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第一章
異世界の叔父の家族は獣人でした
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先導する叔父から離れないように、おっかなびっくりと後に続く。
踏み締める腐葉土の感触が生々しい。
見上げる木岐はまさに壮観、樹齢何百年だかの連なる巨木の天蓋が頭上を覆っている。
緑が濃いとは、よく言ったものだ。実際に酸素濃度も高いのか、清々しさを超えて息苦しくもある。
茂みから突き出た枝を躱し、生い茂る草蔓を避け、わずかに見て取れる天然の道を、叔父は慣れた様子で鼻歌交じりに突き進む。
コンビニ袋ひとつ下げた身軽なこちらとは違い、いくら軽いとは言っても全身金属鎧に剣とフル装備の叔父では、歩くだけでも体力を消耗しそうだが、そもそも基本のステータスが違うのだろう。舗装された道路を歩くよりも足取りが軽く見える。
俺も訊きたいことはまだまだあったが、不安定な足場を踏み外さないようにするのに精一杯で、まともに話す余裕もない。
「懐かしいなあ。俺もここに来たばかりの頃は、そんなんだったよ。高校の帰り道に気づいたらこの森だしよ? とりあえず進んでみようって気にはなったものの、道なき道を勘の向くままってのは、厳しいもんがあったな」
「叔父さんでも?」
「俺をなんだと思ってんだ。土地勘もなし、食料もなし、武器もなし、ないもの尽くしのオンパレードだ。獣の群れにでも襲われた日にはヤバいだろ」
「でも昔、野犬をドロップキックで追い払わなかったっけ」
「あったなー、そんなこと。はっはっ!」
懐かしげに笑う。釣られて俺も笑ってしまったが、続いた叔父の一言で笑顔のまま凍りつく羽目になった。
「実際、この森には獣なんて、熊1体だけしか居なかったんだけどな」
「え。熊……居るの?」
「居るよ。ヌシ的な奴ね。正確には魔獣だな。あんな感じの」
事も無げに叔父の指差す先――近場の大木の陰から、のっそりと巨体を揺らして現われる1体の熊がいた。そう、熊である。
見上げんばかりとは比喩ではない。なんの捻りもなく、見上げる位置に熊の獣顔があった。
「俺は熊吾郎と呼んでいる」
呑気な叔父の声と裏腹に、熊吾郎は敵意を迸りながら咆哮した。
直立すると、その高さ約4メートル。ちょっとした小屋物並みの巨大さである。
熊の爪が薙ぎ払われた。馬鹿みたいな破壊音。こちらに届きこそしなかったが、通過線上にあった巨木の幹が、爪痕残してごっそりと削られた。
次ぐ第二撃は、確実に叔父を射程に捉えていた。
いくら頑強そうな金属鎧でも、耐久度には限界がある。絶望に駆られる俺の前で――
「今日は忙しいからまた今度な!」
叔父は垂直跳びであっさりかわし、そのまま熊の鼻面にあろう事かドロップキックをかました。
「ぎゃわん!」
(へー、熊って犬みたいな鳴き声するんだなぁ)
などと現実逃避気味に思いながら、俺は熊吾郎がそのまま逃げていくさまを眺めていた。デジャヴか。
「昔ながらに無茶苦茶だね、叔父さん……」
「あの日、初めて会ったときから、なぜかここ来るたびに懐いてくるんだよなぁ」
懐いているんじゃないと思います、との言葉を呑み込む。
初対面でもドロップキックで撃退したのだろう、きっと。
その後は足場こそ悪いものの、たいした障害もなく数十分も歩けば森を抜けた。その先には、気の抜けそうな田園風景が広がっている。
祖母宅周辺も田舎だが、ここは輪をかけて田舎然としていた。
ほど近い場所には、小規模な畑や田んぼが見て取れる。
植えられた植物は、若干日本のものとは違うようだったが、しっかりと実りをもたらしていた。
畑を縫うような畦道が、叔父の向かう前方の民家へと続いている。
石造りの古風なもので、和風よりは西洋風の家屋に近い。平屋の屋根から突き出した煙突からは、白い煙が昇っていた。
「帰ったぞー」
(帰った?)
