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第三章
妹、来たる?
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その日は早朝からスマホのベルで叩き起こされた。
普段から目覚まし代わりのタイマーをかけてはいるが、窓から差し込む陽光の具合からして、いつもより早い時間帯のようだった。
寝ぼけまなこを擦りながら、テーブルに置いていたスマホを手探りで引き寄せる。
うすぼんやりとした思考の中、なんだかいつもとベルの音が違うな、とは感じていたが、スマホの画面を確認するとそれもそのはずで、通話の呼び出し音だった。
表示されているのは『母』の文字。母親から電話があるのはかなり珍しい。それもこんな早朝からとなると。
眠気に耐えられず、いったん居留守使って二度寝するか、と頭をよぎったが――火急の知らせかもしれないと思い直し、諦めて通話ボタンを押した。
「もしも――」
『春ちゃんが帰ってこないのよぉ!』
眠気ごと吹き飛ばすような大音量だった。
「な、なに? 春ちゃんって春香のこと? なにかあったの?」
春香とは、3つ年下で短大1年生の妹のことだ。
様子が尋常じゃない。
耳鳴りがする左耳から、スマホが右耳にくるように持ち直す。
慌てふためいて要領を得ない母の話をまとめるとこうだった。
一昨日の昼時もずいぶん過ぎた頃、春香はひとりで外出したそうだ。
行き先は告げなかったが、ちょっと遠出するとかで、外出用の格好だったとか。
家事に気を取られておぼろげだったが、泊まりになるかも、とも言っていたらしい。
そして、昨日になっても春香は帰らず、電話は通じず折り返しもなく、堪らなくなって息子の俺に電話してきた、というわけだ。
『お父さんは、年頃の娘だからほっとけ、なんて言うのよ!? お母さん、心配で心配で……』
「あー」
正直、母には悪いが、俺も父と同意見だった。
泊まりで出かけると言っているのだ。しかも、一泊とは言ってない。
妹も今は夏季休暇中のはずで、遊びに出かけて盛り上がったノリで数泊するくらいのこともあるだろう。
「心配なのはわかるけど……あいつもいい歳だし、そんなときもあるんじゃない? それにさ、電話がないのだって移動中でマナーにしたままなのを忘れて、とかじゃないかな? あいつ、昔からそういうそそっかしいとこあるし。あ、そうだ。ちょっと待って」
通話をスピーカーモードに変更し、話しながらスマホを操作する。
機械に弱く、いまだガラケーの母には無茶な注文だが、俺のスマホだったら、もしかしたら妹の居場所くらいならわかるかもしれない。
俺がスマホにインストールしているアプリの中に、地図上でお互いの位置を知らせるアプリがある。
以前に、進学志望校の下見で上京するから道案内してと、妹からせがまれたことがある。そのとき、はじめての土地での待ち合わせのためにと、妹にインストールを強要されていたものだ。
結局、妹が地元の女子短大を選んだことで上京自体がお流れになり、このアプリは使わずじまいだった。
俺だって今の今まで忘れていたくらいだから、あの大雑把な妹の性格からして、わざわざアンインストールなんてしていないだろう。
それは単に、心配する母を安心させてやるための軽い気持ちだったのだが――
「――え? はあっ!?」
『なに、いきなり大声出して? 秋ちゃん、どうしたの?』
「い、いや、別に……」
地図上の祖父母宅に、なぜか妹の春香のアイコンがあった。
そういえば、一昨日はなにかと慌ただしくてすっかり忘れていたが、妹から妙なメッセージが届いていた。
夜になってスマホを確認してはじめて知ったが……結局は顔を合わせることはなかったし、面倒臭がり屋の妹がわざわざ片道3時間もかけてやってくるはずもない、と高をくくっていた。
その晩、メッセージを打っても電話してもスルーされていたので、いつもの気紛れかとついつい放置していたけど……
眠気などとうに消え去り、なんだか嫌な予感がしてならない。
寝汗とは違った汗が、寝巻きを湿らせている。
妹が『そっちいく』とメッセージを打ってから、移動時間で3時間。ちょうど俺が日本に戻ったくらいの時間になる。
俺が家に戻ったとき、玄関は閉まっていたし、誰かがいた気配もなかった。玄関の靴までは確認していない。
