リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

文字の大きさ
7 / 299
カナキリ

しおりを挟む
 2時間目、もう終わったのか……。
 天地が寝ぼけながら時計を見ていると、肩に手を置かれた。
 見ると、閻夏が目を細めて、ピンクの唇の端を少し上げるだけの、綺麗な笑顔をこちらに向けていた。
「教育実習生の方たちが来ますね」
「そうですね」
「また寝るつもりですか?」
 それは多分、今までずっと寝ていた天地を見ての問いだろう。その間中ずっと頭の上に雀がいたことをこの教室中の生徒が知っている。
「──しょうもない話だったらそうします」
「誰もしょうもない話なんてしませんよ、何てこと言うんですか」
 しっかり者なのだろう、閻夏はちょっと怒っているらしかった。
「今までしょうもなかったから寝てたんですけど……」
 閻夏は眉を下げて、透き通った綺麗な瞳で、天地のことを見つめた。
「私、天地君の起きている授業なんて見たことありません」
「閻夏さんに限らず他の皆も見たことないと思います」
「そんなこと、自信を持って言わないでください……」
 閻夏は呆れたようにため息をついた。
 しっかり者ではあるのだが。この3日間、そんな閻夏も遅刻と早帰りを繰り返していた。毎日休み時間が来る度に紙の資料に目を通していたが、さすがに疲れたのか、今回は天地のところに気分転換に来たようだ。
「あの……子林さんとはあれからどうですか? 連絡とか……」
「何もないですよ」
 そう答えると、閻夏はちょっと遠慮するように天地から目を逸らして尋ねた。
「えっと、聞いていいんですかね、あの、天地君は──」
 閻夏は声を潜めて、天地に顔を近づける。
「──子林さんがその、す、好き、なんですか?」
「………………さぁ……」
 天地は子林をそんな風に考えたことはなかったけれど、いざどうだろうと考えてみると、子林のことは大切だし、今だって心配だし、一緒にいて楽しいし、たまに可愛いと思う時だってある。けれど、好き、かどうかと聞かれて、どうだろう、と考えるくらいには、関わってきていないのだ。
「さぁ、って、教えてくれてもいいじゃないですか。あの時必死で追い掛けていった姿、かっこよかったのに」
 周囲の生徒の目が一瞬こちらに向いた気がしたが、気のせいか、と天地は思い直した。
「…………まぁ、目の前で急に泣かれたら放って置けないですよ」
「そうですね、ズカズカとすみません」
「何ですかズカズカって……」
「ふふ、いいじゃないですかそんなこと」
 閻夏は楽しそうに笑ってから、ふと教室の時計を見る。「あ」と言って、自分の席へ帰って行った。
 天地と目が合えば、手を振ってくる、振り返せば、隣の席の女子から視線を感じる。
 天地はそっと手を下ろして、いつも通り、窓の外を眺め始めた。それから決まってうとうとし始める。
 天地が眠りに付く寸前で、教室の扉が開き、担任が顔を出した。
 教室の中にまでは入って来ないみたいだ。次の授業は担任の持ち科目だから、入って来ても問題はないだろうに。
「皆ごめんね、ちょっと先生が授業に出られないから、各自で自習しててね。教育実習生の先生も来てくれたから。それから帰りのホームルームも来られないので、実習生の先生が来てくれるから」
 たぶん、急なことだったから代わりの先生がいなかったんだろう。でも、いくら何でも今日来たばかりの実習生には荷が重いんじゃないか? と天地は考えた。
 担任は「ごめん、もう行かないと、偉い子でいるんだよ」と教室から顔を引っ込めた。
 その後ろに実習生も来ていたのか、担任の「よろしくお願いします」と言う声が聞こえた。とたん、女子が最後のあがきと言わんばかりに身だしなみを整えだした。あれ、男子も?
 実習生たちが、「失礼します」と二人、声をぴったり合わせて、入室する。
 女子は恍惚とした表情で、男子はヒュッと息を呑む。
 一人は非常に端正な顔立ちをしている。天地もついついほぅっと息をついてしまった。もう一人も多少整った顔をしているが、その隣が眩しすぎて、少し筋肉ついてるかな、くらいの印象だ。
 閻夏もほんのり頬を赤く染めて、ぽーっとしている。そんな皆の反応を見て、天地はこの場にいない子林はどうだろうと考える。
 ……弱そうだな。



