異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第八章

シラキ屋、再開します

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 今日は久しぶりに店に来た。
 実に2週間ぶりの出勤になる。

 実際の開店は午後からになるだろう。
 閉じ切っていた店内は空気が澱んでいて埃っぽく、まずは掃除から始めないといけなさそうだ。
 商品は、前もって裏の倉庫にしまっていた(春香がやっておいてくれた)ので問題ないが、素材の中には食品関係もある。
 汚れた場所にそのまま陳列するのでは、さすがにまずいだろう。

 まずは店中の扉や窓を開けて、澱んだ空気を追い出して空気の入れ替えを行なう。
 その後、高い場所から順にハタキかけ。ハタキと言っても、マイクロファイバー製のハンディモップだ。ホームセンターで1500円。埃を吸い付けるタイプで、電気がなくて掃除機が使えないこちらではかなり重宝する。

 文明の利器に感謝しながら、埃を根こそぎ絡め取っていく。
 陳列棚は結構な高さと奥行きがあるため、脚立がないと厳しいところもある。脚立は倉庫にあるにはあるが、春香がしまった商品の奥に置いてあるので、一度手前の商品を出さないことには、簡単には取り出せない。
 背伸びをしたりジャンプしてみたり――奮闘してみるが、どうにも角度的に微妙に奥まった箇所が届かない。放っといてもいい程度だが、性格的なものか知っていながら放置するのはもやもやする。

 諦めて倉庫に脚立を取りに向かおうとすると、二の足がふわりと宙に浮き、見えない階段でも上るように視線の高さが1メートルほど上がった。

「…………」

 しばらく唖然としてから、ぽんっと手を打つ。

(精霊さんか、ありがとう)

 最近は時折、こういうことがある。
 高いところの物を取ろうとしたら足元が浮かび上がったり、落としたものが地面に着く前に戻ってきたり。
 俺に付いている風の精霊は、よほどの世話好きであるらしい。

 お礼を述べると、なにやらほんわりした温かみが伝わってくる。
 これがどうも精霊の感情であるらしい。感謝されて照れているといったところかな。

 精霊の加護を受けると意思の疎通ができるようになるそうなので、これはそのほんの先駆けだろう。
 姿が見えるまでになったら、もっと仲良くできそうで、今からささやかな楽しみでもある。

「おおー、これは楽ちん。すごいすごい!」

 軽快に掃除を続けていると、店内を急につむじ風が駆け抜けた。
 店の中央に渦を巻いて風が集まり、渦の中心では球状の物体が形成されている。
 その物体はふよふよと揺れながら店内を横切り、そのまま隅のゴミ箱にダイブした。

「……おおぅ」

 ゴミ箱の中には埃の山。床や棚の表面は、拭き上げる必要がないほどきれいになっている。
 どうやら気をよくした精霊が、店中の埃を寄せ集めて、掃除の手伝いまでしてくれたらしい。
 まあ、このレベルでは、手伝いどころか一気に終了してしまったわけなので、若干恐縮してしまう。

 とにかく、予想以上に早く掃除が済んだので、あとは商品の素材を陳列し直せば店を開店できる。
 風に舞ってしまう小物も多く、さすがにこればかりは精霊に頼るわけにはいかないので、自力で裏の倉庫と店内を往復して、商品を並べていく。

 陳列が終わったと同時、店のドアベルが来訪者を告げた。

「ういーす! あんちゃん、お久しぶりっすー!」

 右手を高々と掲げて登場したのは、言わずと知れたナツメである。

「このタイミング。絶対、準備終わるの見計らってたろ? 外で待ってるくらい暇なら、手伝ってくれればよかったのに」

「いや~。お客さんに掃除を手伝わせるのは、どうかと思うっすよ?」

「お客? ってことは、なにか買うんだ? 珍しい」

「え? いや、買わないっすけど。遊びに来ただけすよ?」

 すごい、臆面もなく言い切った! ま、いつものことだからいいけどね。

 こんなやり取りも久しぶりだなー、などと思いながら、ナツメにいつもの珈琲を振る舞うことにした。

 商品の陳列は終わったが、まだやるべきことが残っている。
 幸せそうに珈琲を啜るナツメを横目に、事前に用意しておいたものを倉庫から引っ張り出し、次の作業に取りかかった。

「およ? 鉢植え? ガーデニングすか?」

「まーねー」

 鉢はもともと倉庫の奥に眠っていたもので、おそらくは前店主のカトリーヌさんが愛用していたものだろう。
 叔父のカトリーヌさん推しもあり、店でちょっとしたガーデニングをするのには以前から興味があったので、リオちゃんとの散歩がてら、よさげな植物を見つけておいたのだ。