ただ、運送会社に荷物を受け取りにいくとき、玄関は閉め忘れてた……ような気が。だとしたら、誰かが内側から閉めたはずで。
まさか、俺と入れ違いになってこっちの異世界に――とか? いや、それには俺が預かってる魔石の魔法が必要で。あ、異世界と繋がる魔法って効果がどれくらい持続するのか検証してないや。
一連の出来事が脳裏でぐるぐる回る。
最良としては、妹が来たのは一昨日ではなく昨日で、今は祖父母宅にいて俺の帰りを待ち構えている、ということになるが……それでは、今もって音信不通の説明がつかない。
『どうしようか、秋ちゃん? やっぱり、警察に捜索願とか出したほうがいいと思う?』
「待った、それはまだ止めとこう! 最終手段ということで!」
どうも考えれば考えるほど、妹がこっちに来てしまったように思える。
少なくとも今現在、妹のスマホは祖母宅にあるのだ。
なにかのトラブルで、祖父母宅にスマホを置いた状態でこっちに来てしまった、との想定が妥当かもしれない。
「捜索願の類はいったん置いといて、ね? 春香だって、はじめての短大の夏休みで、新しい友達と泊まり歩くこともあるって。もし、春香がうっかりしてただけだったら、大騒ぎするのは帰ってきたときにかわいそうだよ。気長に3日――いや5日くらいは様子を見たほうがいいんじゃないかな。今どきはそれくらい普通だよ。俺だってよくやるし!」
畳み掛けるように母を懸命に説得する。言い包めたが正しいかもしれない。
仮に春香が異世界にいるのなら、日本でどんなに捜索しても見つかるわけがない。
それに、過去の叔父の事例がある。今、実家で一緒に住んでいるはずの祖父母も、そういった話には敏感なはずだ。
ここでベターなのは、まずは異世界で春香を捜し出し、露見する前に無事に連れ帰ること。
あと5日ほどもあれば、異世界転移の魔法の魔力も溜まる。そうなれば、また打てる手も増えるだろう。
もちろんベストは、異世界など関係なく日本にいて、何事もなく帰ってくることだろうが。
母をどうにか宥めて通話を終え、顔面からベッドに倒れ込んだ。
朝っぱらから異様に疲れた。
試しに妹に電話をかけてみたが、やはり留守電になるばかりで出なかった。
汗でべたつく寝巻きを手早く着替えて、リビングへと向かう。
母と電話している間に、結構な時間が経ってしまっていた。
この時間なら、叔父一家も起床している頃合いだろう。
まずは作戦会議だ。
普段から目覚まし代わりのタイマーをかけてはいるが、窓から差し込む陽光の具合からして、いつもより早い時間帯のようだった。
寝ぼけまなこを擦りながら、テーブルに置いていたスマホを手探りで引き寄せる。
うすぼんやりとした思考の中、なんだかいつもとベルの音が違うな、とは感じていたが、スマホの画面を確認するとそれもそのはずで、通話の呼び出し音だった。
表示されているのは『母』の文字。母親から電話があるのはかなり珍しい。それもこんな早朝からとなると。
眠気に耐えられず、いったん居留守使って二度寝するか、と頭をよぎったが――火急の知らせかもしれないと思い直し、諦めて通話ボタンを押した。
「もしも――」
『春ちゃんが帰ってこないのよぉ!』
眠気ごと吹き飛ばすような大音量だった。
「な、なに? 春ちゃんって春香のこと? なにかあったの?」
春香とは、3つ年下で短大1年生の妹のことだ。
様子が尋常じゃない。
耳鳴りがする左耳から、スマホが右耳にくるように持ち直す。
慌てふためいて要領を得ない母の話をまとめるとこうだった。
一昨日の昼時もずいぶん過ぎた頃、春香はひとりで外出したそうだ。
行き先は告げなかったが、ちょっと遠出するとかで、外出用の格好だったとか。
家事に気を取られておぼろげだったが、泊まりになるかも、とも言っていたらしい。
そして、昨日になっても春香は帰らず、電話は通じず折り返しもなく、堪らなくなって息子の俺に電話してきた、というわけだ。
『お父さんは、年頃の娘だからほっとけ、なんて言うのよ!? お母さん、心配で心配で……』
「あー」
正直、母には悪いが、俺も父と同意見だった。
泊まりで出かけると言っているのだ。しかも、一泊とは言ってない。
妹も今は夏季休暇中のはずで、遊びに出かけて盛り上がったノリで数泊するくらいのこともあるだろう。
