ビジネストリッパー

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  私が中東のこの国に左遷されてから学んだことは数え切れないほどある。
 ・中東の水は浄水タブレットなしでは飲めないということ。
 ・イリジウム衛星携帯は8,000キロメートル以上離れている東京へも電波が届くということ。
・ヒューゴボスの滑らかな高級感漂う綿100%の純白のワイシャツを着たままでは血の跡が目立ちやすく、敵に負傷を悟られ易くなること。
・ダンヒルの長い歴史の中で洗練されたデザインに実用性を加味した上等なビジネスバッグでは、ライフル弾を防げないということ。ー
・ジバンシィの、エレガンスさをペン一本に凝縮したかの様な銀ばりのボールペンの形は、人間を刺し殺すのに適していないということ。
・ダックスロンドンの、上品で気品の溢れる曲線美を生かしたタイピンでは、500メートル離れた場所で銃を構えている反体制派の男の脳幹を撃ち抜くことはできないということ。
 私はこれらのことを全てダグから、ダグラスから学んだ。会社から私の身辺警護を任されているダグからだ。民間軍事会社に勤めているダグからだ。数分ほど前に、150メートルほど離れた所で対戦車擲弾の爆発音がしたっきり無線に応答しないダグからだ。
 状況は明らかにこちらの劣勢だった。敵の反政府ゲリラは機銃付きの車両4台を含めた車両8台。対してこちらは、米軍の軍用車6台に軍事会社の持ち物の機銃付き車両2台。そのうち米軍の車両2台は、ゲリラの即席爆発装置でアッラーの元まで吹き飛んだ。
 私たちは戦った、末期の癌患者のように、エイズ患者のように。だが結局結果は変わらなかった。人員は1人、また1人と着実に消耗していっていた。
 気温は40度近く、アスファルトは防弾チョッキ越しでも私の背中を焼き、傍にある銃は目標を見失い明後日の方向を向き、私の右胸上部には7.62ミリの穴が空いている。
 これでいいんだ。これが私が望んだ結果なんだ。会社のことなんか知ったことか。私はダグラスに頼んだんだ、そして彼はそれを実現してくれたんだ。
 私に身の守り方を教えてくれ。
 私に戦い方を教えてくれ。
 私に人の壊し方をおしえてくれ。
 私が男であることを実感させてくれ。
 私に犬歯がついていることを実感させてくれ。
 私を完成された文明から解き放ってくれ。
 私を完璧な人生から救い出してくれ。