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第十一章

お墓参り

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 残暑も薄れてきたこの季節。
 リィズは少し肌寒くも感じてきた風に吹かれ、シーツを干す手を止めた。
 既に干してある分のシーツが風に煽られているさまが、在りし日を思い起こさせる。

 もはや、30年近くも時が過ぎてしまったが、思い出は色褪せない。良い事も悪い事も。

 はためくシーツの端を、お手伝いしているリオが押さえようと奮闘している。
 リィズはその微笑ましさに、思わず微笑み、その頭を撫でた。

「あい?」

 突然撫でられたことにリオは不思議顔だったが、すぐにその顔はくすぐったそうな笑みに変わった。
 かつて、リィズがそうであったように。

 ときどきリィズは、不意に奇妙な感覚に襲われることがある。
 こうして穏やかな時間を過ごしているのが、夢ではないかと。

 あの日、生活は厳しくとも幸せだったあの日を失ってから、自分は戦いの果てに野垂れ死ぬとばかり思っていた。
 そして、むしろそうなることを祈って戦い続けていたはずが、妻となり、1児の母となり、家族を得て、このように穏やかな生活を送っている。

「そうね、もうそんな時期なのね……」

 リィズは風に流されるピンクの髪を押さえ、太陽光照りつける蒼天を眩しげに見上げた。


◇◇◇


「秋人も行くか? 墓参り」

 夕食を終えた団欒の一時、本日の売り上げをスマホに入力していると、叔父が唐突に言ってきた。

「お墓参り……って誰の?」

 あまりに急な申し出だったので、俺は思わず目をぱちくりしてしまい、横になっていたリクライニングチェアーから身を起こした。

 正直なところ、俺にはあまり墓参りという経験はない。
 両親のそれぞれの親――つまり両祖父母は健在であるし、親戚にもこれといった不幸はない。

 そもそも叔父の神隠しの件があり、死を連想させるような墓には、家族ともども近づき難かったこともある。
 最後に墓参りしたのがいつなのか、記憶にないほどには縁遠いものだった。

「うちの爺さんたちは当分死にそうにないほど元気だろ。だったら残るのはリィズに決まってんだろ?」

 そういや、実家に戻ったときに背負い投げされたと聞かされたっけ。
 祖父のことをぞんざいに扱えない孫の身としては、苦笑するしかない。

「この時期は、毎年、家族全員で行っててな。今年もそろそろなんでな。どうだ?」

 リィズさんは半獣人。ということは、片方は獣人のはずである。
 そういえば、そこらへんを詳しく聞いたことがないことを、あらためて気がついた。
 もともと、リィズさん自身が獣人であることを引け目に感じている節があるため、踏み込むのが躊躇われていたことだ。

「でも、俺もいいのかな? その、家族の行事でしょ?」

 控えめにそう言うと、間髪入れずにデコピンが飛んできた。

「ばかたれ」

「痛っ~~!」

 額を押さえて悶えていると、叔父は豪快に笑っていた。

「そんな水臭いこと言ってんじゃないぞ、秋人! おめーはもう立派にうちの家族の一員だろううが。はっはっ!」

 キッチンのほうでは、リィズさんが洗い物をしながら、静かに微笑んでいる。
 リオちゃんは、とりあえず『痛いの痛いのとんでけー』をしてくれた。

 なんでもない些細なやり取りだったが、それが存外に嬉しかった。
 そこにいることが当然のように――それこそ、単なる名目上の親族というだけではなく、”家族”として迎えられていることを実感できた。

「うん、お邪魔でないのなら喜んで」

「じゃあ、決まりな! ちょいと距離があるから、出発は明日の昼過ぎにするか。行きと帰りで1泊ずつ、2泊3日ってとこだな。手荷物は必要ないが、それでもこのご時世だ、準備だけはしとけよ」

「わーい。にーたんとおでかけー」

 リオちゃんは俺の膝の上に飛び乗ってご満悦だ。
 めったに家から離れることのないリオちゃんにとってみれば、目的が墓参りであっても、家族旅行と変わりないのだろう。

「で、目的のお墓ってどこにあるの?」

「リィズの故郷はここからさらに南にある広大な森の一角だ。古くから獣人たちの部族が多く住んでいて、世間一般では『獣人の郷』って呼ばれてるな」

「いぬさんもいるよ。がおーって」

 リオちゃんが、物真似をしながら大はしゃぎしている。
 これだけ無邪気に喜ぶということは、とても楽しいところなのだろう。

(獣人の郷か……)

 そういえば、異世界に来てからというもの、リィズさんやリオちゃん以外の獣人をまともに見ていないことに気づいた。
 目的が墓参りなので、若干不謹慎かもしれないが、たくさんの獣人に出会えるのはファンタジー愛好家として心が踊るというものだ。
 あわよくば、もふもふやもこもこを味わえるかもしれない。

(ネコ耳、イヌ耳、ウサギ耳~♪)

「…………むぅ」

「あ痛」

 膝のリオちゃんから太ももを抓られた。
 言うほど痛くなかったが、それでも幼いとは言え獣人の力、不意だと声が漏れるくらいにはちくっとした。

「なに、リオちゃん? どうかした?」

「……なんでもなーい」

 リオちゃんはじと目でこちらを見てから、さっさと俺の膝を降りると、叔父の上体を器用に登ってその肩の上に移動した。

「え? なにか怒らせるようなことしたかな?」

「しらなーい。ふーんだ」

 リオちゃんはそっぽを向いてしまう。
 叔父は愛娘を肩に乗せて上機嫌で、リィズさんはキッチンのほうでくすくす笑っていた。

(……なんなの?)

 大いに不可解であったが、今は置いておくことにする。

 なにせ、今度は初といっていい叔父同行の旅だけに、安全面では確約されたようなもの。
 前々から望んでいた異世界旅行が実現できそうで、俺は期待に胸を膨らませた。
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