        ◇◇◇



 ────まさか担任が退場するとは思わなかったな。しかもホームルームも任されるなんて。
 ────好都合だ。しかし、問題の被害者の妹は休みらしいな。
 ────え、そんなのいつ聞いたんだよ。
 ────出席名簿に書いてある。
 ────あ、そっか。抜け目ねえな。
 ────そんなことより、先に自己紹介してくれ。その間少し探してみる。
 ────おっけ。
「えー、俺はその、体育ぅ……系と……保健……の、先生が……目標で、す。名前は、幡多です」
 ────お前保健できたか?
 ────性的なものなら得意科目だ。
 ────皮ごときに……。
 ────ぶっ殺すぞゴラッ!!
「幡多せんせ~い、苗字ですか? 名前ですか?」
「ん? ああ、名前です。苗字は忘れました」
「嘘だ~!」
「ほんとほんと」
 ────マジでほんとなんだけど。
 ────分かっているから。いちいち絡むな。
「他に質問とかないか~?」
「幡多先生はスポーツとか、何が好きですかっ?」
「んん、バスケかバレーかな、走るのもいいね」
 ────おっぱい揺れるし。
 ────皮とその中身の女の子が揺れてるのがそんなに好きなのか? 可哀想じゃないか、痛くしたら泣いちゃうんだぞ……?
 ────やめろよ!? だからその中身は何なんだ!? どこで掴まされた情報だ!!
「他にはもうないか?」
 ────どうだ? それらしいのはいるか?
「ないでぇす」
「ないってw」
「はっきり言うなよw」
 ────さすがに金髪はいないな。あの被害者ヤンキーだったのか? 不登校とか授業サボりのせんで探した方がいいかもな。カナキリの反応もない。美声かも分からない、声を出させないと装置も反応しないからカナキリか判別できない。
 ────じゃあそろそろ自己紹介しろよ、一応俺も見てみる。
「俺はラーメン食べたいです。名前はいなせいらです」
 ────誰だそれぇぇえ!? ラーメン食べたいってなんだよ、何しに来たってんだよ!
 ────本名は名乗れない。
 ────あ、ああ、そういえば、一応裏では有名人だったなお前。
「稲せんせぇ~! 彼女いますかぁ~?」
「不必要です」
「ゴミみたいに言うなよッ!?」
「あはっ! 幡多先生ツッコミはやぁい!」
 ────なあ聖唖~
 ――――絡むな。
 ――――そうじゃなくて、ずっと外見てる奴いるぞ。
 ────ん? ああ、あの端っこの……。一応注意しておくぞ。あの子は、他の生徒と違う気がする。私達だけじゃない、外を見てはいるが、外の景色に関心を持っているようには見えない。何にも関心を持てない……相当病んでるか、前科もちだ。そう言う奴は極力人と関わらないようにするからな。
 ────俺らの話に単に興味がないとか。
 ────否定できないな。
「ずばりっ! 稲先生の好きなタイプはッ?」
「包容力のある人だな」
「お、初めて聞く情報だな」
「先生はラーメンが好きなんですか?」
「カップラーメンも好きだが……美味しい店があって、週一は食べたくなってしまうんだ」
「ああ、あそこか。否定できないな」
「そうだろう」
「先生たち仲良いんですね」
「──そうか?」
「長く一緒にいるからな、否定できないな」
「くそ、取られた……」
 ────お、あそこの綺麗な髪の子可愛いっ!
 ────お前好きな相手いるんじゃなかったのか?
「みんなに自己紹介してほしいんだ、名前だけでいいんだけど」
 ────無視か。だがナイスだ。これなら全員の声が聞ける。
 ────あの子の名前が知りたいだけだったんだけど。
 ────だろうな。
「名前だけなら全然いいですよ!」
「幡多先生幡多先生! 何か一言言え、ってすごいめんどくさいですよねっ!」
「俺はいつもウィンナーが好きだって答えてたな」
「あはは、すごいてきとう!」
「テキトーじゃないって、本当に好きなんだからいいだろ!」
「何か言い訳みたぁい」
 ────私は腕時計を見ておくからな。君も時々でいいから確認してくれ。見える位置に腕を置いておきたまえ。
 ────机の上とかでいいか?
 ────大丈夫なんじゃないか。
 ────テキトーかよ。



        ◇◇◇



 ────自己紹介か。
 窓の外の雀に目を向けると、毛繕いに夢中だった雀の方もこちらを見る。
 首を傾げ、じろじろとこちらを見ている。
 俺はそっと雀から目を離し、前の席の人を避けて実習生の顔を覗く。やはり美形だ。
 男でも惚れそうなほどだ。たぶん、俺はないけど。
 俺はまた雀を見ようと視線を移す、すると、雀は決心したかのようにこちらへジャンプし、また、俺の頭の上へ上った。
 ────「ハァ……またかよ……」
 木しかない窓の外から視線を外し、実習生二人に目を向ける。
 瞬間、焦点と焦点が交わり、言葉通り、ばっちりと、稲先生と目が合った。
 俺は何もなかったかのように逸らすが、一時、先生の視線を感じた。まるで何か様子を窺うような。
 まあ、
 ────頭に鳥が乗ってたらな……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...