「心配なのはわかるけど……あいつもいい歳だし、そんなときもあるんじゃない? それにさ、電話がないのだって移動中でマナーにしたままなのを忘れて、とかじゃないかな? あいつ、昔からそういうそそっかしいとこあるし。あ、そうだ。ちょっと待って」
通話をスピーカーモードに変更し、話しながらスマホを操作する。
機械に弱く、いまだガラケーの母には無茶な注文だが、俺のスマホだったら、もしかしたら妹の居場所くらいならわかるかもしれない。
俺がスマホにインストールしているアプリの中に、地図上でお互いの位置を知らせるアプリがある。
以前に、進学志望校の下見で上京するから道案内してと、妹からせがまれたことがある。そのとき、はじめての土地での待ち合わせのためにと、妹にインストールを強要されていたものだ。
結局、妹が地元の女子短大を選んだことで上京自体がお流れになり、このアプリは使わずじまいだった。
俺だって今の今まで忘れていたくらいだから、あの大雑把な妹の性格からして、わざわざアンインストールなんてしていないだろう。
それは単に、心配する母を安心させてやるための軽い気持ちだったのだが――
「――え? はあっ!?」
『なに、いきなり大声出して? 秋ちゃん、どうしたの?』
「い、いや、別に……」
地図上の祖父母宅に、なぜか妹の春香のアイコンがあった。
そういえば、一昨日はなにかと慌ただしくてすっかり忘れていたが、妹から妙なメッセージが届いていた。
夜になってスマホを確認してはじめて知ったが……結局は顔を合わせることはなかったし、面倒臭がり屋の妹がわざわざ片道3時間もかけてやってくるはずもない、と高をくくっていた。
その晩、メッセージを打っても電話してもスルーされていたので、いつもの気紛れかとついつい放置していたけど……
眠気などとうに消え去り、なんだか嫌な予感がしてならない。
寝汗とは違った汗が、寝巻きを湿らせている。
妹が『そっちいく』とメッセージを打ってから、移動時間で3時間。ちょうど俺が日本に戻ったくらいの時間になる。
俺が家に戻ったとき、玄関は閉まっていたし、誰かがいた気配もなかった。玄関の靴までは確認していない。
ただ、運送会社に荷物を受け取りにいくとき、玄関は閉め忘れてた……ような気が。だとしたら、誰かが内側から閉めたはずで。
まさか、俺と入れ違いになってこっちの異世界に――とか? いや、それには俺が預かってる魔石の魔法が必要で。あ、異世界と繋がる魔法って効果がどれくらい持続するのか検証してないや。
一連の出来事が脳裏でぐるぐる回る。
最良としては、妹が来たのは一昨日ではなく昨日で、今は祖父母宅にいて俺の帰りを待ち構えている、ということになるが……それでは、今もって音信不通の説明がつかない。
『どうしようか、秋ちゃん? やっぱり、警察に捜索願とか出したほうがいいと思う?』
「待った、それはまだ止めとこう! 最終手段ということで!」
どうも考えれば考えるほど、妹がこっちに来てしまったように思える。
少なくとも今現在、妹のスマホは祖母宅にあるのだ。
なにかのトラブルで、祖父母宅にスマホを置いた状態でこっちに来てしまった、との想定が妥当かもしれない。
「捜索願の類はいったん置いといて、ね? 春香だって、はじめての短大の夏休みで、新しい友達と泊まり歩くこともあるって。もし、春香がうっかりしてただけだったら、大騒ぎするのは帰ってきたときにかわいそうだよ。気長に3日――いや5日くらいは様子を見たほうがいいんじゃないかな。今どきはそれくらい普通だよ。俺だってよくやるし!」
畳み掛けるように母を懸命に説得する。言い包めたが正しいかもしれない。
仮に春香が異世界にいるのなら、日本でどんなに捜索しても見つかるわけがない。
それに、過去の叔父の事例がある。今、実家で一緒に住んでいるはずの祖父母も、そういった話には敏感なはずだ。
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もちろんベストは、異世界など関係なく日本にいて、何事もなく帰ってくることだろうが。
母をどうにか宥めて通話を終え、顔面からベッドに倒れ込んだ。
朝っぱらから異様に疲れた。
試しに妹に電話をかけてみたが、やはり留守電になるばかりで出なかった。
汗でべたつく寝巻きを手早く着替えて、リビングへと向かう。
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