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第九章
悪魔、招来 5
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「馬鹿なっ!? 貴様――この状況で逃げるというのか! 最上級魔族ともあろう者が、そこまでの痛手を負わされながら、おめおめと尻尾を巻いて!?」
「ああ。挑発は無意味だよ。騎士道とかそういうのかな? そういうのはないから。だいたい最初から言っているだろう、今のところボクらは勇者と事を構える気はない。理由はさっき、アキトくんが言ったことがおおむね合ってるかな。このままボクらが戦っても、痛いだけで面白くもない」
「貴様に上に立つ者としての誇りはないのか!? 魔族とはいえ――いや、己が力を誇示する魔族だからこそ、他種族に劣ることはなによりの恥辱のはず! それをそのまま捨て置くと!?」
「……イラつくね。その言い草はアレを思い出す。アレくらい堅物だったら、真っ向勝負も辞さないだろうけど……ボクは違う。お生憎様だ」
「ならば、逃がさねばよいだけよ……! 身命を賭しても、ここで貴様を討つ!」
カーティス団長が利き足を踏み締めた。
「身命を賭してねえ……サルバーニュ」
「御意。闇蛇よ、来たれ」
「なにっ!?」
サルバーニュが魔法で生み出した黒い蛇の群れが、カーティス団長や叔父とはまったく別の方向――フェブのもとに殺到した。
「おのれ、この卑怯者が!」
「ちっ!」
フェブには魔法への対抗手段などない。
即効性の攻撃魔法ではなく、わざわざ遅効性の魔法を使う辺り見え見えの時間稼ぎでも、さりとて見捨てるわけにはいかない。
カーティス団長と叔父は踵を返し、フェブに迫りくる魔物を掃討した。
「そうそう。どうせ命を賭けるなら、生きている主家に対してが真っ当だろう? それでこそ騎士じゃないかな」
拍手喝采。愉悦そうな声が癪に障る。
しかし、両者の距離はさらに開いてしまった。
これでは、逃げる悪魔を阻止できない。
登場時と同様、魔族たちの上空に闇色の亀裂が生じた。転移魔法だろう。
「待て! 私と戦え!」
「しつこいね。だから、断わる。きみと戦えば、勇者のおまけが付いてくるからね。あの畏怖すべき魔王だった父上を殺せるような勇者なんて、断固お断りだ」
(は……? 今、なんて……)
先代の魔王が父親? ということは……
「第一。仇、仇と言うけれど、黎明の勇者を実際に殺したのは、ボクらじゃない。騎士団長殿もそれは知ってるんじゃないかな?」
「貴様、なにを――」
「自分も殺されかけといて、よくやるね。そこの御曹司くん。きみは本当に覚えてないのかな? 両親に助け出されたあの瞬間、自分がなにをしたのか? よく思い出してみるといい。ボクの暗示にかかっていたきみが、なにをしたのかを、ね……」
「あ、ああ、あ――」
問われたフェブが頭を抱え、呻き声を発していた。
ぶるぶると全身を震わせて、もはや痙攣するかのように悶え苦しんでいる。
「若さま! 気をたしかに!」
カーティス団長が必死にフェブの小さな身体を抱くが、痙攣は収まるどころか次第に酷さを増してゆく。
「騎士団長殿がしきりに構えと言うものだから、ささやかな反撃をしてみたわけだけど……これで満足かな?」
3体の魔族の身体は、既に半ばまでもが闇の狭間に消えかかっている。
まさに消えゆくその瞬間、男魔族の視線がこちらに向いて、笑みを浮かべていた。
またね――俺には、そう口元が動いたように見えた。
フェブラントはまたいつもの夢を見ていた。
大好きな人たちに抱かれる夢。
温かくて、安心する、そんな夢。
いつもは靄がかかったような景色だが、今日は鮮明に思い出せた。
久しぶりに、懐かしい両親の顔がはっきりと見える。
写真の両親は色褪せていて、もはや表情すら霞んでいる。
冒険者として前線に飛び出した両親を勘当した祖父は、すべてのふたりの思い出の品を燃やしてしまっていた。
あの写真とて、たまたま本に挟んだままになっていたものが偶然残っていただけだ。
ふたりの死後、それを悔やむ祖父の姿が何度も見受けられ、フェブラントは心を痛めていた。
それだけに、こうして現実感を備えた両親と出会えるのが嬉しくて仕方ない。
夢だとしても。ただの記憶だとしても。それだけで。
いつもの通り、ふたりはやさしく微笑み、頭を撫でてくれた。
そういえば、この後、ふたりはしきりになにかを囁きかけてくれた。
もしかしたら、今日はそれが聞けるかもしれない。
フェブラントは、耳を澄ました。
「大丈夫。おまえのせいじゃない」
「そうよ、フェブのせいなんかじゃないわ」
ふたりはしきりにそう繰り返す。
なんのこと……? なにを言って……
鮮明になった視界に、ボクの手も映っていた。ふたりに何度も何度も抱きついた手。
それは、生温かく、赤く――濡れそぼっていた。
「え? 血――?」
どくどくと鼓動が聞こえる。なにかが流れ落ちる音がする。
それは両親の身体からだった。
腹部の刺し傷からの出血で、両親の身体はすでに血まみれで――傷口付近の肌が赤黒く染まっている。
「え? え?」
からんと乾いた音を立てて、ボクの両手からなにかが落ちた。
2本の鋭く尖ったナイフ。
これもまた、赤く濡れている。
ボクはこれを握っていた。
握ったままで、何度も何度も――なにをした?
