書で調べると、非常に沢山の言葉で説明されるのですが、その中の1つに〝叫声で破壊する〟と言う記述があります。つまり、カナキリは叫び声が武器。これまでで色々とカナキリについて調べてきた結果、彼らは叫声の時、人には出せない超高音の声で大地を砕き、山を消滅させると言う情報を得ました。その高い声から、男性でなく、女性の叫び声――金切り声――〝カナキリ〟と呼ばれるようになったんです。彼らの声は破壊を好みます。例え彼らが望まなかったとしても……。――政府はカナキリを戦力として使おうとしています。私たちは彼らの〝戦力〟を削ろうとしている。政府にとって私たちは迷惑な存在なんです」
「……何でカナキリを殺す必要があるんですか?」
 閻夏は真剣な表情で天地見つめた。
……そんなに見られると……困ります。
「先程も言いましたが、カナキリは危険なんです。自分の意志に関係なく、人や動物、物を壊す可能性がある。彼らが何かを傷つける前に、殺さなくてはなりません」
「捕獲、監視――と言う手はないんですか?」
「そんなことは無理です。監視する人が大量に必要じゃないですか。あまり刺激をしないことも手ですが、日常で叫ばないように心掛ける人なんてそうそういません。彼等には意志と言う引き金がある、刺激しなくとも自分で声をあげるんです。もし自分がカナキリだと知っていて、心掛けていたとしても、無意識の内に声を上げてしまうかもしれませんし。それに、今まで被害を出していなくても、その先で何が起こるか分かりません。もし彼らが叫び声をあげたら一瞬。一瞬で犠牲者が現れるんです。力が弱いカナキリなら怪我で済む場合もありますが、強い者だと人を殺しかねません。たった一声上げただけで街を崩壊させたカナキリだっています」
「この先、誰かを殺させないために、その人たちを殺すと?」
「そうです」
「矛盾しています。人を殺すからカナキリを殺す、なら、カナキリと言う人を殺しているあなたたちは何なんですか。あなたの言い分なら、あなたたちも殺されるべきだ」
「そうですね。そうですけど……」
 閻夏の唇が弧を描く。
「カナキリは人間ではありませんよ?」
「で、でも、人と対して差がないように感じます」
「カナキリは人間ではありません」
 閻夏は強く言い放つ。隣の顔を恐る恐る覗けば、相手もこちらを見ていた。天地はゾッとする。吊り上げられた鋭い眼光はまるで獣のようだった。すぐ傍で。自分を獲物として。いつでも飛び掛かれるような体勢で。潜んでいるかのような。
「なら、何だっていうんですか」
 閻夏は天地の瞳を見つめ返しながら。冷たい声で言い放つ。
「カナキリは化け物ですよ。危険なカナキリを始末する。これが我々の掲げた正義。人々を守る為に、自分の死を近くに感じながら、相手に死を与えます」
「……その考え方に対する意見は山程ありますが、よく考えたら一般人の俺が偉そうに言うことでもないですよね。……すみません」
 閻夏の目は天地を捕えて離さない。
「いえ、とんでもないです――」
 閻夏は天地の耳に唇を近付ける。天地は彼女の吐息を近くに感じて、戦慄した。
涎を滴らせる獣の口元が、すぐ傍まで迫り、その鋭い牙で自分の喉を噛み切ろうとしている、そんな映像が脳内で再生される。
 閻夏はフッと口元に笑みを浮かべて囁くように言った。
「――あなたが、一般人だなんて……」
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