リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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バシリアス ※BL

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 羅聖が18歳になった時だった。森の中の小屋の前に羅聖と咲路は佇んでいた。
ニーさん、何もこんな場所ところに閉じ篭らなくて良いじゃないか。父は死んだんだ。屋敷あっちに移ろう」
「無理だ。俺はここにいなくちゃならない。屋敷あっちには沢山の人がいる。俺はお前の目にしか映りたくない」
「大丈夫だよ、ニーさん。使用人には全員暇を取らせてある。心配しなくても我が家にはボク達二人だけしかいない」
「狩りにはここが適してる。生きる為にこの森で過ごしてきた。この場所でお前と過ごしてきた日々も忘れはしない。俺には無理だ。離れられない。俺の居場所はここにある」
「悪いがそれは思い込みだ。ニーさんはボクの唯一の肉親であり唯一信頼出来る人材だ。ここに置いていくつもりは一切ないし、もう二度とこの場所に帰ってくる予定もない」
「何故そんなに屋敷あそこへ戻りたがるんだ。俺と一緒にここで楽しく過ごせば良いじゃないか。幸せだったろう? この場所に来て俺と過ごした日々は、かけがえのないモノになっただろう?」
「もちろん。ニーさんと過ごしたこの場所は大事な場所だ。けど、例え、どんなにこの場所を愛していたとしても、どんなにニーさんを愛していたとしても、この場所に囚われていたいとは思わない」
「何故だ、俺と一緒にいたくないのか、俺が消えればお前はここにいてくれるのか」
「嫌だね。ニーさんを失うつもりもないし」
「どうして。……頼む、ここで二人きりで暮らそう。誰にも邪魔されず誰の目にも触れないこの場所で暮らそう」
「何回言わせるんだ。もう塀の中にはボクとニーさんの二人だけだ。外に出たって誰もいない。誰にも邪魔されないし誰の目にも入らない。何をそこまで頑なに拒む必要がある? ボクの事が嫌いなのか?」
「ちがう! お前しか好きじゃない!! ここしか好きになれない!! あんな妙な屋敷ばしょに連れて行こうとするな!」
「そうか。……もう良い。オマエなんていらない。一人で生きていく」
 羅聖は咲路に背を向ける。
「え……あ、待って……」
「さようならニーさん。残るなら勝手に残ってくれ。囚われていたいならそうすれば良い。ボクを巻き込むな」
「待てッ!!」
「待たない」
 だからお前が付いてこい。
 そう言いたげに半身だけ振り返る。
「……っ」
 カレの瞳をじっと見つめる。カレの瞳孔が涙で歪んで、あの空のような澄んだ瞳が、初めて出会った頃と同じように、愛おしそうにボクの姿を映した。突然起こった微風と共に、香気が鼻に付く。いつの間にか満身が暖かい温もりに包まれていて、背中から伝わる強い力で胸が圧迫されていた。
「お前が好きだ。お前しか好きになれない。この場所を捨てるなんて事出来ない。あんな場所好きになれない。お前が行くのを見届ける事も出来ない。一人になりたくない。頼むから、ずっと俺の傍にいて」
「ボクに傍にいて欲しいのか?」
「……ああ。傍にいて欲しい」
「ボクはニーさんに傍にいて欲しい。だから、〝傍にいたい〟と思ってくれるとありがたい」
「理由が聞きたい。何故俺を必要とした? 俺はずっと一人だったから、お前を失いたくない。お前の周りには絶える事なく沢山の人がいた筈だ。一人ぼっちの俺とは違う。頭脳明晰で、皆に好かれていて──……容姿も良いから女も選び放題だろう。それにこんな辺鄙な土地で暮らしてきた俺よりも運動神経が良いし、勘も鋭い。趣味も夢も持っていて、それを実現出来て、何不自由なく暮らす筈だったお前が、何故俺に会いに来るのか分からない。恵まれているお前が、何故、俺に傍にいて欲しい? 料理を作れるからか? こんな俺を蔑んで楽しんでいるのか? この場所に惹かれただけで俺には興味はなかったなんて事も考えられる。それとも、お前も孤独だったのか? 周囲の人間がお前を拒んでいたのか? 俺と同じなのか? だから俺が欲しいと思ったのか? お前は俺を愛しているのか?」
「…………そうだ」
「それはどの質問への答えだ?」
「さあな。質問が多すぎて訳が分からなくなった。無駄に早口だしな」
「良いから理由を言ってくれ」
「ずっと誰かの愛が欲しかった。敬愛とか、家族愛とかじゃなくて、もっと狂った愛情だ。オマエの瞳に自分ジブンの姿が映った時、悟ったんだ。オマエならボクを愛する事が出来るし、ボクもオマエを愛する事が出来ると」
「何故?」
