異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
117 / 184
第九章

開幕

しおりを挟む
 真っ暗な部屋で唯一の光源であるランプがひとつ、小さな円卓に据えられていた。
 室内には明かり取りの窓すらなく、薄ら寒い石壁で囲まれた部屋を照らし出すにはその光はあまりにささやかで、円卓の周囲だけがわずかに暗闇に浮く程度だった。

 円卓の上には折り畳み式の遊戯盤が広げられ、カードが散らばり、いくつかの駒が無造作に置かれている。
 闇の中から白い腕が伸び、盤上の駒のひとつを動かした。

「さあ、カードは配り終え、駒の配置も完了した。今度こそ面白いゲームになるといいけれど」

 反対側の闇からもまた手が差し出され、伏せられたカードの1枚をめくる。

「ふふっ。あまり期待はしていなかったのだけれど。存外に思いがけないところの駒が動き始めたようね」

 腕はふたつ。交わされる声音もふたつ。まだ年若い男女の声だ。

 弱々しいランプの光は卓上しか映し出さず、円卓を挟んだ両側の椅子に腰かけているであろう両者を照らすには至らない。
 辛うじて、胸元から口元までを浮かび上がらせるのが精々だった。

「今度は上手くいくかしら? 面白い展開になってくれるといいけれどね」

 女性の朱を引いた唇が、妖艶に微笑む。

「どちらでもいいさ。上手くいってもいかなくても、それがゲームの醍醐味なんだから。経過を予想し、結果を空想する。ボクらが楽しめればそれでいい」

 男性の口元は台詞ほどに感情を表してはいない。
 むしろ、無感情といってもいいほどだった。

「ふふっ。言えてるわね、兄さま。問題はアレが動くかどうかなんでしょうけれど。また邪魔をするかしら?」

「あの堅物は、せっかく用意したゲームを台無しにしてしまうからね。そろそろボクらのゲーム盤から降りてほしいものだけれど……いっそ、消してしまおうか」

「いいわね。邪魔なら殺してしまいましょう」

 ふたりは不穏な言葉で談笑する。
 つまりそれだけ死というものが、兄妹にとっての日常の範疇であるに他ならない。

「では、次の一手を進めよう」

「ええ。兄さま」

 その言葉を最後に、ふたりの気配は暗闇に溶け込むように部屋から消えてしまった。
 あとに残されるのは、頼りない明かりにゆらゆらと揺れる打ち捨てられた遊戯盤のみであった。




 男は何故自分がこんな場所にいるのか、いまだに理解できていなかった。

 だだっ広い室内には豪華な家具や調度品が整然と配置され、壁には理解不能な画風の絵画がいくつも並んでいる。
 高い天井を見上げると、圧倒的な存在感のシャンデリアが吊り下がっており、どこもかしこも煌びやかで色彩に満ちて目が痛くなるほどだった。
 足元の絨毯代わりの獣の毛皮も足首が埋まるほどに豪奢で、座るソファーも冗談かと思えるほどに柔らかい。ベッド代わりにしたらどれだけ安眠できるだろうと、現実逃避気味な考えも浮かんでくる。

 これまでの日常とあまりにかけ離れた非日常の場に放り出され、男は萎縮するばかりだ。
 いかにも緊張した面持ちで手足をきっちり揃えて畏まり、大きなソファーとは対照的に見るからに小さくなってしまっている。

 男はカルディナの街で警備兵の任に就いていた。
 先の魔族の襲撃でも、激戦区だった正門前の戦いを生き延びた男だ。
 過去形なのは、その際に大きな怪我を負ってしまい、今では静養のために休職して故郷に帰ってしまっているからだ。

 健闘を称えられ、街からかなりの報奨金も出ており、しばらくは生活費の心配もなかった。
 昔馴染みの地元の友人に、激戦を潜り抜けた経験談を酒飲みがてら語るのは、彼の楽しみだった。

 なにせ戦後のここ数年、魔族と遭遇して生き延びた者はいないと言われている。ましてや魔族の軍となど。
 さらには存在が伝説となりつつある勇者に助けられ、その超絶的な戦闘力や勇姿を目の当たりにしたのだ。自慢にならないわけがない。

 昨夜もまた、酒場で仲間たちと大いに盛り上がり、酒を酌み交わしていたところ――とある老紳士に声をかけられた。
 かなり酔っていたので、声をかけられたところまでは覚えている。
 いつの間にか酔い潰れて眠ってしまったのだろう、それ以降の記憶がない。

 そして、目が覚めると――この状況である。
 一言で完結すると、「訳がわからない」。それに尽きる。

 二日酔いで痛む頭にも、これがのっぴきならない状況であることは理解できた。

 男の目の前には、酒場で宴会にでも使えそうな大型のテーブルが鎮座している。
 ただし、粗雑な木目粗い安物ではなく、磨き上げられて鏡のような光沢を放つ、いかにも最高級といった風情のテーブルだ。
 これだけで給与の何年分が飛ぶのか想像もつかない。

 にもかかわらず、傷のひとつでも付けると人生終わりそうなそのテーブルを、先ほどからがむしゃらに乱打している人物がいる。
 少年のように目を輝かせ――というか、本当にまだ10代前半ほどの子供だった。

 年の割には利発そうな少年で、身なりも雰囲気にも気品がある。
 一見して貴族かそれに準ずるものだろうと判断できる。
 その証拠とばかりに少年は、最初は対面のソファーに腰かけ、いかにも上流階級然として優雅に紅茶など啜っていた。

 しかし、男が求められるままに話をする内に、徐々に鼻息荒く興奮しはじめ、テーブルに上体を乗り出すようになり――今に至ると興奮のあまりにこの始末である。
 すでに紅茶もカップごと床に落ち、絨毯に盛大な染みを作っている。しかも、それに気づいてさえいない。

 2回りは年下の少年に気圧されながら、男は早く帰りたい――解放されたい気持ちでいっぱいだった。

 もはやその一心で、男は思い出せる限りのあの日の出来事を、事詳細に話し続けるのだった。
 カルディナの街で目にした、勇者セージに関するすべてを。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。 そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。 しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの? 優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、 冒険者家業で地力を付けながら、 訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。 勇者ではありません。 召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。 でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

処理中です...