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2章

心の悪魔は真夜中に呟く…

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 それは屋台の提灯の灯りだった。

(こんなところに屋台?人なんかいないのに?)

 不思議に思ったが、どうせ何もすることがないのだからと屋台に入った。
 おでん屋だった。美味しそうなダシの香りが立ち上がっている。
 私は古めかしい木の長椅子に腰を下ろした。

「こんな所で営業してお客さん来るんですか?」
「時々、あなたのようなお客さんがね」
 店主は60代くらいだろうか。白髪交じりの短い頭髪に白い前掛けをしている。

(そういうことか…)

 醒めかけた頭で、なんとなく納得した。
 せっかく店に入ったのだからと、ビールとお任せでおでんをいくつか頼んだ。

「寝過ごしですか?」
「ええ、ちょっと嫌な事があって半分ヤケ酒気味に飲んだら寝過ごしてしまいました」

 私は頭をかいた。

「嫌なことですか。良かったら話してみませんか?聞きますよ」

 その言葉に甘え、私は今回の一件を話してみたくなった。謝罪の帰りであること、今回のミスは私ではなく、課長のせいであるにもかかわらず、本人が謝りに来ないことなど、半分は憂さ晴らしのつもりで話した。
  店主は鍋のおでんを菜箸で整えながら頷き、聞いていた。
  私が話し終えると、

「ちょっとイタズラをしてみませんか?」

 店主は無表情のまま言った。イタズラをすると言いながら笑っていないのは何とも不気味だ。

 イタズラの内容はこうだ。
 嫌いな課長に携帯電話から電話を掛ける。ただそれだけだ。

「お客さんの携帯からだと番号でわかってしまうでしょうから、この携帯を使って下さい」

 店主はそう言うと、屋台の下から携帯電話を取り出した。渡されたのは20年以上前の本体から短いアンテナを出してかけるガラケーだった。

「使えるんですか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「課長にかけてどうするんですか?」
「どうもしません。携帯電話があなたの気持ちを代弁して話してくれます。ただそれだけです…」

 わかったようなわからないような…でも面白そうなので課長の携帯にかけてみることにした。

(夜も遅いが電話に出るだろうか…?)

 数回コールし、課長は眠そうな声で電話に出た。

「どなたですか?」
「お前なんか会社の邪魔なんだから早く消えてくれよ!」

 ガラケーの携帯電話は低く響くような声でそういうと、プツリと切れた。まさに今の私の気持ちの代弁だった。

「少しは気が晴れましたか?」
「ハハハ、面白い携帯電話ですね。まさに私の代弁者だ。課長の驚いたであろう顔が見れないのが残念ですが…」

 それからさらに少し飲んで店を後にし、妻には帰れない旨を伝え、翌朝、帰路についた。

2章 完

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