リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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バシリアス ※BL

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 羅聖は駆けつけてからすぐ、咲路の身体を抱き締めた。
 咲路の下敷きになっていた茄遊矢は這い出る。
 雨は激しさを増した。
ニーさん!!  ニーさああああん!!」
 羅聖の顔は雨でびしょびしょだった。
 涙なのか、雨なのか分からない。
ニーさん、どうして!! ニーさん……目を開けてくれ……!! ニーさん……!!」
 叫ぶ彼の声が聞こえない位、雨の激しさは増す。
 茄遊矢はただ彼等が雨に打たれるのを眺めていた。
 羅聖は茄遊矢に顔を上げ振り向く。
「──前が、お前がニーさんを殺した……!! お前が俺からニーさんを奪ったんだ!!」
「貴方だって同じだ……」
「何?」
「貴方は俺の……一番大事な人を奪った……」
 茄遊矢は拳を羅聖の目前に震えながら突き出して、ゆっくりと掌を広げる。するりと落ちていく冷たい感触が手を伝い、それはシャランと跳ね、揺れた。
「……首飾り?」
「あげた……弟へ。壁の外で……黒焦げの地面の上で拾った。……これは、弟のモノ。貴方が作ったモノだ。これは、世界にひとつしかない……弟だけのモノ……」
 茄遊矢の責めるような声音に、羅聖は怒鳴り付けようとする。
「──……お前、だって……ニーさんを……!!」
「俺は、殺したくなかった……!! でも、咲路さんが、殺してくれって、俺に頼んだんだ。頼んだんだから! 断りたかったけど、無理やり……。俺の血を飲んで。止められなかった。でも……あの人が、望んだ事だから! だから……」
 それは自分へ言い聞かせる様だった。
 羅聖はキッと茄遊矢を睨み付ける。
「……嫌だ。例えそうでも、お前は殺した。お前に奪われた」
「俺だって貴方に奪われた……!! 俺の、命より大事な人を。帰って、来たのに。あいつに一緒に暮らそうと言われて、逃げたいと思った。けど、貴方達を裏切れなかった。だから戻って来たんだ。どうせ、逃げたとしても行く宛はない。あいつが生きているだけで、幸せだった。あいつの姿が見られるだけで幸せだったんだ!!」
「俺だって……っ!! 俺だってニーさんの姿が見られるだけで幸せだった!! 例え、もう二度とニーさんが俺の事を思い出せなくても、俺は、ニーさんに傍にいて欲しかったんだ……!」
 茄遊矢はぐちゃぐちゃの地面に額と両手を押し付けて叫んだ。首飾りの宝石もぐちゃぐちゃに汚れてしまう。
「俺は……全部、全部、思い出せなかった……!! 顔も!! 声も!! 癖も!! 髪の色も!! あの、瞳の輝きも!! 何もかも!! 見た瞬間思い出した!! そうだ、こいつは……こんな顔をして、こんな声をして、こんな、癖があって……髪も、瞳も、こんなに綺麗で……そして、こんな風に俺の名を呼んでいたと……。俺は、それすら、忘れていた。思い出せなかった。壁の中ここはそんな場所だ。外界から閉ざされた、隔離された、本当の意味で、異世界だ。ここは、俺の知る故郷じゃない。俺の故郷は、もっと明るい。作り物めいたこんな場所よりもっと眩しくて、生きていたいと思える場所だった。ルイスが隣にいない世界なんて、つまらなくて堪らない……!! ルイスに会いたい……!! 会いたい……! ルイスに会いたい……」
 羅聖は泣き崩れていく茄遊矢の、あの美しい涙を目の当たりにして、ハッと息を呑む。羅聖はそっと茄遊矢の手に触れた。
「……ルイスに会いたい」
「……まない」
「ルイスに、会って……ちゃんと、言いたい」
「…………すまない」