「大丈夫。おまえのせいじゃない」
「フェブのせいなんかじゃないわ」
また繰り返し聞こえる。
口から吐血しながらもふたりは、穏やかな笑みを崩さない。
その表情から、次第に生気が失われていく……
ボクのせいじゃないと、ふたりは庇う。
つまりは――ボクがやったということ。
ボクは絶叫した。
「ああ。挑発は無意味だよ。騎士道とかそういうのかな? そういうのはないから。だいたい最初から言っているだろう、今のところボクらは勇者と事を構える気はない。理由はさっき、アキトくんが言ったことがおおむね合ってるかな。このままボクらが戦っても、痛いだけで面白くもない」
「貴様に上に立つ者としての誇りはないのか!? 魔族とはいえ――いや、己が力を誇示する魔族だからこそ、他種族に劣ることはなによりの恥辱のはず! それをそのまま捨て置くと!?」
「……イラつくね。その言い草はアレを思い出す。アレくらい堅物だったら、真っ向勝負も辞さないだろうけど……ボクは違う。お生憎様だ」
「ならば、逃がさねばよいだけよ……! 身命を賭しても、ここで貴様を討つ!」
カーティス団長が利き足を踏み締めた。
「身命を賭してねえ……サルバーニュ」
「御意。闇蛇よ、来たれ」
「なにっ!?」
サルバーニュが魔法で生み出した黒い蛇の群れが、カーティス団長や叔父とはまったく別の方向――フェブのもとに殺到した。
「おのれ、この卑怯者が!」
「ちっ!」
フェブには魔法への対抗手段などない。
即効性の攻撃魔法ではなく、わざわざ遅効性の魔法を使う辺り見え見えの時間稼ぎでも、さりとて見捨てるわけにはいかない。
カーティス団長と叔父は踵を返し、フェブに迫りくる魔物を掃討した。
「そうそう。どうせ命を賭けるなら、生きている主家に対してが真っ当だろう? それでこそ騎士じゃないかな」
拍手喝采。愉悦そうな声が癪に障る。
しかし、両者の距離はさらに開いてしまった。
これでは、逃げる悪魔を阻止できない。
登場時と同様、魔族たちの上空に闇色の亀裂が生じた。転移魔法だろう。
「待て! 私と戦え!」
「しつこいね。だから、断わる。きみと戦えば、勇者のおまけが付いてくるからね。あの畏怖すべき魔王だった父上を殺せるような勇者なんて、断固お断りだ」
(は……? 今、なんて……)
先代の魔王が父親? ということは……
「第一。仇、仇と言うけれど、黎明の勇者を実際に殺したのは、ボクらじゃない。騎士団長殿もそれは知ってるんじゃないかな?」
「貴様、なにを――」
「自分も殺されかけといて、よくやるね。そこの御曹司くん。きみは本当に覚えてないのかな? 両親に助け出されたあの瞬間、自分がなにをしたのか? よく思い出してみるといい。ボクの暗示にかかっていたきみが、なにをしたのかを、ね……」
「あ、ああ、あ――」
問われたフェブが頭を抱え、呻き声を発していた。
ぶるぶると全身を震わせて、もはや痙攣するかのように悶え苦しんでいる。
「若さま! 気をたしかに!」
カーティス団長が必死にフェブの小さな身体を抱くが、痙攣は収まるどころか次第に酷さを増してゆく。
「騎士団長殿がしきりに構えと言うものだから、ささやかな反撃をしてみたわけだけど……これで満足かな?」
3体の魔族の身体は、既に半ばまでもが闇の狭間に消えかかっている。
まさに消えゆくその瞬間、男魔族の視線がこちらに向いて、笑みを浮かべていた。
またね――俺には、そう口元が動いたように見えた。
フェブラントはまたいつもの夢を見ていた。
大好きな人たちに抱かれる夢。
温かくて、安心する、そんな夢。
いつもは靄がかかったような景色だが、今日は鮮明に思い出せた。
久しぶりに、懐かしい両親の顔がはっきりと見える。
写真の両親は色褪せていて、もはや表情すら霞んでいる。
冒険者として前線に飛び出した両親を勘当した祖父は、すべてのふたりの思い出の品を燃やしてしまっていた。
あの写真とて、たまたま本に挟んだままになっていたものが偶然残っていただけだ。
ふたりの死後、それを悔やむ祖父の姿が何度も見受けられ、フェブラントは心を痛めていた。
それだけに、こうして現実感を備えた両親と出会えるのが嬉しくて仕方ない。
夢だとしても。ただの記憶だとしても。それだけで。
いつもの通り、ふたりはやさしく微笑み、頭を撫でてくれた。
そういえば、この後、ふたりはしきりになにかを囁きかけてくれた。
もしかしたら、今日はそれが聞けるかもしれない。
フェブラントは、耳を澄ました。
「大丈夫。おまえのせいじゃない」
「そうよ、フェブのせいなんかじゃないわ」
ふたりはしきりにそう繰り返す。
なんのこと……? なにを言って……
鮮明になった視界に、ボクの手も映っていた。ふたりに何度も何度も抱きついた手。
それは、生温かく、赤く――濡れそぼっていた。
「え? 血――?」
どくどくと鼓動が聞こえる。なにかが流れ落ちる音がする。
それは両親の身体からだった。
腹部の刺し傷からの出血で、両親の身体はすでに血まみれで――傷口付近の肌が赤黒く染まっている。
「え? え?」
からんと乾いた音を立てて、ボクの両手からなにかが落ちた。
2本の鋭く尖ったナイフ。
これもまた、赤く濡れている。
ボクはこれを握っていた。
握ったままで、何度も何度も――なにをした?
「大丈夫。おまえのせいじゃない」
「フェブのせいなんかじゃないわ」
また繰り返し聞こえる。
口から吐血しながらもふたりは、穏やかな笑みを崩さない。
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ボクのせいじゃないと、ふたりは庇う。
つまりは――ボクがやったということ。
ボクは絶叫した。
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