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第一章 少年は旅立つ
幕間 父の想い2
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案内され二階に上がり、部屋に入る。
綺麗なシーツが敷かれたベッドと簡素な机が目に入る。
机の上には桶と水瓶、そして清潔な布が置いてある。
やや煤けた匂いに顔をしかめると大柄の兵士は言った。
「窓が開けっ放しだったようで。これでも一番まともです。他は壁まであの有様で」
上を指差す、大柄の兵士。
天井を見上げるとなるほど、煤だらけである。
壁をよく見ると拭いた跡があった。
この短時間で天井までは無理だろう。
それにしてもよくやってくれたものだ。
シーツにしてもそうだ。真っ白の絹のシーツなどただでさえ貴重なものを、これだけのことがあったのに提供してくれている。
「いや、十分すぎる。感謝する」
「いえ、御子息には助けられましたので、これくらい」
そう言って彼はベッドの上に麻の布を敷く。
気の利く男だ。
このままウェダを横たわせてはシーツが汚れてしまうことを見越したのだろう。
麻の布だって、使い古されていない上等なものだった。
そこに慎重にウェダを寝かせる。
すうすうと気持ちよさそうに寝息を上げる姿に、安堵する。
「助けられた、とは」
彼の言葉が気になり、そう呟く。
「御子息はその年齢にも関わらずご立派に立って走りました」
「レヴィが……マティウス卿がいたからだろう。ウェダは彼女に懐いていたからな」
「それもありましょうな。というか、マティウス卿なんか引きずっていこうとしてましたけど。もちろん必死で助けようとしたのもあっての行動でしょうが」
「レヴィが?必死で?」
引きずっていこうとするのは彼女らしい。
しかし、同時に彼女らしくない。
私の知っているレヴィ・マティウスという女は必死になんかならない。
いつも飄々としていて、人をからかって、人の迷惑や苦労なんて気にかけず平気な顔をしている。
自分に利点がなければ動かない。
そういう女なのだ。
「そこです」
大柄の兵士は大真面目に頷いて言った。
「マティウス卿は今回、研究予算の減額を盾に無理やり隊長に起用されました。こういってはなんですが彼女のやる気のなさは行軍中――といっても早馬で強行したので丸一日といったところですが、身に沁みて感じました」
「だろうな。彼女の気まぐれと興味のなさは私も苦労した」
「ですので、御子息を見てからのマティウス卿の変わり具合には心を打たれました」
なるほどと頷く。
「彼女がやる気を出したのはウェダのおかげだと?」
「卿だけではありません。この年齢の子どもが、魔物から必死で生き延びようとしている。そして腰砕けになってもおかしくない状況で大人について走っている。それだけで私たち兵士に漲るものがあります」
「……そうか」
巧言を言っている様子はない。
そう言うのであれば、そうなのだろう。
「……ジェダ様、何か入用でしたらお声掛けください。失礼します」
何かを感じ取ったように、彼は部屋を出ていった。
水瓶から桶に水を注ぐ。
清潔な布を濡らし、ゆるく絞る。
それを一度置き、ウェダの服を脱がせる。
シャツは泥と返り血でまみれていたので、腰から短剣を取り出し切り裂く。
布を取り、丁寧に拭く。
あちこち擦り傷だらけだが、奇跡的に裂傷はない。
顔を拭く。
綺麗な白い肌が見えてくる。
陶磁器のようなその肌に、ルーアの面影を見る。
そして、やっと私は息子が無事であったことに安堵した。
綺麗なシーツが敷かれたベッドと簡素な机が目に入る。
机の上には桶と水瓶、そして清潔な布が置いてある。
やや煤けた匂いに顔をしかめると大柄の兵士は言った。
「窓が開けっ放しだったようで。これでも一番まともです。他は壁まであの有様で」
上を指差す、大柄の兵士。
天井を見上げるとなるほど、煤だらけである。
壁をよく見ると拭いた跡があった。
この短時間で天井までは無理だろう。
それにしてもよくやってくれたものだ。
シーツにしてもそうだ。真っ白の絹のシーツなどただでさえ貴重なものを、これだけのことがあったのに提供してくれている。
「いや、十分すぎる。感謝する」
「いえ、御子息には助けられましたので、これくらい」
そう言って彼はベッドの上に麻の布を敷く。
気の利く男だ。
このままウェダを横たわせてはシーツが汚れてしまうことを見越したのだろう。
麻の布だって、使い古されていない上等なものだった。
そこに慎重にウェダを寝かせる。
すうすうと気持ちよさそうに寝息を上げる姿に、安堵する。
「助けられた、とは」
彼の言葉が気になり、そう呟く。
「御子息はその年齢にも関わらずご立派に立って走りました」
「レヴィが……マティウス卿がいたからだろう。ウェダは彼女に懐いていたからな」
「それもありましょうな。というか、マティウス卿なんか引きずっていこうとしてましたけど。もちろん必死で助けようとしたのもあっての行動でしょうが」
「レヴィが?必死で?」
引きずっていこうとするのは彼女らしい。
しかし、同時に彼女らしくない。
私の知っているレヴィ・マティウスという女は必死になんかならない。
いつも飄々としていて、人をからかって、人の迷惑や苦労なんて気にかけず平気な顔をしている。
自分に利点がなければ動かない。
そういう女なのだ。
「そこです」
大柄の兵士は大真面目に頷いて言った。
「マティウス卿は今回、研究予算の減額を盾に無理やり隊長に起用されました。こういってはなんですが彼女のやる気のなさは行軍中――といっても早馬で強行したので丸一日といったところですが、身に沁みて感じました」
「だろうな。彼女の気まぐれと興味のなさは私も苦労した」
「ですので、御子息を見てからのマティウス卿の変わり具合には心を打たれました」
なるほどと頷く。
「彼女がやる気を出したのはウェダのおかげだと?」
「卿だけではありません。この年齢の子どもが、魔物から必死で生き延びようとしている。そして腰砕けになってもおかしくない状況で大人について走っている。それだけで私たち兵士に漲るものがあります」
「……そうか」
巧言を言っている様子はない。
そう言うのであれば、そうなのだろう。
「……ジェダ様、何か入用でしたらお声掛けください。失礼します」
何かを感じ取ったように、彼は部屋を出ていった。
水瓶から桶に水を注ぐ。
清潔な布を濡らし、ゆるく絞る。
それを一度置き、ウェダの服を脱がせる。
シャツは泥と返り血でまみれていたので、腰から短剣を取り出し切り裂く。
布を取り、丁寧に拭く。
あちこち擦り傷だらけだが、奇跡的に裂傷はない。
顔を拭く。
綺麗な白い肌が見えてくる。
陶磁器のようなその肌に、ルーアの面影を見る。
そして、やっと私は息子が無事であったことに安堵した。
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