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第四章

温泉トラブル

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 颯真はフクロウ形態で手拭いの入った桶を足にぶら下げて、軽快に空を飛んでいた。

 眼下には大自然に覆われた山肌と、所々に立ち昇っている湯気が見える。

(やっぱり探索は上空からが一番だよね~)

 地道に山道を進んでも、土地勘もなく慣れない場所では目当ての温泉を見つけるのはかなりの手間。だったら飛んで探そうと思い立ったのが功を奏した。
 上空からなら、場所も規模もより取り見取りだ。

(お? あそこなんかいいんでない?)

 人の通った跡と思しき道からは、かなり外れた場所。ちょっとした崖の淵にあり、下から見上げてもなかなか見つかりそうにない穴場っぽい。
 規模も結構でかい上、崖の上からなら景色も期待できる。

(湯気の量からも、なかなか熱そうだ。ぬるい温泉は興ざめだからな。よし、きみに決めた!)

 颯真は直ちに滑降し、温泉の傍に着地する。
 立ち昇る湯煙で、視界が悪い。それがまた、期待に拍車をかける。
 硫黄の匂いが嗅げると、もっと気分が出るのだが、今のスライムの身にとって、そこまで期待するのは贅沢というものだろう。

 颯真は全裸の人間形態に擬態して、腰にタオルを巻き、手桶を小脇に抱える。
 伝統的な温泉スタイルだ。何事にもわびさびと様式美というものがある。温泉好きの颯真としては、ここらへんは絶対に外せない。

 湯気を掻き分け、先に進むと、すぐに温泉が見えてきた。
 湯は白濁。手をつけると、泉質はとろっとしていて肌を滑る。温度は45℃程度とかなり熱め。

(だがそれがいい!)

 颯真が独りはしゃいでいると、突風で湯気がさらわれ、温泉の全貌が明らかになった。

 先客がいた。それも10以上。
 猿っぽい生き物が、ずらりと並んで輪になってお湯に浸かっていた。

 せっかくの至福の時間を邪魔した闖入者である颯真に、猿たちは歯を剥き出しにして威嚇している。

 テレビで見た、雪降り注ぐ天然温泉で猿と一緒に温泉三昧、なんて状況に憧れたこともあったが、相手がこれほど攻撃的では、大人しく湯に浸かることもできなさそうだ。
 猿たちは場所を譲る気は微塵もないようで、むしろ颯真が入ってこないように湯に広がり、バリケードまで作っていた。

「…………」

 颯真は無言で、手桶を地面に置き、その中に手拭いをきれいに畳んで収めた。

 真っ裸で猿たちのいる温泉前に仁王立ちし、相手の意思を確認する。
 睨み合い、両者共に動かない。

(ふっ……欲しいものは奪ってでも、か……世知辛いが、それが自然の掟とあらば従うまでよ)

 人間→スライム→放電針鼠スパークラットの連続擬態、そして問答無用で電撃を叩き込む。

らい――!)

 温泉から瞬間、湯気とは異なる煙が上がる。

 さすがに含有物豊富な天然温泉は、電気の伝導率も素晴らしかった。
 温泉内にくまなく高電流が広がり、10頭もの猿が一瞬で白目を剥いた。

 失神した猿たちを温泉の淵に退けてから、颯真は人間形態に戻り、今度こそゆっくりと湯に浸かった。

「お! いい湯だね、こりゃ~」

 当たりだった。一発目でなんとも引きがいい。
 秘湯中の秘湯の上、温泉後の猿の群れご馳走付きだ。異世界の温泉はサービス抜群だった。

「お~、絶景かな絶景かな」

 思った通りの景色のよさ。
 まあ、空を飛んでいたときのほうが景色がいいとは思うのだが、それを指摘するのは野暮だろう。

 颯真は肩まで湯に浸かり、頭に載せていた手拭いで顔をごしごしと拭いた。

(異世界に来てまで温泉に入れるとは思わなかったなぁ)

 と感激する。

 颯真は広い上に独占している利を活かし、大の字になって湯に身体を浮かべた。

 以前の完全人間とは感じ方が多少違う気がしたが、別の身体になったとはいえ、やはり温泉はいいものだ。
 じんわりと染み入る熱さがなんともいえず心地いい。
 なんという一体感。温泉の中で蕩けるようだ。お湯と同化して溶けて蕩けて――

「って本当に溶けてる!?」

 颯真が慌ててがばっと上体を起こしたときには、下半身はすでにスライムに戻り――戻っただけではなく、勝手に液状化して、お湯の中に広がっていた。

 まさか、スライムにこんな生態があろうとは!

 颯真は愕然とする。アルコールのときと似たような状況だ。
 あっという間に全身が湯に混じり、温泉すべてが自分自身のような錯覚がしてくる。

(いや、でも……これはこれでアリかも……)

 お湯で薄まり過ぎて、温かさに包まれながら緩やかに自我が消えていくような感覚が心地よく、病み付きになりそうな気がする。

(あ~~~、なんか幸せだ~~~)

 天から光が差し込む幻覚まで見え始めるほどに温泉を堪能していた颯真だったが、慌しい物音に、にわかに現実に引き戻された。

 体長3mをゆうに越す、黒い毛並みの狼のような魔獣の群れが、温泉に乱暴に押し入ってきていた。
 連中の目的は食料で、次々と咥えては逃げていく。

 双頭の首を持つ狼型の魔獣、双頭魔狼ツインズフェンリルだ。

(待て! このにゃろー! 俺んだぞ!?)

 食欲がお湯のいざないを凌駕し、颯真の蕩けきっていた自我を瞬時に取り戻させた。
 ただそれでも、温泉中に拡散した身体を一ヶ所に寄せ集めるのは一苦労で、温泉の淵にスライム形態で辿り着いたときには、魔狼も猿もいなくなっていた。

 食料は奪われ、温泉は泥まみれにされ、あまつさえ湯には魔狼のウ○コまで浮かんでいた。

(よし、狩ろう)

 朗らかな声に殺意を漲らせ、颯真は魔狼の去っていた山の方角を睨みつけていた。
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