「そういや、聞いたすよ。北妖精の森林に行ってたんすよね?」

「まーねー」

 作業の手は休めずに応対する。

「自分、エルフにはまだ会ったことないんすよね。エッタもここでエルフに会ったそうじゃないっすか。聞いた感じだと、まだ貧相な子供っぽいエルフだったみたいすけど。くう~、羨ましいっす! 北妖精の森林ってことは、もしかして北風エルフの女王にも会えたりもしたんすか? 女王ってからには、きっとすごい高貴そうな美人っすよね~。大人な感じで――ぼんきゅっぼん的な!」

「……まーねー」

 その貧相ってのが女王だけどねー。
 ぼんきゅっぼんってより、きゅっきゅっきゅっ的な。

「で、あんちゃん。さっきから気にはなってたんすけど……身体、浮いてないすか?」

 鉢植えの置き場所がやや高いところにあったので、気づいたらたしかに浮いてるね。

「まあ、エルフに会った成り行きで」

「成り行き!? 最近は成り行きで空飛べるようになるんすか!? エルフ、ぱねえす!」

 ナツメは興奮した面持ちで、ぎゃーぎゃー騒いでいる。

 異世界とはいえ、たぶん普通はこんな感じなのだろう。
 そんなに驚かないようになってしまったのは、あのハチャメチャな叔父の存在か、それとも普通じゃない出来事ばかりを体験してしまったが弊害か。
 なにやら、超常的なことに慣れてしまった自分がいる。

「自分も北妖精の森林に行ってみたかったすよ~。帰り道で迷って遭難しかかったのだけは、ごめんっすけど」

「あー……」

 そうなのだ。一応皆には必要以上に心配をかけないため、そういう説明になっている。

 仮に、あのデラセルジオ大峡谷の地下洞窟に迷い込んだと話したら、どうなっていただろう。
 この世界では悪名高い場所らしいので、知らないはずはない。

 竜の谷に墜落して死ぬ目に遭って。
 何日も逃げ惑い、あまつさえ地竜に襲われて死にかけて。
 トカゲの巣に落ちて死を覚悟したところをエルフの女王に助けられて。
 ガス中毒で死の宣告までされて。
 地竜や他多数の敵を相手に、死ぬ一歩手前で勇者に助けられて。

 ――思い返すと、なんかもう無茶苦茶で訳がわからない。
 毎度、”死”の文字が出てくる体験とはどんだけだ。我ながらよく生還できたな、俺。

 そして、そうそう地下洞窟といえば。

「おや? それ、なんすか?」

「たまごろー」

「たまごろー?」

 倉庫から抱えてきたのは、例の謎の卵こと『たまごろー』だ。

 保温バッグに入れていたのをそのまま持って帰ってきてしまい、その存在に気づいたのはつい先日のことだった。
 残った荷物を整理しようとバッグを開けたら、最後に見たままの状態で中に卵が入っていた。出した覚えがないのだから、入っているのは当然なんだけど。
 もともと持って帰る気などはなかったが、最後のほうではとてもじゃないが気がける余裕などなかったので、すっかりと忘れてしまっていた。

 今となっては、なんの卵かわからないのが恐怖でもある。
 もし、あの地竜でも生まれてきた日には――どうしたらいいものやら。

 そう心配になって叔父に確かめてみたのだが、叔父は実物を見たことがあるらしく、大きさや形状も地竜のものとはずいぶん異なるらしい。
 あれからすでに結構な日数が経っているが、やはり闇の中ではぼんやり光り、触ってみるとほんのり温かい。
 地竜の卵とは違うとわかって見てみると、あのときの寂しさを紛らわせてくれた思いも蘇り、それなりに愛着もあった。

 それで悩んだ末、育ててみようと決心した。育てるといっても孵化するとは限らないし、その気配も微塵のないのだが。
 まずは発見したときの状況に近づけようと思って、店まで持ってきたというわけだ。
 店内には明かり取りの天窓があり、直上からの採光が得やすい。なにより日中、家よりは店にいるほうが長いため、常に状態を確認できる。

 天窓の直下の棚の上に座布団を敷き、その上にたまごろーをそっと載せる。
 インテリアというわけではないが見栄えも悪くないので、店の中にあっても問題はないだろう。

 しばらくは、これで様子を見ようと思う。

 さて。

 開店準備も整った。
 看板を表に出し、入り口の札をOPENに替える。ようやく、異世界の慣れ親しんできた日常の再開だ。

 約1名ほど余分な者もいるが、それ含めてまあいつも通りといったところか。
 さあ。素材の店、シラキ屋の久しぶりの開店である。
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