カウンセラー

曇戸晴維

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sadism/masochism

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 考えたことも、なかった。
 先に述べたように、俺は俺の欲望を解消するためにそういう行為をする。
 結婚する前は、同じ趣味の同志や、もちろん妻――ミサコにもしたことがある。

「もう少し、砕きましょうか」

 返答に困る俺を見て、カレハラが言った。

「サディズムとマゾヒズム、それらは相対するようで本質は似ています。
 加虐性も被虐性も、定量化することができません。
 人の心の中のことですから、比べられないし、その量は誰にも観測できない。
 加虐性は人間誰しもが持っているものです。
 幼少期に見られる破壊衝動――無意味に虫を殺したり、そういうのですね。
 では、被虐性は?
 とある、縄師と呼ばれる人のひとりが言っていました。
 これらには先天性である人と、後天性である人がいる、と。
 僕にもこれには同意です」
「ちょっと待ってください。
 加虐性に先天性があるのはわかります。
 後天性の加虐性とは?」
「ありませんよ。
 僕はそう考えています」

 暴力を振るいたいという感情。それは誰もが持っている。
 それがどうしても強い人は我慢をして社会を暮らすことになるだろう。
 発散先がない場合、強くストレスを感じるはずだ。
 俺がそうであるから。
 しかし、後天性と考えた場合、これはなかなか難しい。
 後天的に暴力性が増加する、など理由が見つからない。
 あるとすれば――

「暴力によって支配欲が満たされ、味を占めた場合、とか」
「そうですね。
 でも、その場合、それは後天的に暴力性が増加したのではなくて、支配欲求に目覚め、そのコントロールができない人になります」

 その通りだ。
 なので、後天的な加虐性の増加は、やはりありえない。
 
「ですが、被虐性の場合は後天性があり得る。
 DV被害者がこれは愛だと思い込んでいたり、虐待を受けた子どもが親の愛であると信じていたり、マインドコントロールなんて言葉も近年よく耳にしますね。
 そもそもとして、性行為自体が、どう抗っても男性側に加虐性、女性側に被虐性が発生するもんなんですよ。
 肉を突き破って突っ込んでるわけですから」

 からからと笑うカレハラ。
 いつの間にか煙草の箱は空になっていて、それに気付いた彼が、どうぞ、と五本ばかし恵んでくれた。

「さらに心のこと、と捉えて考えましょう。
 加虐性と被虐性は表裏一体です。
 SはサービスのS、MはミストレスのMなんていうように精神的立場が逆転している場合も多い。
 それは、後天的影響を受けた精神が、サディズムかマゾヒズム、どちらかに揺れて表層化したものです。
 つまり、先天性を持つものはサディズム意外発現しようがなく、後天性であればそのどちらにも成る」
「それだと、この界隈、というかそういう性質を少しでも持つ人のほとんどが後天的影響を受けていることになるのでは」
「そうだと思っています。僕はね」

 だとすれば、これは異常自体なのではないか、というと、彼は、そんなことはない、と続ける。

「時代の流れでしょう。
 もちろん、昔より増えた可能性はある。
 科学と経済の発展目覚ましい人類がここにきて急激な停滞、もはや衰退といっていいほどに止まっている。
 そんな中でも変化は目まぐるしい。
 生活、仕事、教育、いくらでも変わっていきます。
 ストレスを感じたり、古くからのやり方が通用しなかったり、いずれにせよズレは生じる。
 それに、時代の変化、特にインターネット社会というのは今まで表にでなかった問題を表層化している」
 
 どちらかと言えば、今まで押し黙っていた問題が現れただけ、というのが正しいでしょうね、と締めた。

 これは、インタビューなのだろうか。
 いや、そんなことより、彼の話が気になる。
 幼少期から消えていた、俺の知識欲が今更になって動きだしているのを感じる。
 そして、それが熱を持って頭をぐるぐると巡っているのを。

「ここまで話を聞いてくれてありがとうございます」
「いや、なんか、俺は何も考えていないんだなって思い知らされた気分です。ありがたいことだ」
「そう言っていただけるとうれしいですね。さて、ではサディスト、先天性の暴力性って、なんだと思います?」
「これまでの理解だと、単に暴力、としか」
「その理解でいいと思いますよ。では、先天性のサディストとは?」