叔父の言葉の意味を理解する前に、正面のドアがけたたましく開き、小さな影が一直線に飛び出してきた。
「またっ、獣!?」
影はなにやらピンク色で毛むくじゃらだった。
思わず身構えたが、ピンクの毛玉は俺の手前で急カーブし、そのままの勢いで隣の叔父の胸に飛びついた。
「おかえりー! ぱぱー!」
「ただいまー、リオー」
叔父が諸手で抱き迎える。
小さな女の子だった。
ピンク色の髪、同じ色の獣耳に尻尾。小さな髭を生やした5歳くらいの獣少女。
きゃっきゃっと喜ばれながら、少女にぐりぐりと顔を押し付けるデレデレな叔父を前に、唖然として声も出ない。
「あら、早かったのですね。セージ様」
開け放たれたままだったドアから、次に出てきたのは、粛々とした女性だった。
ただし、少女と同じピンク色の髪に、これまた獣耳と尻尾完備だ。
「おう、帰ったよ。リィズ」
「ままー!」
女性が叔父に寄り添い、今度は少女が女性に抱っこをせがむ。
「こちらの方は……?」
「だれー?」
言い知れない疎外感の中、突っ立っていた俺の存在を思い出してくれたのか、叔父は向き直ってひとつ咳払いをした。
「こいつは俺の甥っ子の秋人。で、こっちが――俺の嫁さんと娘だ。はっはっ!」
叫ばなかった自分を褒めてやりたいと俺は思った。
踏み締める腐葉土の感触が生々しい。
見上げる木岐はまさに壮観、樹齢何百年だかの連なる巨木の天蓋が頭上を覆っている。
緑が濃いとは、よく言ったものだ。実際に酸素濃度も高いのか、清々しさを超えて息苦しくもある。
茂みから突き出た枝を躱し、生い茂る草蔓を避け、わずかに見て取れる天然の道を、叔父は慣れた様子で鼻歌交じりに突き進む。
コンビニ袋ひとつ下げた身軽なこちらとは違い、いくら軽いとは言っても全身金属鎧に剣とフル装備の叔父では、歩くだけでも体力を消耗しそうだが、そもそも基本のステータスが違うのだろう。舗装された道路を歩くよりも足取りが軽く見える。
俺も訊きたいことはまだまだあったが、不安定な足場を踏み外さないようにするのに精一杯で、まともに話す余裕もない。
「懐かしいなあ。俺もここに来たばかりの頃は、そんなんだったよ。高校の帰り道に気づいたらこの森だしよ? とりあえず進んでみようって気にはなったものの、道なき道を勘の向くままってのは、厳しいもんがあったな」
「叔父さんでも?」
「俺をなんだと思ってんだ。土地勘もなし、食料もなし、武器もなし、ないもの尽くしのオンパレードだ。獣の群れにでも襲われた日にはヤバいだろ」
「でも昔、野犬をドロップキックで追い払わなかったっけ」
「あったなー、そんなこと。はっはっ!」
懐かしげに笑う。釣られて俺も笑ってしまったが、続いた叔父の一言で笑顔のまま凍りつく羽目になった。
「実際、この森には獣なんて、熊1体だけしか居なかったんだけどな」
「え。熊……居るの?」
「居るよ。ヌシ的な奴ね。正確には魔獣だな。あんな感じの」
事も無げに叔父の指差す先――近場の大木の陰から、のっそりと巨体を揺らして現われる1体の熊がいた。そう、熊である。
見上げんばかりとは比喩ではない。なんの捻りもなく、見上げる位置に熊の獣顔があった。
「俺は熊吾郎と呼んでいる」
呑気な叔父の声と裏腹に、熊吾郎は敵意を迸りながら咆哮した。
直立すると、その高さ約4メートル。ちょっとした小屋物並みの巨大さである。
熊の爪が薙ぎ払われた。馬鹿みたいな破壊音。こちらに届きこそしなかったが、通過線上にあった巨木の幹が、爪痕残してごっそりと削られた。
次ぐ第二撃は、確実に叔父を射程に捉えていた。
いくら頑強そうな金属鎧でも、耐久度には限界がある。絶望に駆られる俺の前で――
「今日は忙しいからまた今度な!」
叔父は垂直跳びであっさりかわし、そのまま熊の鼻面にあろう事かドロップキックをかました。
「ぎゃわん!」
(へー、熊って犬みたいな鳴き声するんだなぁ)
などと現実逃避気味に思いながら、俺は熊吾郎がそのまま逃げていくさまを眺めていた。デジャヴか。
「昔ながらに無茶苦茶だね、叔父さん……」
「あの日、初めて会ったときから、なぜかここ来るたびに懐いてくるんだよなぁ」
懐いているんじゃないと思います、との言葉を呑み込む。
初対面でもドロップキックで撃退したのだろう、きっと。
その後は足場こそ悪いものの、たいした障害もなく数十分も歩けば森を抜けた。その先には、気の抜けそうな田園風景が広がっている。
祖母宅周辺も田舎だが、ここは輪をかけて田舎然としていた。
ほど近い場所には、小規模な畑や田んぼが見て取れる。
植えられた植物は、若干日本のものとは違うようだったが、しっかりと実りをもたらしていた。
畑を縫うような畦道が、叔父の向かう前方の民家へと続いている。
石造りの古風なもので、和風よりは西洋風の家屋に近い。平屋の屋根から突き出した煙突からは、白い煙が昇っていた。
「帰ったぞー」
(帰った?)
叔父の言葉の意味を理解する前に、正面のドアがけたたましく開き、小さな影が一直線に飛び出してきた。
「またっ、獣!?」
影はなにやらピンク色で毛むくじゃらだった。
思わず身構えたが、ピンクの毛玉は俺の手前で急カーブし、そのままの勢いで隣の叔父の胸に飛びついた。
「おかえりー! ぱぱー!」
「ただいまー、リオー」
叔父が諸手で抱き迎える。
小さな女の子だった。
ピンク色の髪、同じ色の獣耳に尻尾。小さな髭を生やした5歳くらいの獣少女。
きゃっきゃっと喜ばれながら、少女にぐりぐりと顔を押し付けるデレデレな叔父を前に、唖然として声も出ない。
「あら、早かったのですね。セージ様」
開け放たれたままだったドアから、次に出てきたのは、粛々とした女性だった。
ただし、少女と同じピンク色の髪に、これまた獣耳と尻尾完備だ。
「おう、帰ったよ。リィズ」
「ままー!」
女性が叔父に寄り添い、今度は少女が女性に抱っこをせがむ。
「こちらの方は……?」
「だれー?」
言い知れない疎外感の中、突っ立っていた俺の存在を思い出してくれたのか、叔父は向き直ってひとつ咳払いをした。
「こいつは俺の甥っ子の秋人。で、こっちが――俺の嫁さんと娘だ。はっはっ!」
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