「澄んだ空ほど綺麗なものはない。ニーさんの瞳はそれに似ている。あの日からずっと願ってきた。一人ぼっちの孤独なニーさんがボクを必要とし、執着し、ボクへの愛着あいじゃくが止められなくなるまでずっと、ニーさんを愛してきた。ニーさんを失いたくはない、けれど欲しい。ずっと欲しかった」
「……何を?」
「〝愛した人の愛〟さ」
 羅聖は咲路の胸の上に人差し指を立てた。咲路はそれを眺める。
ニーさんはボクを感じると心臓が熱くなるのか? その心臓がニーさんの体中に熱い血液を巡らせるのか? その心臓がボクへの〝愛〟をニーさんへ伝えているのか? たっぷりと詰まっているんだろう、その〝心臓〟に」
「欲しいのか……?」
「欲しい。取り出しても良いだろう? この手でニーさんの愛を愛撫したいんだ」
「つまり、俺に死んで欲しいのか?」
「ちがう。ニーさんを失うつもりはない」
「じゃあどうやって心臓を取り出すんだ」
「心臓移植の手術をする。ニーさんにはボクの心臓を移植する」
「何? それじゃあお前はどうなる?」
「ボクの心臓はもう取り出してある。三か月前に屋敷に増設した手術室があったろう? あそこに通っていたのは新しい自分ジブンの心臓を作り出していたからだ。ようは血を循環させられれば良い。身体が異物を拒み異常をきたさないよう自分ジブンの細胞を使って作った人工心臓だ。何回か体内に入れて身体に慣らし、この間移植を成功させた。後は保管してあるボクの本物の心臓をニーさんの心臓と交換するだけだ」
「……お前は俺の心臓を取り出して結局何がしたいんだ? 俺達が出会ったあの日から計画してたと言うなら、きっとジジイの病死や病院を継ぐ事だって、計画のうちだったんだろう? 俺の心臓を愛撫する為だけに、ここまでするのか?」
ニーさんと一つになりたい」
「は……?」
「ボクはニーさんと一つになりたい。心臓を食べたいと思えるのはニーさんただ一人だ。でも失いたくない。だから技術や知識を付けなくてはならなかった。ニーさんを殺さず心臓を抜き取り、体内に取り込む方法を考えなくてはならなかった。トーさんが大病院を営んでくれていて良かったよ。トーさんがボクヘ熱心に教えてくれたのも、その教えが良かったのも、トーさんの腕が良かったのも、継げるのが医療の最先端技術を駆使した大病院だった事も、凄い偶然なんだ。ニーさんに出会って、あの日ニーさんの心臓が食べたいって思ったのだって、凄い奇跡なんだよ」
「どうするつもりなんだ?」
「だから、ニーさんの心臓を食べるんだよ」
「ちがう。俺の心臓を食べた後、どうするつもりなんだ?」
「ボクの夢が叶った後は、ニーさんの夢を叶えてあげる」
「……叶えられると確信してるんだな?」
ニーさんはここで暮らしたいんだろう。死ぬまでずっとボクと一緒に」
「叶えてくれるのか?」
「無理だ。違う夢にしてくれ」
「何故!」
ニーさんは自由になりたいと願っている。ボクの目にはそう見える。ニーさんが唯一信じている目だ。狂いはない筈だろう?」
「……ここを出れば自由になれると?」
「少し範囲が広がるだけだ。結局ここは塀に囲まれた、ボクとニーさんだけの場所なんだから。ボクはずっとニーさんの傍にいる。だから一緒に自由になろう。ボクはまだ囚われている。この場所に。互いの理想に。ニーさんにもっと広い世界を知って欲しい。そしてもっとボクを愛して欲しい。心臓を食べるのはそれからで良い。ニーさんの愛が最高潮に達した時こそが食べ頃なんだ」
「分かった。お前が一緒にいてくれるならそれで良い。お前の傍にずっといられるなら。それで構わない。誰よりもお前を愛してみせる。そして、俺の心臓を食べて欲しい」
「愛してるよニー兄さん」
 ニーさんは嬉しそうに目を細めて、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「俺もお前を愛してる」
 ボクは愛し合っている。友情ではない、恋慕でもない、では、兄弟愛か? いや、違う。
 ──愛着あいじゃく
 ボクは互いに愛着あいじゃくを持ってしまっているだけだ。孤独と劣情が生んだニーさんの眼差しも、あの日からずっと膨張し続けてきたボクの欲の塊も、ボクの中で根付いている。無理やり引き抜いても根が地中に残っている限り、再び芽を出し、大きく育ってしまうのだ。何て言ったって、ボクここには尽きる事のない相愛肥料が存在するのだから。
 外に出れば、周りを見れば尽きてしまうだろうが、ボクはこの塀の中に閉じ込められている。こんな小さくて脆い植木鉢なら、蔦を伸ばせば地に届くだろう。こんな場所ところ、出ようと思えば出られる。けれど出るつもりはない。枯らすつもりも、根絶やしにするつもりもない。ボクはボクの意志で、互いの相愛肥料を与え、育てているのだ。
 狂愛に似た──狂気に満ちた愛着あいじゃくを。
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