異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第三章

出会えないふたり 2

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「こんちわ~。って、なにこの空気!? 暗っ!」

 元気よく入店してきて、早々に顔をしかめたのはリコエッタだった。
 いつも着ているエプロンの裾をパタパタしながら、重い空気を吹き飛ばそうとしていた。

「お~、エッタ~! 救世主、登場~! さあ、あんちゃんをどうにかするっす!」

「いきなり、なんのこと?」

 訊かれても、妹が異世界で迷子に――などと説明もできないので、「家庭の事情でもやもや中っす……」とだけしか答えられなかった。あ、ナツメの口調が移った。

「よくわからないけど、話しづらいことなら訊かないわよ。お店はやってるんでしょ? アキトのとこ、たしか縫い糸とかも置いてあったよね。オレンジ色っぽい糸あるかな? 切らしちゃってて」

 珍しくリコエッタが急いでいる様子だったので、すぐに棚から商品を取り出して手渡した。

 珍しいといえば、あれだけ毎日顔を出していたリコエッタがここ数日ぶりなのも珍しかった。
 あれだけ情熱を燃やしていた新作スイーツ品評会も、ご無沙汰となっている。

「これ代金ね。慌ただしくって、ごめんね! ちょっと急いでいるから、それじゃあねー!」

 言うが早いか、リコエッタは入ってきたときの勢いで退店していった。

「……なんだったんすかね、あれ?」

「さあ?」

 俺はナツメと顔を見合わせた。


◇◇◇


「ごめんねー! 待たせちゃって!」

 道向かいのシラキ屋を出た勢いそのままに、リコエッタは自宅の階段を駆け上がり、自室のドアを開けた。

 リコエッタの自宅は1階でパン屋を営んでおり、2階は両親と自分の生活空間となっている。
 去年、両親から譲ってもらった自室は道沿いに面しており、大きな両開きの窓が採光もよく、道行く人々も観察できるのでお気に入りだった。

 ただ、今はとある理由から窓を締め切り、カーテンも閉ざしている。
 部屋に据えられた大型のベッドは両親が使っていたものをそのまま譲り受けたもので、ひとり用としては大き過ぎる。しかし、今の状況としてはありがたかった。

 ベッドの上には、頭からシーツを被り、体育座りしている少女がいる。
 見た目の年の頃はリコエッタと同じくらい。
 実際にリコエッタが尋ねたら、本当に同い年だった。

「あたしとしたことが、服と同じ色の糸を切らしちゃってて! ちょっとだけ待っててね、ちゃちゃっと仕上げちゃうから!」

 リコエッタは腕まくりをし、机の上に放り出したままの服を縫いはじめる。
 縫うといっても、サイズを合わせるために各所を詰めるくらいなので、たいした手間ではない。
 言葉通りに直しはすぐに終わり、リコエッタは満面の笑みで服を広げてみせた。

「どうこれ? あたしにはちょーっとサイズがきつくなったんで、着るのを諦めてたやつなんだけど、こうするとぴったりなんじゃない? 同じ服ばっかりじゃ嫌でしょ? 女の子なんだから!」

「ありがとう……リコエッタさん」

 シーツを被った少女は、小さく声を発した。

「やだなー。何度も言ってるけど、あたしのことはリコかエッタでいいって!」

 リコエッタがあえて元気よく声を掛けると、少女の鼻をすする音が聞こえた。

 リコエッタがこの少女と出会ったのは、3日前のことだった。
 パンの配達の帰り道、裏路地の陰に今と同じようにひっそりと座っている彼女を見つけた。

 雨に降られてずぶ濡れで、転んだのか泥まみれと、散々な有様だった。
 衝撃的なことがあったようで茫然自失としており、時折怯えたりと、なにか訳ありだとリコエッタにも一目見てわかった。

 リコエッタはとりあえず彼女を自宅に連れ帰り、身なりを整えさせ、寝食も提供した。
 一晩明けて、終始無言だった彼女が、ようやくぽつりぽつりと身の上を話してくれるようになった。

 押入れを開けたら森にいて、巨大な熊に出会って逃げ出して、草原をあてもなく彷徨っていると平原を一直線に横切る足跡を見つけて、足跡を辿ってこの街に辿り着いたらしい。
 それまでに4回ほど狼みたいな野犬に追いたてられ、3回ほど化物に遭遇して逃げ惑い、命からがら街に着いたら着いたでショック死しそうな驚きの連続だったらしい。

 正直なところ、リコエッタにはほとんど理解できなかったが、きっと本人にはこんなに落ち込んでしまうほどの体験だったのだろうと納得した。

 現状、身を寄せる場所のあてもないというし、これもなにかの縁に違いない。
 そう、だったらこのリコエッタさんが、面倒見てあげるしかないじゃない。ここで見放したら女が廃る!
 ――それが、リコエッタという少女なりの矜持だった。

「どうして見ず知らずのわたしに親切にしてくれるの……? 無関係なのに……」

 心細そうに訊かれたので、リコエッタは不安を払拭すべく、とびきりの笑顔で言ってやった。

「無関係じゃないわよ? あたしの店、パン屋だって最初に教えたでしょ。店の名前ってなんだと思う?」

 一見関係なさそうな話に、少女は小首を傾げる。

「『春風のパン屋』っていうのよ。ほら、似たような名前でしょ? これって立派な縁だと思わない? ハルカちゃん!」
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