 あれ?
 なぜか、言葉が出てこない。
 あれ、なぜ、俺はこんなに焦っているんだ。

「どうしました?」
「すいません。なんだか言葉がうまく出てこなくて」

 なんとか、誤魔化そうとする。
 いや、これは、自分の頭を誤魔化そうとしているのだ。
 俺の危機察知能力が、これに気付いてはいけない、と、そう告げている。
 あの時もそうだ、元カノのケータイをなんとなくチェックしたとき。
 そうだ、あの時だって、こうやって頭の中では、やめろ、と、手に取るな、と、気づくな、と警鐘を鳴らしていたじゃないか。

「僕の考えから言いましょうか」

 やめろ。やめてくれ。

「ええ、お願いします」

 なにを言っているんだ! 俺は!

「先天性のサディストなんて、存在しません」

 やめろ!!!!!


 
「ただ、暴力を我慢できない人ですよ」



 ガタンッ、とテーブルを叩いていた。
 周りが注目する中、カレハラはなんでもないように、スマホを落としちゃって、と言い訳していた。

「少し、落ち着きましょうか」
 
 いつの間にか気付けば、コーヒーは飲み干していて、水も空だった。
 彼が気を利かせておかわりを頼んでくれる。
 それが届くまでの間、少し、考えた。

 本当にそうか。
 そうなんだろうか。
 自問自答を繰り返すも、俺の頭では否定の言葉は出てこなかった。
 なにせ、そんなことを気にしたこともなかった。
 求めるまま、求められるままに、してきただけだった。
 今思えば、それのどれもがすれ違っているような気がする。
 本当に、求められていた?
 彼女たちは、そう演じていた?
 なにかあって、俺の暴力を受け入れていた?

 それとも、俺が受け入れさせていた?

 わからない。
 わかりたくない。

 無性に、ミサコとカケルの顔が見たい。

 どうすればいいかわからない。
 だから――

「すいません。取り乱しました」
「謝る必要はありません。タクミさんがそれだけ善人だってことですよ」
「そうでしょうか」
「貴方の心には今、恐怖と後悔が渦巻いている。違いますか」
「……あってます」
「それを良心の呵責と言うんですよ。貴方は良い人だ」

 少し、心が軽くなる。
 しかし、全てが晴れたわけではない。
 俺はまだ聞かなくてはならない。

 この男が、なぜそのような話を俺にしたのかを。

「なぜ、俺にこんな話を?」
「やだなあ。僕のしたい話をしていいって言ってくれたじゃないですか」

 柔和な微笑みを潜め、少し寂しそうに言った。

「そうでしたね」
「今日は、そろそろお開きにしましょうか。またいつでも声をかけてください」
「では、明日で」
「……大丈夫ですか?」
「ええ、仕事ですから」
「……そうですか。では明日。また同じ時間に来ます」

 そうして、その日は別れた。



 家に帰る前に、一人で知らないバーに入って、しこたま呑んだ。
 そうしていつの間にやら、夜十時を回ったころに、どうやって帰ってきたかもわからないまま、家に着いた。

「おかえりー。遅かったね。カケルはもう寝たよ」

 ミサコ。
 ミサコだ。

 鞄を投げ捨て上着を脱ぐと、そのまま妻に抱きついた。

「ちょ! どうしたの」

 うるさい。

 乱暴に脱がせて、思うままに彼女を貪る。
 噛む、締める、吸う、引っ張る。

「いたっ、やめて、カケル起きちゃう」

 うるさい。

 こういうのが好きなくせに。

 次第に抵抗は薄くなり、声は熱を帯びてきた。
 
 ほら、受け入れている。

 その日は、珍しくカケルがなかなか起きてこなかった。

 久しぶりに思う存分、彼女を嬲った。



「本当に、どうしたの? 嫌なことでもあった?」

 はだけた服を直しながら、ミサコが言う。
 ミサコの身体は、アザや噛み跡で、見ていて痛々しいほどだった。
 全部、俺が――

『ただ、暴力を我慢できない人ですよ』

 やめろ!!!
 警鐘が、鳴り始める。
 
「なあ、ミサコはなんで、こういうこと受け入れてくれるんだ」

 やめろ、聞くな。

「だって、タクミ、そういうの好きじゃない」

 続けて、妻が言う。

「っもしかして私、ちゃんとできてなかった!?」

 
「はは、そんなこと、ないよ」

 
 シャワー浴びてくる、と逃げるように告げて、俺は泣きながらシャワーを浴びた。
  

 
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