「俺とお前は兄弟で、俺は、お前をずっと見守ってたって……。傍でお前が成長するのを、ずっと見てたって。……だから、これからは一緒に暮らして、もっと一緒にいようって……。友達で、兄弟で、家族として、一緒にいようって……言いたかった。でも、言えなかったんだ、言えなかった……。貴方が好きだ。貴方を愛して……しまったから」
「……ごめん……」
「俺は、貴方の傍にいたい。ルイスより、貴方の傍にいる事を選んだんだ」
ニーさん、ごめん……俺は……」
 羅聖は茄遊矢の手に触れるのをやめて、彼を腕の中に閉じ込める。
「……羅聖さん」
「茄遊矢……」
 孤独だった。
 俺達は元々、最初から、孤独だったのかもしれない。
 父親も母親も愛してくれた茄遊矢と違って、羅聖はモノのように扱われ続けてきた。自分を家族として愛し、人として愛してくれた咲路に羅聖は執着し、愛着を生み、彼を失いたくないと、強く思い、緑龍子──βασιλιάςバシリアスを産み出した。
 茄遊矢は、父と母、ルイスを愛し、彼等に愛されていた。
 幸せだった。
 けれど、小さかったルイスと茄遊矢があの壁に近づいたせいで、両親は目の前で焼き殺された。ルイスを抱き抱え守ろうとした茄遊矢のお陰で、ルイスは生き延びた。
 彼はあれほどまでにあの壁に近づき、あの光を間近で見て唯一生き残った人物だ。容姿がずば抜けて美しかったのは、きっとその影響だろう。
 ルイスは幼かったし、あの日のショックは大きかったのだろう……彼は両親を忘れ、思い出を忘れ、茄遊矢を忘れていた。
 孤児院に出された際には茄遊矢を他人だと判断していたし、それでも何故か、茄遊矢の傍から離れなかった。
 そんなルイスを見て、茄遊矢はルイスを守りたいと思った。
 こいつだけは、失っちゃいけないと。
 ルイスだけが生きる糧だった。
 俺の命綱はルイスだった。
 このいつでも死と隣り合わせの国で、ルイスは俺の希望だった。
 あいつが死ぬまで、俺は生き続けると決めていた。
 けれど、けれど、俺達は──……
 兄弟愛、家族愛──……友情、愛着──……愛を求めて、さ迷い、狂い、判断を誤った。
 あの日、ルイスに、会いに行かなければ良かった。そうすれば、ルイスは壁に近づく事はなかっただろう。
 ──あの日、羅聖さんが咲路さんをβασιλιάςバシリアスで生き返らせなければ、咲路さんが苦しむ事も、羅聖さんが今更泣く事もなかっただろう。
 ──俺達は愛着に狂わされていた。
 ――愛着で大事な人を失った。
 孤独じゃない、俺の傍には家族がいると、思い続けてきた。一人じゃなくて、兄さんが、ルイスが、傍にいてくれると、思い続けてきた。
 でもそれは俺達の一方的な愛着で、彼等は愛情さえ感じてくれてはいたが、兄弟だと、家族だと認識した事は無かっただろう。
 俺達は、結局、二人に見えて一人だった。
 俺達は、孤独だったのだ。
「羅聖さん……」

 ──貴方に、会うまでは。

 茄遊矢は羅聖の膝の上で眠る咲路を眺める。
羅聖は地面に捨てられた首飾りを眺める。
「茄遊矢。やっぱり俺達は似ている」
「そう、ですね」
 羅聖が言うと、茄遊矢が顔を上げる。
羅聖はその顔の近さに驚きもせずに唇を合わせ茄遊矢にキスをした。茄遊矢は目を見開き、そのキスが終われば彼に問いかける。
「今の……実験」
「愛してるからに決まってんだろ」
「なっ!?」
 こ、この野郎……何サラリと。
「も、もう一回言ってください……」
「嫌だね」
 こ、このやろおおおお……。
 茄遊矢が拳を震わせている姿を見て、羅聖は微笑む。
「茄遊矢、俺はお前を愛した」
 茄遊矢が涙目になると、その頬に長い指が触れてくる。
 額を重ねて羅聖は目を瞑った。
 茄遊矢はただただ、その真っ白な長い睫毛を眺めていた。
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